2011年の日記


 ★トップページに戻る

★2010年後半の日記
★2010年前半の日記
2009年後半の日記
★2009年前半の日記
★2008年後半の日記
★2008年前半の日記
★2007年後半の日
★2007年前半の日記
★2006年の日記

 12月23日<ランチビュッフェ>
 従業員がどこかから、コプチャイドゥのランチビュッフェのただ券をもらってきた。私にくれるから、行って来いという。
 ビュッフェは月曜から金曜なので、日曜にゆっくりというわけにはいかない。今日のまかないは、カオピアック。午後1時、ちょうどお客さんも途切れた。早速、行ってみた。
 従業員にチケットを見せるが、なんだかわかっていない様子。、使えるのか不安もあるが、お金を払うとしても45,000キップだから、まあいいか。
 3人目の従業員が、ようやく理解してビュッフェへと向かう。料理は、チャーハン、野菜と肉の炒め物数種、サラダ、カオプン、フライドチキン、バーベキュー、それにナムワン(ラオスのあんみつ)というあたり。
 すしと書いてあったが、サーモンの切り身とカニカマが皿に乗っているだけだった(さしみと書け!)。
 びっくりするほど、おいしいわけではないが、まずくて食べられないというものもなかった。バーベキューの肉がほとんど生なのがあったが、そこはビュッフェ。それは捨てて、新しいものを取ってきた。
 ビュッフェは、客が自分で給仕するため、従業員の数を減らすことができる。人件費が節約でき、多少いいものを出しても儲かるというけど、ラオスの人件費はとっても安い。
 サーモンや牛肉ばっかりたくさん食べたら、原価を超えるのでは?


 
12月22日 <カレーの出ない日>
 今日は、カレーが一食も出なかった。こんな日はめずらしい。というか、開店以来、カレーの出なかった日は3日あったかどうかだと思う。
 年末になって、常連さんも帰国。日本人の観光客も、まださほど多くはない。私も年末は一時帰国の予定。
  私がいない間もカレーは食べられるように仕込んでおくつもり。
 日本もかなり寒いようだが、ラオスも寒い日が続いている。カレーを食べて暖まってほしいな、なんて。


 
 12月19日<風邪>
 ちょっと風邪をひいたようだ。のどが痛い。気温がぐっと下がり、それが少し緩んだところで気を抜いたのがいけなかったようだ。
 薬局に行って、のどが痛いので薬をといったら、2種類出してくれた。一日何錠飲むか聞いたつもりだが、「これは喉の薬。こっちとあわせて飲む」という説明だけが繰り返される。
 「食後に1錠ずつ飲めばいいや」
 のど飴もあったので、一緒に買ってきた。 
 宿にもどると、お客さんから風邪薬ならあるから分けてあげるといわれ、それももらった。一緒に飲むのはやばそうだけど。
 ほんとは1日寝ていたいのだけれど、そうもいかず。仕入れはあるし、クレームもあるし、普通に店もあるし…。
 薬のおかげで2日でだいぶ回復。病気で何にも考えずに寝ていられる日が恋しくもある。でも、それがほんとに幸せな状況なのかは、わからないけど。

 
 12月16日<新2,000キップ札>
 市場で、いままで見たことのないお札をもらった。新2,000キップ札。2011と入っているから今年のお札。
 今までのものより一回り小さく、色合いも水色っぽいぱっと見たとき、おもちゃのお札?なんて思ったが、市場で使われているのだから、本物だろう。
 以前にでた1,000キップ札は、いろいろクレームがついて、発行が中止されたようだが、これは大丈夫かな?
 今まで、お札の大きさが一緒(1,000キップだけちょっとだけ横が短いけど)だったので、初めての人は同系色のお札は間違いやすかった。これは、小さい分だけ見分けやすくなったのは確かだが。
 ぼろぼろになったお札をテープではって使っているけど、さっさと回収して、新しいお札になってもらいたいものだ。

 
12月14日 <夜行バス>
 うちのゲストハウスでもバスのチケットを扱っている。バンビエン、ルアンパバーンのバスはそこそこ利用客もある。
 ルアンパバーン行きの夜行バスの手配をした。バス会社のタイムテーブルには20:30発となっているが、電話で確認したところ19:30発に変更になったそうだ。
  バスは街中のゲストハウスをまわって、お客さんをピックアップするので、時間より早くくることもあれば、遅れることもある。だから30分前には待っていてほしいと言っている。
 ところが、今日は18:00に迎えに来た。1時間半前って早すぎ! お客さんは、どこかへ出かけている(当然だよな)。
 ピックアップに来た運転手、そしてバス会社からも客はどこだと言われる。6時にピックアップなんて、誰も聞いてないぞ。
 ビエンチャンの町は小さい。行きそうな場所を探しに出かけた。食事か買い物をしているだろう。空港側へ歩いて行ったというので、コンビニかスーパーとめぼしをつけた。予想通り、HOME IDEALにいた。よかった。
 のんびり買い物をしているお客さんをせかして、GHに戻り、なんとか無事にすんだ。食事時、レストランにお客さんが少なくて、今日ばかりはホッとした。


 
12月13日<衰え>
 先週始めたキャッチボール。
 ちょっと肩が痛いけど、まあぼちぼちよくなるだろうと思っていたのだが…。今日は、まったく投げられなくなってしまった。先週末、力を入れて投げたのがよくなかったのだろう。
 昔より、かなり筋肉が落ちているのは、感じていたが、もうボールも投げられなくなってしまったのかと思うとかなりショック。
 たしかにラオスに来てから、ほとんどスポーツをしていないのだから、衰えても当然なのだが。
 歳をとって、こうやっていろんなことができなくなっていくのかな…。

 
12月10日 <団体さま>
 木曜の夜からレストランに韓国人の12,3人の団体(子供もいる)が来ている。テーブルはほとんど埋まり、後からきたお客さんが「こりゃダメだ」と帰ってしまう状態(申し訳ない)。
 で、彼らの注文は、チャーハンやカオピアックばかり。うちの一番安いメニュー。裏はいそがしくて、次から次へとチャーハンなどを仕上げるが、売り上げはさほどでもない…。それでも、これだけ数があれば、ちりも積もれば、ではあるが…。
 それが、今日まで3日続いた。どうやら安さが気に入った様子。この状態、従業員が不機嫌。まかないに食べようと思っていたカオピアックまで売り切れる。それじゃチャーハンと思っても、卵もご飯も残りが少ない。そして、やっぱり疲れ、文句まで出る始末。おーい、大変なのは、きみだけじゃないんだぞ!
  月曜日、彼らはまた来るのかな?

 
12月6日<キャッチボール>
 日本からグローブを持ってきたというので、キャッチボールをすることになった。
 場所はメコンの護岸工事でできた公園。広くて、人もいなくてキャッチボールにはもってこいの場所(なに作ってるんだ?って思っていたけど、この公園はGOOD)。
 ボールを投げるのは5年ぶり。準備運動もほとんどやらずに、始めてしまったら、思っていた以上に衰えている。体が回らない。ボールが指にかからない。おっかなびっくりって感じ。
 久しぶりの運動で、20分でへばってしまった。
それでも、やっぱり気持ちいい! これからしばらく時間が合えば続けていきたいのだが、キャッチボールは一人ではできないんだよなぁ。


 
 12月4日<おっとびっくり!>
 日曜、カレーの仕込みのあと、常連さんに誘われて、ご飯を食べにいくことになった。ちょうどよいから、従業員の女の子2人も連れて行ってくれるという。外食をほとんどしたことがない二人。だいじょうぶかな?
 店に入ってオーダー。やっぱり緊張している様子。なんでも食べていいよといったら、自分でメニューを見てオーダーをした。
 一人はサーモン。一人はステーキを頼んだというが、ステーキの値段をみてびっくり。一番高いステーキセット(うちのカツカレー10皿以上食べられるぞ。冗談でしょ)。
 これは、ちょっと勘弁、隣のにしておくれ。ウエイトレスを呼び、オーダーを変えてもらったが、「もう焼いてます」って言われなくて、ほんとによかった。
 値段を見ていなかったそうだが、こちらで確認してまとめてオーダーすればよかった。
 私はカツカレーを頼んだのだが、こちらも、びっくりするくらいまずかった。どうしてタイ人がつくるカレーはこんなんなんだろう?(ラオス人は日本風のカレーが好きではないと聞くが…)


 
11月24日 <ベッド>
 ダブルの部屋のベッドがへたってきたので、買い換えることにした。中華マーケットへ行ったのだが、サイズがない。
 うちのベッドは200cm×210cm。200cm×180cmなら在庫はあるが、他のサイズは受注生産だという。とはいえ、2日でできるというので、他に探しにいくのも大変なのでお願いすることにした。
 宿に帰って心配になった。ベッドをどうやって部屋に入れる? 階段は入り口は高さが190cmない。ベランダは縦も横も200cmない。扉はかろうじて200cmちょうど。どうしたものか…。
 ベランダの柱を一つはずせば、そこまでは上げられるが、せまいベランダから、扉を抜けられるだろうか…。
 今のベッドは、どうやって入れたのだ? 前のは材質が柔らかいものだから、折りたたんだ?(新しいものはスプリングが入っているので無理)
 今朝、市場よりベッドが届いた。お客さんにも手伝ってもらい、ベランダにあげたら、すんなり扉も通り抜けた。案ずるより生むが安し(柱は1本はずしたけれど)。
 ベッドは入ったが、はずした柱はどうしよう…。きっちり戻るかな。
 
