雑録2013.1.7 健診・がん検診

 「健診」とは全体的な健康状態をチェックする用語であり、「検診」とは「がん」などの特定・具体的な病気そのものをチェックすることである。


― 健  診 ―

私の住んでいる渋谷区では、毎年誕生月健診がある。指定された医院・病院の中から選んで受診することができる。これまで何ヵ所かの医院・病院をかえて健診を受けている。

3年前に人間ドックと診療所の二つを持つS診療所で始めて受診した。尿酸値が8.7mg/dL)と基準値の上限である7.0より高いため、同診療所にある腎臓内科の先生を紹介された。3か月後に再び血液検査を行ったときの尿酸値は8.2であった。しかし同時に行った血液検査では、白血球数は基準下限値より少なく、血小板数も基準下限値の半分しかないと指摘された。本来は尿酸値を下げる薬物治療をすすめたいが、白血球数が低いことで処方は見送られ、食事療法と十分に水分をとりオシッコとして尿酸を流し出すことを指示された。

白血球数や血小板数が少なくなる原因は、肝臓・脾臓(ひぞう)からの影響も考えられるとして、CT検査、エコー検査、項目を絞った血液検査を行い、さらには膠原(こうげん)病の血液検査行った。脾臓が少し大きいといわれたが原因は不明であった。同診療所の血液内科の先生にも診てもらったが、様子を見ましょうといわれた。昨年(平成24))のエコー検査では、脾臓は小さくなっていると言われた。

 

2002年(H14)から2012年(H24)までの過去11年間の健診記録を調べると、尿酸値を16回検査した記録が残っていた。6.9から8.8までの間を上下し、平均は8.0であった。それらの健診記録の医師のコメント欄の多くには、尿酸値について“要指導”や“要治療”が書かれている。

私は現在いたって健康である。しかし、検査数値では薬物治療が必要とされている。いったいこの検査数値(基準値)は何を意味しているのであろう。(なお、日本痛風・核酸代謝学会編『高尿酸血症・痛風のガイドライン第2版(2012年追補)』では、尿酸値9.0以上が薬物治療の対象としている。)

 

中村仁一著『大往生したけりゃ医療とかかわるな』1には、この基準値について次のように書いている。

<< 以前は正常値といわれていましたが、今は基準値とか基準範囲といわれます。

さて、この基準値ですが、健康人の95%が含まれる値に設定されているのです。つまり、健康であっても5%の人は、はずれているわけです。換言すれば、はずれたからといって、すぐ「異常だ」「健康ではない」とはいえないシロモノということです。

おまけに、この基準値は、若者のそれだということです。したがって、年寄りにあてはめるには、いささか問題があるということになります。

また、検査項目が一つということはありません。ふつうは複数です。

基準値が、健康人の95%が収まる範囲とすると、理論的には、2項目とも基準値範囲に入る確率は、0.952乗で90.25%になります。5項目だと77.37%、10項目だと59.87%(健康人10人のうち4人強はどの項目かが基準範囲からはずれる)、30項目も検査すれば21.4%になり、約8割の健康人が、何かでひっかかる計算になります。

2011819日、日本人間ドック学会が発表した、2010年の人間ドック受診者、約300万人の全国集計成績によると、「異常なし」は過去最低の8.4%だったということです。しかし、前述のことを考えると、「むべなるかな」と申せましょう。

おそらく、この300万人の中には、「異常なし」のお墨付きを得たいがためのお年寄りも混じっていることでしょう。そして、よせばいいのに受けたばっかりに、それ血糖値がおかしいの、肝機能が異常だのと指摘され、病人に仕立て上げられてしまった人が、かなりの数にのぼるのではないかと推察されます。

「健診」や「人間ドック」のスローガンは、「早期発見」「早期治療」です。

ただ、この言葉は、早く見つけて手を打ちさえすれば、すべての病気が完治、根治するがごとき錯覚を与えます。

だいたい、「早期発見」「早期治療」は、完治の手立てのある、肺結核で成功を収めた手法です。これを、完治のない生活習慣病に適用しようとすることに、そもそも無理があります。>>

 

なお、上記の日本ドック学会が発表した2011年(H23)の「人間ドックの現況」には、「人間ドック受診者の検査項目別総合成績」が載せてある。年代別、23検査項目別に判定区分ごとの人数が記録されている。総計受診者3,133,484人に対し、異常なしの判定が244,115人であり、2010年(H22)よりさらに下がり7.8%になっている。1984年(S59)には29.8%の人が異常なしと判定されていたとも書いてある。この異常なしの割合が年とともに下がる理由について、ドック学会では次の4項目を挙げている。

