―― 006 Halkeginia mythology

― 死の匂い ―

 

 

 

明朝、クラウドたちは出発した。

派遣された21名のメイジと剣士、そしてラ・ヴァリエール公爵とその妻、カリーヌ・デジレ、そして長女のエレオノール。

総勢24名はライカンスロープが住みつく森へ向かった。

ラ・ヴァリエール家から距離にして5キロ程度、その近くには小さな町があり、被害も多発している。

それを一番重く感じていると思われるラ・ヴァリエール公爵の目は、戦場に赴くに相応しい力を宿していた。

ただ若干気負いすぎで肩に力が入っている。

一方クラウドは、淡々と、冷静に、未知なるモンスターをいかに効率よく倒すか、ソレのみを考える。

そんな姿に、アニエスは感心しつつ、強敵に挑む恐れや緊張感を消散していった。

クラウドがいる。

その存在感だけで、心が落ち着いていった。

そのクラウドの頼もしい背中を見るだけで、力がみなぎっていた。

 

 

 

―― ◇

 

 

ライカン……狼男か……。

さぁ、この世界のモンスターはどれほどの強さなのか。

予想は出来る……この世界の星の生命エネルギー、魔晄……その源であるライフストリームは膨大だ。

ここが、あの『約束の地』であると言われても納得できるほどに。

ただ、魔晄が凝縮され生み出された結晶『マテリア』は、この世界には存在しない。

だから、ここでは魔晄……ライフストリームとはまた違ったエネルギーなのだろう。

そのエネルギーである魔力の量と質から見て、今回一緒に行動する奴らは、向こうの世界の人間と比べ強いと読み取れる。

とすると、ライカンは恐らくかなりの強敵なのだろうと予測できる。

魔法防御力が異常に高く、知能は低い、さらに凶暴か。

魔法を使うなら、無属性系しか無理って感じか?

だが、この世界の魔法とおれの世界の魔法はまったく違う。

きっと、無属性なる魔法は存在しないのだろう。

だからこそ、恐れられる存在……ライカンね。

しかし、随分体術系は低く見られている世界だな。

実際、タイマンなら魔法使いより剣士のほうが強いだろうに……。

ま、それも人それぞれだが。

いや、それだけこの世界の魔法が強力って事か? これだけ巨大なエネルギーを感じる世界だしな……。

アニエスと一度剣を交えたが、別に弱くはなかった。いや、強かった。あれはこの黒い刀のおかげもある。

この刀……恐ろしいほど切れ味が鋭い。

しかも、強度も並じゃない。普通こういった刀系の武器は、切れ味優先で耐久性は低い。

……セフィロス……あいつの使っていた武器、刀……そして見た目が似ているこの刀、きっとこれは、アルテマウェポンのはずなんだが、何が切っ掛けでこんな形に変わってしまったのだろう。

おそらく、セフィロスに関係しているのは間違いない。

危険な刀……。

だが……恐ろしいほどにおれに馴染む。

なにより、この黒いマテリアだ。

意味がわからないな。

……おっと、思考が脱線してたな。

今回の戦闘。無事に終えることができるだろうか?

ここにいる貴族というメイジ、そして剣士達……弱くはない、そう、それなりの強さは持ち得ている。

特に、ヴァリなんたらっていう家族、全員がかなりの魔力を秘めているのが分かる。

あとは、オッサンみたいな顔したロドスだったか? 渋めの感じがシドっぽい奴。性格は違いそうだが、こいつも魔力もなかなかだし、体術はさらにかなりのものだろう。

肉の付き方、そして歩き方に鋭い視線等で読み取れる。

なのに、……不安が押し寄せる。

そう、みんなが浮足立っているように見えてしまう。

アンバランス……。

きっと、経験値が少ないんじゃないだろうか?

あまり、こういった戦闘や戦争などが頻繁ではないのか?

