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  水生すいせい




仕事を終えてマンションに帰れば、妻がお帰りなさいと迎えてくれた。
彼女は僕と同じ会社に勤めていて、僕よりもよほど優秀な人だったが、子供ができたために今は休業中だ。いまだ新婚中の僕らはただいまのキスとおかえりのキスをして、新しい家族にも挨拶する。

『やあ10時間ぶりだね?その間に君はどのくらい大きくなっているのかな?成長しているんだね。驚きだ!』

妻のお腹をなでれば、心の中の問い掛けも体温と共に伝わる気がする。彼女のお腹はまだ少し大きくなったという程度だったけれど、でもすごく命がここにあるんだと抱き締めてあげたくなる。


僕が君のお母さんごとぎゅっと抱き締めて、君はそうして両親に抱かれているね。




「脳が形成されない病気なんです」
実直そうな医師は哀しい顔をして、静かに告げた。
次の検診はご夫婦二人でいらして下さいね、と妻が念を押されたと聞いて何かしらのことがあったのだろうと予測はしていた。だが実際に聞かされると目の前が真っ暗になった。

脳がないので産まれてすぐに死んでしまう、ということ。 人工妊娠中絶が可能だ、ということ。
医師は、ひとつひとつ丁寧に説明した。人がよいと評判の医師は、それに値するすまなそうな顔をして、お子さんを救うことが今の医学では無理なのです、と、だが僕たちに配慮した落ち着きでもって話した。
妻とつないだ僕の手は、震えていた。妻は左手で僕の手を痛いほど握り締め、もう一方の右の手の平は、子供を守るように腹にそえられていた。

頭の半分、額から先は形成されていない子供の画像は、僕たちがショックを受けるという理由からか、ちらりと説明に使ったきり表示されなかった。

いつがよいですか。
……僕が休みを取れるときがよいので、会社と相談して。
そうですか。時間が空いているのは…
それでしたら来週の…







「生きてるんですよね」


妻が、言った。

右手は依然としてお腹を守り。
いつのまにか離された左手と、両手で。


「お腹の中では、生きていられるんですね」


彼女の言おうとすることが、わからなかった。
僕も、医師も。 僕はとても哀しくなっていたし、医師は医師で慣れた状況として手術の日取りを決めようとしていたところだった。

「先生、産まれるって、仰いましたよね」
「…臓器は正常に作られていますから成長はします。…ですが……脳が形成されていないので出産後すぐに亡くなってしまいます」
胎内で育つにしても外に出て産まれてしまえば数時間も生きることなく、胎内で育つといっても脳は形成されないまま。





「この子を抱けるんですね?」







この子が、外の世界に出たいと思って、出てくるまで。一緒に。
出たいって出てくるまで。
そのあと、外の世界が数時間もなくても。


それまで。


この子と、できるだけの時間を。







親子として過ごしたいんです。




















君の、



君の心臓の音が聞こえるよ。



今、君の鼓動を聞いている。

君が外の世界に出てきたら、君に触れることができるね。
君をこの手で抱きたいな。



今、僕は、君のお母さんごと抱き締めて、君をふたりで抱いている。

感じるかなあ?

君のお父さん、お母さん、 僕たち二人、君を抱いているよ。













すいせい
2005/04/18-20




その腕に抱き上げた お母さんと、
生まれてきた子、 生まれなかった子へ














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