1. 専門学会による判定基準ガイドラインの採用

近年、相次いで日本動脈硬化学会、日本高血圧学会、日本糖尿病学会、日本肥満学会、日本痛風・尿酸代謝学会などが、疾病(しっぺい)の重症度判定のガイドラインを発表し、特定検診の判定値として採用されました。そこで日本人間ドック学会も、専門学会の基準に沿った判定基準を作成しています。肥満の判定は体格指数(BMI)に加え腹囲を採用し、血圧・脂質・血糖も、従来の基準値より厳しくなっています。

2. 人間ドック受診者の高齢化

  人間ドックの普及に伴い、全国調査によれば反復受診者の割合は全受診者の7080%を占めるようになりました。その結果、人間ドック受診者の平均年齢が40歳代から50歳代へと移行し、さらに60歳以上の受診者が年々増加しています。

3. 社会環境の悪化

  百年に一度と言われる経済不況により大企業や銀行関係の倒産や吸収合併が発生し、サラリーマンのリストラや出向、単身赴任も増えています。その余波は中小企業にも及び、有形、無形に心のバランスを失い、ストレスがうつ病増加の原因となっていると共に、生活習慣を悪化させる引き金にもなっているのです。

4. 食習慣の欧米化と運動不足

  外食産業やコンビニエンス・ストアの普及により、手づくりの家庭料理を作る頻度が減少しています。結果として和食中心から、洋食や中華風の料理など嗜好が多様化し、食べ物に占める脂肪の割合が25%超すようになり、野菜の摂取量が少なくなりました。また、交通機関の発達や車の保有台数の増加が歩行量を減らし、疲労による運動意欲の低下と共に、運動不足を来たしています。

 

“判定基準のガイドライン”は、各専門学会が提示した数値を「日本人間ドック学会」ではそのまま採用しているようだ。専門学会の研究者は製薬会社から多額の寄付を受け、診断基準の変更によって患者が増加し、製薬会社の売り上げに寄与しているという批判を書いた本をよく目にする。

別冊宝島編集部/2011.3『「健康診断」の恐怖』2には、血圧の基準値を変えることによる、患者数の変化が載せてある(表1)。

1 血圧の「診断基準」の推移

ガイドライン

診断基準

mmHg以上)
高血圧症の率と患者数(4079歳)
男性 女性 合計
1987

老人保健法に基づく

基本健康調査(厚生省)
180/100 4 110 万人 2 60 万人 170万人
2000 日本高血圧学会

59歳以下:130/85

60歳代 :140/90

70歳代 :150/90

80歳代 :160/90
34 1,050 万人 25 800 万人 1850万人
2004 日本高血圧学会

64歳以下:130/85

65歳以上:140/90
40 1,230 万人 31 990 万人 2220万人
2008 

特定検診

(受診勧奨)
140/90 27 830 万人 21 680 万人 1510万人

特定検診

(保険指導)
 130/85 47 1,450 万人 39 1250 万人 2700万人 

<<厚労省が、2008年から実施している「標準的な健診・保健指導プログラム」では、年齢にかかわらず140mmHg/90mmHg以上を受診勧奨としていますが、日本高血圧学会は、130mmHg/85mmHgを目標値としているので、この値に到達するまで薬物が投与される可能性があります>>・・『「健康診断」の恐怖』2より

 

高血圧について、近藤誠著「成人病の真実」4では、次のように記しています。

<< ひとくちに高血圧といっても、原因や程度はさまざまです。本稿で検討するのは「本態性高血圧」で、日本人の圧倒的多数を占めます。「本態性」とは、「原因不明」の医学的表現で、いろいろ調べても原因がわからないときに本態性高血圧と診断するわけです(「原因不明性高血圧」と名づけなかったのは、専門家たちの意地か面子(めんつ)があるのでしょう)

本態性高血圧の場合、降圧治療によってメリットが得られるかどうか不明です。そういう理由は第一に、地域・職場の健診や人間ドック、または他の病気で病医院を訪れたときに指摘されることが多く、ふつう高血圧に由来する症状がなく、いたって元気であるからです。症状がなければ、どう治療しても、体調がそれまで以上にならない理屈です。ただし、頭痛などの症状があれば、それを軽減するというメリットが存在します。したがって有症状者は、ここでの検討の埒外(らちがい)です。(略)