じっくり訓練し、土台は作ったはいいが、その中身、エンジンだけが貧弱……そう、そんな感じだな。

特に、前を歩いているアホみたいなメイジ三人は、糞だな。

魔力はそこまで低くないだろうが……今回のライカン討伐を、完全になめきっている。

それだけの実力がある? いや絶対違う。

強者とは、どんな状況でも必ずどこか冷静なんだ。

どんなに馬鹿なことしても、ふざけていても、いつどこでも状況を冷静に考える。判断する。それが経験値であり強者たる所以だ。

冷静になれないものは、ただのバーサク状態と同じ、力が上昇しようが、怒りに身を任せれば必ず死んでしまう。

そして、仲間までも殺してしまう。

いや、この三人はバーサクとも違うか。何も考えていない……不気味なほど自信だけがある腐った人種だ。

本当に不気味だよ……どんなに舞い上がっていても、ここまで自信を持てる奴見たことない。

それほどに、ここの世界は異質だって事か。

貴族と平民ね……その考え方が、こいつらを弱くしているんだろう。

ふぅー……さて、どうするか……こいつら帰ってくんないかな?

 

 

 

 

―― ◇

 

 

 

 

「くっくっく、おれたちメイジがいりゃ楽勝だっての! なんでわざわざこんな平民を」

移動中、一人のメイジがぼやく。

その言葉を聞いて、ほかのメイジも相槌していく。

「全くだ……ライカンだかなんだか知らないが、おれの炎で丸焼きにしておしまいだな」

「おー、言うねー、んじゃおれと勝負だな」

「おい、平民どもおまえらはただの盾だ。勝手な行動したら後ろから魔法食らわすぞ」

そういきがってるメイジ三名。

それを聞いていた剣士たちは何も言わずこぶしを握っている。

クラウドは完全無視というか、本気で帰ってほしいと思っている。

その発言に、ロドスは頭を抱えつつ、じっくりとクラウドを観察する。

――クラウドとやら……お手並み拝見だな。

 

 

目的地に近づくにつれ、森全体の空気が変わっていった。

しかし、その変化に気づいている者はクラウドを含み数名のみである。

その中でもクラウドは緑一色の風景が、真っ黒に見えるほどに変化を感じ取っていた。

「……こりゃ……すごいな……」

気配が徐々に増えていく。

その気配は真っ黒に染まっており、クラウドたちを手招きしているような、そんな視線が当たり一面を覆う。

「……まずいな……囲まれてるぞ」

「……はぁ? 平民、煩いぞだまれ!」

クラウドの発言に反応したのは先ほどのメイジであった。

「……ちっ!」

クラウドは何かに反応しようと飛び出した。

一瞬であった。

とてつもないスピードで黒い何かが通過する。

断末魔すらなく、一人のメイジの身体が弾ける。

 

――ブァチャ!

 

まるで身体の内部から爆発を起こしたように、人だったそれは花火のように飛び散った。

「……ひぃ!」

「な! なんだ!」

「……あ……ああ……あああ」

突然の死。

それは討伐隊に恐れを植え付けた。

「うあああぁぁぁああああああ!!」

一人が叫びだす。

その声と共に、恐怖は共有されパニックが伝染する。

攻撃を仕掛けたライカンは、ぐちゃぐちゃになった人間を拾い、くちゃくちゃと食べる。

そのおぞましさが、思考を停止させる。

全長3メートルもの巨体、真黒な毛並、鋭い牙、どんな攻撃も跳ね返してしまうような筋肉、まさに化け物。

その巨体は、赤に染めた目で睨みつけてくる。

誰もが動けなくなる。

ケルベロス隊の隊長であるロドスも、ラ・ヴァリエール公爵でさえも。

「くそ! 間に合わなかった!」

しかし、そのなかで一人だけ冷静に動く人物がいた。

クラウド・ストライフである。

クラウドはすばやく刀を抜刀し斬りつける。

ライカンはその動きに反応するも、食事中だったためかかわしきれなかった。

 

――ザシュ!

