コンコン!
「竜くん、まだ起きてますか?」
俺が部屋で勉強していると、伊集院がやって来た。
「あ、良かった」
ドアから顔を覗かせて、ほっと息をつく。
時計を見ると、12時を少し過ぎたところだった。
「もう こんな時間か・・寝るか」
受験が近くなって、俺は勉強時間を朝型に切り替えていた。
実際に試験があるのは午前からなので、夜は早めに寝て、朝起きて勉強するようにすると、
本番も調子が狂わなくて いい。
「竜くん、これ」
伊集院はどうやら差し入れを持ってきてくれたらしい。
差し出されたコップは、以前に伊集院からプレゼントされた百円均一のシャチマグカップだ。
「お、ココアだ。 さんきゅー」
勉強に甘いものは基本だ、と俺が言っていたのを伊集院は覚えていたらしい。
脳は糖しか利用できないからすぐに吸収される糖類が効率がいいということで、
俺はチョコレートを常備してるし、アメを持ち歩いている奴もいる。
「…あれ?」
これ、ココアじゃない。
「ホットチョコレート?」
「そうです。今日は何日か判ります?」
にこにこと伊集院が訊く。
今日?
えーと、おととい私立の試験があって、今日は…
「13日」
の、日曜日。
ジェイソンは復活しない。
「ぶー。 日にち変わりました」
あ、そっか。
12時過ぎたもんな。
「14日」
「はい正解です!」
「うん?」
だから なんだよ。
「もぉ~、鈍い!」
あー?
14日…?
「バレンタインデーか」
「ぴんぽーん♪」
………納得。
+*+*+*+*+*+*+*+*+
受験シーズンに入って、竜くんは毎日といっていいほどチョコを齧っている。
勉強には糖がいいそうで、試験の休み時間に一欠けら口に入れるだけで脳の疲れが軽くなると言っていた。
「うーん…」
こんなときにバレンタインチョコをあげても受験チョコと一緒にされてしまいそうだ。
いろいろ考えた結果、その場で飲めるものもいいなと思った。
もちろん、チョコケーキやクッキーも既に用意済みだけれど。
竜くんは甘いものが好きなので、嬉しそうな顔を想像しながら作るのは楽しかった。
「一番にあげたかったから」
「あー、それで日付変わってすぐに?」
本命の国立が近付いている竜くんは、すっかり受験モードで
バレンタインデーの存在など頭から消えていたらしい。
「一番って、別に他にくれるヤツはいないけどなー。自由登校だから学校行かんし」
確かに、三年生は受験のために二月から自由登校だ。
どの学校の三年生も同じだけれど、
兄さまはバレンタインのためだけに学校に行くと言っていた。
兄さまが行かなければ泣く娘が沢山いるから、それはもうすでに義務となっているらしい。
(しかも本当に大量にもらってくるし)
由希先輩は、自由登校で今年は面倒が避けられて良かったと喜んでいた。(←バチ当たりだと思わない?)
「あ、そーいえば去年は学校でチョコもらったな」
「ええ!?」
誰に?! ライバル?!!
「 義理チョコ 」
「あ、なんだ…」
びっくりした。
「由希は本命チョコすごかったぞ。 体育から教室に戻ったら、机の上に山積み」
竜くんはコップを持っていない左手で山を作ってみせる。
「アイツ甘いもの嫌いだからな、表面は普通だったけど、すっげぇ不機嫌だった」
ざまーみろ、と竜くんは笑って、ホットチョコレートを飲み干した。
「ごちそーさん。さあて、歯ぁ磨いて寝よー」
大きく伸びをする。
いつも通りの竜くん。
それが、すこーし不満。
『ありがとう嬉しいよ、チュッ☆』
なーんて展開を期待していたわけではないけれど(少しもこれっぽっちもしてないといったらちょっと嘘…だいぶ嘘になるかもしれないけど!)、
もう少し恋人らしい反応があってもいいんじゃない?
バレンタイン・デーと聞いて、納得して終わり・・・ってどうなの。
そういえば・・・
「竜くんは去年 本命チョコもらいました?」
「は?」
「本命。もらったでしょう」
竜くんは、実はモテる。
文化祭のあとの『リョウくん』騒動ほどではないにしても、去年だって竜くんに恋していた子はいたはずだ。
ひとつも もらってないなんて考えにくい。
「ハハハ、もらうワケないじゃん」
そう言って笑う竜くんに、なんだか嫌な予感がする。
「・・・このチョコ、本命ですからね」
「へ?」
竜くんはそんなことを考えてもいなかったのか、驚いた顔をする。
………やっぱり………。
本命に決まってるでしょ!もう!!
いちおう お付き合いしているんですけれど私たち!!
もしかして去年もこんなふうに本命を義理として受け取っていたのでは…。
『 あ、あの、これ…! 』
『 お、サンキュー! 義理堅いなぁ~ ! 』
・・・様子が目に浮かんでしまった・・・・・・
「いや、それ考え過ぎだって」
どうだか…。
だいたい、竜くんは義理チョコをあげようなんて思われるタイプではない。
女の子に冷たいし。
好意を見せられると嫌な顔をするし。
ある程度 仲良くなってからじゃないと近寄れない。
でも仲良くなると、もう友達と認定されているから『義理』になってしまう。
八方塞がり。
これまで竜くんに片思いをした人みんなに、自分の苦労と合わせて同情してしまう。
「これは本命ですからね!!」
どうも判っていない竜くんに、私は歯を磨いている後ろから念を押した。
竜くんは私に背を向けたまま歯を濯いでいる。
「わかってるって」
振り向きざま、くしゃっと髪を軽く混ぜられた。
いつもの、少し乱暴で、やさしい手。
ぶっきらぼうな仕草。
その中に紛れているもの。
それが照れ隠しなのだと、竜くんの気持ちが潜んでいるのだと、私はもう知っている。
竜くんがそのまま部屋に戻ろうとするので、慌てて洋服を掴んで引き止めた。
「なに?」
「え……と、」
なんだろう。
「なんだよ」
ええと、
だから、その、
「・・・・・・好 き、です 」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・なにを今更」
竜くんは呆れたように片眉を上げて私を見る。
う、確かに…
カーッと顔が熱くなった。
勢いで言ったり無意識に伝えたりするときはいいけれど、改まると緊張する。
・・・でも、
伝えたかった。
すごくすごく、好きなこと。
伝えなければ、と単純に思ったのだ。
こんなに人を好きになれるということ。
好きでたまらない気持ちが、どんなに幸福をくれるか。
竜くんから、どんなに幸せな気持ちをもらっているのか。
喉がつまって、うつむく。
伝えたい言葉はたくさんたくさんあるのに、・・・ありすぎて。
その頭に、ポンポン、と大きな手が乗せられた。
言葉よりも雄弁な、竜くんの手のひら。
あたたかくて大好きな。
竜くんの心を差し出してくれる。
「・・・わかってるよ」
見上げれば、
「わかる」
極上の笑顔 ひとつ 。
Happy St.Valentine's Day !
―― おれも、同じだから。
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