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12月29日<大雪?>
 本日、帰国。
 どうも、実家あたり(石川県)は雪らしい。
 たしかにネットで見たニュースに、北陸から北海道にかけて寒波という記事があったなぁ。
 バスが、電車が、車が動かないなんてことになると予定がくるってしまう。
 ラオスじゃぜったい見られない雪。不安もあるのだが、ちょっと楽しみでもある。
 今年もたくさんの方々にお世話になりました。みなさま、ありがとうございました。
 よいお年をお迎えください

 
 12月26日<年末>
 今年も、もうあと少し。
 昨年同様、29日の夜に帰国、年始7日に戻ってくる。
 今日は最後の日曜。やらなきゃいけないことがたくさんある。年内最後のカレーの仕込みで、夕方までは厨房に張り付き。 
 そして、お土産や、私がいない間の調味料の仕入れなどもあり、散髪もいきたい。
 夜はバイオリンのコンサートがある。日曜にこういうイベントはほとんどないので、せっかくだから見に行きたい。
 うーん、とってもあわただしい一日となりそうだ。

 
 
12月23日<クリスマスイルミネーション>
 もうすぐクリスマス、そしてニューイヤー。
 うちの前の通りの街路樹に、電飾が付けられた。去年もあったような気もするが、よく覚えていない。
 夕方5時半ごろ、薄暗くなって、電飾が点滅。たしかにきれいだ。おそらくメインの道路で街路樹があるところは皆、付けられていることだろう。
この電飾、夜中もずっとついている。
 朝6時すぎ、あたりが明るくなるころ消えるのだが、なんか電気代がもったいないなぁと思うのは私だけだろうか…。

 
 12月19日<常備薬>
 日本から常備薬としてパブロンゴールドとバファリン、強力わかもとを持ってきている。
 風邪のひきはじめは、パブロンでちょうど良い(気分的なものもあると思う)。
 従業員が風邪だ、頭痛だというと、分けてあげていたら、パブロンがなくなってしまった(彼らが風邪で仕事ができなくなると、それはそれで大変だからねぇ)。
 まぁ年内は大丈夫だろうと思っていたら、先日の寒さで、軽く風邪をひいたよう。我慢できるかと思っていたが、だんだん悪化。
 仕方なく、こちらの薬局で風邪薬を買って飲んでみた。昼に飲んで、のどの痛みもなくなったのはよかったのだが、夜、軽く飲んだのがまずかった。おそらく薬の影響だろう。体調最悪。翌日まで引きずるはめに。
 飲みなれないものは気をつけないと。

 
12月17日<気温13度>
 寒い。めちゃくちゃ寒い。
 2、3日前は、暑くて半そで短パン、扇風機は必須だったのに。今日はそんな格好じゃいられない。長袖のシャツだけでは耐えられず、フリースも着込む。
 朝、市場へ向かう時には霧状の小雨も降っており、なんだか雪でも降りそうな感じがした。お客さんが調べたところ、なんと気温13度だそうだ(うちの温度計は22度。これ以下の表示を見たことがないから、壊れているんだろうな)。
 従業員に「ナオ(寒い)」と言ったら、「イエン(涼しい)」と言われた。
 寒くはないの?


 
 
12月14日<お葬式>
 うちの常連さんでもあった方が亡くなられた。
 前日、うちで食事もされ、とても元気そうだったのだが。あまりにも突然で、最初聞いたときは冗談だろうと思ったくらい。
 大使館に問い合わせたところ、本当で、翌日に火葬されるという。葬儀の行われるお寺を教えていただき、参列することにした。
 が、普段Tシャツに短パンというスタイルで仕事をしている私。喪服どころか、スーツすら持ってきていない。黒っぽい服も、白いワイシャツもないが、それを気にして行かないのも…。
 仕方がないので、長ズボンに襟付きシャツという格好でお寺へ向かった。
 さすがに、こちらの会社で働いている日本人の方々は喪服の方も多く、そうでなくてもダークスーツの方ばかり。私だけが浮いている気がするが、最後にお別れをしたいという気持ちをくんで、お許し願いたい。
 葬儀はラオス式。読経はラオス語だった。
 ご冥福をお祈りいたします。


 
 
12月13日 <ぎょうざカレー>
 「ぎょうざカレー」を作ってくれと言われた。なんでしょう、それ? 
 カレーにぎょうざがトッピングされているものらしい。カツカレーのカツがぎょうざになったようなものか。それってあり? おいしいの?
 まあ、食べたいと言うのだから、出してみたら、うまいと言う。私も味見。あれっ、思ったよりおいしいぞ。
 うちのぎょうざは具に下味も付いているし、カレーとも合っている(合わないんじゃないのって思っていたので、なんだかちょっとくやしい)。
 ぎょうざカレーを出す店が北海道にはあるそうだ。北海道、おそるべし(それでもメニューに載せても、頼む人はいないと思うなぁ)。

 
12月10日<とんこつラーメン>
 ついに、ここまで来てしまったか…。
 しょうゆラーメンに始まり、坦々麺、広東麺、みそラーメンにタン麺(タン麺は坦々麺と絶対混同するから、メニューに出したことはないけれど)。
 げんこつ、鶏がらその他を煮込むことあしかけ3日(もちろん夜は火から下ろしているけれど)。
 レシピは大勝軒の弟子の店で働いたことがあるというKさんより伝授。かなりおいしい濃厚なとんこつスープができた(やればできるもんだなぁ)。ラーメンとしてだけでなく、つけ麺にしてもおいしい。ラオスで初めてのつけ麺だろう。
 ギョーザも始めているし、うちはついにラーメン屋に転進か? 
 うまいラーメンができたのだが、朝に晩に試食していたら、足がピクピク。この濃厚さは通風もちにはちょっと厳しいか。 
 職業病とあきらめるしかない?

 
 
 12月6日<市場の表情>
 タラート(市場)・クアディンの肉売り場の豚は安くて、脂身のついたままの肉があるよと教えてもらった。
 以前は、どろどろで汚い市場ってイメージだったが、整備されてきれいになっているという。
 今朝、早速のぞいてみた。肉の売り場はトンカンカムと広さはそれほど違わない。トンカンカムでは豚1kg30,000キップぐらいだが、クアディンはそれよりは安い。そして、トンカンカムでは牛肉と豚肉は別々の店で売っているが、ここは、一緒に並んでいる。牛肉の値段は変わらない。
 さて、お目当てのロース肉を探す。あるのだが、どこも骨付き、皮付きのまま売っている。皮はいいのだが、骨はずしてもらいたい。
 骨をはずすときに下手な人は、骨に肉が残りすぎ、丸い形にならずに、肉が薄い平べったくなってしまう。それでは、とんかつに使えない。
 一軒に、いい肉があったので、骨をはずしてほしいというと、切り始めたが、下手で使えないものになった。「あーあ、こっちの太い肉の部分だけ欲しかった」とい言うと、「ダメだね」と言われ、買わずに別の店を探すことにした。
 別の店で、骨つきのまま1cmくらいの厚さにスライスしてある店があった。これなら骨をはずしやすいし肉の厚さもわかる。それを4枚、そして別の店で自分で骨を落とすつもりで、骨付きのブロックのままのやつを1つ買った。
 トンカンカムでは、肉だけだけど、こちらは骨の重さも入った値段。どっちがお得なのかなぁ。
 トンカンカムはどこも骨や脂身(皮)を落とし、ひと手間かけているが、こちらはそれがない。野菜も売っているが、葉ものは、全体的にしなびている感じで、みずみずしさがない。
 やっぱりトンカンカムをメインに、脂身、豚バラを買うときだけ、こっちを利用するのがいいのかも。とはいえ、トンカンカムとは違う雰囲気があり、もっとゆっくり回ってみたいなぁ。

 
 11月29日<ひさびさ、寿司>
 20人で太巻き(中巻き)寿司をと言われ、ひさびさに寿司を作った。他は、から揚げとサラダだけでいいと言われたので、巻き寿司は20本用意することに。
 具のシイタケ、玉子焼き、キュウリ、カニカマは先に用意できるが、ご飯は一度には炊けない(3回は炊かないと足りない)。
 このくらいなら、店も閉めずにそのまま仕込み。
 久しぶりの寿司。ちょっと不安もあったけど、まずまずの出来。従業員も食べたいんだろうなぁと思い、材料を3本分残しておいた。
 隣で、ずっと見ていたので、巻いてみろと女の子にやらせてみたのだが、私が目を離したすきに、3本巻いてしまった。早いのはいいが、1つは半崩壊。1つは具が真ん中にきていない。
 ちょっと待ってれば、教えたのに。自分たちで食べるんだからいい、と言っているので、まぁいいか。

 
 <マッサージ屋>
 新しくできた(というかゲストハウスを止めてマッサージ屋にしたような)店に入ってみた。
 入ってすぐに後悔。従業員が客用のテーブルでおやつを食べている。2階に通されて、なんだかくらーい雰囲気。
 きれいに改装したわけではないようで、扉には部屋番号がついている。マッサージのおねえちゃんは、頭が痛いのか、こめかみにサロンパスを貼っている。体調悪いなら、他の人に代わってよ…。
 で、マッサージは、揉むというよりなでているだけ。しかも爪がながい。やるきあるの?
 しかも携帯電話はかかってくるは、別の子が部屋に上がってきておしゃべりを始めるは…。
 時間まであと何分と聞くと30分と言う。もう30分我慢はできない。半額払って、店を出た。
 携帯を持ってマッサージをする店、大部屋でカーテンだけで仕切る店(隣の子と話し始める)、
客席に従業員が座っている店は、はずれが多い気がする。
 もう2度と来ないぞ、こんな店(隣の以前に入ったことのある店で1時間、揉んでもらった)。

