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   典膳とは





御子神典膳吉明(みこがみてんぜんよしあき)
旧丸山町御子神地区は戦国時代から江戸時代初頭にその名を馳せた、
剣豪、御子神典膳吉明(小野次郎右衛門忠明)の出生の地であることからその名を頂きました
典膳は幼いころから木刀を腰にさし、丸山の山々を駆け回り石堂寺で読み書きを習っていた、安房の国、戦国大名里見氏に仕え、若いころから剣客として知られ「安房の無双の太刀取り」と言われ数々の戦で名をあげていた
しかし、兵法者、伊藤一刀斎との手合わせで1尺ほどの棒きれを持った一刀斎に典膳は太刀で挑んだが子供あしらいのように惨敗したそのことから一刀斎の二番弟子となり、一番弟子の小野善鬼と共に修行の旅にでた
そして、善鬼との決闘で勝利し一刀流を後続する
その五年後、文禄2年、徳川家康に召され家康の子、二代将軍、徳川秀忠の兵法、剣術の師となる、
母が方の性「小野」と秀忠の「忠」をもらい「小野次郎右衛門忠明」と名を改め、小野派一刀流の開祖となり柳生新陰流と並び徳川家の二大流派となる
 慶長5年、関ヶ原の戦いでは真田幸村守る上田城を攻め勇戦した7人(これを世に上田の七本槍)の一人でもある
 実戦を重視した典膳の剣は無敵の強さを誇ったと言われ、大瓶の中に隠れた罪人を瓶ごと真っ二つに切った「瓶割り典膳」と言う話や強豪、柳生十兵衛でさえ降参し、かの有名な宮本武蔵の攻撃でさえも目を閉じてかわしたと言う逸話も残されている
典膳の剣は「無想剣」と言われる
 天下太平の世も典膳は剣術に大変厳しく
相手が、将軍でも手加減しないため、坊っちゃん育ちの三代将軍家光に大層嫌われ柳生家か一万石の大名なのに対し典膳は六百石の
旗本にしかなれなかった
時代劇などで「小野派一刀流」と登場したり
ゲームPSの「剣豪」では小野次郎で登場したり、映画にもなった漫画「あずみ」などの原作に御子神典膳で登場する
典膳は成田で生涯を終え、成田山新勝寺の近く永興寺の裏山で息子と並んで眠っている

(御子神典膳
 を大河ドラマに出す会)