 11月22日<煮込みカオピアック>
 毎朝、うちの前に屋台のカオピアック屋が来る。おばちゃんが「カオピアック」と店に向かって声をかけていく。うちはレストランだって。カオピアックも売ってるって。
 と、思っていたが、実は、従業員がしばしば買って食べているのだった。
 うちのカオピアックと、何が違う? 別に朝のまかないにカオピアックを食べるなとは言っていないし、実際食べているのに。
 どんなものなのか、のぞいたら、従業員が分けてくれた。麺は太麺(うちで使っているのの3倍くらいかな)。スープは、麺が溶けてとろみがついている。
 屋台で鍋に麺を入れたまま、歩いているのだがら、煮込みうどん風になっている。細麺だと溶けてなくなっちゃうだろう。
 味は、そこそこうまい。びっくりするほどでもないが、とろみがやっぱりよい。一袋、3,000キップ。安いけど量も少ない。従業員はいつも2袋買って食べているようだ。


 
11月21日 <見ているようで・・・>
 朝、いつものように市場で買い物。最後は卵。いつものおばちゃんのところ。
 卵を選んでいると、突然おばちゃんが叫んだ。「かばんがない!財布が入ったかばんがない!」
 仕入れやおつりのお金が入っていて、かなりの金額がなくなったのではないか。青くなるとは、まさにこのようなことをいうのだと実感。
 隣のおばちゃんも、そこらにいる人たちに聞いても、誰も知らない。ついさっきまで、目の前の机の上に置いてあったが、しゃがんで、作業をしている間になくなったという。
 私が来たとき、かばんってあったっけ? 覚えていないなぁ。誰かが盗っていったのも見ていないから、もうなかったのかな?
 人がいっぱいいても、みな自分の買い物やお客さんに気を取られているから、分からないものなのだろう。
 ずいぶん前だけど、私が自転車を盗まれたのも、この市場。売り場の前に置いてあった自転車がなくなったことに、そこのおばちゃんも
駐輪所の管理人も誰も気づかなかった。

 
 11月17日<おいしかったっていわれても…>
 3人でご来店。どうもタイで働いている方々のよう。注文は、カレーが2つ、みそらーめんにぎょうざ、そしてスパゲッティ。
 他のお客さんの注文も混ざっているのかと思えば、この方々のだという。 予想通り、大量に食べ残しがある。あー、もったいない。
 この状態で、にこやかにおいしかったですと言われても、とっても複雑な気分。常連さんで、食の細い方は「ご飯少なめ」と言ってくれる
(それでも、うちの子が減らして盛ったものでも多いといわれることもしばしばあるの)。
 
タイでは、一皿の盛りがとても少なくなっていると聞いたことがある。物価が上がり、値段を上げるのではなくて、量を減らしているとか。
 そのつもりでオーダーしたのだろうか。そういえば、先日行ったお店も、ご飯の盛りがとっても少なかったなぁ。あれが、今のタイの標準?

 
 11月15日<新米>
 今年もようやく新米に。
 いつもの年よりちょっと遅い。天候不良の影響かな? カオニャオは1ヶ月前くらいに新米が出ていたが、カオチャオはなかなか新米が出てこなかった。
 半月くらい前に一度、「新米ある?」と聞いたらあったが、そのときは、買って帰る余裕がなく、次の週にはなかった。
 今日も、いつものってことで袋にいれようとしていたのだが、新米はないのと聞いたら、出てきた。
 どうも米屋のおばちゃんは、古米を売りたがっているようにも思う。新米は水分が抜けていないので、普通に炊くとベチャベチャになってしまう。米をといでいるときから、その違いがわかる。水をかなり減らして炊いたが、それでもかなり軟らかく炊き上がった。
 試食。やっぱり色つやはよく、新米、うまいなぁ。

 
11月12日JAPAN FESTIVAL
 金曜、土曜の2日間、文化会館でジャパンフェスティバルが開かれている。飲食ブースの他、各種イベントが行われている。
 うちにも、飲食ブース出展の案内が来たが、店とブース、両方やるだけの、設備も人もないので、今回も見送った。
 午後2時、休憩時間に見に行った。とりあえず、ぐるっとひとまわり。お店によく来てくれる方々もいて、あいさつしてまわる。
 イベントで、さぬきうどん試食、ワイン、日本酒試飲があった。うどんは売り切れ、かなり残念。こっちの粉で作ったものなのか、それとも日本から乾麺をもってきたのか…。
 
試飲は酔っ払うわけにもいかないので、天狗舞を一口いただいてあとは我慢。菓子を従業員のお土産に買って帰った。
 震災の写真数点と、ビデオを流しているコーナーがあったが、椅子がなかったので、ビデオをじっくり見るという感じではなかったのが、ちょっと残念だったかな。
 

11月9日<従業員の家族>
 タートルアン祭りのため、サワナケットの田舎から従業員の親戚が出てきた。おばあちゃんといとこの子2人。カオニャオやタケノコ、干し魚などをたくさん持ってきた。早速、まかないはゲンノーマイ(食事を持参してきたようなものだな)。
 
いとこの一人は16歳の女の子、店の手伝いに使われている。お客さん扱いはしてもらえない。皿洗いから掃き掃除、先輩の指導のもと監視つきでやっている。
  上下関係、厳しいなぁ。遊びにきたはずなのにねぇ。でも、こうやってしつけられて、いろいろ覚えていくんだろう。
 
日本じゃいま、こういうふうに学ぶことはあるのだろうか…。

 

11月5日<情報の食い逃げ>
 ネットのニュースに興味深い見出しを見つけた。「バンコクの有名日本人が激怒! 飲食店で情報だけ得て注文せず帰る客に不快感『いい加減にして』」というもの。
 また、こちらでコンサルティングをしている人の話だが、「ラオスのビジネスについて、お話を伺いたいと言われ、仕事の依頼として受けるのだが、あれこれ聞くだけ聞いて、契約せずに帰る人がいる。そういう人を、情報の食い逃げと呼んでいる」
 うちでも、たまにいる。レストランで注文もせず、情報ノートだけ見ている。注文してくださいというと、じゃあいいですと出て行く。ちょっと道を尋ねるとかだったらいいのだが、食事もせず、あれもこれもといろいろ聞くだけの人は…。
 先日も、列車のチケットを聞かれ、従業員が問い合わせていた。運行はしているようだがと答えると、「ほらね、大丈夫じゃない」と連れに言って去っていった。
 
チケットの注文ではなくて、たんに列車への洪水の影響を知りたかっただけのようだ。情報はただっていうのは、ネットの影響か…

 
 
 11月2日<ボケてる>
 
いただいた予約メール、日付をすっかり勘違いしていた。11月と書いてあるのを1月だと思い込んでいた。
1月なら、私は不在だな、記載不明な点がありどうしたものかな、なんて思いながら返信した。年末は不在と書いた。
 
そう思い込んでいたものだから、再度メールをいただいたが、日付をまったく確認しなかった。
 よく見ると、自分のメールにはちゃんと11月と書いている。完璧にぼけている。
 週末の葬式疲れか…。いつもなら部屋は空いているのだが、今日はめずらしく早々に満室。空きがない。
 本当にごめんなさい。
 ぼーっとしていないで、しっかり仕事をしないと…。本当にごめんなさい。

 
 11月1日<洪水の影響>
 市場にトニックウォーターを買いにいった。いつも豆腐などを買っている店。「数本だったらあるけど、ケースは売り切れ」と言われた。次の店にもない。その隣を見に行こうとしたら「この市場のどこにもないよ。タイの洪水のせいで、ものが入ってきていないから」と言われた。
 
こりゃ困った。タイから入ってきているものって、かなり多い。それが徐々になくなっていくってことなのか?
 
そういえば、日曜、コンケンのTESCOに行ったが、空いている棚が多く、品数が少ない。おかげでほしいものがぜんぜん買えなかった。
 ウドンタニーやノンカイのほうがあるじゃないかと感じたが、商品が届いていないということだったのか。
 うーん、洪水から回復するまで、まだかなりかかりそうだし、どうしたものか…。

 
10月30日<コンケン>
 2年ぶりのコンケン。街の広がりを感じた。新しいホテルもでき、レストランも増えている。道路も整備され、幹線道路沿いにロビンソン(ショッピングモール)もできていた。
 夜7時半発の郊外へ向かうバスも満席。仕事や遊びで街にきて、夜に帰宅か街とは、そこに住む人だけではなくて、日々、外の人が出入りすることで、大きくなっていくんだなと思う。それに伴い交通網も整備される。
 
ビエンチャンは…、まだまだそんな感じがしない。郊外にレストランなどもできているが、隙間があって「街外れ」という感じがする。
 急いで大きくしようとせず、ラオス人らしく、のんびりやればいいと思うのだが、それはやはり、よそ者だからだろうか
…。
 
10月29日<コンケンへ>
 朝、タイのコンケンから電話があって、連絡してくれとの伝言を受けた。
 突然かかってくる電話は悪い知らせのことが多い。
いやな予感を感じながら、電話をかける。予想通り。昨夜、コンケンでお世話になった家のお父さんがなくなったという。
 火葬は火曜か水曜(通夜は一週間くらい続く)。明日の日曜は予定していたことがあるのだが、一週間先に行くというわけにはいかない。月曜にお客さんが来ることもあり、火葬には参列できないけれど、午後のインターナショナルバスでコンケンへ向かうことにした。
 2年ぶりのコンケン。2時45分発のバスに乗り、村に着いたのは夜9時だった。村はあまり変化はないようだが、人が減ったように感じた。
 2年前は多少体調が悪いと言っていたが、まだ元気だったのだが、2週間入退院を繰り返し、亡くなったそうだ。63歳。
バンコクで働いていた息子が一人、家にもどり介護をしていたという。いずれ自分も他人ごとではなくなる日がくるのだろうな。

