暖かくなり、 桜の蕾がひらいて、 それなのに寒気がまた訪れて、 花は咲いたまま 時を止めてしまいました。
あの日、 待ち合わせ場所に現れなかった僕を、君はどう思ったでしょうか。
少し早いけれど花を見に行こう、そう約束していたのに僕は行けませんでした。
怒っていますか。 それとも君に悲しい思いをさせてしまったでしょうか。
怒りであればいい、 と勝手な気持ちでいます。君を悲しませたくないのです。
僕が目を覚ましたのは、約束の三日後でした。
ひそやかに関係を始めたばかりだった僕たちは、当然その仲を知っている人もなく、君には誰からも連絡がいくことはなかったでしょう。
意識のない僕には伝える手段もなく、結果的に君にとても酷いことをしてしまいました。
そして、未だに連絡を取ることのできない僕を、許して下さい。
桜の花は美しいまま姿をとどめて、病室から見える風景は僕をずいぶんと慰めてくれました。
でも、きっと君にはそうではないでしょうね。
僕が見るたびに君を想って悲しくなったように、君には嫌な思い出の花となってしまったのではないかと申し訳ない気持ちがします。
僕も本当は、忌々しい気持ちで咲き誇る樹木を眺めていました。 しかし、眠れない夜に窓の外をぼんやりと眺めていると、暗闇の中で淡い光を放つような薄紅の海があまりに美しくて、壮絶なまでの花びらの波風は 強引に僕の心も浚って、 僕を慰めたのです。
今も葉桜の新緑は僕には眩しすぎて、僕は目を細めて見つめることしかできないでいます。
君が教えてくれた あの薔薇の花はそろそろ蕾をつけ始めたでしょうか。
残像を残すかのような真っ白なハナミズキ、色鮮やかなツツジ、君が街を歩きながら教えてくれた花々を窓から眺めて過ごす日々は拷問のようであり、 またそして 幸せでもあります。
桜の花だけでなく、たくさんの季節の約束をしましたね。
夏には花火を。 秋には紅葉を。 冬にはイルミネーションの並木路を歩いて、元旦には初日の出を一緒に見に行きたい。
多くの未来の約束をしてくれた君は、僕との将来も思い描いてくれていたと考えるのは、僕の自惚れでしょうか。
僕は、君との未来を思っていました。
だけれどもう、それは消えて、君に僕の負担を負わせるわけにはいかないと、そればかり考えています。
これからの人生、僕はこの、どうなるかわからない身体を抱えて、君にまでそんな苦労をさせるわけにはいかないと思うのです。
勝手なことばかり言って、君には怒られてしまいそうですね。
ありがとう、ごめんなさい、伝えられない言葉がたくさんあります。
花は、咲いたまま、 時を止めてしまいました。
鮮やかな姿のまま、僕の中で咲き誇る、 僕はその慰めだけで生きていける気がします。
ありがとう、ごめんなさい。 ありがとう。
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