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ANTI-VIOLENCE

 テツは、赤く縁取られた唇がぎゅうと細く結ばれるさまを混乱して眺めた。
 回転速度の違う頭が導き出す言葉はまったく不可解で、未だ理解する術をもたないテツは数度の瞬きを繰り返し、殴り合いがしたい等とたいそう物騒なことを告げる恋人を身長差ゆえの高さから見下ろした。
 ときどき花はおかしなことをいう。 男になりたいわ、と花が言い、殴り合いがしたいのと 震える指先が怒りのためか悲しみのためかも判断できなかった。はあそうですかとこれまた意味のとれない返答をして、顔を伏せられてはその表情を見ることも敵わなくなる。
「…殴ってほしいの?」
おろおろと問い掛ければ違うわよ馬鹿といわれてほっとする。 立ち尽くしたテツは、縮まらない距離に焦れた花に襟を掴まれ吐息の届く位置にひきよせられた。
「本気の勝負がしたいのよ」
殴って殴り合って、穏やかでないことを吐き出す唇はひどく緩慢に動いた。 私は腹が立ったら殴るけどそっちは殴れないじゃない。それって、フェアじゃないわと顰められた眉の憤り先は花自身らしかった。至って普通の、強く優しい母に育てられたテツは、女性に手を上げるなど及びもつかないところにあるのだけれど、花は時折それが無性に腹立たしく、苛立つようだった。
 私ばっかりが傷つける。優しくしたいのに。私ばっかり甘やかされて、と癇癪を起こす花の頭を優しく撫でた。 暴力なんて最低、とニュースを苦々しく見つめる花なのだから、言いたいことはつまり先ほどの喧嘩の謝罪だろうか。竜とか、例えば自分と遣り合える男同士ならば腹が立って殴り合って最後には笑い合ったり、そういう単純な仕組みが確かにある。
 男なら良かった、と悔しそうに呟く花を柔らかく腕に抱えて、それは困るなあとテツはぼんやり思った。


END.
2004/01/21
改稿 2004/05/30

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