 
10月28日<ルーク・シン>
 ルーク・シンとは肉団子のこと。カオピアックなどの麺に入れたり、揚げて甘辛いタレをつけて食べる。
 
市場には、豚肉、牛肉、合びき、大きさも小さいものから、ゴルフボールより大きいものまで、いろいろ売っている。うちで売っているフー、カオピアックには、小さい団子を入れている。
 いつも不思議に思っていたのだが、大きい団子はどうやって食べるのだろう? 私の前にいたおばちゃんが、小さい団子と大きい団子を買っていた。両方買っているんだから、きっと使い道が違うのだろう。
 私も買ってみよう。もしかしたら、うちの子たちは知っているかも。で、まかないに肉団子。どうやって食べるのかなと見ていると、「小さく切ってカオピアックに入れる」という。
 それじゃ、せっかく大きいのを買ってきた意味がない。でっかいまま食べたいんだけどなぁ…。
 
いままで、大きいまま使っている店って見たことがない。どうやって料理するためのものだろう…。

 

10月26日<出前一丁>
 午前、仕入れに行ったら、店に「出前一丁」が置いてあった。中国製、1つ3,500キップ(35円)。海鮮、とんこつ、しょうゆ味の3種類あったので、今日のまかない用に2つずつ買った。
昼、どうやって作るか見ていると…。
鶏スープ(カオピアックに使っているスープ)で作っていい?」「全部いっしょに作っていい?」
 せっかく3種類、違う味のものを買ってきたのにどうして、別のスープを使おうとするの? 一緒に作ったら、味がまざるでしょ? 私のは、そのまま食べたけど、みんなは唐辛子を入れたり、マックナオを入れたりと、自分で味付けしている。
 たしかに、こちらのインスタントラーメンは味が物足りないのもあるので
そうすることはあるけれど、これは中国製だけど日清だから、そんな必要ないと思うのだが…。
 で、久しぶりの出前一丁。麺がやけに細い。出前一丁ってこんな麺だったっけ? 味も少し薄い。別にお湯の量が多すぎるとも思えないのだが、こちらの濃いめの味に慣れたせい? やっぱり中国製は日本のものと違うような気がする。
 従業員と食べるときはタイ製の1500キップのラーメンでいいか。

 
 
 10月22日<携帯電話>
 ラオスにはいくつかの携帯電話会社がある。電話機は同じでも、SIMカードを入れ替えて使う。料金はプリペイド。
 私はTIGOという会社を使っているが、先日、会社名をBeeLineと変えた。TIGOの前はTANGOという名前だったので、名前変更は2度目。
 会社名をかえるのは税金対策か?(カンボジアにもある携帯電話会社らしい。買収されたようだ)
 で、先週から電話がつながらない。ネットワークのトラブルだというが、すぐに回復すると思ったら、大間違い。一週間たっても、まだ一部しかつながらない。
 名前を変えて、ネットワークをいじったのだろう。そんなことするから、トラブルになる。
 ラオスに修復できる技術者がいるとも思えず、ネットワークのメンテナンスとなると、タイ製でもないだろうから、欧米からスタッフが来ないと直らなかったりして…。
 面倒だけど、SIMを別の会社に替えようかな。

 
10月21日<移転>
 しばらく前に、遼寧餃子館が川沿いに移転した。アヌーにあった2号店、やっぱり家賃が高いのかな?なんて思っていた。
 先日、突然スウェディッシュベーカリーが店を閉めた。お客さん入っていたのに、どうしてと思ったら、なんとサムセンタイ通りを超えてトンカンカムにいく道に移転し、早々に営業し始めた。
 毎日通っている道だけど、工事しているなんて、ぜんぜん気づかなかった。移転にともなう閉店期間はほとんどなかったと思う。すごいなぁ。こちらも家賃なのか、店が手狭になって改築するくらいなら移転ということなのか。
 たしかに、この前店にいったとき、トイレが壊れたままで、どうしたんだろうと感じたのだが、移転するから、そのままだったのか。
 同じ場所で改築するくらいなら、移転するほうが、営業も継続できるしメリットはある。
 セタティラート通りにあるマッサージ屋さん。最近はそこばかりなのだが、そこのおばさんが、同じ通りにもう1件マッサージ屋をオープンした。2件もすごいなぁと思っていたが、先日新しい店に行って話を聞けば、もといた店は契約でマネージメントしていたが、店が軌道にのったら、家主はあとは自分でやるからいいと追い出されたそうだ。それで、新しく始めたというが、パワーのある人だなぁと思う。
 うちもちょっとガタがきているところもある。移転する? でも、建築費、設備投資、ばかにならないくらいかかりそうだし…。

 
 10月20日<ラオスの本>
 ラオスが舞台の小説を借りた。
 松本清張「象の白い脚」。1969年のラオス、ビエンチャンが舞台。
 「世界で一番不思議な国」ラオス。今もある地名が出てきて、イメージがわく。サムロで移動する場面で時間がかかるためか、小説の中のビエンチャンは、いまより広く感じられる(建物は変わったが、通りや地名が変わっていないので、地図はいまとほとんど違いがないようだ)。
 ドンパランの歓楽街、阿片、汚職、協力隊の振る舞い…。解説にはフィクションのスタイルでかかれたドキュメントだとある。たしかに物語というよりは、ちょっと前のビエンチャンの姿が書かれたものだと思う。
 もう絶版で手に入れるのは難しいと思うが、ラオスの一面を知るにはおもしろい本だと思う。
 ラオスを舞台にした小説でもう一冊、「検死官…」(題名忘れました)というのがあったのだが、いつの間にか、本棚から消えてしまった。


 
10月19日<日本語の勉強>
 うちにいたサン君は、スピーチ大会で賞をとるくらい日本語ができた。もう一人いる男の子も、しばらく日本語学校に通っていたこともあり、こつこつ勉強を続けている。
 その影響なのか、下の女の子も勉強し始めた(テレビばっかり見ているのにも飽きたのかな?)。
 先輩にひらがなを習い、毎日ノートに書きながら勉強している。あいさつは言えるようになったが、発音と文字がまだ一致していないようだ。
  せっかく覚えたのだから、お客さんに言ってみろというのだけれど、恥ずかしいのか、いえていない。あいさつできるのは、常連さんの3人くらい(その人たちは、話しかけてくれたり、お土産をくれたりする人。だから、気軽に言えるようだ。お土産の力はすごい!)。
 こうして一人勉強し始めたら、男の子もまた頑張り始めたようにみえる。教えるためには、自分がしっかり分かっていないといけないからね。
 一緒に勉強すると、こういうメリットがある。
 「よし、私も負けずにラオス語を勉強しよう!」と言いたいところだが、なかなかラオス語の本に手が伸びず、文庫本に行ってしまう。競争しようなんて言ったら、絶対負けるだろう…。

 
10月18日<たばこ>
 自分ではたばこを吸わないが、別に周りで吸っていても、別に気にならない。
 うちのお客さんには喫煙される方も多い。扉も開けっ放しで、レストランも禁煙にはしていないので、言われれば灰皿を出している。
 それでも、お客さんが多いときには、喫煙される方は、気を使かって、外で吸ってくれている。
 とはいえ、そういう人ばかりではない。おもむろにタバコを吸いはじめたおじいさん、そのまま灰を食器皿に落とし始めた。
 やめてよ! それは食事するための皿、灰皿ではない! どうして灰皿をくれと言わない?
 洗えばすむという問題ではなく、気持ち、気分の問題。「灰皿出しますから、やめてください」とちょっときつく言ったら、そのおじいさんは店には来なくなった。
 それはそれで仕方がないか…。


 
10月17日 <景気>
 タイの洪水被害がニュースで流れている。先週、天気もよくなり、雨季も終わったかなと感じたのだが、また、雨の日が続いている。
 いつもの年なら、乾季に入り、観光客もどっと増える時期なのだけれど、今年は、天気も悪いし、観光客もいっこうに増える気配がない。
 世界的に景気も悪くなっているから、旅行にでる人も減っているのか、それともラオスはふたたび、忘れられた地域となってしまったのか…。
 バックパッカーはより安い宿を探して歩いているようだ。先日、白人の女性がうちのツインの部屋代70,000キップを見て、「なんて高いの!こんな宿泊まれない。ツインで50,000キップじゃないとダメ」といって出て行った(それじゃ、ドミトリーしかないだろうけど)。
 いつもの年なら、シーズンプライスに戻している時期だが、とてもそんな感じではない。
 気候も景気ももうちょっとよくなって欲しいものだ。


 
 10月14日<ポスター>
 イベントのポスターを店に貼ってほしい、と頼むまれることがある。柔道教室の参加者募集だったり、映画会の案内だったり…。
 今日も、1枚もらった。日本の大学が共同で主催するStudy In Japan Fairとかいうもの。
 タイトルと開催日時が英語とラオス語で書いてあるだけ。これっていったい何? 留学案内? もちろん、ラオス人向けだよねぇ。うちにご飯を食べに来るラオス人はほとんどいない。 もちろん泊まるラオス人もいない。まさか、うちの従業員向け?
 うちにはっても意味ないんじゃないのかなぁ
(スペースがあるから、はることははるけれど)。
 こういう誰に見てもらいたいのかわからないポスターはたまに来る。日本人向けのようだけど、ラオス語と英語表記で日本語がないのとか。逆に、うちにはりたいポスターはこなかったりする。たとえば、日本語スピーチコンテストの案内など、日本人が参加、見学したいと思うようなもの。
 ラオス人向けなら、市場にはってもらうのが一番いいと思うけど、そういうポスターをトンカンカムで見たことはないなぁ(今回のものは学校だろうけど)。


 
10月12日<オークパンサー>
 本日、オークパンサー。
 明日はボートレース。
 2,3日前から、天気もよくなり乾季に入ったかなという気がする。
 川沿いには屋台も出ていて、かなりの賑わいのようだ(私は見に行っていない。人が多くてうるさそうだし…)。
 この一週間は道も渋滞。明日のボートレースが終われば、静かになるだろう。
 ようやくすごしやすい季節がきたなぁ。
 

