だって女は酷いとか言うじゃねえか。ひでえ。男ならラッキーだなんて。そんなのおかしい変だ。
不満はしかしいつも喉を詰まらせて終わりだ。相手に届くまでの勢いは持てない。
じゃあ終わりねときっと簡単に告げられる。恐れて黙すなど毎度のことだ。
情けなくシャワーに向かい
そんな決死の覚悟が存在するなんて彼女は
やっぱり気がつかないでベッドに戻ると眠っていたりもする。
あんまりだ。
やけくそのように横に滑り込んで熟睡して、翌朝はさんざんだった。
仲直りに一週間掛かった。
なんで起こさないの、もう知らないと、綺麗に揃えられた弓形の眉を吊り上げて怒った。
いつだって俺ばっかりが必死だ。
キスをして眠り姫を起こすように優しく、ね?
そんなふうに首を傾げてねだられて俺に抵抗の手段があるか。
誰にも見せない仕草も、だから、期待するだろ。期待して落胆して
俺はいつからこんな情けない男になったんだ。
むっつりと黙り込む眉間に人差し指が触れた。
やだ、また皺寄せて。変わらないのね。
同僚の彼女は思い出して遠い目をする。
眉からこめかみ頬骨、辿る細い指を好きにさせた。
冷えた指はどこか酷く切実で抗うのが躊躇われた。
変わらないのね。そうか。じゃあきっと情けないのも前からだ。
なんでよ、人間の三大欲よ。女だって。
誘われて瞠目した俺を無視して、
いやらしさのまるでない親愛の情のような軽いキスをされた。
恋人はいないの、知ってるわ。
顔や目だけが視界に入って逸らすことも出来ない近しい距離だ。
いねえ、いねえけどでも。
混乱した言葉を吐きながら肩を掴んでそれ以上の接近を防いだ。
幾分、いや随分と慌てていた。
あの軽い身体を突き放すなんて造作もないことなのに
掴んだ肩は薄くて細くて壊れそうで焦った。
ラッキーだと思えばいいじゃない。それがいいわ。
今思い起こせばあのときばかりは必死の眼をしていたような気がする。
いつも毅然と真っ直ぐな態度をした彼女が、だ。
私のこと嫌い。きらいじゃねえ。でも。
口篭った曖昧な抵抗は黙殺された。
冷えた指を引き剥がすことは出来なかった。
恋人なんかいねえ。でも。いねえ理由とか。
俺が好きだとか、そんな。
音にならない抗議は意味をなさない。
だって男が女にすれば非難されるのに。女はいいなんて。ラッキーだなんて。
できればいいとか。
知らねえよ。男だって心が欲しいよ。わりいか。
ああ、あのときも逆切れのように不機嫌に思ったんだ。
情けねえ。
一言で良かったのに、俺は好きだからできねえ、て。
今更もう言えない。
触れられるのは体温を欲しがるような躍起さだったから、
処理に使われているという自覚も当然訪れたが戸惑いの方がまだ大きかった。
困惑した頭で結局流されたのだ。
彼女が放り出した女性誌の見出しにでんと載った文字にうんざりした。愛は本能?
やめてくれ。食事前にどかして開いてしまった頁に二人の目が行った。
気まずく感じたのは俺だけだったらしい。
彼女は変わらず煮えた鍋の蓋を開けた。
できたできた、と
会社では見られないはしゃぐ様子が
抑えている希望を湧き上がらせて、狼狽えた。
いつもこうだ。
炬燵に座り込み、
いただきますと何事もないよう手を合わせる。
食事は幸せになるから好きよ、とまだお互い新米だったころに聞いた。
お腹が空いてるから、食べたくなるのよね。話題の転換についていけずに顔を見た。
寝てなくて眠くなるし。意図が掴めず箸は止まる。
鈍いのだろうか。こういったことは不得手だ。
言葉遊びは出来ない。じゃあしてないからしたくなるのかしら。
頬杖をついて聡い目が柔らかに向けられた。
なんでそんな。試されても答えはいつも解らない。
それを解っていてたまに仕掛けてくる彼女の真意は知れなかった。
冬は好きよ。鍋も。
問いの意味を測りかねたことは赦されたらしい。
夏でもときどき恋しくて堪らなくなることがあるわ、と彼女は鍋をつつくことを再開した。
ねえ。
顔を上げると、
迷子になった子供をなぐさめるようなまったく優しい調子であった。
子孫を残す本能だとしたら、
ひとりだけ恋しく想うのは何故かしら。
「え」
お腹がすいたって思い出すのは好きなものよね。
ぱくりと、それこそ絶対に入れるのだと言い張った卵を口にする。
おいしい、と顔は綻んだ。
え、とまた不自由に吃れば本当に鈍いわねと呆れた様子で朗らかに笑われた。
2003/11/18
あるいは、性欲処理
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