つぎに本稿で問題にしているのは誤解がないように記しておくと、頭痛や吐き気、意識障害などが生じて生命に危険がおよぶ「高血圧緊急症」に治療の必要があることは明らかです。ホルモン分泌異常などに起因する「二次性高血圧」も治療を受けたほうがはっきり得で、前述したような本稿で検討しているのは無症状の本態性高血圧です。

降圧のために薬を使用することです。本態性高血圧というのは、年齢、性、身長、体重、塩分、タボコ、アルコールなどの量に応じて、銘々の身体が自然調節した結果ですから、その方の身体がその血圧レベルを要求しているとみることもできます。それなのに薬で強引に下げるから、いろいろ不都合・不利益が生じるのです。

これに対し減量、塩分制限、禁煙やアルコール制限などによって血圧を下げることは無理がない。塩分が減った、痩せた、タバコをすわなくなった、などの状況に応じて身体が自ら血圧を下げるのですから、格別不都合がないわけです(ただし余り痩せすぎると、寿命を縮める可能性がある)。それゆえ血圧が気になる方は、このような非薬物療法を試しましょう。>>

“人間ドック受診者の高齢化”は、高齢者の人口の増加に伴い今後も増加するはずである。しかし、基準値が年齢差を考慮に入れずに決められているので、異常なしの割合が年々増加することは避けられないであろう。

2004年(H161月に開かれた日本総合健診医学会で、東海大学の大櫛教授は健康診断を受けた全国で約70万人の結果から、日本ではじめての男女別、さらには年齢別の基準範囲について発表している。内容は(中原英臣 矢島新子著『健康診断・人間ドックが病気をつくる』3に掲載してある

参考に、日本ドック学会が、2012年(H2441日付けで改訂した「判定区分(クリック)」を添付し

 

健診の有効性

20058月、厚生労働省の「最近の科学的根拠に基づいた保険事業に関わる研究」斑(班長、福井次矢・聖路加国際病院長)が、健康診断で実施されている代表的な24の検査項目の有効性についての報告書をまとめた。これについて、上記『健康診断・人間ドックが病気をつくる』3からの孫引きであるが、次のように記している。

<< 健康診断の体表的な24の検査項目のうち、16項目は「病気の予防や死者の減少という視点では、有効性を示す根拠が薄い」と結論付けたのです。

研究班はそれぞれの検査項目が示している数値基準の根拠について、世界中の医学論文にあたって調べ直しました。

その結果、十分な証拠があったとされるのは【血圧の測定】【「飲酒」と「喫煙」に関する問診】だけでした。

そのほかに【身長と体重の測定】は減量指導の充実を条件に、【糖負荷試験(糖尿病検査)】と【うつ病を調べる問診】は指導や治療の体制整備を条件に有効と判定されています。

日頃から、ずいぶん気にしているコレステロールや肝機能検査はどうなったのでしょう。尿検査や心電図はどうしたの、と思われる方が多いと思われます。健康診断で「再検査を受けてください」と印刷された文字は何だったのでしょう。

報告書は、有効性が薄いと評価した検査項目に、次のようなコメントを付けています。

【視力検査】=勧めるだけの証拠はない

【一般的な問診】=明確な証拠はない

【聴力検査】=勧めるだけの証拠はない

【身体検査】=明確な証拠はない

【聴診】=明確な証拠はない

【腹部診察】=ほとんど証拠はない

【心電図測定】=虚血性心疾患の発見には無意味

【胸部X線検査】=肺がん発見に有効との証拠はなし

【コレステロール検査】=コレステロール低下には役立つが心筋梗塞(しんきんこうそく)予防に有効との根拠なし
【尿検査】=糖尿病発見には不適切、腎不全を防ぐ証拠がない
【血球数など】=有効性を示唆する十分な証拠はない
【C型肝炎ウイルス検査】=判定保留
【B型肝炎ウイルス検査】=判定保留 >>

先の『成人病の真実』4では、病気には「検査病」と「本物の病気」があるとして、次のように書いている。

<< 定期健診と、それによって発見される病気や異常に対する考え方を変えることです。がん、高血圧、高コレステロール血症、糖尿病など成人病は、それぞれ大きく二つのタイプに分かれます。一つは、治療すれば寿命がのびるなどして得するタイプで、特有の症状があることが多い。つまり、それぞれに特有な症状があるので病気の存在が推測でき、検査は診断を確定するのに用います。これらでは、症状をとるためには医療的介入が有効であり、症状が取れれば寿命ものびるでしょう。その意味で、「本物の病気」といえます。