 
 10月8日<邦人保護>
 今日、日本の方が来て、「財布を盗まれた。大使館は土曜で休みだし、どうしたらいいのかわかりません。助けてください」と言ってきた。
 大使館の仕事のひとつは「邦人の保護」。トラブルにあった人を助けること。旅行者にとっては、こんな場合の大使館という気がする。
 大使館へ電話してみるが、直通番号は応答なし。『地球の歩き方』('10-'11)にある緊急の携帯番号に電話するが、古い番号で番号が1桁足りない(旅行者ならどうすればいいのかまずわからないだろう)。
 で、正しい桁数にして電話するがこちらも出ない。24時間対応可能とあるけど、こっちも変更されたのか?
 仕方がないので、別の方に電話して大使館の担当者の番号を教えてもらい、連絡をとった。
 私は調理中だったので、担当の方と被害者の会話は聞いていないのだが、特に何もしてもらえないようだった。
 現金とカードなどが入っていたが、カードは自分で止めるしかないし、現金は保険もきかないから、盗難届けを出しても、どうしようもないのだろう。やっぱり自分で注意するしかないのだろうな。
 
 10月2日<電化製品>
 電化製品がそろそろ寿命なのだろうか、どんどん壊れていく。
 まずは乾燥機。3年はたつが、異音を発するようになりうるさい。3度修理に出し、結局モーター交換ということで戻ってきた。
 次はテレビ。次から次へ映らなくなっていく。5年前に私が来たときからあったものは、すべてダメになり新品に買い替えた。そのため毎月テレビを買っている。壊れたテレビ、中国製は買取もしてくれないといわれ、ゴミ屋が引き取ったのは1台10,000キップ。うちのカオピアックも食べられない。いくらなんでも100バーツくらいで買い取ってくれると思っていたので、かなりショック。
 そして今度は冷蔵庫。ぜんぜん冷えなくなり、氷が溶け出すしまつ。冷蔵庫なんて10年はもつだろうと思っていたのに…。原因は、おそらく先日冷蔵庫の扉が開いたまま放置されていたためだと思う。
 一度電源を切り、霜をすべて落とし、ついでに裏側も掃除したら、冷凍庫は冷えるようになったが、冷蔵のほうは、いまひとつ冷えていない気がする。修理に出しても、原因はわからないだろう。しばらく様子見か。
 いままでの経験から、一度修理に出すと、しばらくするとまた壊れ、修理に出す繰り返しとなる。
 すべて新品交換なんてできないしなぁ…。

 
 9月25日<ピン・フー・ムー>
 ピン(焼く)・フー(耳)・ムー(豚)は豚の耳を焼いたもの。
 先週、ご飯を食べていたら「ピン・フー・ムーって食べたことある?」と聞かれた。
 子豚の丸焼き(頭もいっしょ)はトンカンカムでも売っているし、頭じゃなかったけど一度食べたことがある。そういうと、それとは違うという。
 特に晩御飯の予定もないので、ピン・フー・ムーを食べてみることにした。「サーカスを右に行って、Y字路を右に行くと、道の両側にお店が出ている。その中で一番お客さんの入っているところがうまい」と言う。
 けっこう遠いなぁ。買って来いともいえるが、見てみたいという興味のほうが強く、自転車で繰り出した。
 店は簡単に見つかった。右に1軒、左に2軒。左側の店にはお客さんが多く、店の前で持ち帰りを待っている人もいる。お客さんはラオス人ばかり。
 店の前で焼いているのをのぞくと、三枚肉、鼻、耳、肝臓、舌、腸という焼肉屋ではあまり見かけない部位ばかり(三枚肉はあるけど、皮付きの、脂身ばかりのところだった)。
 どれがどこだか分からず、耳が欲しいというとこれだと教えてくれた。見ていたら、後から来たおばちゃんが、さっさと買ってしまった。
 おー、人気なんだ。しかも残りわずか。他のお客にとられる前に、買わないと。耳のほかに鼻と舌も買うと、100,000キップと、けっこう高かった。
 付け合せにキャベツやどくだみの葉など、そしてカオプン、つけダレがついてきた。
 帰って、みんなで食べる。耳…、けっこう硬いなぁ。あぶった直後だともっと軟らかいのかな? まずくはないけど、私は鶏のほうが好きだな。
  食事も終わろうとしたころ、「ヤム・ヌア食べたことある? 犬は食べた?」とふってきた。
 どっちもないけど、それは私をのせて、今度はそれが食べたいということなのか? のせられるのも、そう悪くはないけれど。


 
 9月22日<まかない>
 うちのまかないはおいしい(食べたことのある人は皆いう)。
 従業員5人で食べるから、それなりに品数も用意するし、材料費もかかっている。週2回の昼ごはん(他の日は麺)、食べたいものを食べさせたいという気持ちもある。
 とはいえ、使える肉はくず肉だし、魚はアジの干物かパニン(テラピア)しか買ってこないし(他の魚は高い)、イカは掃除したあとのゲソだし…。
 メニューのバリエーションがあるわけではないので、同じようなものの繰り返しとなる。
 前の晩、翌朝市場での仕入れがあるので、「明日の昼、何食べる?」「…適当に買ってきて」
「店閉めるまでに考えて」の繰り返し。
 まかないを作る子も考えるのが面倒で、私もそう(こういうとき、主婦ってすごいなぁとつくづく思う)。
 今日の昼、来週帰国する常連さんがまかないを食べさせてといってきた。メニューは蒸し魚、タムマックトゥア、小さいソムムー…。7人分はない。どうしようかといってたら、女の子が「私は今日食べないから」と言ってきた。
 自分の分をゆずってくれたのだ。こういう気の利かせ方はラオス人らしい。いい子なのだ。私も食べなければ、足りるか。
 まかないなのに、従業員が食べられないって…。もらったお金で、今度好きなもの食べさせてあげなきゃな。

 
 9月18日<今日のご飯>
 朝、タラートクアディンへ買い物。
 クアディンに行くときは、いつもPVOによってサンドイッチを買ってくる(クアディンに行くと言うと、買ってきてと言われる)。
 午前中、換気扇の交換と空いた部屋の掃除をやったら、私も従業員もけっこう疲れた(日曜なので従業員も2人だけだったし)。
 気づけば1時。昼、なにが食べたいときくと、「北京ダック」「焼き魚」という。
 北京ダックはM−Pointのそばにある店だというが、昼ってやってたっけ?ってことで、昼は焼き魚を3人で食べた。
  せっかくなので、夜は北京ダックを買ってきて、やっぱり3人で夕食。北京ダックといっても、アヒルではあっても、皮もしっとり、野菜も、つつんで食べる皮もない。タレもチリソースで、看板には、中国云々と書いてあったが、本場のものとは全然違った。
 ラオスにも同じように焼いたダックはあるけれど、「どっちがうまい」ときくと、北京ダックはタレをつけて焼いているので、こっちのほうがうまいという。
 結局、今日は3食とも、外で買ってきたものとなった。ちょっと贅沢させすぎだったかな。皆、がんばって手伝ってくれたので、たまにはいいか。

 
 9月17日A<サッカーU16 ラオス対日本>
 U16、ラオス対日本の試合がラオスで行われた。競技場はビエンチャンの郊外。交通機関がないので、気軽に観戦に行ける場所ではない。シャトルバスでも頻繁に出していればともかく、ここのところ毎日雨だし、ちょっと厳しい。
 レストランは休みじゃないし、テレビ観戦。前のワールドカップのときもそうだったが、こんな日にかぎってお客さんがたくさんくる。従業員もみんな見たそうなのだが、見る暇がない。
 前半終了1−0。
 8時を過ぎようやく店もひと段落。後半はラオスの集中力が切れたのか、一方的に日本が攻める展開で、終わってみれば6−0。
 うちの子たちの感想。「日本人はずるい。ラオス人より体が大きい」だって。
 たしかに同じ16歳以下なんだけど。たしかにラオス人のほうが線が細く見える。
 年齢詐称はラオスなら簡単だったりして…。

 
9月17日<意思の疎通>
 長い間一緒に働いていても、やっぱり私の意図が通じない。
 夜、お客さんが複数組入っている。新規のお客さんから、ぎょうざとマーボー丼のオーダー。直後に、別のテーブルから、空芯菜いためと、ガレット、同じくぎょうざの追加オーダー。
 もちろん先のオーダーから作り、オーダーを受けたものはいっしょに出したい。ぎょうざが焼きあがるのは10分、マーボー丼は5分。ぎょうざを焼きながらマーボー丼を準備し、その間に空芯菜いためを先に出した。
 ちょうど、ぎょうざが焼きあがったあとに、マーボー丼も仕上がり、よしよしと思っていたら、なんとぎょうざをあとのオーダーに出してしまった。せっかく一緒に出せるように作ったのに…。
 朝、「あとで使うからお湯沸かしておいて」といって市場へ向かった。炭を使ってとは言わなかったが、1時間もあるのだから、当然、炭で沸かすと思っていたが、ガスで沸かして火を止めてそのまま。このぬるま湯をどうしろってか?  あー、どうして分かってくれないかなぁ…。まぁ、どっちもひと言、言えばすんだことだけど。

 
 
 9月16日<ちょっと寂しいなぁ>
 うちの従業員だったS君。日本でいろいろお世話していたAさんからメールがあり、14日に研修旅行から帰国したと連絡があった。
 戻ってきたら、こちらに顔を出してくれるかなぁ。従業員もお土産買って来てくれるかな、などと言っている。
 持って行ったお金は少ないはずなので、別にお土産はいらないが、話にきて欲しかったのだが、2日待っても来ない。
 4年以上、いっしょに働いていたけれど、私とも従業員とも、その程度のつながりだったということか…。
 餞別のお金は日本で使うには少なすぎたかな。それでも、やっぱりちょっと寂しいなぁ。

