吐いた。
胃の中のものを出し尽くしても、足りない。
子供が出来たと、彼女が笑った。
血の気が引いて蒼白になる俺に気がつかず彼女は幸福そうに。
どうして。
ああ俺は彼女に触れることさえ恐れていたというのに。
俺が触る先から穢れていくような気がして。
それなのに惹かれて。
なんて浅ましい。
あの夜。
勘違いしたのだ。
彼女が優しいから。
あまりに優しいから。
自分が、世界に赦された気がして。
すべての罪を忘れて。
自分の汚らしさも忘れて。
彼女を抱いたのだ。
ああ、俺を愛していると言う彼女はなんと美しく笑っただろう。
薔薇色に染めた頬は、どんなにも。
あのときも吐いたのだ。
笑って彼女と別れて。
トイレに篭って泣きながら、内臓までも引き摺り出すように吐いて。
便器に縋って嗚咽を上げた。
我に返れば自分は、なに一つ変わっておらず。
ただ愛していると言われたのみで。
白日に晒されれば、暗い暗い影が、迫るように責めていた。
自分の、罪を忘れたわけではないだろうね。
自分の闇を、忘れたわけではないだろうね。
赦して下さい。赦して下さい。
彼女に罰を与えないで下さい。
彼女を咎めないで下さい。
どうか、どうか。
彼女は違うんです。
彼女は。
ああ穢れが、俺の罪が俺の澱が彼女の内部に子宮に。
すでに胃には何もない。黄色い液だけが、それでも繰り返し。
嘔吐も涙も罪を流しはしない。
罪人は、細胞一つまで罪人なのだ。
着床して巣作って増殖して膨れ上がって侵食して。
やめてくれ。
やめてくれ。
彼女が俺を見ている。
哀しい目で。
ああ、触らないで。
優しくしないで。
赦さないで。
彼女の細胞と、俺の細胞が。
罪はないのです。
彼女の細胞には。
生まれてくる子の、半分は。
全ての罪は俺のものです。
その身の半分を、赦して下さい。
俺の細胞だけれど。俺の遺伝子だけれども。
罰は全て俺が受けますから。
どうか。どうか。
贖児 2004/05/29
|