縁もゆかりもないこの地に何度訪れただろう。
女は白身魚の押し寿司を美味しそうに頬張る男を眺めた。名物だと勧められて口にしたのはまだ大学生のとき。遠い昔のように思う。
柳の並ぶ風情ある川沿いの、蔓が伝う古い煉瓦の美術館、憧れた美しい絵画を、まさか散歩のように訪れて観ることになるなんて想像もしなかった。
いつも静かなたたずまいの小路はゴールデンウイークらしい賑わいを見せ、露店商のアクセサリーに立ち止まりながら歩いた。
男は、明日はつづじ咲く城から、掘を渡り、季節ごとに美しい庭園へ行こうという。また混んでいそう、と女が呟くと、そうだねと笑った。
大学を卒業し、就職で地元に帰るという男と喧嘩もした。遠い距離に泣いたこともあった。仕事で疲れた体を新幹線の移動で休ませて、週末は会いに向かい、そして知った土地になった。
跡取りだという男が生涯の地と決めた土地。男は真剣な目で女に問うた。来てくれるかと。
首都圏といわれる土地に育ち、地方というものを知らない、それもまた世間知らずなのだと女はすでに学び、そして男はここで暮らせるだろうかと問いた。
はぐれぬよう繋いだ指。
冷たい指輪が、だんだんと二人の熱を受けて温かく、肌に馴染んだ。
そうしてこの地も馴染んでいくだろうと女は確信めいた予感を得た。
memo 2007/05/04 改稿 2009/05/02
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