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晴れた日曜日に



ピーンポーン…


「はーい?」
利人は、そう返事をしてドアに向かった。
よく晴れた日曜日、春の柔らかい日差しが入る部屋で、久しぶりにのんびりと利人は本を読んでいた。
訪問者が誰かも確認せずにガチャッと扉を開ける。
一人暮らしなんだから気をつけなさい、と母親には言われているのだが、女じゃないんだから何があるというワケでもないだろう。 というか、大学が近く友人がよく来るので、その度にインターフォンに出るのが面倒なのだ。

「あ、れ?」
利人は目の前にいる人物を確認して、少し戸惑った。
「こんちには、リヒトくん」
「え、池上さん? …どうしたの?」
何の用だろう、と思いながら訊く。
池上結花は同じ学科で、池田姓の利人とは出席番号も隣りなのだが、そんなに親しいわけでもない。
このアパートにも、サボテンの花が見たいと言って一度来たことがあるだけだ。
入学したばかりのときだから、もう三年も前になる。

「中、入れてくれないの?」
「え、あ     ……どうぞ」
大して知らない男の部屋に入るなんて危ない、と言おうと思ったが、利人に下心があると思われるのも嫌なので、黙って部屋に入れた。
彼女が帰るときにでも注意すればいいだろう。

「なんか、あんまり変わってないね」
ぐるり、と部屋を見渡して、結花が言う。 利人は、彼女が何かを話そうとして話せないでいるのが判ったので、とりあえずお茶でも入れようとヤカンを火にかけた。
「その辺、座って」
クッションを渡して言った。
結花はフローリングの床にクッションを置いて、その上に座る。
「物が、少ないよね」
キョロキョロと所在無さ気に周りを見ている。
「集めると物は際限なく増えるから。片付けるのも面倒だし、増やさないようにしてる」
「ふうん…」
「落ち着かない?」
「ううん、反対。 すごい、 落ち着く」
そう言って、結花はテーブルの上に突っ伏した。
利人の部屋は、中央にテーブルがあり(冬にはコタツになる)、隅に本棚、テレビ、コンポ、出窓に少しの植物があるだけだ。あとは全部クローゼットに入っている。
妙に広い部屋は、大学の友人たちの溜まり場になり、終電がないときなどは宿屋になっている。
いつ誰かが来るかもしれないので部屋は常に片付いていて、反対に、そうでなければ利人は限りなく汚してしまっているだろう。基本的に面倒臭いことが嫌いで、片付けなどしたくないのだ。

「ごめんね。突然」
「…いや…」
「電話してから来ようと思ってたんだけど、なんて言おうか迷ってる内に着いちゃって」
結花は顔を見せないまま話した。
ピーッと ヤカンが鳴ったので、利人が立って何がいいか訊くと、結花は顔を上げた。
「コーヒー、紅茶? 緑茶もあるけど」
「じゃあ紅茶」
「わかった」
利人はクッキーを出してテーブルに乗せる。
「そんな気を使わないでよ」
「いや、俺んち来るヤツらがさ、差し入れって言って色々持って来るんだよ。お陰でお菓子やらツマミが溜まるったら。 食べてってよ」
「そうなの?」
「うん」
紅茶を渡して、利人は頷いた。

「利人くんって、『りひと』が本当の読み方だよね? 『としひと』じゃなくて」
「うん」
「でも教授が出席取るとき、ときどきトシヒトって呼ばれてる」
「ああ…昔っから間違われて、面倒で訂正しなくなった」
「そうなんだ。でもさ、学科のみんなが『りひと』って呼ぶじゃない? この間、助手の人が『池田くん居る?』って来たとき、ほとんどが『誰それ』って」
「ひでぇなあ」
そう言いながら、全然気にしていないふうに笑う。
「私は出席番号近いから苗字も覚えてるけど、大体の人が名前から覚えてるもんね、利人くんのこと」
「あ〜、まあ、それも昔からだなあ。呼びやすいんかな?」
さくっとクッキーを齧る。