 
 11月28日<冷凍庫>
 前から冷蔵庫はいっぱいで、冷蔵、冷凍ともにもう限界に近かった。
 4月ごろ、買おうとタラートサオに見に行き、値段交渉もしたが、ちょうどかなり高額な税金請求がきて、がまんした。
 ところが最近、新メニューをいろいろ出し始めたら、入りきらなくなった。
 で、冷凍庫を買うことにした(フリーザー付冷蔵庫よりも安い)。以前の店に顔を出したら、あちらも覚えていて、中にひっぱりこまれた(やっと買いにきたかって感じだな)。
 たしか4月には6,000バーツを切る値段だったが、今回はそこまで、値引きしてくれない。税金が上がったので、冷蔵庫もテレビも値上げという。
 まぁ仕方がないか。
 でも、もうちょっと、もうちょっととお願いして、さらに100バーツ引いてもらった。
 ついでに、冷蔵庫の値段を聞くと、以前より安い気もするし、値引きもどんどんしてくれる(いまは2つはいらないけど…)。
 何時に届けてくれるかきくと、30分。そんなもんだろうなと思って、店で待っていたが、いつまでたっても届かない。結局3時間後にようやく到着。
 これでようやく氷の心配もしなくてすむ。

 
 11月23日<新メニューぞくぞく>
 10月末に煮魚定食を始めてから、坦々麺、ターメン、味噌ラーメン、薄皮餃子と、どんどん新メニューが増え続け、中華丼、広東麺、レバニラ炒め定食も作るようになった。
 この一ヵ月で7品か。お客さんに言われるままにどんどん作ったものだから、従業員がついてこれない。
 ラーメンは前から作っていたが、坦々麺と味噌ラーメンがなんだか分からない。広東麺はまだ知っている人だけのオーダーだけど、これも入れたら、混乱するだろう。
 で、みんな値段を変えることで、とりあえず名前じゃなくて、値段でオーダーが取れるようにした。裏では、私がなんども坦々麺、味噌ラーメンって言っているので、分かり始めている。優秀優秀。
 まぁ、私もレシピが混乱しないように気を使っているので、ちょっと最近疲れ気味かな。
 いろんなものが値上がりしているので、一部のメニューの値段を上げさせていただいたが、これも間違えないようにしておくれ。
 みんな、がんばろう!

 
 11月22日<ぎょうざ作り>
 ためしに作ってみた薄皮の焼餃子。羽根も付けけれらるようになり、多くのお客さんから、オーダーをもらうようになった。
 多くなるにつれ、いろいろ問題発生。
 1.ちょうどいい皿が2枚しかない(すぐに買いに行くことに)。
 2.火口もフライパンも少なくて、一度に多くは焼けない。すぐには改善はできないので、待ってもらうしかないか
 3.すぐになくなり、仕込みが続く。今は買ってきた皮と私が作った皮の両方を使っている。私が皮を作りながら、女の子2人が包んでいるが、一度に多くは作れない。しかも、一人の子はこの作業に飽きてきた感じがする。
 もう一人は最初からかなりうまく包めたが、この子はなかなかうまくできず、それも原因なのかもしれない。がんばってくれと祈るしかない。
 以前から、ラオス人はあきらめが早いように感じている。ちょっとやってみて出来なければ、それまで。出来るようになろうとする努力や根気が少ない。修理にしても、自分はできないからと手を出そうとしないし(ただ新たな仕事をしたくないだけか?)。
 まぁ、私もこのペースに慣れるまで、しばらく辛抱、辛抱。

 
 11月21日<市場の値段>
 毎朝、トンカンカム市場で買い物をしている。その店でなければ買えない、という物はほどんとなく、同じものを売っている店は他にもある。
 私はいつも同じおばちゃんのところで買っているが、ちょっと隣で買ってみたら、なんだかずいぶん安い気がする。野菜の値段が下がってきたのか、いままで高く売られていたのか(昔からずっと買っているのになぁ)?
 最近仕入れているラーメン。いつもカオピアックを買っているところが、ないので「今日は品切れか」と聞いたら、隣の店から持ってきた。
 探してみると、ちょっとだけ安い店を見つけたので、そちらで仕入れるようにした。
 今、油が急騰。1ヶ月で2割も値段が上がった。探したら、顔見知りの店で今日だけ前の値段でいいと言ってくれた。それをもって、別の買い物をしていると、その油いくらだったと店の人に聞かれた。正直に答えたら、「まだ、そんな値段で売っている店があるの?」とびっくりされてしまった。
 やっぱり、いろんな店を聴いて回って安くしてくれるところを探し、顔見知りになるのが一番か。

 
 11月18日<それはないでしょう…>
 今、醤油ラーメンを出している。
 しっかりスープをとっており、かなりの自信作。今朝食べたお客さんからも、前よりさらにうまくなったねと言ってもらった。
 今日、ラオス人がラーメンを注文。日本人のお客さんと一緒だったので、日本食が食べられるラオス人だと思ったら…。
 ラーメンを出したら、いきなり塩をふる(味が薄いことはないはずだけど…)。次に砂糖をくれと言われて、ムッときてしまった。こんないいスープのラーメンなんて出すんじゃなかった。いつものカオピアックのスープで十分。
 ラオス食では、麺でも、ご飯ものでも、自分で味をつけるものが多い。それで構わないと思っていたが、これは違った。
 こだわりのラーメン屋、がんこおやじの気持ちが少し分かった気がする。

 
11月16日 <便器のふた>
 便器のふたって、あってもなくてもいいんじゃないかと思っていた。
 日曜、部屋の掃除を見て回ったら、3号室の便器のふたが壊されていた。どうしてこんなものが壊れるのか不思議だけど。
 とりあえず、レストランのものと取り替えておいた。それから、レストランのトイレを使うと、なにか変。便座を上げて、小便をすると何か物足りなさというか、違和感がある。
 普通は、便座を上げても、向こうにふたが見えてる。小便器は必ず壁があるものだが、それがないからか?
 このままだと、ダメってことで、く買いに行った。
 100,000キップ。お願いだがら、もう壊さないで。

 
 11月12日<うちは何のお店になっていく?>
 先週、坦々麺を何度か試作、なかなかのものになったと思う。で、しっかりスープをとったしょうゆラーメン(10ヶ月ぶり)。そしたら、次は味噌ラーメンが食べたいといわれ、数度試作して、これもうまくできてしまった。
 ラーメンがあれば、次は焼き餃子が欲しいといわれこれも試作。ラオスにある中華料理屋では皮が厚くて、うまい焼餃子はない。佐古商店に餃子の皮が売っていると聞き、それを使って、はねつき焼き餃子が完成。
 次はレバニラ炒め、塩ラーメンなんていわれている。あれが食べたいといわれて作るのは好きなので、そそのかされるまま、いろいろ作っているが、だんだん町の中華食堂のようになっていくよう。
 うちはカレーがメインのお店のつもりなんだけど、昨日はカレーが1食もでない日(1年ぶり)になってしまった。
 うちはどんな店に変わっていくのだろう…。
 
 11月6日<植木鉢>
 今年はビエンチャン遷都450周年。15日からは、タートルアン祭りにあわせてイベントも始まる。
 で、毎度のことなのだが、街路樹は下から1.5mくらいが白くペンキで塗られている。
 そして、今年は記念の年だからと、店の前の歩道にも木を並べろといわれたらしい。植木鉢を移動して、置いたが、鉢は白じゃなきゃだめだといわれ、新しく鉢を買って植え替えるのも面倒、だったら、ペンキが残っているから塗ってしまえということで朝からペンキ塗り。
 いつも思うことだが、白く塗ることに何か意味があるのだろうか? 日本でも紫は高貴な色というのがあるように、ラオスでも色に意味があるのかな。
 坊さんの袈裟の色はみな同じ赤みがかった黄色だし。

 
 11月5日<ひさびさラーメン、そして坦々麺>
 今年になって、初めてラーメンを仕込んだ。
 おいしい麺がなかったのと、暑さで仕込む気にならなかったが、寒くなってきて、ラーメン作ろうよとの声もあり再開した。
 そして、今週は毎日坦々麺を作っている。
 Kさんが「食べたいから作ってよ」というので、二人で毎日試作、試食を繰り返しいる。
 芝麻醤(チーマージャン)を探すとから始め、最初は大失敗。まずーい坦々麺(とも言えないもの)に。
 それから、スープを改善、肉味噌もザーサイをいれて、日々おいしくなっていく。
 チンゲン菜をいれれば、見た目もよし。これからの寒い季節、きっと食べたい人がいるはずだよってことで、メニューに加えることにした。
 さて、どのくらい食べてもらえるかな。

 
11月4日 <新米>
 今日から新米。
 今年はいつもの年よりも出るのが遅かった気がする。雨季に入って雨が降り始めるのが遅かった影響かな。
 もち米の新米はうるち米よりも半月ほど早く出ていたので、そろそろだろうと期待してい。
 ラオスでは、新米(水分が多い)よりも古米(水分が少ない)のほうが高かったが、昨年あたりから新米でも値段が下がらなくなった。
 早速、炊いてみる。
 水を少なめにしたが、やっぱり軟らかく炊けてしまった(でも、炊き上がりはやっぱりきれい!)。
 これからしばらくは水加減に注意しないと。

 
 11月2日<観光ガイドブック>
 ラオス観光庁発行の観光ガイドブックをいただいた。ラオス語のほか、フランス語、英語、日本語表記。シニアボランティアで来られていた方が日本語訳をつけたそうだ。
 ラオス概要から、観光名所の案内まで、かなりボリュームがある(半分は広告だけど)。
 日本語は単純にラオス語を訳しているわけではなく、分かりやすい表現に書き換えている。たとえば、「人口は東京の約半分ほどの670万人…」というな具合。
 サイズが決まっているためか、ラオス語、英語にはある文面が省略されているところもあり、苦労の跡もうかがえる。
 日本語訳は良いのだが、バスの時刻表の料金に間違いもある。おそらく誰もチェックしていないのだろう。私の知っているウドンタニーやタケークまでの料金が違っている。
 ちなみに無料配布で、ツーリストインフォメーションに行けば、ただでもらえるそうだけど、タラートサオでは売っていたそうだ。

