Beautiful Dreamer
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BASIC TASTE

 調味料の組み合わせが悪い。思わず眉間に皺が寄る。 味覚オンチとはいわないが美食家でもなかったテツが、違いのわかる男などに なってしまったのは絶対に花の影響だ。 心の中でぼやきながら、テツはこくんと大人しくスープを飲み込んだ。
 秘書を辞めたあと、テツは小さな整備工場に就職した。そこには大元となる親会社があり、 その社長が従業員たちを高級といわれるレストランに連れ出して、テツも大人しく輪に加わっている。 後を継いだばかりで30代前半の彼は、ワインを片手に若い女性整備員に話し掛けている。 視察に来ただけの社長がなぜ従業員たちを食事に連れ出したのか、しかし 物事を理由付けて考える習慣のないテツには疑問にもならず、 目の前にある決して美味いとはいえないスープだけが大問題であった。
 「なあに、それで難しい顔して食事してきたの」
花は笑う。 難しい顔はしなかったつもりだが、もともと緩やかなところのない顔なので自信はない。
「花さんは」
「私?」
今日は自分でパスタをね、と答える。 そういわれてみればまだニンニクとオリーブの香りが残っていた。 遅い夕食だったのだろう。 断って、そっちの方が良かった。 本気で言うテツに、それでも私のものよりは美味しかったはずよ、と優しく 花は諭した。
 テツは秘書として花に沢山の店に連れて行かれ、そうして 丁寧に味わうという行為を学んでしまった。 普段は別にいい。 ただ、あのように小さなお皿でいかにも味わって食べろと出されたら、 なんだか気合を入れて味わってしまう。 花の選んだ店は、どこも舌に馴染む微細な味作りをしていた。
 「じゃあ私のは味わってないわけね」
からかいを含んだ調子だった。 舌の使い分けくらい誰でもする。 ファストフードやファミレスで意識しながら食べたりはしない。 それを判っていてのからかいであったが、 そういうわけじゃあと焦るテツを花は楽しんだ。
「プロと比べてもらっても困るけど」
にこりと助け舟を出して、テツもほっと目元を和らげた。どうしよう、可愛いわ。 無骨な男を可愛いなどと感じてしまったら終わりだ。 そうして赦してしまう女がどれほど多いことか。
 私のせい。なら私の味覚もあなたのせいだわ。
 「責任取って」
判らない顔をするテツに口付けた。
 今日のパスタは納得の出来だった。試しに買ったソースと貰い物の白ワインがよく合った。 でも物足りないのは、テツのせいだ。 以前は一人の食事も楽しめたのに、 こうして語り合う相手を求めてしまうのはテツがいるからだ。 どんなに心を寄せても二人はどうしたって二人で、一つでもなく、 いつも一緒なんてそれも無理で、 温かさと同時に淋しさも手に入れる。きっとそういうものなのだろう。
 「きっと社長はあなたに会いに来たのよ」
テツの額に掛かった髪を上げ囁いて、当の本人はきょとと疑問を示した。 その潔い無防備さを花は愛おしく思う。 そんな顔をしていればまだ訊き易かったでしょうね、と 進められている取引に悩んでいるだろう新米社長に同情した。 テツが眉を顰めて、それは怖くて由希の会社ことなど言い出せもしなかったに違いない。
「花さん、明日は一緒に食べようよ」
テツが無邪気に微笑む。ああ可哀想に。テツの物騒な外見の中身なんて覗けばスープしかなく、 しかし勝負しなければならない由希は柔和でいて余程テツより冷淡なのだった。

END
2003/11/28

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