雑録2006.8.1 外来語
   テレビの司会者が、「(なに)なにと(なに)なにのコラボレーションによる演奏です」、と紹介している。妻がコラボレーションってどういう意味と聞いてくる。 「コラボレーションはコラボレーションだよ、ちょっと訳しづらいな」といいかげんな返事をしながら辞書を開く。辞書には“共同作業、共同制作”と出ている。 「共同制作といえばすぐ分るのに、なんでコラボレーションなんて言葉を使うんでしょう」と妻は言い、そして私も同感である。

我が家のテレビの横には辞書が置いてあり、不明な言葉を聞いたり読んだりすると妻はすぐ辞書を引く。しかし、外来語はすぐに忘れてしまう。

私も、なんとなく、そしてあいまいに理解している外来語は多いし、まったく意味を解さない外来語も多い。

以前、ある区役所の広報紙に外来語が多く、問題になったことがある。テレビで同じ区役所の人が「自分も、外来語の意味が良く分らない」と、苦笑いしながら答えていたのが記憶にある。

 

国立国語研究所では、公共性の高い媒体で使われる言葉を分かりやすくする目的で、数年前から外来語の分りやすい言い換えを検討している。これまで何回か新聞紙上で、中間発表もされている。その成果をまとめた本をこの6月に刊行した。

「外来語 分かりやすく伝える 言い換え手引き」(国立国語研究所「外来語」委員会編)の書名でぎょうせい社から出版された。

 

「外来語の実態」の章では、4500人を対象に面接して行った、外来語に対する意識調査を載せている。この中で「今以上に外来語が増えることをどう思うか」を調査している。

全体では過半数(55.3%)が好ましくないと感じている。これを年齢別にみると、30歳代以下では好ましいが過半数を占める。40歳代以上では、好ましくないが過半数を占めており、世代による意識の違いが際立っていると指摘している。

30歳代以下の若い世代が、外来語が増えることに対して、肯定的なことには意外な感じがした。これは、年齢による言語の摂取能力の違いが反映しているのも一因であろうか。

外来語を使うことの良い理由の上位4点に、

@話が通じやすくて便利である A新しさを感じさせることができる Bこれまでになかった物事や考え方を表すことができる Cしゃれた感じを表すことができる、を若い世代がより多く挙げている。

また、外来語を使うことの悪い理由の上位4点に、

@相手によって話が通じなくなる A誤解や意味の取り違えがおこる B日本語の伝統が破壊される C読み方がむずかしくて覚えにくい、を挙げている。なかでもCの読み方がむずかしく覚えにくいに、年配の世代は多く挙げている。


  本文の「外来語を分りやすくする手引き」の章では、外来語をどのような言い換え語を当てるのが適切であるのか、また外来語に説明を施すとしたらどのような表現を選べばよいのか、目安・よりどころとなる事柄を、176の外来語について解説している。二つの外来語について記載された言い換えと解説を紹介する。

アイデンティティー       理解度:全体★☆☆☆ 60歳以上★☆☆☆ (注 ★1つは25%未満を示す)

【言い換え語】 独自性 自己認識

【用例】

 アジア社会の文化や歴史を、政治、経済、法律を、そのアイデンティティー(独自性)を尊重しつつ真摯な態度で学ぼうとする姿勢がうかがわれる。


青少年のアイデンティティー(自己認識)の喪失による思いもかけぬ事件の数々や

【意味説明】

 他者とは違う独自の性質。また、自分を他者とは違うものと考える明確な意識。
【手引き】
◎変わらない確かな自分を意識していう場合は、やや難しい言い方であるが、心理学の専門語である「自己同一性」をもちいることもできる。
◎自分が帰属する社会などを意識していう場合は、「帰属意識」ということができる。
◎正確な概念を伝えたい場合は、説明を付与するのが望ましい。
【その他の言い換え語例】
【複合語例】
アイデンティティークライシス=自己認識の危機
ナショナルアイデンティティー=国家像 国家帰属感
コーポレイションアイデンティティー=企業イメージの統一

インフォームドコンセント       理解度:全体★☆☆☆ 60歳以上★☆☆☆
【言い換え語】 納得診療 説明と同意
【用例】
この病院はインフォームドコンセント(納得診療)を重視し、患者中心の実践をうたっている。

子供の移植患者に対してのインフォームドコンセント(説明と同意)は昨春から一度でよいとされており、
【意味説明】
十分な説明を受けた上での同意
【手引き】
1980年代から日本で使われるようになった語で、1990年に日本医師会が、日本の医療への導入と普及の必要性を指摘したことなどをきっかけに、一般に広まり始めた。
◎医療を中心に、現代社会における重要概念として、普及定着が望まれているが、現状では意味を理解している人は少ないので、言い換えや説明付与などの必要性は高い。
◎診療場面において使われることが多く、患者の納得に基づく診療行為を表したい場合は、「納得診療」という言い換えが分りやすい。また、患者の納得という行為を前面に出すことによって、患者の視点からこの概念を見ることを促す効果も期待でき、概念の普及にも役立つと考えられる。
◎『説明と同意』という言い換え語が、この語の意味を端的に表しているが、より分かりやすく伝えるには、【意味説明】に示したような説明を付与することが必要である。

  本の中で、「・・専門家同士や仲間内でしか通じない言葉遣いは、無意識のうちに多くの人を排除してしまう(略)・・現代社会において、国の省庁の行政白書、自治体の広報紙、新聞の三つは、公共性の高い代表的な情報媒体です。これらで使われている言葉が分りにくいとしたら、それは社会の運営にとって深刻な問題であるはずです。しかし、現状ではそういう認識が必ずしも十分であるとは思えません」と述べている。
  これらに(たずさ)わる人や不特定多数の人に伝える立場の人は、ぜひとも分りやすく伝えることを心がけてもらいたいものだ。

 
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