 

「何をぼやっとしている! 来るぞ!」

 

クラウドは大声を上げ、切りつけたライカンにトドメを刺した。

瞬間、全員の頭が切り替わる。

こうして、戦闘が開始された。

 

 

 

―― ◇

 

 

 

「アイス・ストーム!」

エレオノールは魔法を唱えながら考えていた。

クラウド・ストライフという青年のことを。

「……ぐっ! エア・ハンマー!」

 

なんてことなの……。

ライカンをなめていた。

ここまで強いとは思っていなかった。

そして、やはりこの数の多さ……あの男の言っていた通りだ。

ここまで増えていたなんて……いや、予想できたことだ。

なのに、ライカンは人里離れた場所を好むという先入観だけで数匹だけの討伐だと決めつけていた。

なぜわたくしはいつもこうなのか……独りよがりで……我儘で……プライドだけが高くて……だから結婚できなく……いや、それは今はどうでも良い。

くっ! やはり魔法がほとんど効かない。

剣士にトドメを任せるしかない。

小さな魔法、エアハンマーなどの乱れ撃ちで相手を引かせるぐらいしか手が無い。

でも、本来なら最初のあれで……全滅していた。

わたくしともあろうものが……貴族であるわたくしが……あの惨劇に恐怖し、怯えてしまったのだ。

いや、わたくしだけではない、お父様やお母様ですら……。

なのに、あのクラウドという平民モドキ! あいつが……あいつだけが反応した。

貴族に向かって……怒鳴りつけた。

普通なら許せない……なのに……今あいつがいることで戦える。

完全に……頼りにしてしまっている。

この絶望な戦闘の中、あいつだけが頼りだと考えてしまっている。

今も、あいつは人間と思えない動きでライカンを切り刻んでいく。

わたくしは……悔しい!

 

 

「来るな〜!! 来るな〜〜!! おい平民! おれの盾になれ! 助けろよ! 命令だ! おれは貴族だぞ!」

 

一人のメイジが杖を振り回しながら泣き叫んでいる。

貴族……。

それはあんな人間のことを言うのか?

嘆かわしい!

わたくしは、あんなのを貴族と認めない!

邪魔だ! 恥知らずめ! これ以上、わたくしを惨めにするな!

 

気がつくと、エレオノールは涙を流していた。

 

 

 

―― ◇

 

 

「クラウドぉ! やばい! 突破される!」

アニエスが叫ぶ。

クラウドは前方、アニエスは後方で戦っていた。

しかし、後方で支援するはずの魔法がないのだ。

その魔法を唱えるはずの人物は、怯え、そしてただ泣き叫んでいる。

しかもただ何もせず泣き叫んでいるだけならまだ良かった。

近くの剣士を無理やり盾にしはじめたのだ。

そのため、背後の壁が突破されかかっていた。

「……くそっ!」

クラウドはいらだっていた。

確かに戦いを理解するもの同士なら、その場しのぎでも連携は取れる。

だが、あきらかに邪魔者がいる。

――戦えぬなら、邪魔をするな!

「エレオノール! 数秒だけ持ちこたえてくれ! すぐ戻る!」

クラウドは支援していたエレオノールにそう伝えると、急いで背後に移動した。

「…………あ、呼び捨て! くっ! エア・ハンマー! 乱れ撃ちぃ!!」

 

――ドドドドドドッ

 

 

 

 

 

「アニエス!」

クラウドは背後に回った瞬間、苛立ちがピークになった。

それは貴族としていきがっていた二人の行動が問題であった。

この貴族がパニックになりながら、魔法を乱れ撃ちし、仲間まで殺したからだ。

しかも、ライカンの攻撃に対し、無理やり仲間を盾に使い、殺していく。

「死に……たくないよ……」

クラウドの耳にしっかりと届いた最後の言葉。

目の前でメイジ……脅えパニックに陥っている馬鹿が放った炎に焼かれ今まさに死んでいく仲間だったモノ。

――なんだこれは?

怒りで狂いそうになる。

焼かれていく匂いが充満し、胸が締め付けられそうになる。

――何のためにこの場所に来たのだ?

――ライカン討伐のためではなかったのか?

クラウドは問いかける。

死んでゆくものを見つめ、自身に問いかけていく。

――どれほどの無念だっただろうか?

死んでいった剣士の半数は、間違いなく貴族という馬鹿共が殺している。

焼かれていく、先ほど死にたくないと呟いたものは、何かを求めるように、探すかのように地面をゆっくりと這っている。

そして、動かなくなる。

――最後に何を求めたのだろう?

――何を思って死んだのだろう?

――決まってる!! 死にたくないと、最後までもがいたんだ!!

――おれ達は仲間に殺されるために来たわけじゃない!

