ときどき、性欲というものはとても邪魔なのだと思う。花はただ懐いているだけだというのに、テツにとってはそう簡単な話ではなく、触れた柔らかな腕だとか甘い香りだとかどうしようもなく劣情が湧く。
ただぎゅうとしたいという花の要求もそんなに容易にこなせるものではないのだった。
「・・・花さん」
テツは、自分の腹を枕にしている花に呼び掛ける。
「んー?」
「それ、くすぐったい」
それ、とは何故か先ほどから撫でられている足の踝くるぶしのことだ。
フローリングに寝転んで雑誌を眺めていたテツに近づいて、花はいつの間にかテツの腹を枕に本を読み始めていた。
「んー」
本から目も動かさずに花がまた生返事をする。
花の腕は、テツの立てた膝の下を通り、未だに踝に触れている。
「はーなーさーんー」
「んー・・・」
避けるように足を動かして再度名前を呼べば、やっと花の目がテツを見る。
思いのほか強い目で見つめ返されて、テツは怯んだ。身を退いたテツに
小さく笑って、花は体を起こし寝転ぶテツの上から見下ろした。
「わからない?」
赤い唇が艶然と微笑みを作る。ひとすじの黒髪が頬に掛かり、長い睫毛に縁取られた瞳がゆっくり細められた。
「誘ってるのよ」
そうしてテツに口付けが落とされた。
真夏の暑い日に、一日中クーラーをつけて互いの身体を探求することに勤しむ。
不健康で本能的な幸福の一日。
締め切られた部屋では蝉の声も遠く、入る夏の日差しもどこか空々しい。
シャワーを浴びてくる、とテツが身を起こした。花はまだ心地よい余韻にひたって動かない。
向けられた裸の背中は綺麗に脊椎の線がひとつ通って、まるでテツそのもののように思えた。肩甲骨の下、くぼみに爪痕があるのは、テツの弱点と知っている花が引っ掻いたからだ。
シャツを拾おうと屈み、腕の動きに合わせて筋肉と骨と爪痕が動く。吸い付くような肌と肉がまた花を誘っている。
「テツくん」
「花さん?」
手招きに大人しく釣られる可愛い男。
ベッド脇に膝をついて向き合うテツに、がぶりと噛み付いた。
「ちょっ・・・花さん!」
はじめは鎖骨、次は首元、頚骨、そして肩甲骨へ。
かぷり、がぶりと。
「背中見ながらしたいなー」
「え?」
テツは花の背後から色々好き勝手するくせに。不公平だ。
テツと向かい合って跨またがったまま、無防備な背中を撫で、口付けと噛み痕とを落としていく。
困っているだろうテツの手は、所在無く花の腰に添えられているだけだ。
身体を戻してテツを覗き込めば褐色の目が戸惑っている。黒髪と違和感のある淡い透明な目。快感に濡れると深みを増す、その目。
仕方ない。
ふ、と笑って、鼻にかぷりと噛み付いて、花は困惑しきっているテツを許してやることにした。
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