「うーん、ちょっとまだ早かったかな」
「五分、三分咲き?週末には満開になるね」
八幡宮へつづく段葛だんかずらの桜は、薄紅のつぼみが枝を彩り、妻は大きなお腹を撫でながら綺麗ねえと感嘆の声を漏らした。
私たちの住む古い街は、季節ごとに様々な表情を見せる。花や鳥、空を眺めてのんびりと二人で散歩するのが妻と私の楽しみであった。
土日が出勤となる私の休日は、都合の良いことに人の気配が薄くなる平日である。観光地でもある街はこの時期には人で路が埋まることもあった。
「少し休憩しよう」
例年通りに桜を見に行こうと足を伸ばしたが、まだ少し早かったようだ。
平日とはいえ
桜の名所としても有名な八幡宮は、人出が多い。多少のことでは疲れたとは決して云わない妻を気遣って、いつもより早めに喫茶店に入った。
パン屋と隣接して経営されている店はやはり私たち夫婦のお気に入りで、焼きたてを買うために時間をみてわざわざ来ることもある。
「オレンジマルコフをひとつ」
妻がお気に入りのケーキを頼む。オレンジの味がするしっとりしたスポンジとババロアが層になったケーキだ。
「いい天気」
空を眺め、紅茶を片手に微笑む妻を隣りに、私も穏やかにくつろいだ。
来年にはここにもう一人、小さな一員が加わって、その子は生まれて初めての桜を見るだろう。
そのまぶたに浮かんだ光景を、私は、どんなに愛するだろうと思った。
memo 2005/04/06
改稿up 2006/04/08
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