 
 
9月14日<日本人旅行者>
 9月は毎年、一番観光客が少ない月。今年も例年と同じく少ないが、そんななかで日本人観光客は多い感じがする。それも若い人が多い。
 今日も泊り客の半分以上が日本人(地球の歩き方のおかげだな)。
 学生はまだ夏休みなのか? 震災の影響で夏休みが短くなったという話も聞くがそうでもないのか? 円高と原発の影響で、皆海外へ出ているのかな?
 とりあえず、うちはお客さんが来てくれてうれしいのだが…。

 
 
9月13日 <ラオス人との交流>
 ラオス人と交流したいのなら、うちに泊まって、暇なときに従業員を捕まえて話をするのが一番簡単。
 連泊している日本人のお客さん、朝、従業員のまかない飯を一緒につまんでいる。食べていたのはゲーンノーマイとカオニャオ。
 「何食べているの?」「ゲーンノーマイ」「おいしい?」「うん、食べてみる?」って感じだったのだろう。
 お客さんも、おいしいといって食べている。
 そして、すっぱい果物。私は一度食べたことがあるが、もう食べない。スタッフたちはどんな反応をするのか、興味津々。すっぱいと言いながらも、食べている姿を見て、皆うれしそう。
 昼もまかないに誘ったら、「辛いけど、食べられるかな」と、従業員も気にしていたが、一緒に食べていた。
 従業員の女の子は、ほとんどお客さんと話している姿を見たことがないが、「彼女に好きなラオスの歌手を教えてもらって、CDを買ってきた」のだそうだ(誰が通訳したのかな?)。
 ラオス人と仲良くなるには、彼らと同じものを一緒に食べるのが一番かなと思う。ラオス人は「ギンナムカン(いっしょに食べよう)」が挨拶みたいなところもあるし。そして、少しでもいいから、ラオス語を話そうとすることかな。

 
 9月9日<誕生日>
 明日は、うちで働いている子の誕生日。
 昨年、常連さんからケーキをもらったのが忘れられず、今年も期待している様子。
 だが、誕生日なんて覚えてくれているはずもない。で、「明日、誕生日だからって連絡して」といわれ、常連さん数名にメールをしたら(災難?)、すぐに返事があった。
 よかったねぇ。今年ももらえそうだよ。
 昼、いっしょにご飯を食べながら、「いくつになった?」ときくと、16歳と言う。
 おいおい、去年も16歳って言ってたじゃないか。その前は15歳が3年続いたし。歳は毎年、増えるんじゃないの?(ラオス人は違うのか?)
 聞けば1995年生まれだという。てことは、うちで働き始めたとき、何歳だったんだ?

 
 9月5日<トラブル>
 夜10時半ぐらい。寝付いたとたんに部屋をノックされた。この時間に起こされるということは、いい知らせのはずがない。
 下りて行って聞くと「カメラがなくなった。おそらく今乗ってきたタクシーの中だと思う」という。
 タクシーのレシートを持っていたので、空港のタクシーサービスに(うちの子が)電話したが、すでに帰宅して捕まえられないと言われた。
 翌朝、再び空港に電話し、運良く乗ったタクシーの運転手をつかまえることができ、ゲストハウスに来てもらうことになった。仕事中だから9時半だったら行けるというので、待っていたら、10分前に来てくれた。
 ところが、その時間に、肝心のお客さんがいない。9時半過ぎに、ようやく戻ってきた。呼び出した相手を待たせるなんて…(ラオス人なら、ままあることだが、日本人もルーズになったってことか?)。
 車を見せてもらったが、何もない。昨日の夜、別のお客を乗せたし、今朝も乗せたという。
 傷害保険に入っていれば、なんとかなったかもしれないけれど、入っていないそうだ。
怪我したり、病気になったりしたらどうするの? これから先も、なんだかトラブルに巻き込まれそうな雰囲気なんだけど…。

 
 9月1日<疲れる日>
 「こういう仕事をしていて、一番疲れるのは何?」と以前に聞かれたことがある。「DVDを見ること」と答えたら、かなりむっとされた(そのころその人からDVDをよく借りていたせいもある)。
 DVDを見ているというのは、つまり暇ってこと。お客さんが少ないとはいえ、出かけることもできないし、寝てるわけにもいかない。
 DVDを見たり、読書が進むときは、そういう日。たまにはそういう日もいいかと思うこともあるが、これはやっぱりストレスもたまり、気持ち的に疲れる。お客さんが入って忙しいって時のほうが、よっぽど疲れない。
 今日は、まさにそういう日だった。ゲストハウスは空きが多く、レストランは片手で数えられるくらいのお客さん。
 明日はいい日となりますように。
 まずは空いている部屋のチェ
ックからはじめようか。
 
 8月30日<大丈夫?>
 今週から従業員が一人減り、朝番の子が、夜番もするようになった。夜は寝てるだけという見方もあるが、遅くに戻ってきたお客の相手もしなければいけない。本人は、大丈夫だといっているが、休みの日がないのでやはりちょっと心配。
 給料は上げるつもりだが、どこまで上げようか…。やはり人を入れようかなぁ…。そうすると勤務時間帯の調整は…。
 人が減るのはちょっと前から分かっていたので、それからずっと、こんなことばかり考えている。こういうのもストレスたまるなぁ。
し ばらく様子を見るしかないとは分かっているけれど。
 そして、もうすぐ9月。一年で一番観光客の減る月(ゲストハウスの番は、お客さんが少ないほうが忙しかったりもする)。お客さんが少ないのも、かなりストレスがたまる。
 がんばらねば。


 
8月25日 <今年のラオス>
 大使館からメールが送られてきた。
 北へ向かう13号線。ビエンチャンとルアンパバーンを結ぶ道路が、山崩れで通行できなくなっているという。
 バスでルアンパバーンに行こうとしていたお客さんが途方にくれている(まぁ、山崩れに巻き込まれなかったのだから…。予定通りに進まない旅もまた、いいのでは?)。
 復旧の見通しは今月末だと、ラオス人が言っていたとか。それは、これからもう雨が降らず、順調に工事が進んだ場合でしょう。
 観光客にかなり影響が出そう。今年は、南では洪水、北では山崩れ。日本も大変そうだけど、こちらも大変だなぁ。


 
8月21日 <本の貸し出し>
 在住の方に、レストランにある本、DVDを無料で貸し出している。期間は1週間で、台帳に記入、最初のときは名刺をいただくようにしている。
 初めてのときは、皆さんだいたい期日どおりに返しにいらっしゃるか、まだ読み終わっていないから延長したいといってくる。延長はぜんぜんかまわない。
 だから、よく顔を出していただいている方は、どれだけ長く借りていてもいい。
 ちょっと困るのは、本を借りたまま、店にも来なくなる人。以前、1ヶ月以上音沙汰なしの人の知り合いの方に、聞いてもらったら、なんと、別の人が本を返しに来た(本人はどうした? 今の若いもんは…)。
 先日、佐古商店に買い物にいった。本が置いてあり、1週間、2冊はOKだという。どうすればいいのか聞くと、もう顔を覚えているし、大丈夫だという。
 翌週雨だと、来るの大変だなぁと思い、少し遅れてもいいかというと、次に買い物にくるときでいいよとの答え。なんともアバウト。ラオス人らしいといえば、そうなのかも。
 今日、本を返しにいった。そして、余分なものまで買ってしまった。


 
 8月20日<退職>
 うちは、従業員が辞めずに、長く働いてくれているので、すごく助かっているが、今度一人辞めることになった。もともと彼が大学を卒業するまでだとは思っていたので、仕方ないのだが…。
 新しい人が見つかるまで、しばらくは、今いるメンバーでがんばることになりそうだ。
 また、一から教えるのは、ちょっとしんどいが、ラオスじゃこれが普通といえば普通なのだから。
 いい子が見つかるといいなぁ。


 
 8月14日<経験値>
 配水管から水がもれる。以前洗濯室からの配管を頼んだら、かなりの額を請求された。
今回は壁の穴あけも、前からすこしずつやっていたので、配管を入れて、以前のものとつなぐだけ。
 自分でやろう!
 ということで、まずパイプを買いにいく。太いの、細いの、肉厚のものなど、いろいろあり、接着剤、カナノコも買って69,000キップは200バーツちょっと。前回の支払いはなんだったのかというくらい安い。
 あとは、長さをあわせて切って、コネクターをつかって配管をまわし、はめこんで出来上がり。1時間の作業。やっぱり前回の請求額はなんだったんだというくらい簡単に終了。
 まあ、前に作業を見ていたこともあるのだが、小学校の図工というか、中学校の技術の実習のような作業で、けっこう楽しかった。
 ちなみに、パイプを買ったあとに、「できるか?」と従業員に聞いてみた。ちょっと考えて、「できません」との答え。
 やってみます、やってみたいというのを期待したのだが、無理か。一度経験すれば、いつでもできるようになるのにねぇ。できるようになったら、次もやれと仕事が増えるというデメリットはあるかも。

 
 8月11日<洪水>
 こんなに雨ばかり降っていれば、当然かもしれない。
 昼番の従業員が来ない。どうしたのかと思えば、家のまわりが洪水で、水のかきだしをしていたという。
 今日で2回目。場所はITECのちょっと先。地図でも川があり、そのあたり一帯が冠水しているらしい。
 サワナケートから来ている別の従業員。家に電話したら、あちらも洪水なのだそうだ。稲は大丈夫なのだろうか?
 2008年の洪水のとき、たしかに雨は降っていたが、今年のほうが多い気がする。
 メコンの上流にできた中国のダムの影響は? 韓国がやったビエンチャンの護岸整備はどうなのか? 
 もうしばらく、雨季は続くはず。一度、メコンの状態を見ておくべきかな。


