B r i g h t R i v e r
酷い話だな。そう言った。
なによ、本当にひどいことなんて何も知らないくせに。
思うものの、何やら会うたびに少しずつ伸びている身長や、気付かなかった大きな掌や整った爪、皮膚に残った微かな傷が、思考を音にさせなかった。
少年の名前は、イチと云った。
突然この界隈に現れ、鮮やかな残像を人々に植え付けた。いったい何が他の人間と違うのか、私の悪い脳では悟ることはできなかったが、目が離せなかった。
バランスの取れない手足や中途半端に低くなりかけた声、彼が子供だと全てが語っていた。いや、そんなものよりも更に中身が子供だった。
彼は一体全体、人、というものを記憶しなかった、いや、しようとしなかった。
出来事などは意外に事細かに言えるくせに、その相手ときたらさっぱりだ。
金髪だっただの髭が生えて顎が割れていただの、腕が太かった、あ、肩に傷があった、そんな取り留めのないないことばかり、まるで人間のパーツだけがそこに存在したかのようだ。俺よりデカかった、小さかった。まったく、他人は同じ身長よりも大きかったり小さかったりする方が多いのだと、彼は判っているのか、判っていても彼の認識は結局そのくらいのものでしかないのだろう。
ざぁざぁと光が暗い街を流れていく。騒音と共に。私のことも表現したら髪が長いとか、爪が短いとか。この無数の光と区別はないに違いない。長い爪が、赤い爪が嫌いだと聞いたから、なんて。興味もないこと。それでも、ねえと声を掛けたら嫌な顔をするくせに、視線を寄越すから。見透かすような直線的な目をして真っ黒な瞳の表面に色彩が流れて、その先に異世界が見えて、望んでもいいのと疑問を抱かせる。だってここから抜け出せるなんて考えたこともなかったのだ。違う、それは現実の世界だとも思っていないくらいの場所。この闇は破けるの、破けた先は汚物だらけの街を露わにする光ではなくて、その光の先があるの?イチは連れて行ってはくれない、だけど、どこかに辿り着けるかもしれない、なんて。夢を。
時折見せる、はにかんだ笑顔が、冷たくするくせに酷いと私のため単純に憤る心が、流れて、溜まって、見たこともない色の水が私の中に。
不均衡な肢体を縮めるイチも、きっと、いつか。伸ばして、掴むだろう、今はまだ互いに流れる光に望みを掛けるだけだけれど。
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