 
 10月31日<安い店を探して>
 最近、物の値段が上がり始めた。
 市場だけでなく、味噌も醤油などの日本食材の店も値上がりしている。
 今朝もカレーのために牛肉を仕入れにいったら、1割の値上げを宣告された。豚肉もだいぶ前から上がっているし、きびしいなぁ。
 最近バーツも上がっているので、タイから入ってくる物も徐々に値上がり。油、調味料、洗剤のほか、野菜の値段も以前ほど変動がなく、高値のままのものが多い。
 物によっては、市場で買うよりも、街中の店で買うほうが安いものもある。コーヒーはちょっと遠いがあの店、醤油はこっち、味噌は近所で、洗剤はスーパーマーケット…。
 日曜は、自転車で何軒も店を回り少しでも安いところで仕入れをする。近所よりも1,000キップ、2,000キップ(10〜20円)安いだけというものもあるが、自転車は燃料費がかからない。せっせとペダルをこぐばかり。
 なんだか、昔に比べてお金に細かくなった気もするが、うちは高いお店ではないから、ここを節約しないとダメなんだよなぁと言い聞かせる。
 でも、そろそろきつくなってきたので、メニューのいくつかは値段を上げないとだめかも。お客さまにもご理解をいただきたい(ビエンチャン在住で、この日記を見て、お店に来てくれるお客さんがどのくらいいるのか分かりませんが…)。


 
10月29日<寒い>
 ちょっと前まで、暑いなぁと感じていたが、昨日から朝はとっても冷え込むようになった。半そで、短パンで外に出ると、ブルっとくる。
 今日も朝方、寒くて目が覚めて我慢できずに、長袖のシャツにジャージを引っ張り出した。市場にも着ていったら、寒いの?って聞かれた(そういえば、みんな上着を着ているなぁ。5時前から働いていたら寒いだろうなぁ)。
 まだ10月だってのに、こんなに寒く感じるなんて。この先もっと寒くなるはず。
 薄手の毛布は自分用に持っているが、これじゃあ、足りないかも。
 どうしよう…。


 
10月28日 <煮魚定食>
 以前に一度パーニン(テラピア。昔日本では、水鯛とか、鯛もどきとかいう名で売っていたんじゃなかったかな)を使って煮魚を出したことがある。
 そのときは、お客さんから川魚はちょっとねぇと言われて、1回だけでやめた。
 味よりもイメージが悪くて食べてもらえない。おいしいとおもうんだけど。
 でも、最近常連さんから、あの魚はおいしいよねと言われたこともあり、またやろうかなと思っていたら、ちょうど、煮魚は得意料理というKさんが来て、いっしょに作ろうと言ってくれた。
 ラッキー! 塩をふって、臭み抜き、霜降りをして、煮汁を沸かして…。
 さっそく試食。うん、うまい。別に臭みもない。
 日本の川魚と違って、もともと臭みは少ないので、私はまったく気にならない。
 本日の特別定食。32,000キップ。さて何食売れるかな?


 
10月24日<ボートレース>
 本日はボートレース。護岸工事で、どうなったかなと思い、ちょっとだけ見に行った。
 工事はだいぶ進んでいたが、やっぱりまだ終わってはいない。やっぱり川までは、ずいぶん遠くなった気がする。今年は水量も少ない。
 雨季のあとなのに、中洲が大きい。今年は雨が少なかったからなぁ。これから乾季だけど、水不足が心配(ここのところ毎日雨が降っているけれど、まだ乾季に入らないのかな?)。
 レースには興味がないので、一回りして帰ってきた。
 それにしても人が多いなぁ。どこから、沸いてきたんだろう…。

 
 
 10月23日<観光統計>
 2009年の観光統計をもらった。SEA GAMEがあったから、ASEANからの入国が多く、2008年より旅行者数は多くなっているが、NON-ASEAN(日本、韓国、オーストラリアなど)、ヨーロッパ、アメリカ等の国からの旅行者数はすべて減少。
 旅行収入も減少(SEA GAMEで来た人は、選手村もあるし、そんなにお金を落として帰ったわけではないだろうしな)。
 そしてビエンチャンでは宿泊施設は20%も増えている。旅行者が減って、宿が増えて…。旅行者にはいいことだけど、ゲストハウスの経営者からするとつらいなぁ。
 2010年の旅行者数は昨年より絶対減少しているはず。希望的観測の、旅行者数はこれから先もどんどん増え続けると予想されているが、そんなことはないでしょう。
 お役人は気楽でいいなぁ。

 
10月21日 <数独、SUDOKU>
 いただいた日本の週刊誌、タイの古新聞にSUDOKUが載っていることがある。これが楽しみ、頭の体操。
 クロスワードは英語が堪能でないとできないけれど、数独なら万国共通。バンコクタイムズに載っているのを解いていたら、お客様が、切り取ったものを持ってきてくれるようになった(自分で解くつもりはないようだ)。
 5年前、ラオスに来る前に、フランスでの調理研修に参加したとき、移動の列車のなかで、おじさんがSUDOKUの本を持っていて、解いていたのを思い出す。世界的に広がっているんだなぁ。
 でも、これもたまにあるからいいのかも。本なんかあったら、終わるまでずっとやっていそう。

 
10月20日 <投資家ビザ>
 投資家ビザを持っているKさんから話を聞いた(投資家ビザの人って他には聞いたことがない)。
 なんでも、投資家ビザは強いらしい。ビジネスビザは、ラオスで稼いでお金が外に出ていくけれど、投資はラオスにお金を持ってくるかららしい。
 でも、手続きは大変で、袖の下とかめんどくさいのかと思ったが、そうでもなさそう。
 闇でも買えるが、正規のビザのほうが、のちのちの面倒がない。税制優遇もあるから、取ったらとすすめられた。けっこう親切に相談にものってくれるそうだ。
 話を聞きに行くのはタダだから、行ってみてもいいかな。レストランだけなら、資本金は少なくてもよさそうなのだが、ゲストハウスも含めるとどうなるのかな?
 噂では、こういうビザの取得って面倒で、時間がかかって、役人にたかられて…、と聞いていたが、そうでもなさそう。思い込みってよくないなぁと思う。

 
 10月18日<オークパンサー、ボートレース>
 23日はオークパンサー、そして24日はボートレース。川沿いの道はいつものように通行止めになっている。その影響で、セタティラート通り(うちの前の道)は渋滞。
 いままでよりも車が多い気がする。騒音も気になる。はっきりいって、うるさい。このうるささが一週間続くと思うと、ぞっとする。早く終わって、静かな日々に戻って欲しいなぁ。


<エアコン>
 先日、2号室のエアコンを新調した。古いエアコンだが、全壊したわけではなくて、温度調整が効かないだけ。 何度に設定しても4,5時間したら霜がついて、ファンが凍る。
 お客さんの部屋では使えなくても、私の部屋なら問題ない。ということで、取り付けてもらった。
 作業はほぼ1日かかり、取り付け位置にいい場所がなくて、見た目はちょっと悪いが、無事終了。
 さっそく試運転。うん、涼しい。
 これで、暑季も心地よく過ごせそう。となりの部屋は、住み込みの子の部屋。うちにもエアコンが欲しいとうらめしそう。冷気を扇風機で流せないかな

 
10月16日 <へろへろ>
 やっぱり一人いないと、かなり疲れる。
 火曜から帰省中で、土曜に戻ってくるはずが、雨のためバスに乗れず、明日になるとの連絡があった。
 掃除、調理補助担当の子は一人で全部やることになり、だいぶ疲れているようだ。私もいつもなら午後は少しお店をまかせるのだが、そういうわけにもいかず、いつもより休憩時間は短め、今日はそれすらなし(平日は2時をすぎると、レストランのお客さんはほとんど来ないが、土曜はパラパラと来てくれる。せっかく来ていただいたのに閉めてるのも申し訳ないし)。
 そのうえ、今日は午後から出勤の子が4時まで来ない(昨日の朝は土砂降りで、別の子が1時間半の遅刻)。その分、ゲストハウスの番をしている子にも負荷がかかり、不機嫌そう。
 3人でゲストハウスとレストラン両方の面倒を見るのは大変。今日は土曜、明日は休みだ、もうちょっとだけ頑張ろう、といいたいところだが、火傷で休んでいたのもあり、カレーの仕込みは休めない。
 こうなってくると、いままであまり気にしていなかったところにも、イラつきがでる。
 お客様、部屋の前に空き瓶を並べないでください。ベランダに洗濯物を干さないでください。見苦しいせいか、部屋を見に上がったお客さんが、泊まるのをやめて他に行ってしまいます。

 
10月12日<帰省>
 今日からまた、住み込みの子が一人、サワナケートの実家に帰る。
 いつもお土産を買って行くのだが、今回はいままで以上に大量。大きな手提げ袋2つ、ダンボール2つ。このバッグもそうなのか…。飛行機だったら完全に重量オーバー。超過料金。
 こんなにいっぱいどうやって持っていくのかと聞くと、朝3時に車がピックアップに来てくれるのだそうだ。
 何を持っていくのか見ると、ジュース、インスタントラーメン、りんご、うちの倉庫でほこりをかぶっていた、古い皿、などなど。そして、温水シャワーもある。これは2,000バーツくらいする(給料1ヵ月分くらい)。
 重いジュースなんかサワナケートで買えばいいのにと思うのだが、こっちのほうが少し安いのだろうか、それともビエンチャンから買ってきたということに意味があるのだろうか。
 以前に冷蔵庫(給料3ヵ月分くらい)も買ったといっていた。給料をコツコツためて、お母さんに。
きっとお母さんの喜ぶ姿が、うれしいのだろう。
 以前、こちらで働く日本人から聞いた話で、「工場で働く女の子が毎月給料をためて、少しずつ家族の家を建てていて、まだやっと柱が建ったくらいなんだけど、そういうのを見るとがんばれって思うんだよ」って言っていたことを思い出す。
 ラオスの給料は高くないけど、こういう姿は応援したくなるよねぇ。

 
 10月11日<エアコン新調>
 2号室のエアコン、何度も修理を繰り返していたがもう限界。新しく買い換えることにした。
 前からお店には注文してあって、お客さんがほどよい時間にチェックアウトするのを待ってい。
 今日10時に空いたので、すぐ取り付けに来てもらった。メーカーは三菱。ほんものかどうかは不明。同じメーカー名でも、タイ製と中国製では、値段も違う。もちろん、中国製のほうが安くて、信頼性にかけるのだが…。
 古いエアコンの取り外しもあるので、ついでに部屋の大掃除もやりながら、作業を見ていた。時間は2時間。
 このエアコン、最低5年はもって欲しいが、どうだろう。他の部屋のエアコンも買ったのは同時期。これらは壊れないことを祈るのみ。


 
 10月9日<市場での会話>
 やけどをして、ちょうど2週間。もうだいぶよくなった。医者からは、もうしばらく薬を塗っておくように言われているので、夜、薬を塗って包帯をし、そのまま朝市場へ行っている。
 市場のおばちゃんたちからは、どうしたの?と聞かれる。最初、やけどというラオス語を知らないので「温水器を直していて熱湯がかかった」と言っていた。
 そしたら、カオピアック屋のおねえちゃんが、「それはナムホーンルアックと言うんだよ」と教えてくれた。それからは、この一言で分かってくれて、説明が簡単になった。
 そのカオピアック屋で、日本人は何を食べてもいいのって聞かれた。どういうこと? 何が聞きたいのって不思議に思っていたら、「ラオスでは、やけどして卵を食べると、傷跡からどんどん肌が白くなって、それが広がっていくんだ」という。
 えー、そうなの? こんなやけどをしたことがないので、もしやと思ったが、タイで入院していたとき、朝食にトーストと目玉焼きが出てきたのを思い出し、安心した。
 やけどは、あとの感染症が怖いという。白くなっていくというのは、何かの感染症ではないかと思うが、どうして卵がダメなのかな?