これに対し、症状がないのに検査でみつかる成人病の大多数は、検査でしか発見できない「検査病」です。特有の症状もなく健康感あふれる人たちに病気とのレッテルを貼るのであれば、せめて医療的介入により寿命をのばすことができなければなりません。しかしそれらの成人病は医療的介入により寿命が延びる証拠がない。つまり「検査病」の圧倒的多数は単なる加齢現象であり、「病気もどき」です。>>


厚労省によると、自治体や企業に法律で義務づけられ、成人の大半が受ける健診の実施費用は総額で年間9000億円近くになるという。超高齢化社会に入り医療関連費用はこれからも増加する。限られた財源は有効に使いたいものである。

 



― が ん 検 診 ―

“前立腺がんPSA検査 過剰治療の心配 「様子見」療法 進む研究”との見出しの記事が2011年(H23111日の朝日新聞に載った。前立腺がんの検診で用いられる腫瘍(しゅよう)マーカーであるPSA検査についてである。記事では、泌尿器科学会のPSA検査は有効であるとの反論も載せてあるが、米国政府の諮問機関、予防医学作業部会(USPSTF)は10月、PSA検査は全年齢の男性に勧められないと勧告案をまとめた、として次のように書いている。

<< 前立腺はPSA検査で早期発見、治療のできる場合がある。だが、進行がゆっくりなものもある。治療には、勃起(ぼっき)障害や排尿障害などのリスクを伴う。USPSTFは、早期発見の利益よりも、過剰診断・治療による不利益の方が大きいと判断した。

9年間、約18万人を追った欧州の研究によると、5074歳では検査を受けた人と、受けなかった人で、前立腺がんによる死亡率に統計学的に有意な差がなかった。ただし、5569歳に絞れば、検査を受けた人の死亡率は2割少なかった。

USPSTFの勧告案に、全米泌尿器科学会は即座に「PSA検査は診断やリスク評価などに重要」と反論した。

日本でも、厚生労働省研究班は今年7月、欧米の調査結果を分析し、「死亡率を低下させる科学的根拠は不十分」と、住民検診などの集団検診へのPSA検査の導入を勧めないと発表した。>>

 

PSAというのは「前立腺特異抗原」の略で、前立腺組織だけにある特有の物質という意味であり、血液検査によってその数値を検出する。前立腺肥大症や炎症の場合に高値になるが、前立腺がんでも高値になるので「前立腺がんの腫瘍マーカー」として検診に用いられるようになった。検診マーカーとして用いられることによって、前立腺がんの発見数は飛躍的に増加した。

前立腺がんだけではなく、採血して各種がんを早期発見する「腫瘍マーカー」の採用や検査機器の進歩、検診が充実するに伴い、他のがんでも発見数は増大している。これらについて近藤誠著『あなたの癌は、がんもどき』5の中で、図-1から図-4を掲載して次のように記している(<<   >>でかこまれた文章は、近藤誠著『あなたの癌は、がんもどき』5から)。

-1 米国と英国における前立腺がん発見数と死亡者数の推移

 

<< (図-1の)グラフを見ると、米国の前立腺がん発見数は飛躍的に増加しています。これに対し英国は、PSA検査にあまり熱心でないからでしょう、発見数が増加しているものの、米国のそれとは大違いです。

ところが、前立腺がんによる死亡者数を表す曲線は、米国のそれと英国のそれとが、ピッタリ重なっている。二本の線があまりにもピッタリ重なっているので、まるで一本の線のように見えます。

前立腺がん発見数が多くても、少なくても、死亡数は変わらない。PSA検査が死亡数減少に何の影響も与えていないことになる。>>

通常、PSA検査で基準値を超えると、前立腺がんも疑われる。それをみきわめるために、前立腺の数か所から針を使って組織の一部を採取する。その組織片を顕微鏡で見ながら病理医ががん細胞かどうかを判断する(生検という)。がんであれば手術や放射線治療を施す。

-1では、米国では前立腺がんの発見数が飛躍的に増大しているにも関わらず、死亡者数は変わらない。この理由として、PSA検査で発見可能になるずっと以前に、本物のがんは転移しており、米国のPSA検査で増加したがんのほぼすべては「がんもどき」である。「本物のがん」と「がんもどき」は遺伝子レベルの違いであり、顕微鏡では判断が不可能であるという。

さらに図-2から図-4のデータを示しながら(がん)には、「本物のがん」と「がんもどき」あることを示唆している。また同氏は数ある著作の中で説得力のある「がんもどき」の持論を展開している。

-2 米国コネチカット州における乳がん発見数と死亡者数の推移

 