 
8月7日 <ウドンタニー買い物ツアー>
 車をチャーターしてタイのウドンタニーに行くというので、私も参加させてもらった。
 車でウドンタニーに行くのは、3年ぶりくらいだろうか。11人乗りの1BOX、運転手を入れて9人なので、たくさん買い物をしても、大丈夫とたくらみながらの参加であった。
 朝7時発。まずはTESCO、つづいてMAKROへ。かごにどんどん入れながら、「これは、私の席に荷物を積み上げて、私自身は補助席だな。それなら、もっと買っても大丈夫かな」と、カートいっぱい買ってしまった。
 昼食は街中のUDタウンにあるOISHIレストランのビュッフェ。和食、中華のビュッフェで430バーツ。
 もとをとらなきゃ、あるものみんな制覇しようと頑張ったせいで、食べすぎ。昔はもっと食べられたのになぁ。やっぱりビュッフェは食べ過ぎるので体に悪い。
 つづいて、ロビンソンデパートへ。工事中で、車も渋滞。最後はTESCOのノンカイ店へ。欲しいものはほぼ買えた(買いたいものはもっとあったけど、このぐらいで限界か)。
 帰宅は午後7時。かなり疲れた。それにしても、レストランも含め、どこの店も人でいっぱいだったなぁ(値段もちょっと上がっていたけど、関係ないようだ)。タイの購買力はかなり上がっているなぁ。


 
 8月5日<サバの塩焼き>
 以前、まかないを食べている最中、「サバってどんな魚?」と聞かれた。「こんぐらいの大きさで、前に一度買って来たことがあるけど覚えてないか。トンカンカムにも売っているよ。食べてみたい?」と、聞くと、ちょっとちゅうちょしたあと、食べたいという。
 で、本日のまかない、さばの塩焼き。いきなり味噌煮ではかわいそうだし…。
 まかないもパターン化しているが、なんだか今日はうきうきしているようにもみえた。
 で、実食。特に感動しているようには見えない。脂ののりもいまいちか。塩焼きより、味噌煮にしたほうがおいしいだろうな。
 また、食べたいということは…、なさそうだ。


 
 8月1日<旅行>
 8月末から2週間の日本研修旅行にいくサン君のスケジュール表を見せてもらった。日本語スピーチコンテストのごほうび旅行である。研修には世界50ヶ国から集まるそうだ。
 飛行機も電車も乗ったことのない彼が、一人で研修所までたどり着けるのか。予定には京都、広島、九州の旅行も含まれている。自分が行くのではないが、私もわくわくしている。
 旅行って、現地に行って始まるんじゃなく、こういうところからもう始まっているんだよなぁ。いいなぁ。私も行きたくなってきた。
 昔は年に1度旅行に出ていたけれど、ここで仕事を始めてからどこにも行っていない(日本へは帰っているが、それは旅行ではないし、ラオスは仕事をしているのでこれも違う)。
 知り合いのオーストラリア人。今の仕事はもうすぐ終了。辞めたら世界をぐるっとまわって帰るのだという。そういう発想、日本人にはないよなぁ。
 世界一周したいとは思わないが、暑くなくて、飯がおいしくて、のんびりできる国、どこかいいとこないかな。

 
 7月31日<台風>
 大使館からのメールで、台風8号の接近が伝えられた。フィリピンにかなりの被害をもたらした台風は、8月1日にラオス北部に到達するらしい。
 おそらくその影響。土曜の夜から激しい雨。いやなことに風もつよい。
 昨年修理した屋根。やっぱり雨漏りを始めた。少し雨脚がおさまると止まったが、これからもっと激しくなると、また漏るだろう。今はどうしようもない。
 こんな天気だけど、日曜はカレーの仕込み。市場に仕入れに行くが、帰ったらびしょびしょだった。
 こういう天気のときにいつも起こる停電。本日も例外なく1時間弱の停電となった。台風が去るまで、まだ数回は覚悟がいるか。
 今年は雨が多い気がする。コンローでも田んぼが水没しているところがあったし、洪水のおそれはないのだろうか?
 メコンは上流に中国がダムを作ったので、その影響はいかほどか。ビエンチャンのメコン川は韓国が護岸整備をしているが、かなりひどいつくりだという話もきく。
 はやくすごしやすい乾季にならないかなぁ…

 
 7月28日<SUDOKU>
 数独は世界的に広がっているパズル(日本が発祥?)。
 新聞や雑誌にも出ているが、お客さんが、途中でやめた数独の本を、部屋に置いていった。 私もパズルは好きなので、早速始めた。ちょっとやりすぎで、ボーっとしてしまうことも。
 数独の本は2冊あった。1冊はタイ製のもの。もうひとつは英語圏のもの。英語圏製は、なかなかしっかりしていて、やりごたえがあった。
 それと比べ、タイ製。どうしても解けなくて、適当に埋めていったらできた。回答とは違う。
 これって問題がまずいのではないのか? タイのクオリティとは、この程度? これじゃ楽しめない…。
 でも、ラオスではタイ製は良いと言われているんだよなぁ。中国製の数独の本があったなら、それって解く価値なし?


 
 7月27日<チップ>
 ラオスには、チップの習慣はないが、欧米人は、自国と同様にチップを置いていく人がいる。
 先日、4人組の欧米人のおばさま方。フーなどを食べて、「とてもおいしい朝食をありがとう」と25,000キップのチップ。
 これって、一食分以上なんですが…。もしかして、まだラオスの金銭感覚がなくて、間違えたのかな? 翌日も来て10,000キップ置いていった。
 これも先日、忘れ物を取りに来た人がありがとうといって40,000キップ。これはちょっともらいすぎ。そのお客さんが食事をしたので、その食事代はいらないといったら、そんなこと言わずにとってほしい。
 私の名前は***といいます。本当とにありがとうと、握手までして帰った。
 2,000キップのレモン代で怒る人もいれば、20,000キップのチップを置いていく人もいる。いろいろだなあ。
 ちなみにチップは全部私が保管している。ホールの子が受け取ると、料理をの子には渡らないから。
 チップは、現金を配布するのは、ちょっとなぁと思うので、まかないのたしにしたり、おやつやペプシ代にしている。従業員はチップから買っているのではなく、私がおごっていると思っているかもしれないけど、それはそれで、いいか

 
 7月25日<メードイン ベトナム>
 電化製品など、多くはタイ、中国から入ってきている。中国製は安いが品質が悪く、タイ製がいいと言われている。
 先日、タラット・サオにテレビを買いに行ったら、そこに扇風機も置いてあった。ベトナム製のようだ。値段はけっこう安い。扇風機なんて、簡単に壊れるものではないし、壊れても首振りしなくなるぐらいだろう…。
 使い始めて3ヶ月。客室から悲鳴。どうしたのかと見てみると、扇風機が壊れている。中の羽がバラバラ。突然爆発したという。羽が砕け散るなんて初めて見た。やっぱり安物買いはダメだなぁ。
 こちらの製品、SONY、SUMSONG、LG、Panasonicなんて、書いてあるけど、メーカー名はまったく信用できない。
 先日買ったSUMSONGのテレビ、うちにあったSONYのテレビと、スイッチの配置から形、枠までまったく同じ。リモコンだって同じものが使える。違うのはステッカーのみ。それだけ貼り変えたとしか思えない。
 本当はどこの製品だ? あたりかはずれかは、買ってみないとわからない。
 これが楽しめるようになったら…、そんなことはないか。

 
 7月22日<電話あれこれ>
 レストランに置いてある電話、先日2階から水漏れしたときに、壊れたようだ。相手の声は聞こえるが、こちらの声が届かない。マイク部分が壊れたか…。
 ゲストハウスにある電話の受話器をはずし、つなげてみたがダメ(コネクターが同じだから使えると思ったのだが…)。
 以前に同じ型の電話機が壊れ、倉庫にほったらかしにしてあったのを思い出し、受話器部分だけを交換。無事使えるようになった(なんでもとっておくのも無駄ではなかった)。
 佐古商店に電話をする。何度かけても出ない。仕方なく店まで行った。電話になぜ出ないと聞くと、電話なんて鳴っていないという。試してみると、2つある番号、両方鳴らない。
 電話器が壊れているのに、ずっと気づかなかったようだ。
 お目当ての商品はない。入ったら電話をくれるという。それはありがたい。とはいえ、ここはラオス。あんまり期待していなかったのだが、昨日ちゃんとかかってきた。ちょっと感動した。
 最近、私の携帯電話の調子が悪い。バッテリーが切れ、電話が切れることがしばしば。充電を頻繁に行わなければならない。
 バッテリーのみ買い換えるか、それとも新品にするか。友人はihoneを買ったそうだ。
 でも、多機能なものが欲しいとも思わないなぁ
(だんだん時代に取り残されていくような…)。

 
 7月20日<横のつながり>
 あいかわらず、従業員の横のつながりが悪い。
 お客さんが忘れ物。2日前だという。間違いなく、うちの店だというのだが…。私も報告を受けていないし、掃除をしている女の子も知らないという(忘れ物は知らないけれど、お客さんのことは覚えているという)。男の子も知らないというし、うちじゃないんじゃないかと答えた。
  ところが、知らないといっていた男の子が、あーといってゲストハウスのカウンターからもってきた(彼は以前にもお客さんから本を預かったのに、さんざん知らないといったあとに、思い出したといってきたことがある。最初から真剣に考えろよなぁ)。
 それにしても、なぜ、他の子は誰も知らないのだ? カウンターに置いてあったのなら、気づいてもよさそうなものだ。そして、忘れ物があったと、なぜ皆に言わない?
 一人に言えば、全員に伝わるようなコミュニケーションが取れるようになってほしいなあ。
 そういえば、先日コンローへ行くのも、前日まで男の子たちは誰も知らなかったなぁ。だいぶ前に女の子には言っておいたんだけれども。