 
 10月4日<My Favorite Books>
 うちにある本(ほとんどいただきもの)で、私のお気に入りなのは、
 ・奥田英朗「サウス・バウンド」(南の島の暮らしが古きよき時代の暮らし、ほんとのラオスはこんなところって感じがする)
 ・奥田英朗「家日和」
 ・堂場瞬一「孤狼 刑事鳴沢了」(将来坊主になるという刑事が、知り合いの先輩にとてもにている)
 ・門田隆将「甲子園への遺言 高畠導宏の生涯」(私もこんな指導者に出会っていたら、変わっていただろうか。指導者が変われば、チームも変わるんだなぁ)
 他にもいくつかあるが、これらは何度も読み、そのたびに、元気にさせてくれる本。
 今日も、ちょっと予想外の出費請求がきて、落ち込んだり、イライラしていたのだが、家日和を読んでいたら、いつの間にか楽になっていた。
 「人間(じんかん)いたるところ青山(せいざん)あり」か。


 
10月2日<今回の怪我で思うこと>
 1週間たって、怪我の具合もだいぶよくなってきた。
 今回の怪我で思うこと。
 やっぱり健康第一。肉体だけでなく、精神的にも健全であること。今回、やけどをする前に、ちょっとイライラすることがあり、そのまま作業を始めて、注意力が散漫になったのだと思う。作業は楽しくやるぐらいにならないと。
 そして、傷害保険に入っていてよかった。入っていなかったら、ウドンタニーの病院に行くことも、
入院することもできなかった気がする。
 まぁ、払った保険代をそのまま貯めておけば、お金の面ではまだおつりがくるとは思うが、おそらく、救急車を呼ぶ費用だけでびびってしまったのではないかと思う(保険は入っていても、使わないのが一番。健康で、トラブルもないってことなんだから)。
 それと、ここがビエンチャンでまだよかったと思う。もし、地方の町だったら、病院に行くのも、薬を手に入れのも大変だったのではないだろうか。
 ラオスの医療レベルがまだまだだということは、多くの人から聞いている。快適に入院なんてできないだろう。これらのリスクがあることを認識して、健康管理、事故防止には最大限の配慮をしなければいけないのだと痛感した。


 
 9月29日<今日で退院>
 今日で退院。さて、どうすればいいのだろう?
 看護師さんに聞くと、「まずガーゼの交換してから、先生に聞いてみて」と言う。たしかに、あわてても仕方がない。しばらくすると、ガーゼの交換があり、また部屋にもどされた。
 さらに待つと、会計が来て、入院費の請求書にサイン。保険額以内だったので、ホッとする。
 で、もういいのかなと思ったら、薬が届くまで、部屋で待てってと言われ、再び待機。
 薬はなんと中ぐらいのレジ袋に4つ。交換用のガーゼや綿棒、脱脂綿なんかでいっぱい。
 そして、来週の水曜にもう一度病院に来てと言われた。直り具合をみるためらしい。 
 私が持ってきた着替えのバッグと、薬の袋4つ、そしてお菓子の詰め合わせ。なんたか大荷物になってしまった。
 バスでラオスに戻るというと、病院の車でバス停まで送ってくれるという。
 部屋を出て、エレベータに乗り込むとき、看護師さん一同から、ありがとうと言われた。病院にしてみれば、保険で治療してくれるお客さんは上客なのだろう。また来てねと言われなくてよかった(来週来なきゃいけないんだけれど)。
 店に戻ると、従業員はびっくり。金曜に帰ってくると思っていたのが、水曜に帰ってきて、しかも薬がいっぱい。
 私がいなかった月曜、火曜もほどほどに忙しかったようだ。そして、私が早く直るようにと、毎朝お寺にお供えにいっていたそうだ。
 おー、なんと! ありがたや、ありがたや。


 
9月28日 <入院4日目>
 入院4日目。そういえば、入院費がいくらくらいか、まったく聞いていない。
 まさか、保険でカバーできないくらい高いことはないだろうが、教えてもらえるのなら聞きたい。でも、日本語を話せる子は今日は休み。
 看護婦さんたちも、ルーチンワークをこなしているだけって感じで、別に話をすることもなし。
 テレビは同じニュースばかり。NHKワールドはもっと楽しめるチャンネルにならないものか。つまらんぞ。
 こうして、ぼーっと寝ているのも限界に近くなってきた。
 よかった、明日で退院だ。

 
 9月27日<入院3日目>
 今日も、昨日といっしょ。しばらく帰れないとわかったので、何も考えずに、ただただ寝る。
 保険があるから入院費の心配もいらないし、店のほうは従業員が頑張ってくれてるだろう。こんなに寝たのは、いつ以来だろう。
 ゲストハウスをはじめて4年。一時帰国したときも、買出しがあったり、人と会う予定があったりで毎日忙しく、ゆっくりすることなんてなかった。当然ラオスで仕事をしている毎日では、のんびり寝ていられることもほとんどない。いい骨休めだと考えよう。
 朝6時から定期的に体温と血圧を測りに来るので、そのたびに起こされるのはがまんする。でも、夜中の1時半に、ポットのお湯の交換にきて、起こすのは勘弁してほしい(患者の様子を見回る意味があるのかも)。
 やけどの痛みはほとんどなくなった。薬のせいかもしれない。ずっと寝ているせいか、頭がぼーっとしてきた。これも薬のせいかも。
 暇なのは変わりないので、水曜に帰れないかと聞いたら、あっさりOKが出た。自分で薬を塗れればいいということらしい。
 夜、もらった入院セットにシャンプーがあったので、頭を洗うことに挑戦。右手には、包帯が巻かれているし、右胸にもガーゼがはられてる。そこがぬれないように、気をつけながら、なんとか洗うことができた。
 おー、やっぱり気持ちいい。ヒゲ剃りと、耳掻きが入っていないのが残念。

 
 9月26日<入院2日目>
 病院のご飯は朝7時半。昼11時。2時におやつで5時に夕食。なんだか、朝から晩までひっきりなしに食べている感じ。
 朝食のあと、診察室に運ばれ、傷口の消毒、薬を塗ってガーゼの交換。あとは、3時間おきぐらいに血圧と体温を測りに来る。
 ラオスに4年いるといったら、なんだラオス語話せるんだってニコニコされた。言葉が通じなかったらどうしようという緊張感から解放された感じ。
 足は問題ないので、外に買い物に出たいといったら、却下された。傷口からばい菌が入るからだそうだ。
 で、外に行くって何が欲しいの? ピザ? ハンバーガー? お菓子? って聞くので、電話がしたいからSIMカードといったら、買ってきてくれるという。しばらくすると、SIMカードを持ってき。お金を払おうとしたが、看護師さんはそのまま出ていった。これも、入院費に入っているのだろうか?  ということで、外には出れず、娯楽はテレビと持ってきた本1冊のみ。でも、やたらに眠くて、ご飯以外の時間はほとんど寝ていた。
 入院したとき、病院からタオル、シャンプー、スリッパなどがセットになった箱がもらった。お見舞いの意味なのだろうか、お菓子の詰め合わせももらった。食ってばかりいるので、お菓子はお土産に持って帰ろう。
 で、いつ退院できるのか聞いたら、全治2週間で1週間の入院だから金曜日と言われた。あら、そんなに長いの…。


 
 9月25日<救急車の初体験、そして入院>
 温水器の水漏れの修理をした。
 水を止めて、ブレーカーを切って、タンクの温水を捨て…、と作業に取り掛かった。
 修理後、水を流したら、閉まっていたはずの栓がはずれ、温水が噴出してきた。
 切ったと思ったブレーカーが切れておらず、水が流れたとたんに沸騰した水が噴き出したのだ。すぐに逃げたかったが、はしごに登って作業していたので避けられず、右肩から手の甲、背中に熱湯をかぶってしまった。
 すぐに水をかけて、氷水に手を浸したが、痛みはどんどんひどくなる。無理に我慢しても仕方がないので、保険会社に電話して、ウドンタニーの病院へ行くことの了承をもらい、車がないので救急車に来てもらうことにした。
 待つこと1時間半。その間、冷水をかけ続けていたので、風邪をひきそう。
 救急車の中で薬を塗られたら、痛みも楽になり、気づけば病院に着いていた。
 病院には、なんと日本語の話せる子がいた。英語もタイ語もラオス語も中途半端な私には、とっても心強い。
 働き始めて、1ヵ月半、名前は日本風だけど、タイ人で15歳まで日本で育ったそうだ。現在は16歳、週に2日学校に通いながら、残りは病院で働いているそうだ。
 支払いは保険を使ってキャッシュレスをお願いし、状況を日本語で説明。やけどは2度。3度のやけどとは、もっと黒くなっているものだそうだ。
 手当てのあと、病室へ。もちろん個室(保険を使う外国人はいいお客さんなのだろう)。
 食事はどうしますかと聞かれ、外に注文してもいいし、病院で用意するタイ飯もあるという。バンコクの病院は、和食があったり選び放題と聞いたことがあるが、めんどうくさいのでタイ飯でいいと答えたら、ずっとタイ飯のご飯となってしまった。
 晩御飯を食べたら、することもなし。テレビもさほど面白くもない。飲み薬のせいか、かなり眠いので、そのまま寝ることにした。
 さて、何日入院することになるのだろう…。


