ダイオキシンのマウス精巣構成細胞に対する影響のプロテオーム解析
このテーマは東京理科大学薬学部教授の武田健先生と元東京理科大学生命科学研究所教授の次田晧先生(現プロテオミクス研究所)との共同研究によるものです。ただし、本研究は武田先生の研究室の先輩である大橋叔起修士の修士論文のテーマであり、二次元電気泳動および泳動像の解釈まで行われていたところで私が引き継ぎ、スポットのシークエンスおよび論文執筆を担当しました。
1. 概要
2. ダイオキシンとは
3. ダイオキシンの環境ホルモン作用
4. 精巣細胞について
5. 解析結果
6. 用いた実験手法
7. 関連文献
1. 概要
ダイオキシンがマウスの精巣にもたらす作用を解明する一助とするため、プロテオームの手法を用いてダイオキシンによって影響を受ける精巣中のタンパク質を網羅的に解析した結果を報告したものです。精巣中の細胞であるライディヒ細胞とセルトリ細胞の株化細胞を用い、10nMのダイオキシンにin vitroで4時間暴露し、前に行なった「マウス脳タンパク質のプロテオーム解析」と同様に、N末端アミノ酸配列からタンパク質の同定を試みました。二次元電気泳動による解析から、ライディヒ細胞では34個のスポットに発現量の変化が見られ、セルトリ細胞では全タンパク質量の減少とともに、19のスポットでさらに発現量の変化が認められました。これらの変化のあったタンパク質のうち4種類を決定することができ、そのうち2個は熱ショックタンパク質でダイオキシンによるストレスに対する応答反応であると考えられます。
2. ダイオキシンとは
 |
| 図1 ダイオキシン類 |
一般的に「ダイオキシン」とはポリ塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)、コプラナーポリ塩化ビフェニル(Co-PCB)を合わせた「ダイオキシン類」の総称です。塩素原子の結合する位置と数(図1のm,n)の違いによりPCDDは75種類、PCDFは135種類あります。似たような構造でありながら毒性が最大1万倍も異なることが知られており、中でも最も毒性が高いものが2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (2,3,7,8-TCDD)です。通常ダイオキシンの毒性を評価する際にはPCDD7種、PCDF10種、Co-PCB13種に個々の異性体に決められた換算係数をかけて2,3,7,8-TCDD量に換算しています。以下でダイオキシンとは2,3,7,8-TCDDのこととします。
過去には工場廃液に含まれていたり、枯葉剤作戦、阪神大震災時の野焼きなど特別な状況により発生し、それを摂取してしまう事例はありましたが、現在一般的にはゴミや産業廃棄物などの燃焼が主な発生源として注目されており、大気を経由し食物連鎖により人体に取り込まれると考えられています。
その毒性としては、毒性の現れるダイオキシン濃度、言い換えるとダイオキシンに対する抵抗性はヒトはもちろん実験動物の種類そして系統にも大きく異なりますが、一般的には消耗性症候群、胸腺萎縮、肝臓代謝障害、皮膚症状として塩素ざ瘡の症状があらわれます。また、ダイオキシンは発がん性を有し、肝細胞がん、肺の扁平上皮がん等が報告されています。妊娠マウスに投与することによりその胎児に口蓋裂のような奇形がもたらされたり、免疫系に対する毒性、子宮内膜症などを引き起こすことも知られています。生殖毒性もありますが、これについては次の項で述べます。ただ、こうした症状の報告は実験動物が主たるもので、ヒトに対する毒性の評価のためには詳細な研究が必要な状況です。
3. ダイオキシンの環境ホルモン作用
 |
図2 ダイオキシンの濃度 による作用の違い(ラット) |
ダイオキシンは生殖器系にも影響をもたらし、内分泌を撹乱する化学物質、いわゆる環境ホルモンとしての作用を有していると考えられています。
図2はダイオキシンによってもたらされる男性生殖器系に対する毒性をダイオキシンの濃度を縦軸にしてまとめたものです。この図から母体を経由して摂取し毒性が現れる場合と成熟した状態で毒性が現れるダイオキシン濃度には一つの大きな傾向があることがわかります。すなわち、成熟した状態よりも胎児や乳児期に暴露された方がダイオキシンが低濃度で毒性が現れるということです。ダイオキシン類は脂溶性が高く、肝臓や脂肪組織に蓄積しやすいことが知られています。そのため脂肪分の多い母乳を介して母体から子供へと移行するためと考えられています。
4. 精巣細胞について
男性生殖器の一つである精巣には精子細胞のほかライディヒ細胞とセルトリ細胞という細胞が存在します。
ライディヒ細胞は精巣の間質にあり、男性ホルモンのテストステロンを合成し、黄体形成ホルモン(LH)の刺激を受けてテストステロンを分泌します。また、セルトリ細胞は精巣内の精子の通り道となる精細管に存在し、精母細胞を支持し栄養を与え精子細胞にまで成熟するのを助ける役割を担っている細胞です。
