―― 005 Halkeginia mythology

― ライカンスロープ ―

 

 

 

「クラウドさん、本当にごめんなさい!」

「あ、いや……」

やっと牢獄から出られたおれを待っていたのはアンのごめんなさいと……。

「クラウドぉ〜あんた〜……何考えてるんだぁ!」

アニエスの怒りの叫びだった。

 

「あのな、クラウド、普通に考えても居酒屋に連れて行くってのはおかしいだろ!」

「……そうなのか……知らなかったな」

プリプリと怒ったアニエスの顔が少し面白いな……。

なぜだろう? 怒られている時って小さなことで笑いそうになる。

さすがにこういう場面で笑うのは……自分の首を絞める結果となるのは容易にわかること。

それが更に意識させる結果となる。

つまりは、笑いに堪えてアニエスの言葉を理解できない状態なわけだ。

「知らな…………ぐっ! ……たく、あんたのせいで大変だったんだぞ!」

「……そうか」

「王女が平民におぶさって……しかも王女は意識がない! 打ち首ものだ……」

「……そうか」

「王女が目覚めた後、クラウドを牢獄から出すのに王女は大変苦労したんだよ! 感謝するんだね」

「……そうか」

「…………くっ! もういい。それより仕事の件だ。出発は明日。しっかり準備しといて」

「……そうか」

「……クラウド?」

「……そうか」

 

「…………あんた……話聞いてんのかぁ!!!」

 

「むっ! ……あ、話は終わったのか?」

なにやら、更に怒ってしまったようだ。

笑わなかったのにな……。

「……はぁ〜……出発は明日よ……準備しといて……」

随分と疲れた口調だな。 というか……。

「急だな……」

ライカン討伐が明日か……さすがに急で驚いたな。

「あのね……2日間牢獄内にいたの誰かな?」

……なるほど。

なんというか、おれは悪くないと思うんだけどな……。

理不尽なことだ。

「あ、アニエス質問いいか?」

「ん? なに?」

「明日討伐するライカンとはどんなモンスターなんだ?」

「ん……正確にはライカンスロープ。人狼だよ」

「人狼……それはこちら側とコミュニケーションを取れるものなのか?」

「あーソレは無理だ。知能は低く強暴だ。好物は人間だしな……」

「そうか……それで被害は?」

「今のところ酷い被害はない。この前一家全員が食われたぐらいだな。めったに山から下りない魔獣なんだが、最近頻繁に人家に近づくそうだ。それで領地主のラ・ヴァリエール公爵から依頼があったってことだ」

「……なるほど」

一家全員食われたのは酷い被害じゃないのか……。

恐らくは、この世界ではそれが軽い被害だという事。つまりは、日常的だという事か。

それにしても、ライカンとやらは人間が好物なのに、山からめったに下りないのか……。

随分な矛盾だな。

まぁ人間を食うのは間違いないんだろう。

ただ、好物は別……いや、肉なら何でもいいと考えられる。

そして、人間を恐れていると予想される。

なら、なぜ最近になって頻繁に人家に近づくようになったのか……多分……繁殖……。

つまりは食糧不足ということか?

 

 

――翌日

「みなさん初めまして、わたくし、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールと申します」

「……長いな……」

とてつもなく長ったらしい名前の綺麗な女性……性格はきつそうな女性が現れた。

恐らく、領地主の関係者なのだろう。

「く! クラウドっ。そういう突っ込みやめなさい」

「アニエス……なんで小声なんだ?」

「当たり前だ! 頼むから普通にしろ」

なにやら焦り顔のアニエス。

「あなたたち、何をしてるのかしら?……とくに、そこの男性……平民がわたくしに口答えですか?」

「……随分えらそうだな……」

どうやらエレなんたらとかいう領地主の関係者に目をつけられたようだ。

「く! クラウドぉ!!」

アニエスはあたふたしている。

「へえ……なかなか言うわね……あなたお名前は?」

「クラウド・ストライフだ」

「……平民……よね?」

平民やら貴族やら、ただの肩書きにウダウダ煩いな。

「おれは平民でも貴族でもない……ただの戦争屋だ」

「その服装……どういうことかしら?」

なにやらおれの服装が気に入らないらしい。

おそらくは、この紫色の服のことを言っているのだろう。

「わたくしのような貴族にしか許されない紫色を主体とした服に、すこし変わっていますがマントまで羽織り、しかも貴族らしからぬ剣士のような格好……あなた平民であるなら打ち首ね……貴族をバカにしてるとしか思えません」