 
9月23日 <何しに来たの?>
 日本人からの電話、と呼ばれた。声の感じからは50歳以上の男性。空港近くに泊まっているが、明日から、1週間くらい泊まりたいと言う。大丈夫だというと、他にもいろいろ聞きたいというので、話をした。
 言葉が通じなくて、困っている、通訳や車の手配をしてというが、うちではできないから、日本語の通じるツアー会社に問い合わせてと答えた。
 「地球の歩き方」は持っているようなので、それに出ている(日本語の通訳は高く、金はかけたくないようだ)。
 うちへ来るには、歩き方を見せればいいのかというので、「バーン・ミーサイ、チャンターゲストハウス」と言えば大丈夫ですと答えた。
 で、女の子を部屋に入れたいというので、「部屋にラオス人の女の子を連れ込むのは、禁止してます」と言うと、もごもご言い出し、泊まるのは明日1日だけ、到着時間もあいまいなことを言うので、別に予定もないようなので12時でいいですか?と確認をして電話をきった(ホテルのチェックアウトはどこも12時。移ってくるだけなら15分もあれば来れる)。
 あやしいと感じたとおり、午後2時まで待ったけど来なかった。
 このおじさん、ラオスに何しに来たの? こういうおじさんが参加するツアーの添乗員は大変だろうなぁ。食事、買い物、全部やらされて、最後は女の子を呼べって言われそう。

 
 9月22日<健康診断>
 前に結膜炎になったとき、病院で血圧を測ったら、ちょっと高かった。尿酸値も相変わらず高いだろうと思うが、飲んでいた薬はなくなってしまった。
 ラオスで4年、そろそろ健康診断を受けてみようかと思っていた。幸い、お客さんから、バンコクで健康診断を受けたときの資料をいただき、病院に問い合わせをしながら、日程を組んでいた。
 店はあまり空けたくないが、せっかくだから買い物もしたい。バンコクの友人にも会いたい(相変わらず忙しいのだろうから、難しいかな)。
 朝、飛行機でバンコクに入り、健康診断を受けて買い物をして、翌日午後に帰ってくるなんて考えていたが、これでは健康診断(食事、水分制限あり)にいって、体調を崩して帰ってくるってことになりかねない。
 やっぱりあわてていくより、3日ほど休めるときにしよう(それって、いつ? ピーマイか?)。

 
 9月19日<カレーの仕込み>
 本日はカレーの仕込み。
 いつものように、朝6時に市場で肉を仕入れ、戻って仕込みを開始。
 カレーの仕込みのときは、気合を入れているため、かなりピリピリしていると思う。
 だから、仕込みの間は周りに人がいると気が散るので、最初のころは従業員すら厨房に入るなと言っていたくらい。
 昨夜、泊まりのお客さんとカレーの仕込みの話をしたら、仕込みの最中に作り方を教えてくれといってきた。
  ごめんなさい。ピリピリしているため、適当に返事をして終わりにしてしまった。最初から手伝ってくれるのなら、ともかく…。
 昨夜と態度がずいぶん違うと思われたかもしれないけれど、趣味でやっているのではないので、ご勘弁を。

 
 9月16日<お寺でお参り>
 お客さんから相談を受けた。日本にいる友人が亡くなったが、今は帰れない。こちらのお寺で供養することはできないか、とのこと。
 初めてのことで、従業員たちに聞いてみた。すると、16日はちょうどお坊さんの日(仏の日というべきかな)。
 みな、お供えものを持ってお寺にいくけど、お供え物(カオニャオ、おかず2品)を持っていけば、別の部屋で特別にお経をよんでもらえるという。
 何時に? おかずって何ならいい? お布施のお金は? なんてことを聞いて、私も一緒に行くことにした。
 お寺は目の前にあるが、どう説明していいか分からないから、従業員を一人連れて行った。
 最初一番年下の子が付いてきたのだが、どうしていいか分からず、結局上の子を呼びにいって、えらいお坊さんに会うことができた。
 なぜか私も亡くなった方を知っていると思われて一緒にお祈り。
  お坊さんのあとに、つづけて同じ文句をいうのだが、意味は分からない(日本で亡くなった方に、ラオスでもお供えをしているんで、こちらにも来てくださいねという意味らしい)。
 最後にバーシーをしてもらい、お礼を言って帰ってきた。
 10分くらいだったが、貴重な体験だった。ご冥福をお祈りいたします。

 
 9月15日<宿主と客のトラブル>
 昼、夫婦が食事をしているところへ、別のお客さんが入ってきた。と、突然、ダンナがお客をどつき始めた。かなり怒っていて、本気で蹴っている。
 うちの店員が間に入って止めようとするが、おさまらず。私が厨房から出て、店でけんかするな、とダンナを外に出し、ひとまず静かにさせた。が、お客が食事を終えて出たところで再開。
 お客がゲストハウスに逃げ込んできたので、やっぱり私が間に入って話を聞くことに。聞けば、ダンナはタイでゲストハウスをやっていて、どつかれたのは、そこのお客だった人。
 1ヵ月滞在して、お金を払わず鍵も持ったまま逃げたというのが宿主の主張。偶然、見つけたのだそうだ。
 客はお金は部屋に置いて、鍵はオーナーの部屋の前に置いたというが、こりゃ、この客のほうが悪い。 お金も鍵も手渡さずに、家主が寝ている早朝に出てきたというのだから、そりゃ逃げたのと同じ。
 別の人が鍵を取って、部屋のお金を盗んだのかもしれないが、それはお客の責任。
 日本人が海外でこんなことをしてもらいたくないものだ。(どうやらそのあと、この日本人、払うといってまた逃げたようだ…)


 
9月13日 <パーケム>
 今回、サワナケートからのお土産はパーケム。
 パーは魚でケムはしょっぱいという意味。だから、しょっぱい魚。
 これを油で揚げて食べるのだが、その名の通りとってもしょっぱい。ほんの一切れで、ごはん1杯食べられるくらい。
 いかにも、保存食、少ないおかずでご飯をいっぱい食べるためのものという感じ。
 私はほんの少しでギブアップしたが、ラオ人は皆、普通に食べている。しょっぱくはないのか?
 暑い季節の塩分補給にはいいのかもしれないが、これを毎日食べてたら高血圧になっちゃうよ。この前、血圧を測ったら、ちょっと高かったのは、こんな食事のせいかも。

 
9月11日 <バックパッカー>
 欧米人のバックパッカーはほんとにすごい。
 大きな荷物を背負っての宿探し。今はオフシーズン。9月は1年を通してもっとも旅行客の少ない月。宿は、選び放題という状況。で、値段を聞いて、高いと思ったら部屋を見ることもなく次の宿へ。
そういう人は、2人で10ドルの部屋は高いと判断するようだ。
 ナンプー付近では、これより安い宿はない。で、うちも通り過ぎて、別の通りへ流れていく。
 もっと安い宿といってもドミトリーでなければ、10,000キップ(1.2ドル)安いぐらいじゃないかと思うのだが…。それって、ビール1本分くらい。
 私なら重い荷物を早く降ろして、ゆっくりしたい、ビール1本分くらいいいやって思うけど、それってもう歳なのか…。
 それとも、彼らは10,000キップ安い宿を見つけたら、ビール1本得したって感覚なのだろうか。そんなにがんばらずに、うちに泊まってよと思いながら眺めている。


 
 9月9日<誕生日>
 今日は、従業員の女の子の誕生日。
 やっと16歳になった(うちで働きだしたときが15歳で、1年たって誕生日を過ぎても15歳と言っていた。ようやく実年齢になったということか)。
 常連のお客さんにも、9日は誕生日だと言っていたら、わざわざケーキを買って来てくれた。ありがとうございます。
 調理の手が空いたところで、ローソクを立てお祝い。ケーキはその場にいたお客さんにもおすそ分け(さすがにLAO PLASAのケーキはおいしかった。来年は私が買ってくることになるのかな?)。
 ラオスでは、誕生日は自分でパーティを開いて友人に来てもらうのだと聞いている。でも、それってけっこう懐に余裕がないとできない。裕福な家庭での話なのか、それとも大人になって稼ぎがあるようになってから祝うようになるのか?
 去年、誕生日はいつだと聞いたら、一週間前に過ぎたと言った。自分で用意できないから、黙っていたのかなと思う。
 ケーキ買ってあげるから、今年はちゃんと誕生日前に言えといっていた。お客さんにも祝ってもらえて、いい誕生日になったんじゃないかな。

 
 9月8日<従業員ぞくぞく帰郷>
 うちの子はサワナケットの女の子2人、パクセーの子2人、ビエンチャンの子1人。
 今週日曜から1人、サワナケットに帰っている。1人少なくて、掃除、調理とちょっと忙しい。戻ってくるのは金曜日。
 そんな状態で、もう一人、急遽パクセーに帰らなければいけなくなったといい、昨夜バスで帰っていった。こちらは戻ってくるのは土曜日。
 5人のうち2人がいない。昼番の子に朝から来てもらうが、今朝はちょっと大忙し。泊まり番の子が、今日は学校が休みだからと、ちょっと遅くまで仕事を手伝ってくれて、なんとかしのぐ。
  オフシーズンで、お客さんが少ないのが不幸中の幸いというところか。レストランはお客さんが少なければ、それだけ仕事は減る。でもゲストハウスは、満室ならFULLですって言って終わるけど、お客さんが少なくて満室にならなければ、それだけ次のお客さんの応対をしなければいけないから、かえって忙しいといえなくもない(掃除する部屋が減るから、女の子はいいか)。
 帰郷といっても、年に1度。パクセーに帰った子は初めて帰ったんじゃないだろうか。
 ゲストハウスは年中無休。そうそう長い休みをとれるわけでもないので、帰っちゃだめともいえないし。その分、残ってる子ががんばって、穴を埋めてくれているので助かっている。


