When You Wish Upon A Star

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雪の降る、寒い夜に拾ったと青年はいった。


「一宮クン、陵湘なの? やるじゃない」
「どうも」
私の褒め言葉に、少年は無愛想に応えた。
以前「やらない?」と誘ってから、彼の警戒心は解けることがない。
「ちょっと、店員教育がなってないわよ」
その愛想のなさに私はグラスを置いたマスターに向かって文句をいった。
「いいんですよ。本條さん相手のときだけですから」
「オーナーに向かっていい度胸ねえ〜」
「オーナーは貴方のお父上であって、貴方ではありません」
「おんなじよ〜。もーすぐ継ぐんだもん」
ふふん、とわらっても相変わらず彼はおだやかな顔をくずさなかった。 出会ったばかりのころはこの顔を歪めてやりたいとおもったものだが、ひとつふたつしか変わらない青年は私よりもよほどうわ手であった。

あの男が、ふた回りもちがう息子ほどの年齢の男に入れ込んでいるらしい。
そんな噂が耳に入ったのは、後を継ぐために会社につとめはじめてすぐのことだった。
「ねえねえ、どうやって誑(たら)し込んだの?」
「仰る意味が判りませんが」
表情ひとつ変えずに青年はグラスを拭いている。
「判ってるくせに。あの女好きが、まさか年下の男に走るなんてね」
「お父上とは、ただの友人ですよ」
「またまた」
あの男がなんの得もないのにひとと付き合いをするものか。
ましてや出資など。
この清廉潔白の顔でどう卑しく強請ったのか。
「・・・得、ですか」
ふ、と青年が私に目をむける。
すっきりと伸びた背筋とおなじく、視線もすこやかで曇りがなかった。

「うまい酒が飲めるってことでしょうか」
それで理由は充分だ、とでもいうように青年はほほえんだ。

なんと馬鹿らしい話だろう。
富でも名声でも、あまたの女の柔肌でも満足できなかった男が。
口数のすくない青年とカウンターごしの穏やかな空間で。

たった一杯のうまい酒、それだけに救われたというのか。


「ふぅん・・・」
私は飲み物を片手に、カウンター奥でグラスを洗っている少年を見遣った。
「手を出したら、出入り禁止にしますよ」
視線の意味するところに気がついたように、青年は柔らかな口調で釘を刺した。
「やぁねえ。見掛けによらないのねえって眺めてただけでしょ?」
にこにこというと彼はどうだか、と疑わしげな目を送ってくる。
「ああゆう強情そうな子って好みなのよねえ」
青年とは質のちがう実にまっすぐな眼は酷くそそられた。
硬質で、曲がることはないだろう。
どれだけ踏み躙ったとしても。
「恋愛は個人の自由よ?」
わらって、青年をみた。
すべてを映すような透明の黒い双眸に、かつては恐怖すらおぼえたものだったが 慣れてしまった 今となってはどうってことはない。
青年は、真っ当な両親によって真っ当に育てられた、ただのつまらない男だった。
「一宮クンが私のこと好きになるかもしれないじゃない」
「・・・あなたを好きに?」
なにをいうのだと青年が片眉をあげる。

「あの子があなたを赦したら、あなたは絶対にあの子を赦さないでしょう」

あの子の価値は、赦さないことにあるのだから。

「・・・あんた、ほんとつまんないわ」
人差し指でぴんと弾くとグラスはいとも容易に倒れた。 無色の液体はテーブルにひろがり、縁で表面張力を保って床には到達しなかった。
彼は白い布で拭く。その手を掴んだ。

「いっそ、あんたにしようか?」
わらって、青年をみる。
青年はつかまれた体勢から身じろぎひとつしなかった。

「・・・俺は」

あいもかわらず揺れない透明な黒だった。


「俺はそれをゆるさないし、あなたは
  ...
 俺にはゆるしてもらいたいから成り立ちません」


手を離すしか、なかった。


どうしようもないことだ。 堕ちることのないものを欲しがって、しかし手に入ったら、それはすでに堕ちているという。
夜空に光る、星が欲しいと泣く子供とかわりはしない。
どうしようもないことだった。