<< 乳がんの発見数と死亡数の関係をより直接的に示した、米国コネチカット州の統計もあります(図-2)。これを見ると、1940年以降、キャンペーンの影響でしょう、乳がん発見数は右肩上がりに上昇している。ところが、単位人口当たりの死亡数は一定です。

このことから、本物のがんの数は時代によらず一定で、がんもどきの発見数だけが増加していることが分かります。>>

-3 日本人男性の胃がん発見数と死亡者数の推移

 

<< (図-3)は日本人男性の、胃がん発見数と胃がん死亡数の関係を見たグラフです。胃がん発見数は1970年代以降、健診受診者の増加等が原因でしょう、大きく伸びています。

そこで、もし検診発見胃がんが、進行・末期胃がんの前身であるならば、発見数がこれほど増えれば、死亡数は減るはずです。ところが図の胃がん死亡数は、横ばいないし増加傾向にある。

このことから、発見胃がんが増加した部分は、進行・末期胃がんの前身ではなかった(換言すれば、がんもどきである)ことを意味しています。>>

-4 スェーデンにおける子宮がん発見数と死亡者数の推移

 

<<(図-4)では、子宮がん死亡数は検診開始後も一定です。したがって、上皮内がん発見数が増加したにもかかわらず、「本物のがん」の数は減らなかったことになる。

以上のデータを分析すると、二つの可能性があります。(略)

浸潤がんの数は自然減少したが、その中の「本物のがん」の数は減らなかった。

二つ目の可能性は、検診による上皮内がんの発見・手術が、浸潤がんの数の減少をもたらした。しかし減ったのは、「がんもどき」である浸潤がんで、浸潤がんの中でも「本物のがん」は減らなかった。それゆえ死亡者数も減らなかった。

検診実施機関からの声に耳を傾けましょう。1966年に検診を始めた、英国のある検診施設は、検診結果を分析しても、検診が子宮がんを減少させたという証拠を見出すことができませんでした。そのことを論じた論文の結語はこうです。

30年にわたる(けい)がん検診の真の教訓は、検診で得られると予想される利益がどんなに明白に見えても、事前にくじ引き試験を実施してプラスの効果とマイナスの効果を適切に評価したあとでなければ、決して検診を導入してはならない、ということだ」(Lancet,1995;345:1469)>>


「本物のがん」と「がんもどき」

がんもどきが問題となる“がん”は、胃、肺、大腸、前立腺、子宮などに発生するいわゆる「固形がん」であり、白血病、骨髄腫(こつずいしゅ)、悪性リンパ腫のような「血液がん」は、がんもどきの概念には含まれない。

ひとつの細胞の遺伝子が変異を起しがん細胞となる。この細胞が分裂、増殖してがんになる。分裂、増殖したがんにも同じ変異を起した遺伝子が伝わり、最初のがん化した細胞の性質・能力をそのまま受け継いでいる。例えば、最初にがん化した細胞に転移の能力がなければ、分裂・増殖したがんにも、転移能力はないはずである。最初にがん化した細胞に転移能力があれば、分裂・増殖したがんには転移能力がある。前者が「がんもどき」となり、後者は「本物のがん」となる。


正常な細胞もがん細胞も同じように分裂するが、正常細胞の場合は分裂の仕方に統制がとれている。分裂して2個になったあと、そのうちの1個は体を維持するのに使われて、やがて死滅する。皮膚から()がれ落ちる(あか)などがその死骸である。もう1個はまた分裂して2個になる。このくり返しであるので細胞の数はやたらと増えない。

しかし、がん細胞は勝手に2倍、2倍と増える。2個が4個、4個が8個、8個が16個と・・いわゆるネズミ算式に増えていく。

がん細胞1個の大きさは約10ミクロン、100分の1ミリである。早期がん、初期がんといわれる1センチのがんの中には、約10億個のがん細胞が存在することになる。

がんは一回分裂すると細胞は2倍になる。2倍になるのに必要な期間を1ダブリングタイム(倍増期間・倍加期間)という。10ダブリングすると直径がほぼ10倍になる。最初のがん細胞は10ミクロン、10倍の直径100ミクロンになるのに10ダブリング、さらに10倍の1ミリになるのに10ダブリング、さらに10倍の1センチになるのに10ダブリング、さらに10倍の10センチになるのに10ダブリング。10ミクロンのがん細胞は、計40ダブリングの期間で10センチのがんとなる。臓器によって異なるが、がん細胞がほぼ10センチになったとき人間は死ぬといわれている。

-5にがんの大きさとダブリングタイムの関係を示してある。

-5 がんの一生とダブリングタイム(DT)