 
 9月5日<愛社精神>
 ラオス人に愛社精神はあるのだろうか? 
 働いている店を自分の店だ、いい店にしようという意識、「この人のために、この人を支えて」働こうという意識は?
 中国、ベトナムなどで働いた人は「あるのは日本人だけ」と言う。
 たしかに私も働いていた会社に愛着はあったし、辞めた今でも気になっている。販売応援で店頭に立ったこともあるが、その店がよくなればと思って、いろいろ手伝ったものだった(終身雇用が崩れつつある現状では、もうなくなっているのかもしれないが)。
 ラオス人はどうか? 同じ職場が長続きせず、すぐ辞める。いつのまにか隣の店で働いているなんていう話を聞くと、やっぱりないのかなぁと思う。
 じゃあ、同じ店で長く働いている子は? 隣の店の子はもうかなり長く働いているが、店のことにどれほど気を使っているのか。隣の工事でエアコンを壊されて、もう2週間になるが、気にしているふうには見えない。
 自分で修理を依頼、催促している様子もない(壊れたら壊れたでいいって思っているのかなぁ…)。
 うちで働く従業員、もう長くいっしょに働いているが、彼らはうちの店を愛してくれているのだろうか? 知りたくもあり、知りたくもなし。

 
 9月2日<いろいろできるようになると…>
 コンセントの修理。普通は簡単なんだけど、外にあるコンセントは電線から直結。危なくてしかたがない(なんで?)。
 でも、取り替えないとポンプが使えない。感電、ショートの連続。電気屋に修理を頼むが(ゴムの手袋とか工具を持っている…)、「自分でできるんじゃないの、他に仕事があるからすぐには行かないよ」との反応。 うーん、つながないと水が使えない。
 ビリビリびりびり感電しながら、なんとか終了。なんだか頭がぼーっとして、手がちょっとしびれているのは気のせい? 
 たしかにいままでも、直しに来てと電話しておきながら、自分でやり終えたことは何度かあった。
 ある意味おおかみ少年か。だから、肝心なときに来てくれない。
 できるようになるのは、いいことなのだろうかと考えてしまう。

 
 8月31日<メールでみる信頼度>
 ゲストハウスの予約はメールで受け付けている。
 予約メールには氏名、宿泊日、希望の部屋のタイプのほかラオスへの到着方法、ゲストハウスへの到着時間の記載をお願いしている。
 項目ごとに、改行して見やすい人もいれば、だらだらとつなげて書く人もいる。
 今日の予約は、だらだら書いている人で、苗字だけで名前はなし。到着時刻もなかったが、列車で来るとあったので、まあ昼過ぎだろうと思っていた。 こちらからの返信への反応もなく、ちょっと心配だったのだが…。
 で、結局、来なかった。もちろん、連絡もなし。やはり、お願いしていることをきちんと書かない人は信用できないなぁ。キャンセル料払っておくれ。
 安心できる人は、こちらからの返信メールに再度返信してくれる方。質問等があると、数回やり取りすることもある。で、こういう方は、多少、遅くなっても大丈夫。
 今日みたいな人が増えると、予約を受けられなくなるので、来れないときはちゃんと連絡してほしいなあ。


 
8月28日 <ひさびさのノンカイ>
 VISAがなかなか更新されず、ラオスから出れなかったが、ようやく2ヵ月のVISAが出た(通常は1年なのに…。10月にまた更新かと思うと気がめいる)。
 ひさしぶりにノンカイへ買出し。
 ここのところ毎日、雨。今朝も曇り空で、降りそうだなと思っていたら、バス停につくころに降り始めた。なんでこんな日に買出しに行くんだろうとちょっと後悔。
 3ヵ月ぶりのイミグレーション、いつのまにか土日のオーバータイムフィーが値上がりしていた。
いままで2,500キップだったのが、いきなり9,000キップ。上げすぎなんじゃないのこれは! 
 往復で13,000キップ出費が多くなる(150円くらいだけれど、こちらの金銭感覚に慣れてしまうと高く感じる)。
 まぁ、仕方がない。乗り合いのトゥクトゥク(30バーツ)に乗ってTESCOへ(TESCOは大型ショッピングセンター。電化製品から食料品まで、なんでも売っている)。
 買出しリストを見ながら商品を探す。今日は欲しいものが品切ればかり。何しに来たんだろう…。   久しぶりに甘いものが食べたくなって買ったクリームサンド。クリームがしょっぱい。忘れていた。タイのクリームはしょっぱいんだった。
 帰りはインターナショナルバス。隣のおばちゃんが、バスが止まるずいぶん前からそわそわして、早く降りろとせかす。
なにをそんなにあわてているの? ラオス人のイミグレーション通過は、外国人よりも簡単だから時間はかからないのに。
 タラートサオに戻ってきて、いつもならトゥクトゥクを使うのだが、今日はタイまで行ったメリットがあまりなかったので、節約して歩いて帰ってきた。
 あー、疲れた。なんか、ぱーっと発散したい!!

 
8月26日 <ムー=友だち>
 ラオス語で友達はムーという。カタカナで書くと同じだけど、声調、母音の発音の違いで「手」や「日」という語になる。
 今日、また常連さんの一人が帰国され。お疲れ様でした。店で一緒にに飲むこともたびたびあり、一時帰国のときにはお土産もいただいていた。ありがとうございました。
 うちの子から見て、お客さんには段階があるように思う。
 @初めてきたお客さん
 Aなんどか来たことがあるお客さん
 Bよく来る常連のお客さん
 C私と話をしたり、一緒に飲んだりしている友人
  (本を持ってきてくれたり、調味料を買ってきて
  くれたりもする)
 D自分たちにもお土産をくれる友人 (ラオス語
 が少しでも話せれば、さらに高評価。)
 このくらいになると、名前も知っていて(教えてと言われる)、自分たちで話しかけたり、しばらく来ないと、あの人はどうしたの?って聞かれることも。
 ほんとは、お客さんには同じように対応してもらいたいのだが、やっぱりレベルが上がるにしたがい、どんどん愛想がよくなっていくのは仕方がないか…(これって別にラオス人だけじゃない?)。


<無謀なスケジュール?>
 ちゃんと話を聞けばよかった。
 日曜(22日)、朝からカレーの仕込みをしていたので、あいさつ程度しかしなかった。
 「サワナケートに行って、それからパクセーに行こうと思ってます。NGOの活動やラオスの村を見てみたい」と言っていたので、だったらサワナケートでNGOの事務所に行くのがいいとアドバイスした。
 が、翌日早朝チェックアウトしたあとに、従業員から25日に戻ってくるからと言って部屋の予約をしていったという。
 23日(月)、朝バスでサワナケートへ。夕方着。その日はNGOの事務所へは行けないだろう。
 24日(火)にパクセー?(朝NGOに行ったとしたらパクセーは夕方か。観光はできない?)
 25日にビエンチャンへ戻ってくる? 飛行機は使わないだろうから、朝にバスに乗らないとだめだろう。
 サワナケートは素通りしていれば、戻ってこれなくもないが、これじゃ毎日移動の超ハードスケジュール。
 私は戻ってこないほうに1票!と思っていたら、夜8時過ぎ、無事戻ってきた。
 時間がなくて、パクセーは行かなかったそうだ。やっぱりこのスケジュールじゃちょっと無理だよね
(日本でいうなら、飛行機、新幹線を使わずに2泊3日で東京から大阪へ寄って博多まで行って帰ってくるって感じかな)。


 
 8月25日<適正価格>
 また、配水管が詰まった。埋められた配水管をきっちり掃除することができない。ホースをつっこだり、薬を流したり…。でも、限界。作業のための工具もない。
 いつも修理にくる左官屋さんに連絡したら、他で仕事をしていてつかまらないという。他に誰かいないかと探させたら、一人みつかった。
 やっぱり、今の管を掃除するのは無理。新しく配水管を設置しないとだめだという。
 私もそう思う。で、材料費、作業費全部で5,000バーツという(150ドルくらい。ちなみにうちの子の月給は100ドル未満)。他に選択肢もないので頼むと、2日かかってなんとか終了。
 ちょっと不安な部分もあるが、問題があったらすぐに連絡をくれ、6カ月は無料で補修するという。帰り際にはちゃんと挨拶にも来たた。
 「先日車が横転して鎖骨を折った。鉄が入っていて、明日病院に行かないといけない」なんて話もしていった。
 なかなか好感のもてる青年だ。5,000バーツはちょっと高いのかもしれないが、半年面倒をみてくれるというならいいだろう。
 先日、雨漏りの修理した左官屋さんは、材料費はこっち持ち、作業は2時間。3カ月は保証すると言って5,000バーツ取っていったが、それよりはよっぽどいい。他にもいろいろできるなら、彼に頼みたい気がする。
 適正価格とは、私も相手も満足できる価格。うちの値段、お客さんはどう感じているのかな?