 
 7月16、17日<1泊2日の小旅行(1)>
 1泊2日で小旅行に出かけることになった。行き先はカムアン県のコンロー洞窟とベトナム国境近くにある温泉。レストランの常連さんに誘われて、土曜1日、お店は従業員たちにまかせることに。
 私を含め5人の参加ということで、朝4時起きで弁当を作る。私は車の中で寝ることもできるし、遊びに行くのだが、従業員は一日仕事があるので、一人で作るつもりだった。住み込みの子2人も4時に起きて、弁当作りを手伝ってくれた(うん、いい子たちだ)
 7時に出発。車をチャーターしたので、バスで行くよりもかなり楽。天気は雨。しかも、現地に向かうほどに雨は強くなる。ひと山越えて、12時すぎにコンロー到着(所要時間5時間)。
  弁当を食べて、洞窟へ向かうが、もちろんこちらも雨。ゲートのおじさんは雨だから、洞窟には入れないというが、とりあえず見てみようとはいってみた(入場料2,000キップ/人)。
 3年前にも一度来たことがあるが、そのときは車でボート乗り場までいけた。今回は、少し離れたところで車を置いて、歩かなければいけなかった。
 ボート乗り場には誰もおらず、休憩所にはライフジャケットが干してあった。ライフジャケットも3年前はなかったなぁ。少しずつだが、観光地として管理しようとしているのだなと感じる。
 コンロー洞窟はボートに乗って川をのぼり、洞窟内を行くのだが、かなり水かさも増し、にごった水が激しく流れている。これでは、入れないなぁ。
  3時ぐらいになれば入れるかも、といわれたが、水かさが減るという見込みなのか、それとも、ボートの管理者が3時くらいに戻ってくるということなのか?(雨の中、田植えをしている人を見かけたのだが、それが終わらないと来ないのかも、なんて)
 今日はあきらめ、明日に期待することにして、予定を変更。先に温泉へいくことにした。

 
 <1泊2日小旅行(2)>
 ラオスにも温泉に入れるところが何カ所かある。北はシェンクアンにもあるが、カンムアンのラックサオの先、ベトナム国境付近にもある(地球の歩き方’10〜’11には出ていない)。
 ラックサオとは20kmという意味(サオは20)で、フランスが支配していたときに、軍の基地があった村から20kmというのが、そのまま町の名前になったそうだ。
 基地があったのは、おそらく今のベトナム国境あたりだと思われる。
 コンローからラックサオまでは、またひと山越えて、ベトナムに向かって走る。ラックサオ20)を過ぎてしばらく走るとラック10、ラック5という村を通過。さらに行くと、右側にHOT SPRINGと書かれた看板を発見(コンローから2時間ちょっとかかった)。
 敷地に入ってみるが、温泉らしき雰囲気がない。車を降りても、誰も出てこない。本当にここなのかと探してみると、奥にバスタブのある部屋が並んでいる。昔の学校の部室がならんているような雰囲気。
 お湯の蛇口をひねってみると、硫黄の香りがするぬるい水が出てきた。どうやらここらしい。
温泉というが、これではとても入れる気がしない。
 水の蛇口をひねると、こちらは泥水が…。かなり長い間、使われていなかったようだ。「どうなるのだろう」と思案していると、ようやく人が出てきた。「風呂に入るのか」ときき、遠くにいる子に、電源をいれるように指示している。どうやら、沸かし湯のようだ。
 しばらく流し続けたら、泥水はだいぶましにはなったが、にごっていることに変わりはない(このぐらいは仕方がないか)。
 お湯をためて、それぞれ個室で入浴(入浴料10,000キップ)。こんな温泉だけど、バスタブにつかるのは、前に日本に帰ったとき以来。気持ちよさ半分、もっときれいだったらと思う気持ち半分。
 それにしても、もう少しやる気を出したらどうかと思うのだが、こんなところに、わざわざ風呂に入りに来る客はいないか。他にすることもないので、記念撮影をして、コンローに戻る。
 雨は相変わらず、降っており、峠では巨大な落石があり、山から流れ落ちる水は滝のようである。
 コンローに帰る道、さっきは大丈夫だったのが、水がくるぶしあたりまで上がり、道路が水没しているところもあった。まさか、洪水に会うとは思わなかった。
 
 <1泊2日小旅行(3)>
 今夜の泊まりはコンローにあるCHANTHA HOUSEというゲストハウス。名前のとおり、うちのラオス人オーナーの親戚がやっている宿である。
(www.chanthahouse.com)
 コンロー洞窟に向かう1本道。洞窟までもう少しというところに建っている。夜7時に到着。
 オフシーズンで、こんな天気。お客は我々だけだろうと思っていたら、家族づれを含めかなり欧米人のお客さんが来ている。うちよりお客さんがいるのでは?とちょっとだけ嫉妬。
 チェックインは、洞窟に行く前に済ませてあったし、風呂にも入ったし、すぐに食事をすることに。近所にレストランがあるわけでもないので、宿で食べる。
 メニューはラオ飯。ラープ、タムマックフーンパパイヤサラダ、オ(ラオスのスープ)、野菜炒め、チャーハンなどなど。ビールは持ち込んで、冷蔵庫で冷やしてもらっていたが、レストランで食べるのだから、店のビールを頼んだ。従業員は、自分たちのビール飲まないの?って顔をしていたが、これはラオス人の商売っ気になさというところか。
 出てきたラオ飯は、すっかり欧米人向けにアレンジされていた。まったく辛くないラープ。ひき肉を炒めただけのようで、香草も見当たらない。タムマクフーンは、うちのはパデック(魚の塩辛)を入ているが、くせのあるものは入れてないようで、全体的にあっさりしている。
 でも、ラオス人が泊まる宿ではないし、こんなな味付けにするのは、いいだろう。お客さんの数も限られているので、いたみやすい香草や青物を使わないのもよ分かる。
 全部のメニューを試してみたかったが、さすがに無理だった。辛いと書かれているものもあったので、試してみたかったのだけれど。
 一日中、車に乗っていたせいか、4時おきのせいか、それほど飲んでいないのに、すっかり眠くなり、9時半には眠ってしまった。
 部屋にエアコンはなかったが、もちろん必要なく、扇風機すら必要のない。ここちよい気温であった。
 車の音も、人の騒ぐ声も聞こえず、静かに眠ることができた。朝は鶏の鳴き声で、目が覚めるというのも、久しぶりで心地よかった。
 朝は昨日よりも激しく雨が降っていた。
 
<1泊2日小旅行(4)>
 朝7時、シャワーを浴びたあと、朝食のためロビーにいくと、ドライバーがバタバタしている。
 この雨で、昨日道路が水没していたところが、さらに増水し、ひざ下まできている。このままでは、午後には腰ぐらいまでになり、帰れなくなるといっている。
 迂回する道はなし。洪水で陸の孤島に閉じ込められるのか。まあ、朝飯を食べてからと、欧米人向けにアレンジされたフーを食べた。他には、トーストと目玉焼き(2個)、コーヒーのセットという朝食もあり、多くのお客さんはそれを食べていた。どうやら卵がきれたらしく、遅くきたお客さんはトーストだけの朝食を食べていた。
 この雨、道路が使えない状態で、仕入れはどうするのかなぁ。市場は30km先の町まで行かないとなさそうだし。
 冠水しているところはボートで渡って、向こう側で車を拾うのかなぁ。なんてひとごとのように考えていた。
 今日帰れないんだって、というと、いっしょに来た人たちで、あわてる人はひとりもおらず、あ、そう、今日なにしようかねぇと、とってものんびりしている。すでに皆さんラオス人化してしまっているよう。
 一番明日のことが心配なのは、私かなと思ったが、どうもラオス人のドライバーらしい。どのくらい浸水しているのか興味もあったので、見に行きたいとドライバーに言った。すると、朝だったら帰れたけど、今はもっと増えているから帰れるか分からない。昼になったら絶対帰れないという。
 どうやら、朝聞いたとき、誤解していたようだ。もう車で走れないほど増水してしまったと理解したが、今ならまだ帰れるけど、昼になったら帰れないと言っていたようなのだ。これも貴重な体験だなぁなんて、早合点して、のんきに朝ごはんを食べていたのだった。彼は早く行こう、とずいぶんイライラしていたのだろうか。
 それならば、とさっさとチェックアウトして、どこまで行けるかわ分からないが出発となった。
 昨日水没していたあたりは、かなりひどくなっていて、もとは川だったのか、田んぼだったのか、それとも池だったのか、分からないくらいになっていた。道は、側道に立てられた杭のおかげで、やっと判別できる程度。
 短パンにTシャツという(いつもの)スタイルに着替え、傘をさして浸水した道を歩いてみる。冠水している道は100mちょっとはありそうだ。
 入っていくとだんだん深くなり、ひざ下くらいまであるが、道が傾斜しているので、車はなんとかなりそうだ。ただ、側道の杭が一部なくなっているところがあり、万が一落ちたら、絶対救出不可能。心配なので、私はそのまま車の前を歩き、先導したのだが、ドライバーは気にするふうもなく、ゆっくり走って止まってしまうことを気にしたように、あっという間に私の横を走り去ってしまった。
 これだったら、私も車に乗っていればよかったと思いながら、川と化した道を歩く。でも、こういう体験もなかなか出来るものでもないので、ちょっと楽しかった。街中ではないので、水は泥水だけど匂うわけではないし、きれいだし。
 朝聞き間違えたことも、こうして無事渡れたので、ゆっくりご飯を食べられただけよかったとも言える。終わりよければ、すべてよし。
 というわけで、そうそうにコンローをあとにし、ビエンチャンに向かった。間には、どこにも観光するような場所はなく、早めに昼ごはんを食べ、佐古商店で買い物をしても、まだまだ早い時間の帰宅となった。
 店に着くと、もう帰って来たのって言われるし、コンローはどうだったと聞かれても、雨で洪水だし、何も見られなかったとしか答えようがない。今度は乾季に行くべきだな。

