瑞岳院に坐る2006.8.30
   朝4時半前に、懐中電灯の明かりを頼りに洗足し、坐禅堂に入る。石油ランプを(とも)し、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)に線香を立てる。“坐禅は安楽の法門なり”と自己暗示をかけ、坐禅を始める
   しばらくすると、ヒグラシが1匹、2匹、3匹、と鳴き始める。“カナ、カナ、カナー”とすぐ近くで鳴いている透き通る声は、15分ほどで鳴き止む。その後、近く遠くで鳴く鳥の声が聞こえては消える。そして坐禅堂には静寂がもどる。
   1炷(いっちゅう)の坐禅を終え、本堂での朝課に向かう。瑞岳院(ずいがくいん)での1日の始まりである。
本堂  坐禅堂 
   

813日(日)から18日(金)までの6日間、瑞岳院に滞在した。
   現在、1人で住まわれている森山堂長は、週の半ばまで秋田に行かれている。この間、留守を預かるHさんから、「堂長はいないけれども、よろしければどうぞ」という話をいただき瑞岳院に向かう。

初狩駅  山道  標識 
     

 瑞岳院は新宿駅から中央線で2時間、山梨県大月市にある初狩(はつかり)が最寄り駅であるその駅から山道を歩くこと約1時間、南大菩薩連峰(みなみだいぼさつれんぽう)滝子山(たきこやま)の中腹、標高700㍍の位置に在る。
   初狩のコンビニでHさんから頼まれたしょう油と途中で食べるサンドイッチを買って、山道に向かう。午後1時、境内入口の小さな橋のたもとにある、龍門と彫られた石碑に着く。橋の下には、ほとばしる様に水が流れている。川に下りて顔を洗い、すくって飲み、汗が引くまでしばらく休憩する。この冷たい水を、瑞岳院では飲料水や風呂の水として使用している。
   18ヵ月ぶりに見る本堂は、昭和53年に岐阜県飛騨高山の合掌造りの農家を移築したものである。(つら)なる坐禅堂単(坐禅ろ)函櫃(かんき)(単ごとの押入れ)が備え付けられていて修行僧がここで寝泊りできる本格的な道場である。
   顔を合わせたHさんから、「風呂が沸いているので、汗を流してください」と声をかけられる。
   しばらく腰痛で坐禅を控えていたが、最近また坐りだした。そして、瑞岳院で坐りたいという気持ちになりやって来た。今回の瑞岳院での滞在では、Hさんと私、後半は森山堂長(どうちょう)と私の2人だけで、ほかに滞在者はいない。
   瑞岳院での日課は、坐禅と作務(さむ)掃除肉体労働)と食事、その合間の喫茶・休憩の繰り返しである。

坐  禅
   瑞岳院での坐禅で今でも思い出すのは、ある夏の夜明け前の坐禅中、決まった時刻に何十匹というヒグラシが一斉に鳴き出し、坐禅堂が(せみ)しぐれ世界る。15分ほどすると不思議にも一斉に鳴き止む。三日間ほどの滞在中、毎日聞きほれたものである。
   何年か前の3月に来たときには、一番上にダウンジャケットを着て、腰と脚のまわりを毛布で(おお)い、ジンジンとする冷気の中、鼻から白い息を出しながら坐わった。これも忘れられない瑞岳院での坐禅である。

 食事を作って下さるHさんとの話で、坐禅は自主的に坐る時刻・時間を決める“随坐(ずいざ)”で坐ることにする。瑞岳院の日監(1日の行持の日課)に合わせて坐るようにしたが、156回坐った。広い坐禅堂で、毎回ほとんど1人だけで坐わる。1回の坐禅を1(ちゅう)という。1炷(いっちゅう)とは線香が消えるまでの時間をいい、昔は坐禅をする時間の単位としたという。1炷(いっちゅう)を40分から45分で坐わる。
   道元禅師が著述した『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)には、“坐禅は安楽の法門”と述べている。しかし、最後就寝前坐禅、19時から2炷連続して坐る。lpmptpぉmp2炷目は、朝から組む脚の痛みが重なり、脚を組み替えようがどうしようが痛く、“私の坐禅は苦行の法門に”なる。
   港区青山にある永平寺東京別院長谷寺(ちょうこくじ)では、月曜日ごとに夕方7時から参禅会が開かれている。この『普勧坐禅儀』を、2炷目の坐禅の途中で全員で読み上げる。『普勧坐禅儀』は、日本の曹洞宗の宗祖である道元禅師が、中国から帰国されたときに最初に記述され、坐禅に関する基本的な考えを表明した、わが国最初の指導書である。その中で次のように述べている。