 
8月24日 <お客様相談センター>
 ラオスにいて、日本から持ってきたるものに問題があったら、とりあえず、商品のお客様相談センターに問い合わせる。過去、3件ほど…。
 HPの問い合わせサイトからメールを送るのだが、必ず住所、電話番号を書くようになっていて、ラオスと書くのもあれなので、実家の電話番号を書いている。
 すると、メールで回答がほしいのに、どこも必ず実家に電話がかかってくる。先日は、電話をしたら不在なのでメールをしたと書きながら、回答はなく、電話してこいとの指示。
 うーん、簡単な質問だから、メールで答えて欲しいだけなのに…。
 でも、まぁ、どこも反応が速いのは、うれしいことだ。さすが日本って感じだな。

 
8月22日<台詞(せりふ)>
 DVD鑑賞はラオスでの数少ない娯楽のひとつ。日本のドラマ、映画も手に入る(洋物は日本語字幕がないものが多くて、ほとんど見ていない)。
 作り物だと分かっても、台詞におかしなところがあると興ざめ。
 佳境に入ったところで「人間(にんげん)いたるところ青山あり!」。「じんかん」とよんでよ。
 「協力隊でアフリカで井戸を掘っていた人の家族で…」。海外青年協力隊って単身赴任じゃないの? 協力隊で自分で井戸掘りなんてする? 
 こういうので、みんな誤解していくんだろうなぁ。  逆に喧嘩シーンの多い映画で、パート1では鉄棒やバットでの殴りあいだったのが、続編では、「喧嘩は素手だろ」「喧嘩にも限度があるでしょ、限度が」なんてセリフが出てくる。
 教育的配慮かな。たしかに、こういう啓蒙のほうが、学校なんかより浸透する気がする。昔、漫画に出てきたものって正しいことが多かった気がする。
 こういうところはいい加減にならないで欲しいなぁ。


 
 8月17日<タイミング>
 「よーし、ちょっとおつまみ充実させよう!」ってことで、作ったことのある小鉢などをまとめて仕込んでみた。レバーしょうが煮、ひじき、ニガウリ、焼きナス、ポテトサラダ…。
 まぁ、よくあることなのだが、こうして準備ばんたんってときにかぎって、お客さんが来ない。もしかして、みなさんお盆休み?
 逆に、昼お客さんがたまっているときに、特別メニューのオーダー。「ごめんなさい、今ちょっと無理です」。
 こっちもタイミングが問題。もう少し早い時間か、30分遅かったら、喜んで作ったのに。
 こういうのが、きっちりはまったときって、とっても気持ちがいいんだけれど。
 仕方がない、きっとまたよくなることを期待して、
がんばろう。

 
 8月13日<土砂降り、洪水、停電>
 未明の3時くらいからかなりひどい雨。雷もなっている。
 いつものように6時に市場へ向かうが、バヤコーンGHから先、サムセンタイへ向かう道が洪水状態。歩道の上まで水があ上がっている。こんな状態になるのは、ひさしぶり(Yulalaさんは大丈夫かな?)。
 トンカンカム市場へ着いたが、いつもと雰囲気が違う。停電していて市場が暗い。おばちゃんたちはテーブルにろうそくを立てて仕事をしている。
 ちょうどお盆、なんとなく墓地を思わせる雰囲気。暗いので、品定めも、お金のやりとりも困難。
 雨のせいだろう、店を開けていないおばちゃんも多く、買い物客も少ない。
 たしかに、この雨なんだから、遅くに来てもよかった気もする。
 でも、それってラオス人の遅刻の言い訳「雨が降ったから遅くなった」っていうのと同じじゃないか。あぶないあぶない、私もすっかりラオス人。

 
 8月11日<裏メニュー>
 いままで、お客さんに言われて、いろんなものを出してきた。メニューに載せてないけど、張り紙に書いて出したメニュー。一回限りでのもある。
 たとえば、ラーメン、魚の煮付け、おろしぶっかけ、レバニラ炒め、ひれかつ、冷奴、焼きなす、マンゴープリン…。最近よく作るのは、ひじきやポテトサラダ。
 まったく張り紙にも書かずに出していたものも。本当に隠れメニュー。
 レバー生姜煮や五目チャーハン、オムライスは暇な日に来た常連さんに頼まれて何度か作った。宴会には巻き寿司、鮭のり弁当もあったなぁ。
 逆にメニューにあるけど、あまり出せていないのが、串かつ。よくオーダーしてくれていた人が帰国して、注文がほとんどなくなってしまったので、ついつい仕込むのをサボってしまう。たまに、注文されるとごめんなさいという状態(今は仕込んである)。
 メニューからはずして、これも裏メニューの仲間入りにしたほうがいいんだろうな(裏メニューや食べたいものは先に言ってもらえればできるものもあります)。

 
8月10日 <ラオスの愚痴>
 普段、私も「ラオスのここがダメだ、どうしてこうなんだ」なんて、愚痴ることはよくある。飲みながらお客さんともそういう話をすることもしばしば。
 でも、なぜか初めてのお客さん(旅行者)からラオスの悪口を聞かされると、なぜかむっとしてしまうことがある。
 紙幣に関して、分かりにくいという話は何度も聞く。ラオ数字の2が6に見えたり、1が9に見えたり。お札の色も20,000と50,000は同系色、10,000と2,000も同系色なので、間違えることもある。
 「分かりづらいね」って言われるのはいいが、そこで、「タイはいい、バーツは分かりやすい、値段もバーツなら分かりやすい」なんて続けられると、もういけない。
 ここはラオスなんだから、タイと比較するな。ラオスの通貨を使うのは当たり前。タイがいいなら、タイへ行けなんて…。
 これって、どうしてなんだろう…。

 
8月8日 <沈没してる人たち>
 沈没とは、旅行者がどこかの土地で移動せずにずっと居ついてしまうことをいう。
 バンコクやインドの安宿には多くいるらしい。旅行記など、私も好きでよく読んでいたが、その中にもよく出てきていた。そんなのもいいなぁ、なんて思ったこともあったのだが…。
 ラオスで仕事をしていると、同じように沈没している人を見かける。若い人だと「なんかもったいないなぁ」って思ってしまう。
 旅行しているのだから、それなりに時間とお金があるのだろうが、一番仕事を覚えられる時期、仕事のつらさも楽しさも経験できる時期だと思うのだが…。
 逆に手に職をつけて、自分で時間を作りながら旅行している人や、何かを探している人はいいけれど。
 充電ではなくて、放電期間になってなければいいなと思う。でもこれって、ただ、私がうらやましいだけなのかも…。

 
 8月5日<ラオス人の食事>
 先日の宴会、日記にたくさん作りすぎたと書いたら、参加していたラオス人の方からコメントをいただいた。
 「坂野さんもラオス人化して、たくさん出してくれたなぁ」と思ったそうだ。
 中国では、食べきれないほど出して残すのが礼儀だ聞いたことがある。全部食べると、食事が足りなかった、満足しなかったということになるらしい。ラオスでもそうなのだろうか?
 ラオスの宴会にほどんと出たことがないのでよくわからないけれど。たしかに、昼のまかないで食べるもち米はいつもたくさん蒸す。そしてみんなが残す。ティプカオにいっぱい入っていないとダメなのか? もったいないと全部食べようとしている私はラオス人から見るとどうなのか? だから太る。 今は残ったものは、捨てずにまた一緒に蒸しなおして食べている。とくに今年はもち米の値段がとっても高いのだ。
 とはいえ、食堂のご飯は、宴会とは違う。たくさん作りすぎるのも、ラオス人化したのとはちょっと違う気もするけど…。

 
7月31日 <ベトナム旅行>
 31日からベトナム旅行。もちろん、私ではなくて、
行くのはうちで働く大学生(うらやましい)。
 メコン流域の学生の交流会のようなものらしい。だいぶ前から聞いていたのだが、別にワクワクもソワソワもしているようにも見えない。
 これは彼のキュラだからなのか、隣のベトナムだからなのか。当日朝も8時に空港集合だというけど、普段着のままそのまま出かけていった(着替え等の荷物はどうした?)。
 10日間いないが、従業員のローテーションをどうしようか最初のころは考えなければいけなかったけど、今はほっといても勝手に彼らで穴埋めしてくれている。
 「私がいない間の給料は、代わりに仕事をしてくれる彼にあげてください」とまで言われてしまうくらいだし。
 ちょっと餞別をあげたけど、みんなにお土産を買ってきてくれるかな?


<団体さま>
 夜、15人の団体さまのご予約。高校生ということで、アルコールはなし。宴会ではなくて、食事のメニューを組む。
 高校生だから、たくさん食べるかななんて思いながらカレーをメインに、あれも、これもつけてなんて仕込み始めたら、また、やってしまった、作りすぎ。テーブルに出しても、まだ裏に残りが…(作りすぎって怒られた)。
 食事だけなので、夜8時前に帰られて、以降は通常営業。誰か飲みにきてくれれば、作りすぎたものを食べてもらおうと思っていたのだが、そのあとお客さんゼロ。
 従業員といっしょに食べるしかない。でも、従業員はサラダなんかには目もくれず、とんかつ、ソーセージ、果物など、好きなものだけとっておしまい
(まあ、捨てるわけではないから、いいんだけれど)。
 食事のとき、「これだけ?少ない」って思われるより、「わあ、いっぱい」って思われるほうが好きだから、こうなってしまうのかも。

 
 7月27日<ニガウリ>
 苦瓜が市場で売っているのは、知っていたが、なかなか買おうという気にはならなかった。日本でもほとんど食べたことがないっていうこともある(ゴーヤチャンプルーぐらいか)。
 いつもカレーを仕込んだ後に食べに行く、中華料理屋にニガウリのサラダがあり、頼んでみたら、これがうまかった。そうか、こういう食べ方もあるのか。
 試しに買って試してみた。塩で苦味を少し抜き、炒めて食べたらかなりうまい。常連さんのひとりに試食してもらったが、好評。
 ビールのつまみにGOOD。で、つまみの新メニューとしてだそうかなと思っていたら、まかないで食べていいかと聞かれ、スープの具となって出てきた。
 一人は苦くて食べられないと言っていたのだが、何度か食卓にのぼるうちに食べられるようになった(好きになったのか、それともみんなが食べているから自分も食べなきゃって思ったのか)。
 というわけで、買ってきたニガウリはほとんどまかないで食べてしまい、お客さんに出せずにいる。
 今日、ようやくメニューに貼った。食べてくれる人はいるかな…。

 
7月25日 <雨漏り>
 雨季に入り、かなりひどい雨が降る日がある。
 すると、今年も雨漏りし始めた。あーあ。
 2006年、私が来た年。雨漏りする場所を応急処置。2007年、いろんな場所で雨漏り。応急処置では間に合わない。屋根全体をシートでおおい、しのぐが、すぐに痛みダメになった。
 2008年、屋根をトタンでおおう。かなりお金がかかったが、ようやく雨漏りの心配がなくなった(と思った)。2009年、雨漏りなし(平穏な年だった)。   2010年の今年、雨漏り。トタンでおおっているので、どこから漏っているのか分からない。左官屋は隙間から漏っているはずだから、トタンを一部張り替えるという。とはいえ、漏っている原因が分かってないので、かなり心配。雨漏りが増えないことを祈るばかり。
 3ヵ月の保証をつけるというけど、1年じゃないのか! 修理しても2年でだめになった屋根。5年、10年もつものはできないのか…。
 耐久性があるものを作ると、次の仕事がなかなかないけれど、すぐに壊れれば修理が発生して、仕事ができる。
 日本も道路を掘って埋めての繰り返しをやっていた(今でも同じか?)。特に年度末。
 日本もラオスもやってることは似たようなものって気もする。これって、もしかしていい社会なのか…。