本研究では精巣組織から直接これらの細胞を分離することは困難を伴うためライディヒ細胞の株化細胞であるTM3、およびセルトリ細胞の株化細胞であるTM4を用いました。いずれもBALB/c系統のマウス由来で、American Type Culture Collectionから購入したものです。
5. 解析結果
 |
 |
| ライディッヒ細胞 (TM3) |
セルトリ細胞 (TM4) |
図3 ダイオキシン暴露により変動した タンパク質の二次元電気泳動による解析 |
10-5−10nMの範囲でダイオキシン濃度を設定しTM3、TM4の生存率に対する毒性を調べましたが、いずれも最大の10nMでも有意な生存率の低下は観察されませんでした。また、4、12、24、および72時間で生存率を測定してもいずれの細胞にも顕著な傾向は見られませんでした。そこで、ダイオキシンによる急性毒性を調べるため、この10nMで4時間を暴露条件としました。
この条件でTM3、TM4を処理し、二次元電気泳動を行なって銀染色によりスポットを解析した結果が図3です。
一方で35Sでラベルされたメチオニンであらかじめ培養し、ただちにダイオキシンに暴露し、35Sメチオニンの含有状況から新規に合成されるタンパク質に対するダイオキシンの影響をオートラジオグラフィーを用いて解析しました。その結果、TM3では13個のスポットが増加、2個が減少、TM4では8個が増加、1個が減少しました。
ダイオキシンの作用機序として核内レセプターを介した細胞内のシグナル伝達が知られていますが、そのほかc-Srcのようなリン酸化酵素を介したシグナル伝達系も報告されています。そこで、二次元電気泳動を行なったのちウェスタンプロットし、抗リン酸化チロシン抗体を用いてスポットの解析を行ないました。TM3では10個のスポットでリン酸化が亢進し、2個で低下、TM4では2個が亢進、4個が低下しました。
これらダイオキシンに伴って量の変化を示した特徴的なスポットのうちTM3では34個中15個、TM4では19個中13個についてN末端アミノ酸配列解析によるタンパク質の同定を試みました。TM3でPyruvate dehydrogenase E1 beta subunitが減少し、TM4でATP synthase beta chain、Mitochondrial matrix protein P1、78kDa glucose-regulated proteinが増加しているという結果が得られましたが、他のスポットについては配列解析を行なうことができずタンパク質を決定することができませんでした。N末端が化学的な修飾を受けていることが考えられ、N末端の高い修飾率は一つの特徴でした。ただし、これが対象とした細胞特有のものかダイオキシンによるものかは検討する必要があります。
78kDa glucose-regulated proteinはhsp70ファミリーに属し、Mitochondrial matrix protein P1はhsp60ともよばれ、ミトコンドリアのマトリックスでタンパク質のフォールディングに関与していることが報告されています。これらはセルトリ細胞のみで検出され、ダイオキシンのストレスに対するセルトリ細胞固有の応答反応であると考えられます。
6. 用いた実験手法
- 二次元電気泳動 (オートラジオグラフィー、銀染色、CBB染色)
- ウェスタンブロッティング
- プロテインシークエンサーによるアミノ酸配列解析
7. 関連文献
ダイオキシンついて
- 池永満生、野村大成、森本兼嚢 (1998) 環境と健康U、へるす出版
- 長山淳哉 (1994) しのびよるダイオキシン汚染、プルーバックスB-1027、講談社
- 環境庁ダイオキシンリスク評価研究会 (1997) ダイオキシンのリスク評価、中央法規出版
環境ホルモンについて
- 武田健 (2000) 子孫を残す細胞を守れ!ディーゼル排ガスも環境ホルモン、丸善
- 筏義人 (1998) 環境ホルモン きちんと理解したい人のために、プルーバックスB-1227、講談社
- 長山淳哉 (1998) 母体汚染と胎児・乳児 環境ホルモンの底逸れぬ影響、ニュートンプレス、
本研究について
- Uchida, T., Ohashi, Y.,Morikawa, E., Tsugita, A., and Takeda, K. (2001)
Proteome analysis of the effects of 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin on murine testicular Leydig and Sertoli cells. Journal of Health Science 47(2),136-144 (PDF)
前のページにもどる