 「・・・兀兀(ごつごつ)として坐定(ざじょう)して、()不思量底(ふしりょうてい)思量(しりょう)せよ、不思量底如何(ふしりょうていいかん)思量(しりょう)せん。非思量(ひしりょう)()(すなわ)坐禅(ざぜん)要術(ようじゅつ)なり。所謂(いわゆる)坐禅(ざぜん)習禅(しゅうぜん)には(あら)ず、唯是(ただこ)安楽の法門(あんらくほうもん)なり。菩提(ぼだい)究尽(ぐうじん)するの修証(しゅしょう)なり。・・」
    現代語意訳では
   【・・この坐禅は、精神統一でもなければ瞑想(めいそう)でもない。それ故、坐禅中に如何なる思念が明滅しても、浮かぶに任せ消えるに任せて一切取りあわず、また、あらゆる希望・願望・要求・注文・条件等を持ちこまないで、「ただ坐る」のである。これがこの坐禅のいちばん肝心なところである。
   この坐禅は、人間の(あえ)ぎのやんだ世界に落ち着くことであり、もともといきつくところに行きついた坐禅であって、手段や方法としてのものではない。坐禅それ自身が、生命の実際を、まるごといまここに究極した(あかし)なのである。・・ (「特集・修証儀と普勧坐禅儀」鈴木各禅・大法輪)
   私は、“ただ静かに坐って、いい息をする”そして “頭の休息をする”これだけで坐る。

瑞岳院は標高が高いため、真夏でもすごしやすく坐禅をしながら汗をかくということはない。部屋にあった温度計は、昼間でも27℃を越えず、寝るには毛布一枚では寒いくらいである。蚊も刺さない。申し分のない環境で坐禅をすることができる。

 文殊菩薩  坐禅前の洗足  坐禅
     

 ()  ()
   作務を仏教辞典(岩波書店)で引くと、
   【 農耕作業や掃除などの肉体労働をさす。禅門では、上下が力を合わせて共同作業をすることを修行として重要視する。普請(ふしん)に同じ。なお作務衣(さむえ)は、作務のときに身につける衣服の称・・とある。

 薪割  風呂焚き
   

以前、坐禅会で能登半島にある総持寺祖院に行ったことがある。横浜の鶴見にある総持寺は、永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山であるが、明治44年に鶴見に移転するまでは、能登の総持寺祖院が大本山であった。祖院の境内の敷地は広大であり、七堂伽藍(がらん)やその他の堂塔も多くある。しかし、比べて雲水の人数が少なかったようだ。作務も修行であるといわれて、草取りばかりやらされた、いや、させていただいた印象がある。

瑞岳院にも作務はいくらでもある。()き掃除、()き掃除、(まき)割り、風呂焚き、石油ランプ掃除、食事の支度・後片付け、草取りなどなど。
   今回は、食事の後片付けと風呂焚きは毎回、毎日行い、その上で、日を変えながら、部屋の掃き掃除、風呂掃除、便所掃除、廊下や窓敷居の拭き掃除などを行う。
   風呂焚きでは、水を入れ替えたときは、二つの薪風呂釜(まきふろがま)を使用して2時間かけて沸かす。以前は、薪風呂釜がひとつだったので沸かすのに4時間かかった。廊下の拭き掃除といっても、普通の家の廊下とは長さが違う。今回は1人でもあることだし、腰痛が再発するといけないと自己弁護をしながら、雑巾(ぞうきん)ではなくモップを使用する
   作務は、これをやってくれと頼まれることもあるし、自分で気がついた箇所をすることもある。

食  事 
   坐禅堂での食事(僧堂飯台(そうどうはんだい)作法は、雲水でも1年以上かけないと身につかないと聞いている。流れるような手さばきで食事をしている修行僧を見ていると、納得する。
   坐禅会で永平寺に参禅したことがある。坐禅はともかく、食事作法で一番苦労した。数年後、再び坐禅会で永平寺に行くことになった。この時は、前もって瑞岳院で食事作法を教えていただき、永平寺に参禅したこともある。

複怕(ふくは)で包まれた応量器(おうりょうき)  ひろげられた応量器(おうりょうき)
   

元来、出家者は正午を過ぎて食事をしないのが仏教の戒律であった。このため夕食は薬石(やくせき)と称している。酒を般若湯(はんにゃとう)と称して飲んでいるようなものである。
   瑞岳院でも、朝食((しゅく))と昼食((とき))は応量器(おうりょうき)食器使用し、展鉢(てんぱつ)()から始まる各種の()を唱えながら頂くが、夕食(薬石)は応量器使用しない。
   朝食は玄米(がゆ)に味噌汁煮物梅干、佃煮など昼食は、玄米粥が玄米か白米のご飯に代わり、おかずが1品か2品多くでる。薬石(やくせき)では、うどんかそばをどんぶりに盛り、朝・昼の残り物などと一緒に頂く。

 喫茶・休憩
   慣れない、朝早い起床・作務・坐禅で体が疲れている。休憩時、本を読もうとページを開くと目が閉じる。目を覚ますと、ミンミンゼミが一匹大きく鳴いている。そして台所で庖丁を使う音、茶碗類を重ねたり、取り出す音が聞こえる。
   「お茶にしませんか」と言われ、お茶菓子とお茶を用意する。よもやま話や今の生活の話などをする。話好きで、聞き上手な森山堂長(どうちょう)との会話は尽きない。

 いつでも行けるこういう場所が在ることは貴重であり、有り難いことです。
   興味のある方はぜひ行かれてみて下さい。坐禅になれていない方は、作務を主として、坐禅を従としても良いと思います。見学だけでも歓迎されると思います。

 注意
   ☆瑞岳院で宿泊する方は、シーツとパジャマと懐中電灯が用意が必要です。
   ☆瑞岳院への山道は、小型車なら通行可能です。車を止められる場所から、瑞岳院まで歩いて約5分です。


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