  近藤誠+イデアフォー著『再発・転移の話をしよう』6より

ダブリングタイムは、臓器の種類、人によっても異なる。ある種の急性白血病とか進行速度の非常に速い悪性リンパ腫などは、数時間で倍々になる。だから治療は数日を争うことになる。反対に、2倍になるのに3千日なんてゆっくりながんもある。

 

早期がん、初期がんといわれる発見可能な1センチのがんは、がんの生涯を40ダブリングとすると、すでに30ダブリング経過し、がんの寿命の四分の三が過ぎている。人間の寿命を80歳と仮定すれば、60歳のときに発見することにあたる。「本物のがん」であれば、発見以前に他の臓器に転移しているはずであり、「がんもどき」であれば、これからも転移しないであろう。これが「がんもどき」論の基本である。「本物のがん」では、早期がん、初期がんといわれる時期に手術したとしても、転移はさけられず、治らない“がん”である。

-1から図-4には、がんの発見数が増えたにもかかわらず、死亡者数に変化が見られない。これは「本物のがん」にかかると、どのような治療をしたとしても治らないことを意味している。

これらのことを近藤誠著『がん治療総決算』7のなかで次のように記している。

<< 理論的に考えてみると、がん細胞の性質は、正常細胞ががん化したときに、おおよそ定まっています。変異した遺伝子の組み合わせ次第で、転移する能力があるかないかが決まりますが、変異遺伝子の組み合わせは、正常細胞ががん化する過程で定まります。発見される初発病巣(しょはつびょうそう)の大きさは、最小で1センチ程度ですが、それでも10億のがん細胞を含んでいます。この病巣(びょうそう)の元になった一個のがん細胞と、10億のがん細胞とは、基本的には変異遺伝子の組み合わせが同じであり、したがって転移に関する能力も基本的には同じはずです。

そして初発病巣(しょはつびょうそう)が発見されたときに、どこにも転移が潜んでいないということは、1個のがん細胞が分裂を重ね、何年もかかってその大きさになるまでに、1個も転移できる能力が獲得できなかったということです。それが、あと数カ月放っておくうちに、転移能力を獲得できるものでしょうか。

ただ、読者の家の外に100円玉が落ちている可能性を否定しようとすると相当困難であるように、どんなことでも可能性を全否定することは困難です。がんの場合にも、今までは転移できなかった細胞が、これから転移能力を獲得する可能性は認めなければならないでしょう。しかしその場合にも、転移が問題になるのは、何年も先のことです。つまりたとえば、転移能力を獲得するのに数年かかり、それから転移し、転移した細胞が宿主を死なせるまでにさらに数年かかる。なぜならば、たとえば1個の細胞が直径1センチになるには、直径倍増時間を10倍した時間が必要だからです。

以上を要約するに、@がんは初発病巣が発見されたときには、転移能力があるものはすでに転移しており、転移能力がないものは、その後も転移するとは考えにくい、Aかりにそれが転移能力を獲得するとしても、実際に転移が問題になってくるのは何年も先である、ということです。>>

「がんもどき」は、臓器転移がない点が挙げられるが、そのほかに周囲組織に浸潤(侵入)しているが転移がない「浸潤がん」、リンパ節転移が存在しても臓器転移がなければ、いずれも「がんもどき」であるという。

 

 がんとの共生

先の『がん治療 総決算』7には、「がんとの共生」という章を設けており、この中で次のように記している。

<< がんが胃、甲状腺、前立腺、乳房など、身体のどこかに潜んでいる人は非常に多く、詳しく調べれば、過半の人にあるはずです。見方を変えれば、人びとはすでにがんと共存し、共生しています。密かに共生しているものを、(あば)きたてようとすれば、どこかに無理がくるものです。

しかしながら、痛い苦しいなどの症状があれば、医療機関へ行って原因を調べ、取れそうであれば治療してもらうのが妥当でしょう。苦痛のある人には、現代医療は役に立つことが多いのです。ただし、ついでに行った検査で、症状とは無関係な、小さながんを発見され、医者から臓器切除を提案されてしまうこともあるので、必要最小限度の検査だけ受けるようにしましょう。間違っても、この際にと消化管の内視鏡検査を受けたり、PSA値を測ってはいけません。

症状があって発見されたがんであれば、治療を受けることを考えます。(略)

ただ原則を言えば、なるべく臓器を温存する方向で考えるのが妥当です。臓器の働きは複雑・精妙なので、切除してしまったら、代わりになるものはない。もし再建術が可能でも、本物の機能には程遠いものです。(略)