「は、はは……なんだコレ?」

クラウドは呟く。ライカンを切りつけながら、殺意は許せないメイジ二人に向けられる。

「なんだ……これは一体何だ!!! ふざけるな!!」

クラウドの声が響き渡る。

ドス黒く染まっていく殺気がクラウドを覆い尽くしていく。

そんなクラウドに対し、そのメイジ達はまるで当たり前のように、バカにするように、笑いだした。

「くはっ! はははっ! こいつ何叫んでんだ!? やっぱり平民は馬鹿ばかりだ!!」

戦場の恐怖を吹き飛ばそうと強がっているだけなのだろうか?

もしそうだとしても、許せる発言ではない。

「何を言っている?」

クラウドは信じられないといった表情で小さく呟く。

それは自分自身に問いかけるように。

「平民がぁ!! 早くこいつらどうにかしろ! 逆らったらまた後ろから炎食らわすぞ!!」

――逆らったら?

――ああ、そうか……この馬鹿共はパニックになって炎で殺したんじゃないんだ。

――そう、自分に逆らったから……だからムカついて殺した?

「は、はは……理解できねぇ……」

クラウドの中で何かがキレる。

「……おい、おまえら死んでくれないか?」

静かな声でその貴族達に告げるクラウド。

「なっ……なんだと! 貴様! 貴族に向かって!」

「そうだ! 貴族に向かって何様のつもりだ!」

今の状況を理解しない貴族二人に、クラウドはより苛立ちを隠せない。

「おまえらが邪魔だと言っている」

クラウドはライカンの攻撃をかわしながら、邪魔者2人に近づいていく。

「そ、そんな口の聞き方、許さないぞ! 平民はゴミだ! 貴族のために死んで何が悪い! 貴様も……」

「お黙りなさい!!!」

その時凛とした声が響き渡る。

その声の主は、ラ・ヴァリエール公爵の妻、カリーヌ・デジレだった。

「ははっ、いってやってください、この生意気な平民に!」

「クラウドと申しましたね?」

カリーヌは、そのメイジを無視してクラウドに声をかける。

それは怒りを抑えきれぬような深く殺気の籠った声。

「ああ、だから?」

その声にクラウドはそっけなく答える。

カリーヌは一度目を閉じクラウドに告げた。

「……彼らを処分して下さい」

「了解した」

カリーヌの判断。

邪魔な二人をすぐに処分するのは自分では不可能。

それは、ライカンが強敵だから、そんな余裕すらないから。

なら、それが可能な者に託すしかない。

そして、今、それを実行しようとしている者がいる。

クラウド・ストライフだ。

クラウドは平民。どんな理由にせよ、貴族に手を出してしまえばタダじゃすまない。

なら、命令すれば良い。

そう、カリーヌはクラウドの事を考え、命令したのだ。

クラウドの行動は早かった。

「なにを……」

信じられないといった声を残して、そのメイジ二人の首が宙に舞った。

 

 

 

―― ◇

 

 

 

くそ、こんなんで勝てるわけが無い。

甘かった……まさか、ここまで戦えない者がいたなんて、予想していなかった。

様々なパターンを、特に最悪を想定し、前もって答えを出しておかないと、やはり対応が遅れてしまう場合がある……そう、おれは仲間たちとそれを学んできたはずだったのに。

おれは恵まれていたんだな。

前の世界の仲間たち……みんな最高な奴らばかりだった。

くそ! こういう状況になる前に、何とかできたはずだ! おれは、こいつらが経験値不足だということを見抜いていたはずだ! なら、なぜそれを考慮しなかったんだ!

作戦すら何もない、アホみたいに状況に流され、次々と皆死んでいく。

これは、あの邪魔者のせい? いや、それ以上に、おれのせい……。

何とかできたのに、貴族という人種におれはムカついていたんだ。

仕事だと割り切っていたはずなのに、おれは貴族共にムカつき、そして無視していた。

どうでも良い存在として……勝手に死ねばいいと、そう思っている自分がいたんだ!

それがこの結果だ!!

おれはライカンをもう30体以上倒している。なのに増える一方。

このままじゃ全滅する。

おれの甘さ、そしてくだらない感情で引き起こした結果だ。

――死にたくない。

さっきの言葉が耳から離れない。

怒りが収まらない! あいつらを殺しても収まらない! だが、このまま戦い続ければ全滅する可能性が高い。

今は、逃げるしかない?

