「“本”というこだわり “紙”でできること vol.4」
2008年9月
ROBAROBA cafe(経堂))

〈一〉
つゆくさ・矢車草
うすく水にとかした
花の靑色
人差指に
リボン
素足で歩きながら
夜明けの 使者となる。


〈二〉
空の靑色や、たんぽぽ
いまはまだ 草のなか
何ももつてゐない。
駈けまわって みたされる
幼い王
五月の王


〈三〉
* 星へ、星から
夜の一部分を 投げあう人
黑硝子 星や燈臺(とうだい)
海象(せいうち)狩り 撞球(ビリヤード)
すり切れた ビロードのような
ふるい詩の いくつかを


〈四〉
夢のよう 環になって
王國へ
朝のなかへ ふみだし、
おのおのが 融けあひ、
五月柱(メイポール)
波となって 輝く響


〈五〉
一本の繊細な吊絲(つりいと)f
綠の光の波長は一萬分の五粍(ミリ)
白、赤、黄、靑、黄金色、紫と
花が つい開いたばかり
振子を用ひて
いつも、夢を見てゐる。


〈六〉
海水浴
壜詰めの波
空へは 凧を上げたり、
青や白の衣 ふきちらせつつ
硝子球の 中心にある
一つの晴れやかな記憶


〈七〉
紙の上へ手の平をのせ
風が海面を吹いた時
花粉とか 胞子とか
薄い空氣の層を
注意深く貼り合せる
見えない 翼の作り方
 

〈八〉
眠っているうちにとじこめられた
月の上の 圖書館
光線の陶醉
沈默のどこかで
胡桃を噛み碎く音
窓から外へ出る


〈九〉
雲の中
王國の崩壞
王女の雲雀(ひばり)は
水滴群より成り
その囀(さえず)りも
散亂(さんらん)を餘儀(よぎ)なくされる。


〈十〉
本のなかでは、いまも
風が並樹を吹き
海面は燐光に輝いている。
すべてを閉ぢるため
はじまったばかりの
四月の夜


〈十一〉
星を出發し *
眠り續けて來た。
見えますか 見えますか 見えますか
金色の漣(さざなみ)
こんなはるかかなたの
ここが水の国


〈十二〉
見上げると、夜だ、
鈴がなりひびき、
極は光に包まれる
涙を急いで乾かし、
ひろびろと胸いっぱいに
吾々の括弧を閉ぢよう。


〈十三〉
今 網膜の上に結ばれ
解きはなたれた
小さな海圖(かいず)
風を孕んだ帆
最もなつかしい夢の
始まりから 終りまで
※六面体に紙片をコラージュ。
作品目次
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