人が死ぬべき運命にあるというのも、仕方がないことです。人はいつかは、何かを原因として亡くなります。その時期が遅いか早いか、その違いがあるだけです。ところが、その時期をなんとか遅らせたい、と努力すると、治療の後遺症や毒性で苦しんで、かえって事態が悪化することが多い。もし人が、自分の運命を受け入れることができたら、がんを発見したあとの苦しみは格段に減るはずです。

ところで、症状がなくても、がんが発見されてしまうことがあります。その場合、簡単な方法で臓器を残して治療できるなら、それを受けるのもいいでしょう。一度がんの刻印を押されてしまうと、がんもどきではないかと思っても、無治療・様子見を続けていくのは、たいへんな精神力を必要とするからです。

しかし、治療法というのが、臓器を切除する手術であれば、立ち止まって考えてみる必要があります。臓器を残すことができる別の治療法を探し、それが無理なら、無治療・様子見という選択肢を考えてみたらどうでしょう。症状がないということは、見方を変えれば、がんとうまく共存できてきた証拠といえます。そこまで共存、共生してきた関係を無理やり壊す必要はないかもしれない、という疑問をもつことが大事です。

がんが進行し、あるいは再発し、死を迎えそうになったときが、人にとって一番の試練です。このとき人は何を思うのか、それは人によって様々でしょう。ただ、がんとの関係で言えば、最後の最後まで闘う姿勢を崩さない人がいます。死ぬことが我慢できず、認めたくないのでしょう。その気持はよく分かりますが、現実的な効果として、その姿勢のままだと、本人も周囲の人も精神的に辛くなります。治らないと悟ったときには、どこかで気持を切り替える必要があるはずです。

がんは何年、何十年と自分の中に存在していた、自分の身体の一部です。そこに思いをいたせば、死ぬまでのどこかで、がんの存在を認め、受け入れることも可能でしょう。がんとの共生といっても、不老不死を意味しないのです。しかしがんは、逆らわなければ、人をやすらかに死に導いてくれます。がんとともに生き、ともに滅ぶ。それが、がんと共生するということの本当の意味ではないでしょうか。>>

 

日本人の死因の上位を占める、がん、心疾患、脳卒中は3大疾患と呼ばれる。一般の人よりはるかに人の死を見ている近藤誠医師や中村仁一医師は、死ぬならがんで死にたいという参8。心疾患や脳卒中は回復しても、後遺症の恐れがある。がんは最後まで意識があり、死ぬ時期も分かるからだという。

私は、がんについてイメージが先行し知識がなかった。「がん検診」の文章は、私の備忘録としてまとめたものである。

 

追 記

近藤誠著『がん治療総決算』7には「がんで苦しむ理由」という見出しのもとに以下の文章が載せてある。それからの抜粋である。

<< がんの中には、なかなか大きくならないものや、消えてしまうものがあります(前章)。しかし他方には、がんで亡くなる人がいる、これは矛盾でしょうか。否。がんと診断されている病変は、元々、人を死に至らしめるものと、放置しても大過ない「がんもどき」の二種類に分かれる、と考えれば整合します。がんに対する理解を深めるため、がんは、どのようにして人を死に導くかを見てみます。

まず初発病巣ですが、発生した臓器によって死因が異なります。しこりを作る固形がんの直接死因となりうるものを、以下に掲げまず。

●脳腫瘍   脳圧が高くなって脳機能不全

●肺がん   呼吸機能が低下して呼吸不全

●食道がん  食道が詰まって飢餓

●胃がん   食物が通らなくなって飢餓。がんから出血して貧血

●大腸がん  腸閉塞になって飢餓

●肝がん   肝機能が落ちて肝不全

●膵がん   胆道を閉塞して黄疸(肝不全)。十二指腸が閉塞して飢餓

●胆道がん  黄疸

●膀胱がん  尿が出なくなり腎不全(いわゆる尿毒症)

●前立腺がん 尿路を閉塞して腎不全

●子宮頸がん 尿路を閉塞して腎不全。がんから出血して貧血

●乳がん   初発病巣を原因としては99%死なない

固形がんでは、初発病巣が原因となって亡くなるわけです。しかし、乳がんだけは例外で、肺や肝臓への転移で亡くなります。これは乳房が、生命維持に取っては重要ではないからです。乳がん初発病巣が直径15センチほどの大きさにまで育った患者を何人か診てきましたが、そこまで大きくなっても、それだけでは死なないのです。