青年は、子をもつ女性とつきあいはじめ、深夜営業明けの眠たい目をこすって日の光の中でサッカーに興じるようになった。

少年は少年で、世界に愛されるために生まれてきたような少女から一身に愛情を受けた。



「げっ・・・」
「やーね〜。下品な声ださないでよ」
品のない声をあげて更紗は私を見た。
入口で固まってしまった彼女に、カウンター席の隣をわざわざ椅子を引いてやる。
嫌そうな顔をした更紗だったが、引かれた席の隣、つまり私からひとつ席の距離をもって 座った。
「まさか、この時間にあんたが来てるなんて」
開店直後に合わせてやってきた更紗がいう。
「本條さんはたいていこの時間ですよ」
いらっしゃいませと柔らかな表情でマスターは迎えた。
この時間、というより私は開店前に訪れることがほとんどだった。
他の客と喧騒が煩わしいのだ。
今はまだ私と更紗以外に客はいなかった。
「ま、いいわ。楽しく飲みたいし。一時休戦ね」
更紗は一杯目を頼む。
休戦もなにも私の方は彼女と争っているつもりはなかった。
更紗の友人とやらと別れた私に彼女が 鳩尾みぞおちパンチを食らわせて、 それいらい嫌われているだけなのだ。
あのころは今より女も男も食い荒していたので、未だに最低と思われる原因になっている 当の女のことは覚えていなかった。
「だいたいね〜え、ばかなのよ、あんたは。バカ」
二、三杯のカクテルでたやすく酔った更紗は、いつもよりもバリエーションの少なくなくなった 罵り文句を繰り返した。
ばか、と同時に椅子に蹴りが入る。
「・・・月子ちゃん、結婚するって」
「へえ」
それ以外にどう反応しろというのだろう。
私には珍しくたいそう優しく扱った娘だが、逃げた。
「衣装合わせをこのあいだやったんだけどキレイだったあ」
舌ったらずになった緩慢な声はいう。
「われわれ三人とも先を越されてしまったわけですね」
青年の言葉は、内容とは裏腹に祝福のあたたかさがこもっていた。
「どーでもいいわよ・・・」
正直な感想であった。 離れた娘が幸福になろうが不幸になろうが私にはなんの関係もないことだ。 それによって私は幸福にも不幸にもなりはしないのだから。
「・・・あんたはホントばかよ・・・」
吐き捨てるようにいって、目の据わった彼女は席をつめてきた。
どうしてこう酒癖がわるいのか。 水とかわりのない感覚で酒を口にする私にはとうてい理解できない現象であった。 もっとも、ひとにはいつも酔っぱらいのようにおもわれている私ではある。
ぐいぐいと耳を引かれた。
「ばか」
正直に罵る更紗の口は、触れた私の髪をかつて同じように褒めた。
モデルのスタイリスト時代から変わらず私を嫌い、そして触れる指は変わらずやさしかった。

「ばかでばかであほんだらーだわ!」

憤懣やるかたないようすが可笑しかった。


なにかやりきれないことでもあったのだろう。更紗は悪酔いをして突っ伏してしまった。
台風間近の激しい雨で客はまばらに訪れたのみだった。
ひゅうひゅうと風が窓を押してうす暗い室内の圧力を変えた。
「この曲・・・」
更紗がテーブルに頭をのせたままぼんやりと目を開けた。

「ああ・・・」
青年がBGMの音量を上げる。

  When you wish upon a star
  Make no difference who you are ...


「星に願いを、ですね。お好きですか」
「すき」
ふたたび目を瞑り更紗は耳を澄ます。
ひゅうひゅうと風の音がまざった。

「星に願って、なんになるの」
ばかばかしい。
私はメロディーの侵入した脳内を掻き毟りたい気分になった。

「願わなきゃ、はじまらないでしょう」
青年がめずらしく自分の意見をいった。
「そーよそーよ」
酔っ払いが同意する。

「あきらめてんじゃないわよ、このばか」

「あーもうなんでわたしがこんなやつのために・・・ばからしい。ねえそう おもうでしょ? マスター」
「そうですねえ・・・」
私もときどき莫迦らしくなります、と青年がほほえむ。
「ああくやしい」
更紗の目の縁が、赤くなっていた。
「ちょっと・・・?」
「恋愛じゃなくったって泣くんだバカ!」
とうとう酔っ払いは、手をふりまわしてわめきはじめた。

「心配して悪いかこのあほたれ!」

あほたれ・・・ はじめて聞いた言葉かも、とピントのずれたことをおもった。
むかつく、と更紗はすっかり氷のとけてしまった水割りをのみほした。
「もう一杯!」
「はい」
青年はほほえみでこたえる。
「・・・あんたが・・・あんたが幸せになろーとしなきゃ逃げられるにきまってんじゃないの・・・」
自分でたのんだもう一杯を待たずに彼女はダウンした。

「ええと・・・?」
更紗と青年を交互に目線を移動させる。
「・・・『一緒に幸せになりましょう』って、プロポーズしたら更紗はOKしてくれるってことかしら?」
ぷっと青年は吹き出す。
「殴られてフラれるのが落ちでしょう」
「・・・よねえ」
グラスの中央に浮ぶアイスボールは、夜空に星々が光るように室内の淡い光を反射した。

青年は、ゆるさないといった。
更紗はバカだバカだと。

「・・・つまり」
「はい?」
「つまり私はいつでも美味しいお酒をのみに来ていいのよね」
「はい」
いまさらなにをと青年があきれている。
開店前だろうと閉店間近だろうと受け入れただろう、と。

雪の中ひろわれた少年のように、とっくに私もひろわれていたらしい。

「ほんじょーのばーか・・・」
口の悪い寝言だ。
まっかな顔でねむる彼女は、夜が明けて台風あとの青空のした、二日酔いに悩まされることだろう。

どうやら私には、少なくともふたりは不幸を怒る友人がいるようだ。

ひゅうひゅうと風が鳴る。
きっと明日は星がよく見えるだろう。








- END -

When you wish upon a star
2004/07/15






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