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「市場主義の終焉、日本経済をどうするのか、佐和隆光、岩波新書、660円+税、2000年10月20日初版」

評判の経済学者の本、初めて氏の本を読んだのですがなかなか面白い本でした。現在の市場経済万能の風潮に、そうではない、第三の道がある(欧州各国の社民党系政権の政策)と唱える、ということに尽きるようです。「サッチャリズムとはなんだったのか」で英国のサッチャー政権を批判的に評価しているのですが、当方が接した、英国の大学の先生が、むちゃくちゃなことをしたとかなり酷評しており、穏健そうな人には似合わない表現で少し驚いたのですが政策は相当に手荒いものだったようです。
経済学の本というよる、社会学の本のようで、本当はもっと定量的な経済分析に基づく、将来の道を語ってほしかったのですが、まあ、普段、新聞TVで見聞きする以上の見識はなかったのが残念なところでした。そういう議論は専門雑誌で、一般書ではないものねだりなのかもですが。ただ、才能のある人のようで随所に面白い引用がありました。

○もう2つの理由
35才の業績豊富な外国籍の数学者が日本の国立大学への移籍を希望したとする、くだんの数学者へのオファーは、身分は助教授、年俸は720万円、任期は3年。こんなオファーをうけて、喜んで日本 にやってくる優秀な研究者は発展途上国か旧ソ連・東欧にしかいない。

○日本型システムの改編とIT革命
IT革命を推進すればその結果として日本型システムは変わらざるをえなくなる。私たちはIT革命の進展を既成事実として認めたうえで、それがもたらすであろう負の効果を是正ないし緩和すべくさまざまな政策装置を講じなければならない。普通の技術革新、たとえばTV、自動車、メーンフレイムコンピュータなどが登場したからといってそれらの機器の使用をさけたがる人々がそのため低所得に甘んじざるをえなかったとか情報リテラシーを失うなどということはなかった。ところがITにかぎっては、デジタル・デバイドよよばれる所得格差を、個人間にも企業間にもそして国家間にも生じさせる。こうしたことを放置しておいていいとはだれもいうまい。

○歴史主義の貧困
科学哲学者カール・ポパーは、資本主義経済の歴史的法則を解明しようとするマルクス経済学を「歴史主義の貧困」と難じ、歴史の法則を解明しようとしたり、経済体制を変革しようとしたりするのは学者にあるまじき非科学的営みであると決め付けた。そして科学としての経済学は、ピースミール・エンジニアリング(部分工学。物価上昇を抑制したり失業率を下げたり、経常収支の赤字幅を削減したりするための政策研究)に禁欲しなければならないと説いた(「歴史主義の貧困」)。

○あとがき
経済学のみならず科学に「進歩」というものはどだいありえない。科学哲学者トーマス・クーンのいうように科学革命、すなわち科学のパラダイム・シフトとは分析視角の革新にほかならない。自然であれ社会であれ、分析視角を変えればおなじものがちがって見えるのは、しごく当然のこととしてうなずける。

市場主義の終焉、日本経済をどうするのか、佐和隆光、岩波新書、660円+税、2000年10月20日初版

著者;1942年和歌山生れ、1965年東大経済卒、現在京大経済研究所教授・国立情報学研究所副所長、専攻;計量経済学、統計学、環境経済学

序章;市場主義の来し方ゆく末
○混迷する日本 経済、○自由放任=市場主義の席巻、○自由放任=市場主義終焉、○二段階改革か同時改革か
第1章;相対化の時間が始まった
1. 20世紀末日本を襲った閉塞感
○経済の低迷と政治の混迷、○戦後日本の機軸は追い付き追い越せだった、○政治と経済、そして価値規範の再構築
2.保守とリベラルの対立軸
○中道左派政権の相次ぐ登場、○ハイエクの相対的市場主義、○絶対的市場主義の陥さく、○満足の文化の蔓延、○保守主義とリベラリズム、○市場主義と真性保守主義の相克、○社会ダーウィニズム、○多様性と平等、○高度成長期の終焉と経済学パラダイムの転換
3.相対化される近代のイデオロギー
○社会主義の崩壊、○産業文明と科学技術の相対化、○市場経済も相対化された

第2章;進化するリベラリズム
1.マテリアリズムからポスト・マテリアリズムへ
○新しいリベラリズム、○ポスト・マテリアリズムは政治を動かす、○社会主義はマテリアリズムの優等生だった、○ポスト・マテリアリズムが滅ぼした社会主義
2.地球環境問題の浮上
○マテリアリズムとの決別を駆動した地球環境問題、○20世紀型産業文明の見直し、○20世紀は二酸化炭素排出の世紀
3.日本のポスト・マテリアリズム
○衣食足りて礼節を知る、○大学紛争と全共闘世代、○統計でみる日本人の意識の変遷、○バブル経済がはぐくんだネオ・マテリアリズム、○欧米と日本人の豊かさモデルの差異

第3章;日本型システムのアメリカ化は必要なのか
1.なぜいま改革なのか
○平成不況は戦後日本経済第三の転換点、○ポスト工業化社会とはなにか、○ポスト工業化と日本型システム、○もう2つの理由
2.時代文脈の変化への適応
○80年代の時代文脈、○90年代に起きた時代文脈の変化、○リスクの増大と格差の拡大、○一人勝ちの構造、○ポ ジティブなリスクへの挑戦
3.情報技術革新と日本型システム
○日本型システムの改編とIT革命、○市場主義者の書く処方箋、○リベラリストの書く処方箋、○日本型システムの良さ

第4章; 「第三の道」への歩み
1.「第三の道」とはなにか
○皆がよみちがえた90年代の変化、○変化への適応が導く新しいパラダ イム、○第三の道、○オイルショックが招いた市場主義の復権
2.1970年代後半の分岐点、反平等主義の台頭
○サッチャリズムとはなんだったのか、○歴史主義の貧困、○市場主義と民主主義、○不平等は善か悪か、○合理的な愚か者の支配はいつまでつづくのか
3.平等・不平等の新しいパラダイム
○批判にさらされた平等主義、○能力主義社会のはらむ自己矛盾、○排除としての不平等、○大学と医療の民営化は排除をおしすすめる
4.大学改革の「第三の道」
○平等主義の貫徹した日本 の大学、○大学の市場主義改革は万能ではない、○市場主義改革より危険な計画主義改革、○両極端を止揚する第三の道
5.ポジティブな福祉国家へ
○市場主義者の福祉国家批判、○福祉のはらむ矛盾、○高まる不確実性とリスク、○リスクの共同管理としての福祉

第5章;グローバリゼーションの光と影
1.「均質化」の過程としてのグローバリゼーション
○アメリカ経済の繁栄とグローバリゼー ション、○ロシアにおける市場経済化の挫折、○東アジアの工業化とグローバリゼーション、○グローバル・スタンダード、○グローバル資本主義の危機
2.地球環境問題の政治経済的インパクト
○先進7ヶ国サミットが地球環境問題を浮上させた、○グローバル市場主義と地球環境保全、○環境保全に無関心に旧左派
3.ガバナンスの上方統合と下放拡散
○国連がつかさどる環境ガバナンス、○グロー バルな市場の失敗、○多様な資本主義の共生、○グローバル資本主義の矛盾、○グローバル市場経済のガバナンス、○グローバル・パラドックス
あとがき