センがビリヤードをはじめたワケ
〜センとビリヤードの間にあるもの〜


センはビリヤードが大好きです。
キューを持って球を撞く、それだけでもう幸せいっぱい!

でもあんまりに一生懸命練習することを周りに理解してもらえないことが、悩みでもあったりします。
「ゲームするのがビリヤードなのに」とか「練習ばっかしててバッカじゃねぇの?」と
聞かされるとホントに悲しくなって凹んでしまうのだけれど、
それは他の人と自分とビリヤードの出会い方がちょっと違ったこともあるんじゃないかなぁと思って
練習をはじめて一周年のこの機会に書いてみようと決めました。

ビリヤードをやっている人のホームページには大抵「きっかけ」とか「出会い」があります。
ハマるほどに「こんなにハマる原点」なるものを自分でも振り返るのだと思うのですが
けっこう多いのは「友達に連れられて」とか「行った先のマスターが親切だった」とか
何気ない遊びのつもりが本気に変わっていった、というもの。

ただ、センの場合はちょっと違ったのです。

とにかく「逃げたかった」というのが最初。
というか容赦ないほどのトラブルに次々と見舞われていて
もがけばもがくほどに袋小路に追い込まれていくような時期だったのです。

なにか別なものにすがらないと自分が自分でいられないような
一寸先は闇、みたいな時にビリヤードに飛び込んだ、というより
屋内で、一人で黙っていてもいられる場所、考えても考えなくても適度に体を動かしていられる。
そんな風にも思ってんでしょうか。
とにかく何でもいいから「今の自分から少しでも離れたい」そんな気持ちで手を出した感じなのです。

だから一番最初にセンと撞いてくれた人を今でも「最初に拾ってくれた人」と呼んだりするわけで。
縁というものは本当にあるのかもしれません。
そのあとデータを無くして彷徨って半年は経った頃だったのですが
何気なく覗いたYahoo!の掲示板でその人ともう一度出会うことが出来たんですね。
そして驚くべき縁、先生と出会ったのです。

あの日、あの時、なんでパソコンを立ち上げたのか、
なんで初めてYahoo!の掲示板を見てみようなんて思ったのか、
かなり時間が経っていたのに何でビリヤードを探したのかは全く覚えていません。

それでもその掲示板が目に留まったことから全てが大きく変わっていきました。

先生と出会ってずいぶんと助けてもらってきました。
いや、この時点で現在進行形。
今でも助けてもらっています。
耐えるだけで必死な事件がそのあとも続いたけれど
先生のおかげで人として道を踏み外さずに済んだんだと思うのです。

「先生に助けてもらわなかったら今頃どうなってたんでしょうねー?」
思い出したころに先生に聞いてみたことがありました。
返ってきた答えは一言。

「死んでるか、人刺してるか、どっちかだね」

シャレにならないけど、否定できない答えだったのですよホントに。
でもその時には笑って聞ける話になっていました。
先生の指導の下で練習に明け暮れて、気がつかないうちに色々なことがもう「過去」になっていたのです。

どんなに辛い状況でも球を撞いている間は他のことが一切考えられなかったし
練習して練習して、疲れる頃にはスッキリと体が軽くなっていました。
ここしばらく感じたことないほど楽しくて、それでいて心が落ち着いていたのです。

先生はそんなセンの経緯を知っていたけれど
球では決して甘やかしてはくれなかったし、指導は真剣で厳しくて、マジ怖い。
辛くて悔しくて先生の前で泣いたこともありました。
それでもビリヤードが止められないほど、本当にビリヤードが好きになっていました。

先生に言われたことが出来なくていつも凹んでいたセンに
球屋のお店の人も常連さんもとても優しかったのです。
ちょっと一声かけてくれるだけでも、ものすごく嬉しかった。
ただゲームしないで練習ばかりで初心者の自分が
なれなれしく話しかけるのは失礼な気がしていつも話しかけてもらうのを待っていたのですが。

それから自分にとってビリヤードは「遊び」でない「真剣に向き合うもの」という今に至ります。
先生の指導でセンは今「出来ないことを出来るように練習している」のではなく
「出来なければいけないことを練習している」期間で、そのためにはまだちょっとゲームが出来ない。
だから練習をいっぱいしています。
なんと言われようと、今は練習だけしています 笑
この先、自分がもっとしっかり撞けるようになりたいから今の基本だけは外せないと思いこんでます。
ただ真剣にやっているからって上達が早いわけじゃないし
一年たった今でも思いきり「初心者」なのは悲しいところですが。

そもそもセンは道具を使うスポーツは大抵苦手なのですよ。
いや、苦手というより自分のトロさを強く思い知らされるから嫌いなんですが。

とりわけ球技は大嫌いでした。
野球もソフトボールもバスケもバレーもテニスも嫌い。
球の距離感を把握して追っかけると大抵は的外れなところに自分が立っていたりするので。

スポーツ自体は好きだったから小さい頃のクラシックバレエから器械体操、
武道に目覚めて弓道を経て合気道をやってきました。
合気道は途中オフロードバイクにとってかわられたけど・・・。
こうして見ても、やってきたのは自分の身体をつかうものがほとんどです。
唯一の弓道はやってきたもののなかで一番精神的に自分との戦いが強くて辛かったんですね。

でもやってきたものの中でビリヤードに一番近いのが弓道という話にため息が出ましたよー。

「正直、向いてないのかもしれない」あまりに上達しなくてそんな弱音を吐いたとき、
先生に「自分で向いてないと思うようなら、とっととやめろ」と言われてしまいました。
結果としては「絶対やめるもんか」とその時に強くココロに決めることになって今に至ります。

自分はビリヤードが好きなんだと思います。
でも「才能」って言われたら、そんなものはかけらもないと思うのです。

ただビリヤードをはじめてからたった一年の間に
本当に色々な人達と出会えました。
どれだけ自分が狭い世界で小さくなっていのか気がつかされたし、
外にこれだけいろんなコトがあるのを知りました。

月並みなコトバだけれど、仕事と家と会社の人間関係だけの自分から
仕事も会社も家もまったく関係ないところでの新しい出会いは
かなり大きく自分を変えてくれたんだと思います。

今では何で自分がビリヤードを始めたのかなんて最初のほうに書いたような
ちょっとした声が聞こえてくる時に思い出したり出さなかったり。
「ただひたすら夢中で撞いている」というのがホントのところです。

でも自分が真剣に撞こうとしているからと言って遊びで撞くことを否定するつもりはないし
それより自分はこうしたキッカケでビリヤードをすることになったけれど
見れば女の人は男の人に比べればやっぱり少ないから
女の人に限ったことではないけれど、もっとビリヤードが好きで楽しんでくれる人が増えてくれたら
きっともっと嬉しいんだと思うのです。
でも練習しているのをアレコレ言われたら、やっぱりまた凹むのかなー。

これを書き出すことは自己満足以外の何モノでもないし
人様に読ませるようなものではないこともわかっています。
ただセンのホームページ自体が自己満足の象徴のようなものだから
こんなことを書いたページがあることも自分で認めようと思うのです。
ごめんなさい。

最後に一人一人にお伝えすることは出来ませんが、みなさんに感謝してます。
本当に、ありがとうございます。

それでもって、これから出会うみなさんもどうぞよろしくお願いいたします。

                                                       セン

                                                  2003年2月14日