1.軸を立てる 太極拳の歩法は軸を立てて行う。このとき軸は、前傾・後傾せず、左右にぶれず、上下しないように高さを一定に保つ。軸を立てる歩法のイメージは、時代劇で、背中にさし込んだ旗指物を頭上に掲げ、進む馬上の武士。旗指物は、前後・左右・上下にぶれず、真っ直ぐのままで移動する。
茶柱は、重心の低い茎だけが自然にユックリと起き上がる。そして、より重心が低い茎ほど真っ直ぐに立つ。重心について、多田容子著『自分を生かす古武術の心得』のなかで、「骨主肉従」という言葉とともに、示唆に富む指摘をしている。 << よく、武術や踊りなどを見ていて、「腰が高い」とか「低い」などと言うが、それは見た目の腰の位置の問題ではない。無理に足を曲げ、上体で押さえ込んで腰を落としても、それは形だけのことだ。本当は身体の内容のことを表していて、重心の意識がうまく足腰へ流れ、上体が空っぽになっているような感覚をいうのだと思う。「重心が低い」という表現があるのはそのためだろう。>>・・・多田容子著『自分を生かす古武術の心得』p93~
体の重心を下げる方法の一つは沈肩墜肘である。両肩は両腕の重量を支えている。肩・肘が上がれば重心はあがり、下げれば重心は下がる。 また足を体側に寄せるとき、寄せる方の足先(つま先)を最後まで残すようにして、ユックリと寄せる。これにより上体を支える足(軸足)の股関節を折り込むなどの時間的余裕が生まれる。これらが相まって軸が立て易くなる。 軸を立たせる理由はバランスにある。頭部は体重の10%から13%あると言われる。約5㎏である。これは首の上に大玉のスイカが乗せていることを意味する。通常、気にはならないが、大変重いものが首の上にあるのである。軸が斜めになったり、頭を下げたりすると、首の上にある重いスイカでバランスをくずし、軸がぶれる原因となり、力みがでる。
2.軸の回転 空手には、型と組手の練習があり競技がある。型は相手なしで、組手は相手ありで行う。24式太極拳(簡化太極拳)は、24の技からなり、空手で例えると24の型の練習である。 社団法人日本武術太極拳連盟発行『太極拳実技テキスト』は、日本人によって作られた、初めての本格的な太極拳の実技教材である。ここには、24式太極拳の、分解図・足型・動作順序・動作要領・注意事項が詳細に掲載されている。24式太極拳を学ぶ日本でのバイブルといえる。 ここに掲載された24の技の解説には、最初(1式・起勢)と最後(24式・収勢)を除く22式には、回転の大小はあるが、体を回転(軸を回転)させながら技を行うように示している。 相手からの攻撃を防ぎ、相手を攻めるために、腕や手で払ったり、押したり、引っ張ったりする。太極拳では腕や手だけの力を使って、押したり、払ったり、引っ張ったりすることはない。軸の回転と移動がともなう。 左足が前にでて、右足で押すのを左弓歩という。この左弓歩で例えると、右脚で地面を押す力が、軸をまわし、軸を移行させる。この軸の回転と移行が肩に伝わり、腕に伝わる。その伝わってきた力が、腕や手を、押したり、払ったりする。 太極拳の格闘技としての伝統的な訓練方法である組手訓練法(太極拳推手)や、2人または3人で武術の攻防の技を演武する約束組手(対練)を見ていると、相手からの攻撃はよけないで、受け流している。受け流すためにも軸の回転が重要な役割を果たしていると思う。
3.軸足の移動 軸足とは、上体を支える主な役割を担うほうの足をいう。 王宋岳著注記1『太極拳論』に、「立如平準、活似車輪。偏沉則隨、雙重則滯。毎見數年純功、不能運化者、率皆自為人制、雙重之病未悟耳!」という一文がある。この意訳は、 << 動作姿勢は、左右平衡し偏りのない天秤バカリのように、軸を揺らさず立身中正を保つ。動作は、車輪のように自在に動く。体重が両足の一方にだけあれば、相手の動きに合わせることができる。しかし、両方に掛かっていれば(双重)、相手の動きに合わせることはできない。何年太極拳をやっても、双重という病に気がつかなければ上達しない >> 注記1:王宋岳 生没年不明。清の乾隆帝時代(1735~95)に活躍
両足で上体を支える双重では、相手の動きに合わすことはできない。上体を支える軸足の移動・交代は、この双重にならないように、軸の回転と協調しながら行う。
『太極拳実技テキスト』では、歩法ついて次のように記している。 << 各々の歩法は、進退、転換いずれのときも虚実を明確にし、軽くかつ穏やかに行う。途中で止まったり、急激に動いたりせず速度を均一に保つが、また、平板、単調にならないようにする。 重心の移動は、体の軸(背骨と腰)を安定させて揺れないように行い、股関節をゆるめ、膝も突っ張らないように柔らかく動かす。歩型・歩法は土台であり、土台が安定しなければ、上体の姿勢を正しく保つことはできない。 太極拳の動作における全身の協調性と
注記2 勁力は、武術の動作の目的に沿って意識的に体の中から導き出される力の総称
注記3 歩法とは上歩や進歩・跟歩・退歩・側行歩・擺歩・蹬脚などの動作をいう。
注記4 歩型とは並歩・開立歩・弓歩・虚歩・仆歩・独立歩などの動作の最終形(=定式)をいう。
4.力は意識を以って伝える 『太極拳実技テキスト』には << 動作の途中では、意識で動作を導くことが大切で、意識、目、体の順に動くことによって、身法、歩法、手法を協調させるのである。>>・・・『太極拳実技テキスト』P12 また、松田隆智著『太極拳入門』に、太極拳の常用語「上下相随」について次のように記している。 << いずれの技法をおこなうときにも手、足、腰が順序正しく連絡して動かねばならない。もしも手、足、腰が連絡しないでバラバラに動けば手は手だけの力しか出せないし、全身の力は分散してしまい敵を倒すことはできない。>>・・・松田隆智著『太極拳入門』産報 p88~
力を、意識を以って伝えるには、ユックリと技の動作を行う。足からの力が、腰に伝わり、軸に伝わり、肩に伝わり、腕に伝わり、手に伝わる。それぞれに伝わっていくのを、タイムラグ(時間差)を持たせて感じ取る。
参 考 社団法人日本武術太極拳連盟 編集・発行『太極拳実技テキスト』 多田容子著『自分を生かす古武術の心得』集英社 BooksEsoterica第34号『中国武術の本』学研 清水豊著『太極拳秘術』柏書房 松田隆智著『太極拳入門』産報 |
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