 
7月23日 <五目チャーハン>
 チャーハンがおいしいという店に行っててみた。たしかにおいしいが、具に野菜がなく、肉(ラオス版チャーシュー)が目立った。
 うちのチャーハンだって悪くないと思うが、具をちょっと変えてみようか。ということで五目チャーハンに挑戦。
 まずは、煮豚。ラーメンで仕込んだことのあるが、ちょっと味を濃い目にして。ニンジン、タマネギ、シイタケ。もうひとつ何か欲しい。
 市場で、干しエビ発見。かなりしょっぱい。塩抜きして使うか…。ソムムー(ラオスソーセージ)もいいなんて話も聞いたけど…。
 なんて、ことをしていたら、いつのまにかかなり日がたってしまった。このメニュー、いつになったら出せるかな。
 試食してくれる方は…。


 
7月21日 <ポテトサラダ>
 最近の定食のおまけの小鉢はポテトサラダ。
 最初は私が作っていたのだが、今は調理補助の子が作っている。初めて一人でやらせたときは、ゆでた水が残っていてベタベタしていた。どこが悪かったか教えたら、次はちゃんとできた。お客さんに試食してもらったら、「もうちょっとコショウを利かせるといい」とのアドバイス。
 しばらくすると、私がなにも教えなくても、もう一人の子もできるようになった。ラオス人は普通、横のつながりが薄いので、ちょっとびっくりした。
 ラオス人は上の人から言われたことは聞くが、それをまわりに教えることが少ない。だから、何か注意する場合は、一人に言ってもダメで、全員に言わないといけない。特に今回は、年下の子が先に作れるようになったのだ。
 今日は、マカロニサラダを作った。これも、近いうちに作れるようになるかな。ちょっとずつでも新しいことを覚えていくようになってほしい。


 
7月20日<常連さん、ぞくぞく帰国>
 先月、常連さんの一人が転勤で帰国すると聞いた。「あー、さみしくなるなぁ」と思っていたら、別の方は体調を崩して、帰国。デングでバンコクへ行かれた方も…。もともと中期の出張でいらしていた方も予定通りに帰国。
 なんだか、いっぺんに皆さんいなくなっちゃった感じがする(それこそ、飲み仲間がいなくなってしまったなぁ)。
 次回、戻ってこられるときを、なにか新しいおつまみでも考えながら、待つとしようか。


 
 7月18日<夜中の停電>
 日曜は朝からカレーの仕込み。
 早く寝ようと思っていたが、遅くになってバタバタしていて、寝付いたのは12時ごろ。
 しばらくしたら、暑くて目が覚めた。停電で扇風機が止まっている。時計を見ると夜中の1時。しばらく待ったが回復しない。お客さんは大丈夫かなぁと思いながら、下へ降りてみると、外はまっ暗。かなり先まで停電しているようだ。
 しばらく待つと、隣のブロックは回復したが、うちのブロックだけは回復しない。修理に来る気配もない。待つしかない。つらいなぁ。
 朝までこのままかなぁと思っていたら、2時すぎにようやく復旧。雨が少なくてて発電量が足りないのか(ダムの水もほとんどないらしい)、輸出しちゃって残りが少ないのか、郊外では毎日停電しているところもあると聞く。
 今年は暑い季節が長くて、雨も少なくて、停電も頻繁にある。デング熱もはやっていて、病院は廊下まで点滴をしている人が並んでいるそうだ。
 今年は、かなりきびしいなぁ。

 
 7月17日<団体はお断り…>
 どこの国の人も、大勢になると騒がしい。レストランは別にいいのだが、ゲストハウスの宿泊客だとかなり迷惑。
 おととい、4人で2部屋利用でチェックイン。初日はまだよかったが、昨夜は最悪。昨日チェックインした客が合流したのがよくなかったようだ。
 夜10時過ぎベランダで飲みだした。飲んで話をしているだけなら、まだいいが、大きな音で音楽をかけはじめ、しかも扉を開けたまま。
 一度注意しに行ったのだが、しばらくしたら、また音量を上げている。12時になろうとしているのに、うるさくて眠れない。再度注意しにいったら、やっと止めてくれた。
 朝、チェックアウトしたあと、部屋の掃除に入ってびっくり。窓ガラスが割れている。従業員が急いで、お客さんを連れ戻したのだが、そのまま何も言わないつもりだったのか…。
 以前にも6人で泊まったお客が、夜中の2時ごろに騒いで大変だった。大勢で騒ぎたいなら、外の飲み屋でどうぞ。宿では静かにしてください(大勢でなくても、中国人は2人でもうるさいけれどね)。

 
 7月11日<お店の入れ替わり>
  ビエンチャンは本当によくお店が変わる。
 たまに、街中を自転車で回ると壊してる店、建ててる店がたくさん目に付く。
 私は一度も行かなかったが、(超?)高級日本料理&カラオケ屋さんも閉店(あんなに高い値段で、誰が行くんだろうと思っていたけど…)。近所のベトナム料理屋も移転。こちらは中級ホテルの1階に移ったようだが、外からは入りづらそう。
 前にお店のあったところには、イタリア料理屋が早々にオープン(店の前の看板は変えたほうがいいのでは…)。川沿いにKFCの看板。これは本物? まがいもの? 前に1度だけ入ったことのあるマッサージ屋、ここも閉店。
 ビエンチャン中心部の家賃は決して安くはない。お客が来なければ、さっさと止めて次へってことなのだろう。
 壊して、建てての繰り返し。もったいないようだが、そのたびに建築費が支払われるのだから、経済効果はプラスなんだろうけど。

 
 7月9日<修理のコツ>
 洗濯機がこわれた。
 全自動洗濯機で、水が水槽にたまらず、そのまま流れ出る。前に使っていた2槽式なら構造は簡単で、分解もある程度できた。
 保証期間もとうに過ぎているし、どうしよう…、いつもエアコンなどを修理してくれている電気屋さんに電話すると「ごみがつまってるだけだろうから、裏を開けて掃除しろ」とのこと。
 言われたとおり開けてみるが、さっぱり分からない。結局、来てもらって、作業を見ていたのだが、排水管をはずして、中を掃除(ゴミがたまって固まっていた)したら直った。
 電気制御の部分ではなくて、機械的に水を止めている栓の部分。どこをはずすのか全く分からないけれど、一度見てしまえば、この程度なら自分でも対処できる(全自動だって、こういうところの構造は簡単だった)。
 エアコンもそう。何度も修理を頼んでいるので、動きが悪くなったら、どこをチェックすればいいかは分かってきた。こうして私は少しずつコツを覚えていくのが、うちのスタッフは少しは覚えたのだろうか?
 他の人がやってくれるからいいではなくて、少しは自分でできるようになろうって気になって欲しいのだが…

 
 7月8日<飲みグセ>
 2ヵ月ほど前から、お客さんと店でビールを飲む機会が増えている。
「手が開いたら、飲みましょうよ」と誘われて、私もニコニコご相伴にあずかっている。
 それが、週に1回あるかどうかだったのだが、ちょっとずつ回数が増えてきた。うちの子たちからは、「また今日も飲むの?」なんて言われるのだが(私が飲みはじめると、彼女たちの仕事が増えるから、ちょっと嫌そう)、お客さんに誘われれば、やっぱり飲むことになる。
 ところが先週、今週と、誘ってくれるお客さんが仕事で来れなくなったりして飲む機会がない。店を閉めたあと、なにかものたりない。うーん、軽く一杯飲もうかなって一人でも飲むようになってしまった。これは悪い習慣になってしまうのだろうか、それとも軽いストレス発散でいいってことにしてもよい?
 通風は大丈夫だろうか、ちょっと心配なんだけど…。

 
 7月7日<VISAはいつ出来る?>
 1ヵ月待てと言われていたVISAの更新。1ヵ月たっても出来てこなかった。
 予想通りなのだが、やっぱりつらい。今回もまた1ヵ月の延長VISA。買い物にノンカイへ行きたいのだが、VISAが切れてしまうため、出てはいけないと言われた。
 別にタイへ行かなくても、生活はできるが、ラオスから出てはいけないといわれると、かなりきゅうくつな感じがする。
 1ヵ月たってもまだ処理が終わらないなんて…? いったいいつになったらできることやら(お金払ってるんだから、さっさと処理してよ!)。

 
 7月4日<おいしいお店>
 日曜しか外食できない私より、いつも外食しているお客さんのほうが、いろんなお店をしっている。
 「あそこのサンドイッチはおいしい」「他はダメだけどハンバーグだけはおいしい」「ラオ人が並んでいるあの店はチャーハンがおいしいし、他のものもはずれがない、しかも安い」「イタリアンならどこ…」
 なんて話をいっしょに飲みながら聞いた。最近、日曜も店で食べるか、決まった店しか行かくなってきている。
 今日は、聞いたお店に食べに行ってみよう。新メニュー、味の向上の参考になるかな。

 
7月2日 <日本人との接し方(扱い方?)>
 今日、ひさしぶりに従業員を怒った。
 何か失敗したとか、壊してしまったとかは、「あーあ」って感じであきらめられるのだが、やっちゃダメって言ったことを、何度も繰り返すと…。
 他に従業員もいたけれど、「まだわからんのか!」
 今月の給料カットだなんて思っていたら、早々に謝りに来た。ちゃんと自分から謝りにきたのだから、許すしかないか…。うーん、こいつはかなり日本人の扱い方に慣れてきたようだ。
 ラオス人が学ばなければいけないのは、たとえば…。
 日本人に対して、出来ない予定を約束するのはNG。なんの見込みもなくて、いついつまでに出来るなんて約束をすると、いらつかせ、信用を失うことになる(まぁ、ラオスにしばらくいると、ラオス人のいう予定は誰も信じなくなる。明日の約束が2、3日後になり、1週間でといったことが1カ月になる。となりの建築は6月に終わるといっていたのだが、いまだに屋根もできていない)。
 逆に、約束した期日を守り、また出来ないことは出来ないというと、信用してもらえるようになるだろう。
 そして、言い訳をするのはNG、素直に謝れば、たいてい許してくれるというのも、ラオス人が学ぶのは難しいのだが、分かってきたようだ。