そう言っておれを睨み、杖を懐から出した。

おれはアンから言われたとおりの言葉を発した。

「これは、王女から許しを得ている。おれは東方の剣士でね、こちらの文化とは少し違うんだ。気にしないでくれ」

「なら、その服を脱ぎなさい。目障りです」

……ムカつく女だ。

「断る。これはおれの大事な友人が残した服でね、その気持ちを酌んで王女は認めてくれたんだ。あなたに脱げと命令されるいわれはないな」

「……随分な口の聞き方ですね……王女がそう言っていたのであれば良いでしょう。ただし、口の聞き方に気をつけなさい」

お前こそ……そう言いたくなるな。

「ああ、了解した」

これは仕事である。

そのため、おれはとりあえずそう答えた。

ただ、実際口調が変わることはないだろうが……。

「…………まあいいわ、それではみなさん、わが屋敷にご案内いたします」 

「その前に1つ良いか?」

「……平民風情が何かしら?」

……。

「参加人数の増加を提案したい」

そう、今の人数じゃ厳しいかもしれない。

どれほど大きな山なのか知らないが、ライカンの数は可也のものだと予想できる。

恐らく、彼女はその数を予想できていない。

「ふふっ。怖気づいたのかしら? たかだかライカン数匹にこれ以上の人数増加をしろと?」

ああ……やっぱり予想していない。

「きっと数匹じゃない。恐らく数百はくだらないと思われる」

「それはないわ。ライカンは人の居ない地を好むの。今向かう場所は街……人が大勢住む所から一番近い山よ。そんな所に数百なんてありえないわ」

……まいったな……説明するのメンドイぞ。

「なら、なぜ今になって人家に近付きはじめたんだ? ライカン増加による食糧不足じゃないのか?」

「…………くっ! 平民が私に意見を述べようというのですか! それ以上何か発言すれば許しません」

なんというか……どうしようもないようだな……。

きっとおれの意見を聞いてその可能性には気づいただろう。

だが、平民の意見を取り入れるのは屈辱……プライドが許さないということか。

おれの予想が外れであることを祈りつつ……最悪の事態も考えておかなきゃな……。

 

 

 

エレオノールという女性、王立魔法研究所の研究員であり、ラ・ヴァリエール公爵家の長女だそうだ。

金髪の長身で、いかにも貴族といった物腰。

今回の、依頼主である。

討伐に選ばれたのはおれを入れて結局は総勢21名。

そのうち、貴族は6名で、残りが平民の剣士だった。

おれたちは、依頼主であるエレオノールに連れられ、数時間かけて現地近くの屋敷にたどり着いた。

その屋敷の敷地の広さにも驚いたが、それ以上にピリピリした空気が気になった。

ライカンという魔獣がいるとされる森なのだろうか、独特の重圧感と匂いが漂っていた。

「空が震えてるな……」

おれは移動中の馬車のなかで瞳を細め呟いた。

 

 

ラ・ヴァリエール公爵家の当主から軽く挨拶があり、今日はそのまま泊まる事となった。

明朝すぐに出発とのことになった。

おれはなかなか寝付けず、深夜に外で鍛練をしていた。

「やはり、マテリアが無いのは痛いな……」

現在意味不明な黒いマテリアが装備されてるだけ。

しかも、なぜか取り外しが出来なかった。

ためしに魔法を唱えてみたが、何も起きない。

いや、確かに魔力は感じる。

しかし、それを具現化する過程で失敗するのだ。

そして、この黒いマテリアにはとてつもない魔力が込められていると感じていた。

「……まったくもって意味がわからん……呪われてるのかもな」

その晩、誰かの視線を感じつつ、鍛練を繰り返した。

 

 

 

―― ◇

 

 

今回討伐に参加することになったケルベロス隊隊長、ロドス・ドラグナー・ブランケット・ド・ポリスキーは、とある青年のことを考えていた。

クラウド・ストライフ。

王女と外出し、捕まり牢獄へ入れられた経歴を知っていたため、より意識していた。

王女とどんなつながりがある人物なのか。

そして、一風変わった紫色の服装。

普通では考えられない、平民であれば間違いなく断頭台行きである。

なのにも関わらず、彼はこの討伐隊に参加している。

おそらくは身分を隠した大貴族なのかとも考えていた。

貴族らしさという面では、それは感じられないが、それよりも彼の存在感、それがロドスにとって興味をもたれる一面であった。

平民であの存在感はありえない。

別国の王子と言われても、納得してしまうような存在感が、気になっていた。

そして、王女からの言葉がロドスの思考を刺激していた。

ロドスは、クラウドの参加に反対であった。

聞いた事も無い人間であり、王女を連れ出した非常識な人間と思っていたからだ。

しかし、王女は『クラウド・ストライフ。彼は特別です。あなたのその目でしかと見定めてください。彼はこの国にとって無くてはならない存在になるかもしれません』

その言葉を聞いて、何も言えなくなった。

王女に、そこまで言わせる人物……誰でも興味を持つだろう。

その王女の言葉どおりなのか、ロドスは見定めようと思っていた。

そして先日、人員増加を提案したとき、その片鱗を見た気がした。

初めはライカンの特性……その先入観でライカン増加という考えなど頭の片隅にもなかった。

山を降り人を襲った……そう、その理由をしっかり考えようとしなかった、人が好物……そんな事実、確かめたことなどない。

おそらく、食べれる物ならなんでも食べると考えるべきだ。

あまりの凶暴性に……ライカンと遭遇し襲われ生き残った者が、勝手に『人が好物』であると決めつけたのだろう。

姿を現さず、奥地で生息するという事は、人を避けているという事。なのに人が好物……矛盾しすぎだ。

今回は人間が領地を増やした結果、少数のライカンが目的地である山に取り残され、そしてそこで繁栄していった。

だが、ライカンが増えすぎた結果、食べ物を求め人を襲うようになった……。

冷静に考えれば、普通それしか考えられない。

だからこそ、きっと彼の予想は合っているだろう。

だが、平民……と決めつけるのには自信はないが、その彼の意見であったため、提案は却下されてしまった。

これは仕方のないこと。平民が貴族に対し意見を言うなどあり得ないことだから。

だから、人員増加は諦めるしかない。

そして、今回の討伐は、いつも以上に警戒し気を緩めてはいけないという事。

ただ、あの意見だけで特別であるなにかを全て感じ取ったわけではない。

はたして、今後、その特別である何かを感じさせてくれるのか……。

見た限りは、剣士。

メイジとは思えない。

であれば平民。

しかし平民の枠から大きく外れた存在感。

ロドスは楽しみで仕方が無かった。

 

 

 

 

 

そして、決戦の朝がやってきた。