敢えていうなら、その眼。
柔らかさを削げ落としたような端整な顔作りの中で一層 鋭く切れ長な。
伸びた背筋も好きだ。
身長の高い人間にありがちな猫背ではなくスラリとした立ち姿。
「なんだよ、身体目当てかよ」
呆れた調子で竜は花を見た。
二杯目のグラスを空けた親友の恋人は、
それこそ可愛らしい娘に言い寄られて好きじゃないからと拒み続けた男だ。
そんな男として見れば、自分の弟分であるテツが
年上の悪い女に騙されているという感があるのかもしれない。
テツと花がデキるかなどという由希との賭けに否としたのも、結局は
願望に違いない。
「取られて悔しいだけでしょ」
花が言うとウムムそうかも、と恋愛以外の好意にはまったく素直だ。
強欲な花が外見だけで良しとしないのは竜だって重々承知のはずである。
勿体無くて話せないわ。綺麗に塗られた爪を見る。
昨夜 人相の悪い顔を更に難しくしてテツが恭しい手つきでもって塗ったのだ。
冗談で言ったのに。
やって、と出された手を、まるで騎士であるかのごとく厳かに受け取った。
テツは鈍感のくせに
甘えたい気分をきっちり感じ取り、甘やかしてくれるものだから、
花はときどき癇癪を起こしたくなる。
それは花自身 気がついていないときにさえ行われるのだ。
昨日だって、別に。そんなつもりで。
「性質が悪いのよ」
「は?」
そりゃよっぽどお前だろと言いたげな竜を無視する。
竜は静や由希や花の性質(タチ)の悪さを主張したいところだろう。
わかってないのね。私達みたいな人間にとってはあんたたちみたいのが一番油断ならないのよ。
計算されない優しさは、ときどき残酷だ。
私、弱くなるわ。嫌だわ。
純粋にされるだけの見返りを求めないそれは花を泣きたくさせる。
目の前の男のように捻くれもしなかったテツはいっそ綺麗なまでの形で表現して、
今日は一日爪を見ながら愛しくなったり憎々しくなったり心落ち着かない時間を過ごした。
帰ったら除光液で、ああでも明日はどうせまた淋しくなるのよ。いまいましい。
「なんだよ、色、気に入らないのか」
ここにも鈍くて鋭い男が一人。気に入らない色なんて私がするわけないでしょ。
本質はわかっても種明かしはできない男達なのだ。
「塗り方が気になるのよ」
「そうか」
真実ではないが嘘でもない言葉に竜は頷いて、新たに日本酒を追加した。
「二三日もすれば、慣れるだろ」
「え」
「その、爪」
品書きを眺めて鳥かな豚かなと真剣な顔だ。
なんだ、二三日くらい持たねえの、爪、と目も上げずに訊く。
持つ。というより、何度でもテツは塗ってくれるだろう。
「慣れていいのかしら」
「?いいだろ」
両方頼んじまおう、と店員を目で追った。
祖父を喪って一人暮らしをしていた竜が、
真琴の存在を受け入れることを躊躇ったことに今更納得する。
そうよ。私だってまだちょっと怖いのよ。
素直に認めて、花は大根の煮物を割いた。
慣れて喪ったら。怖いわ。
慎ましやかな甘さの煮付けは歯を立てると大根の清爽な水気が広がって、
そうして花は怖いもの知らずな親友が早く来ますように、と勇気を求めた。