「好きになった人に恋人が居たら、どうする?」
「へ?」
「どうする?」
じっと利人を見つめながら、結花は繰り返した。
「え、そりゃ、諦めるしかないだろ?」
「諦められるの?」
「そりゃあ、簡単じゃないかも知れないけどさ」
突然の話題に、困ったように利人は答える。
「奪うって、考えない?」
「うー…、俺、そういうことになったコトないから判んないけど…」
利人は本当に困ってしまった。
いきなりだったから、はじめは本心を言ってしまったが、もしかしたら、結花の好きな人に恋人がいるのかもしれない。
もしそうだとしたら、もっと慎重に言葉を選ぶべきだった。
「…池上さんの好きな人に、恋人がいるってこと?」
「反対。 彼氏を取られたの」
「え」
「『好きなんだから、しょうがないじゃない!』…だって」
恐らく、彼氏を取ったという女の子のマネだろう。妙に甲高い声で結花はそう言った。
「…うーーーん…」
「まあ、彼氏がその子の方に靡いたんだからさ、もうどうしようもないんだけどさ」
「…取り返そう、とかは?」
「ん〜……なんか、馬鹿馬鹿しくなった」
「? 馬鹿馬鹿しく?」
「うん。…私さ、前に恋人がいる人を好きになったの。でも、その人は恋人のことが好きで、だから、仕方ないって思って、それ以上好きにならないようにした。 あんまり近づかないようにした。 もっと好きになったら困るから。   奪うなんて、考えなかった。…まあ、あの子に言わせれば、そんなの好きじゃなかったんだってコトなんだろうけど。気持ちが止められなくって、だからアイツに好きになって貰いたかったって、言ってたから」
テーブルに両肘をついて、言う。
「…ヒトが、ヒトを好きって気持ちを、どうにかしていいなんて思わなかった。たぶん、私はその人から恋人を奪うような真似、したくても出来なかった。…たぶん、じゃないね。 実際に、出来なかったんだから。でも、それは駄目だった? それは奪った人間に『臆病者』って言われなきゃいけないようなこと?」
涙も出ないって顔で話す。
「私だって本当にアイツが好きなのに。『あなたに好きって気持ち、負けてませんから』って? 気持ちの勝ち負けって、なに?」
「……」
利人は、なにも言えなかった。
なんで自分に話すんだろう? と思って、ああ、あんまり親しくない人に話したかったんだな…って。下手に自分を知ってる人に、話す元気がまだないんだろう。
でも、自分の頭の中だけで考えてるのも耐えられないで、たぶん、駅から大学へ行く道にある利人のアパートを見て、ふらりとここへ寄ってしまったのだ。  そうでなければ、しっかり者の結花が電話もなしに部屋に寄るはずがない。
利人も、高校のときから付き合っていた彼女に振られたとき、別れたという事実以外、友人に話すことが出来なかった。
(そうか、もうあれから一年半にもなるんだ)
一つ年下の彼女は、自分と違う大学に入学して、違う男を好きになった。
取り返そうにも、彼女は本当に、本当にその男を好きで、その気持ちを力で捻じ曲げることは出来ない、と、思った。
「こんなコトになったのに、なんでまだアイツが好きなのかなあ?」
「いきなり気持ちは変わんないだろ」
「アイツは変わっちゃったけどね〜♪」
馬っ鹿馬鹿し〜〜と笑って、結花はゴロンと寝転んだ。

「空しか見えないね…」
結花が言った。
最上階にある部屋の窓からは、隣りのビルなども見えるのだが、寝転んで見ると、空しか見えない。
「今日は雲もないな」
テーブルを挟んだ反対側に寝て、利人も空を眺めている。
「あったかい…」




「今日は、一日付き合って貰っちゃってゴメンね」
帰り際、結花はそう言った。
今日は大学に本を返しに来て、そのまま利人の家に来たらしい。
「いいけど、って、そういえば! よく知らない男の部屋に無防備に入るなよ。 危ないなぁ」
「あ……全然考えてなかった。いつもはちゃんと気をつけてるよ?」
「それならいいけど」
あんまり信用していない顔で利人が言った。
「信じてないでしょ。ホントだって!」

「ま、いいや。 じゃ、また学校で」

「うん。…ありがと。また明日ね」




end



実は、「とても短文」にある『サボテン』はこの二人の以前の話です。興味がある人はそちらもどうぞ。いろいろ謎?が解明するかも。

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