ああ、そうだ。現在ほとんどの者がパニックに陥っている。

特に、あの二人を処分してから、より一層皆が自分を見失っている。

しかし、どう逃げるか……。

おれだけ逃げるなら簡単だが……。

呪文が使えたら……まだ逃げ出せるチャンスもあるのに!

くそっ! おれはまだまだ未熟だった!!

苛立ちすぎたせいだろう。

おれは完全に冷静じゃなくなっていた。

「クラウドォ!!!」

アニエスの声が遠くで聞こえた。

おれは、ライカンから強力な一撃を食らって空を舞っていた。

 

 

 

―― ◇

 

 

 

ラ・ヴァリエール公爵は叫んだ。

「この場は引くぞ! これ以上戦えば全滅じゃ!」

「父上! それは!」

その発言にエレオノールが反応する。

「負けたわけではない! 明日のために今は引くのじゃ! 無駄死には許さん!」

「しかし……どうやって……」

そう、逃げようにも逃げ道がないのだ。

「ラ・ヴァリエール公爵、わたくしにお任せください」

その時、ケルベロス隊長ロドスが杖を振りながら答える。

「このロドスが殿をつとめます!」

ロドスは自分が情けなかった。

ケルベロス隊隊長でありながら、自分は何が出来たのかと……。

クラウドという青年がいなければ、自分は何も出来ずに死んでいたと。

そして、その後も戦闘で自分は役に立てなかったことを。

なにより、あの邪魔者……キリム隊の二名……。

――何も……何もできなかった!!

「わかりました。お任せします。わたくしが魔法を放ったら、全員走りなさい」

そのロドスの発言にカリーヌが答える。

大魔法を放ち、その隙に逃げるということだ。

「殿……任せたぞ」

ラ・ヴァリエール公爵も、ロドスの心情を理解していたのだろう。

かれの心意気を無駄にしないため、その心情を酌んで、殿を任せた。

「ク……クラウドは!」

叫んだのはアニエス。

アニエスは、あれでクラウドが死んでしまったとは思えなかったのだ。

「わたしが連れて帰る! 心配するな! あいつは必要な人力だからな」

ロドスが力強く答え、そして……カリーヌが魔法を放った。

 

 

 

「カッター・トルネード!!」

 

 

 

瞬時に周りのライカンを吹き飛ばす。

大嵐が全てを吹き飛ばす。

特大魔法が放たれた。

「さぁ、今のうちに!」

これで逃げれる、誰もがそう思っていた。

 

――グォォォオ!

 

黒い重圧がのしかかる。

特大の竜巻魔法をものともせず、襲い掛かった一匹の魔獣。

通常のライカンよりも倍以上の巨体。

真っ黒い凶悪な叫び声と共に、その巨大な爪が襲い掛かった。

 

「いやぁぁああ!!」

 

その爪は、エレオノール目掛けて……。

 

 

 

 

――ガギィィン!!

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……今のうちに……逃げろ……」

エレオノールが目を開けると、一人の背中が見えた。

その背中はエレオノールにとって守護神のようで、力強く安心感を与える。

そして、自然とこう発言していた。

「は……はい!」

 

その発言は普通では考えられなかった。

平民に対しての発言ではなかった。

エレオノールが見たその背中はクラウド。

クラウドは、刀で相手の爪を防ぎ止めたのだ。

あの強力な力を持つ……いや、その通常のライカン以上に強いと思わせる一匹の巨大すぎるライカンの一撃を彼は止めたのだ。

ありえない光景である。

そのパワーももちろんであるが、それ以上に驚くべきことは、攻撃に割って入ったスピードである。

エレオノールはもちろん、それを見ていた者全員が、クラウドという青年の強さに見ほれてしまった。

なんという青年なのだろうと……。

そして、あれだけエレオノールが気に入らないと思っていたはずが、今はなによりたくましく感じ、そしてとうとう認めたのだ。

クラウドは、平民じゃない。

彼は、私たち貴族以上の存在……。

全てを導く人だ……。

あり得ない思考。おそらく最悪な状況によって導き出された思考。

だが、それでも確信する。

 

エレオノールの心が沸騰するかのように熱く興奮していた。