しかし、生命維持にとって重要な臓器にがんができれば、小さくても死ぬ可能性があります。たとえば肝道は狭いので、がんの直径が1センチ〜2センチ程度でも、肝道を閉塞すれば死の危険が迫ります。これに対し、大腸は内腔が広いので、がんの直径が3センチ〜4センチ程度になっても、原則として閉塞しません。胃袋は中がさらに広いので、がんが直径10センチになっても閉塞症状を引き起こさないことが多々あります。

肝がんはどうか。肝臓は余力が大きな臓器です。全体の1割〜2割が残れば、機能を果たすことができるのです。ところが肝臓に初発する肝細胞がんは、肝硬変を伴っていることが多く、その場合、肝機能が落ちています。それで、肝細胞がんがわずかに大きくなっただけで、肝不全になることがあります。

がんが発生した臓器が生命維持に無関係でも、その臓器が存在する場所によっては、死に結びつきます。子宮頸がんや前立腺がんがそうで、これらは生命維持に無関係ですが、子宮頸部は尿路のそばにあり、前立腺は中を尿道が貫通しているため、がんが発生すると尿路を塞いで腎不全を起すのです。

ところで一般の方々は、がんで死ぬのは苦しいと思っているはずです。しかし、初発がんで死ぬ場合には、苦痛を感じないケースが多いのです。黄疸では体内に胆汁の成分が増えていきますが、重度の黄疸になっても苦痛は感じません。肝不全や腎不全は、いずれも老廃物が体内にたまっていき、意識がだんだん薄れていくだけで、やはり苦痛はありません。

貧血は、急に生じると心臓がドキドキしますが、じわじわ出血して慢性貧血状態であれば、そう辛さは感じません。飢餓は、食べたいのに食べられないという精神的な苦痛はありえます。しかしこれまで、食道がんや胃がんでガリガリに痩せた患者を何人も診てきましたが、格別肉体的苦痛があるようには見えませんでした。脳腫瘍でも、それまで元気に働いていた人が急死して、解剖したら脳腫瘍だったケースが散見されます。

初発がんのために苦痛が生じるとしたら、肺がん、大腸がん、乳がんの場合でしょう。肺がんで急に気道が塞がり呼吸ができなくなったり、大腸がんで腸閉塞になってお腹がパンパンに張ると、相当苦しいはずです。

乳がんは、亡くなる原因は転移であることは前述しましたが、肺転移の場合には呼吸苦が生じます。乳がん肝転移では、肝硬変が合併していないのがふつうです。それで転移病巣がかなり大きくなっても肝不全が生ぜず、肝臓が腫れてお腹が張り苦しくなることがあります。そして転移病巣が肝臓の8割から9割を占めると、肝不全になって亡くなります。また乳がん骨転移は、それ自体が死因になることはまずありえませんが、痛みが生じるのが難点です。痛みのために寝たきりになってしまうこともあります。

他の固形がんも、転移で亡くなる場合は、乳がんと同じことが言えます。以上を整理すると、次のようになります。

●初発病巣を原因として亡くなる場合には、苦痛が生じないことが多い。

●肺がん、大腸がんは、初発病巣由来の苦痛が生じ易い。

●転移で亡くなる間際は、苦痛があることが多い。

昔は、胃がんや子宮頸がんで亡くなる人が多かったのですが、その人たちは楽に死ねたはずです。その頃は「老衰」で亡くなる人がたくさんいましたが、その多くは、胃がんや子宮頸がんであったのでしょう。

ところが医療が発達すると、胃がんや子宮頸がんを治療できるようになりました。そして、初発病巣を曲がりなりにも押さえ込むことに成功したケースでは、転移が生じると患者は苦しまなければならなくなったのです。現代医療がもたらした負の側面と言えるでしょう。昔はあまり発生しなかった肺がん、大腸がん、乳がんの発生頻度が急上昇していることも、現代人が苦しむ機会を増やしています。>>

 

参  考

中村仁一著『大往生したけりゃ医療とかかわるな「自然死」のすすめ』幻冬舎文庫1

別冊宝島編集部/編(2011.8)『命を脅かす!!「健康診断」の恐怖』2

中原英臣 矢島新子著『健康診断・人間ドックが病気をつくる』ごま書房3

近藤誠著『成人病の真実』文春文庫4

近藤誠著『あなたの癌は、がんもどき』梧桐書院5

近藤誠+イデアフォー著『再発・転移の話をしよう』三省堂6

中村仁一 近藤誠著『どうせ死ぬなら「がん」がいい』宝島社新書8

近藤誠著『がん治療総決算』文春文庫7

山崎章朗著『病院で死ぬということ』文春文庫

藤野邦夫著『前立腺がん治療革命』小学館新書


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