浮気がバレた。
病院へ行ってこいと言われた。
「だあってねぇ、見も知らない女が病気を持ってるかどうかなんて、わかんないでしょ」
いや、俺は見も知らない女と寝たわけではない。バイトで新しく入ってきた大学生だ。彼女が言いたいのはそういうことではなく。
「わ、た、し、が! 知りもしない女を信じる理由はないわよね? 病気を持っていないですー、なんてわかんないでしょ」
だいたい女の性病というのは、症状が出ないことも多いのだ、と彼女は大学時代にAIDS撲滅キャンペーンに参加した知識を元にして話す。
「その子が気がついてない可能性だってあるわけだし」
しかしなにゆえ浮気を咎めにきたはずの恋人にSTD(性感染症)の講義などをされているのか、俺は。
彼女とはすでに付き合いはじめてから5年の歳月がある。みんなが危険な時期と呼ぶ、3年目やお互いが就職したばかりの頃も乗り越えて、なんとなく結婚するんだろうなと認識していた。
そんな折、ちょっとしたつまみ食いのチャンスがあった。こちらから積極的に働き掛けたわけではなく、流し目や接触や、つまり、女の子が俺を誘っていた。飲み会の帰りに送っていくときにまぁバレないだろうと引かれた腕をそのままにしてしまったのだ。
どこからバレたのかは謎だ。共通の知り合いは多いので特定できないのもあるが、俺は誰にも話していない。(さすがに酔いから冷めてヤバイと思ったので)
しかしやはり人間は悪いことの出来ないようになっているらしい。しっかりバレた。
浮気したんだって?
という問いに俺はうなだれて謝るばかり。ごめん、もうしない、酔っていた、本気じゃない、エトセトラ。
そんな俺の言うことを聞いているのかいないのか、彼女が告げたのは「病院」だ。
「ああ、でもHIVの場合はウィンドウピリオドが6〜8週間あるからなあ。検査もそのくらい後に行かないと意味がないんだよなあ」
そういう的外れな話をしている。ちなみに、ウィンドウピリオドとは、検査をしても感染していることがわからない期間だ。抗体がまだ作られていないので、検査をしてもわからないらしい。
「コンドームはしたの?」
「はい…」
「うーん、じゃあ平気かなあ。オーラルセックスは?」
「す、少しだけ」
「じゃ、やっぱ検査が必要だね」
オーラルでも移るんだよーと、これは何だろう、拷問か。浮気相手とのセックス内容を訊いてくるとは。
「STDは世の中にたくさんあるんだよ〜?」
すみません、俺が悪かったですから!!
そういうことで、俺は恋人に検査結果が出てくるまでお触りナシの刑を受けました。自業自得だと友人たちには爆笑されました。
そしていよいよ解禁です。検査も無事に結果が出て健康も証明されました。医者にはキミちょっとコレステロール高いよ、一人暮らし?外食ばっかりじゃなくて野菜食いな〜、血管つまるよー、と小言を頂戴いたしましたが、まぁおおむね健康体です。
ところが、しかし。
「やっぱ、ごめん、気持ち悪い」
キスも拒絶された俺。
「いや、あのね、もう5年も付き合ってるでしょ? もうあなた以外の他の人、って考えただけで気持ち悪くって、会社でいくら格好いい人に誘われてもその気になれなくて。もうあなたが肌に馴染んでるから。意外と潔癖症だったみたい、私」
あは、と、ここで彼女は力なく笑った。
「浮気されたことを知ったとき、すごく哀しかったんだけど、それよりあなたにちょっと触れられるだけで気持ち悪くてね。どうしよう、って思ったんだけど、でもあなたが好きだという気持ちが本当だったから、ちょっと期間をおこうと病院のこと持ち出したんだけど。あ、STDのことが心配だったのも本当なんだけどね」
「でも、やっぱ駄目、気持ち悪い」
ふれたくなるひとをまた探すわ、と彼女は泣きながら別れを言った。
5年目の浮気ではなく、5年目の別れ話になりました。
2005/08/19
そんなこんなで。
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