 
 7月11日<カオチー>
 カオチーはラオス語でパンのこと。最近、朝ごはんにパンを食べることが増えた。
 朝7時ちょっと前。トンカンカム市場にバゲット(フランスパン)が運ばれてくる。焼きたてで、まだ温かい。
 カオチーパテー(サンドイッチ)も売っているが、私はバゲットを買って朝ごはんに食べる。
 オムレツサンドにしたり、ツナサンドにしたり。従業員もパンが好きで、「朝はコーヒーとパンがいい」なんていう者もいるくらい。
 彼らはコンデンスミルクをはさんで食べることが多い。最近やけにコンデンスミルクのなくなるのが早くなった。パンより、コンデンスミルクの値段のほうが高いんじゃないか?
 市場で売っているバゲットは、本場のフランスパンと比べると、外側が軟らかい。ちょっとあぶって、パリパリにすると、もっとおいしくなる

 
 7月10日<GDP>
 ちょっと前に、日経新聞に載ったラオスの記事をメールで送ってもらった。
 ラオスの首相のインタビューで、2011年からの5年間、平均成長率8%を目指すとある。また一人当たりのGDPは1,700ドルを目指すともある。
 GDP=国内総生産。概念は分かる。
 でも、実際どうやって算出しているのだろう? 日本なら、(実態はどうだか分からないが)税金や企業の売り上げデータなどから推計しているのかなと、想像できる。ラオスはいったいどのデータからGDPを計算しているのだろう?
 売り上げ額…簡単に増税として跳ね返ってくるので、正直に報告しているはずもない。どこもどんぶり勘定で、帳簿なんてつけているところはほどんとない(らしい)。
 しかもドルベースの計算だと、この5年でドルが暴落しているので、キップで同額でもドルだと多くなる。まさか公務員の給料だけから推計しているわけではないよなぁ(税金もこのペースで上がっていくのか…)。
  車が増えて、建築ラッシュが続く姿を見れば、伸びているのはたしかに感じるが…。

 
 7月9日<停電ドタバタ>
 ここのところ停電が頻発している。
 先日は、ナンプー(噴水)のそばで火事があり、電線も燃えた。その影響で、隣のインターネット屋は2日間、店を閉めていた(うちは大丈夫だった。ラッキーとしかいいようがない)。
 今日、夕方、2号室の電気がつかないという。ブレーカーを調べると、3つあるブレーカーのうち、2つに電気がきていない。どこか配線がやられたかと調べていたら、4号室も電気がつかないと、従業員がいう。先に言ってよ。「だったら元に電気がきていないんだろう!」。
 大元のブレーカーを調べると、屋外から来ている配線3本のうち、1本に電気が来ていない。この症状は、3年前(?)にもあった。
 うちで出来るのは、対症療法のみ。来ていな線をはずして、別の線からつなぐ。
 なんとかなったと思ったら、ケーブルテレビのブレーカーが故障。いそいで交換。
 この間、レストランにお客さんは来ているが、私は修理で手が放せない。ゲストハウスには、部屋をもとめるお客さんが待ち、人手が足りない。
 汗だくになりながら、ようやく何とかなったと思ったら、このあたり一帯が停電。受けたオーダーも、しばらく手がつけられない(まっくらな中、待つからいいよと入ってくる欧米人。停電なら他にいくと通り過ぎる日本人…)。
 しばらく待つと、隣は電気が通ったのに、うちだけ電気がこない。
 おーい、どうなってるんだ!
 右往左往していると、ふたたび一帯が停電。ようやく電気が復旧したときは、お客さんから「おー!」と声があがる。
 電気が来ず、はずした線をチェックすると、電気が来ている。さっきの私の作業はいったいなんだったんだ!
 安定した電力供給、お願いします! そして、停電するなら、この辺一帯で。うちだけ停電というのは、ほんとに勘弁してほしい。

 
 7月8日<酷暑>
 ふたたびび、雨が降らなくなり、ひどい暑さが続いている。私の部屋(3階)の温度計は35度を超えた。今年一番の暑さ。
 もちろん、快適な睡眠が取れるはずもなく、ちょっとだるい感じが残っている。
 こんな日にかぎって、「勘弁してほしい」お客がくる。
 カップルでチャーハンを頼んだのだが、レモンをくれとオーダー。出して、しばらくすると、またレモンをくれという。レモンもただではないので、2,000キップ請求したら、「レモンが2000キップって高い、他の店はしょうゆも塩もレモンもただだ」と、と大声を出し始めた。
 テーブルに出してあるものはただだけど、うちは置いてはいない。あなたはオーダーしたでしょう。
 それにしても2,000キップ(20円)でなぜ、そんなに騒ぐかなぁ。暑いんだから勘弁してほしい
 
7月7日 <値上げのタイミング>
 例年、6月と9月は観光客がぐっと減る。そのため、ゲストハウスの値段もかなり値下げする。
 ようやく7月になり、観光客も増え始めた感がある。そこで、5,000キップだけ値段を上げて見たところ…。昨日は満室。そして朝、すべてのお客さんがチェックアウト。
 お客さんはいるのだが、誰もチェックインしない(部屋を見ずに出て行く人が多い)。
 夕方になっても同じ状況が続く。
 早まったかなぁと、今までの値段に戻した。すると、バタバタとお客さんが入り始め、ほぼ満室になった。このお客さんって、上げたままだったら入らなかったのかなぁ? こんどは元に戻したのが、早まったのかな? 
 隣も、まだ戻していないという。いつ正規の値段に戻せるのか、そのタイミングが難しい。
 オンシーズンの11月になれば、こんな悩
はない。早く11月にならないかなぁ。
 
 7月3日<ハーブマッサージ>
 久しぶりにマッサージに行った。
 以前にタイの空港のマッサージで、変なもまれ方をしたのか、全身がだるくて、節々が痛くなり、ずっとマッサージは敬遠していた(ちょっと飲んだだったので、しっかりつぼに入ったため、おかしくなったのかもしれない…)。
 タイと比べれば、軟らかなラオスのマッサージだしと、今まで入ったことのない店に行ってみた。
  そこに、ハーブマッサージがあり、これなら変なもまれかたもないだろうと、試してみることに。ハーブを蒸したものをタオルに包み、背中や首筋、肩に押しあててくれる。心地よい温かさで、風呂につかったあとのような感じがする。
 日ごろ、シャワーしか使っていないので、この感覚は気持ちよい。終わったあとも、体が温かく、寒い日にはいいかも。
 くせになりそう。

 
6月26日 <ハンバーガー>
 ビエンチャンにもハンバーガー屋がある。先日も、新しいく店がオープンもした(マクドナルドなどのメジャーはまだない)。
 レストランでもハンバーガーを置いているところもあるが、ラオスに来て5年、私は一度も食べたことがなかった。食べてみようかと思うこともあるのだが、一食には軽すぎる気がするし、おやつには重すぎる。
 日曜日、朝ゆっくり起きて、朝ごはんが遅かったこともあり、昼過ぎに小腹がすいた。近所のハンバーガースタンドに行ってみた。
 店舗ではなくて、スタンドなので、肉はクーラーボックスから出てきた。パンはサムセンタイ通りにあるベーカーリーのもの。
 鉄板で焼いて、はさんで、出来上がり。とっても簡単。従業員の分も買って帰った。
 まあ、普通だった。うまいって感動することもないし、まずくてこりゃダメだということもない。
 パンが分厚いので、肉の味が弱いけど、腹にはたまった。マクドナルドも、それほどおいしいと思わないので、ハンバーガーってこんなもんかな。
 1個15,000キップ(150円ちょっと。約2ドル)でした。

 
 6月23日<暑さの戻り>
 今年は、雨が降り始める時期が例年よりも早く、乾季の終わりの酷暑をあまり感じずにいたが、ここ数日、雨が降らない日が続いている。
 そうなると、やはりかなり暑い。雲が出ていればいいのだが、今日はほんとうに晴天。
 昼はレストランも冷房を入れないとダメ。
 もう暑くはならないだろうと気を抜いていたぶん、余計、こたえる気がする。
  雨、雨、降れ、降れ。

 
 6月21日<隣のGHの前に居つく女>
 夜9時を過ぎると、うちの前の道路はオカマが出没することで有名な通りである。
 うちの店員、サン君の日本語スピーチコンテストの今年のテーマは「夜道を安全に歩くために」(おかまに気をつけよう)って内容でした。
 朝6時、市場へ行くのだが、隣のゲストハウスの前のテーブルにはビール瓶がならび、その子はそこに座っている(寝ていることもある)。
 日中はいなくなるが、夕方、また現れて、旅行者に声をかける姿もよく見る。隣のGHの前に住んでいるのかと思うくらいだ。
 夜ごとに、となりのGHの周りにたむろするオカマとその子。「夜、テーブルを使うな」という張り紙を出していたこともあるが、そんなもの読めるはず、気にするはずもなく…。
 隣のオーナーは心が広いというかなんというか…。
 ちなみに、たまに女の子を部屋に入れてもいいかという人がいるが、うちは連れ込み禁止です(というか、ラオスでは法律で禁止されていますので、ご注意を)。

 
 6月18日<開店5周年>
 本日、めでたく開店5周年を迎えることができました。お客様も含め、たくさんの方のサポートがあって、ここまでなんとかやってこれました。本当にありがとうございます。
 日本人会のメールのおかげで、今日は多くのお客様にいらしていただきました。ビールをご馳走してくたさった方もあり、お花をくださった方もあり…。ありがとうございます。
 始めた年、日本で飲み屋をやっているお客様の「3年がんばりなさい。3年もてば5年は大丈夫。5年もてば10年大丈夫だから」との言葉が頭の片隅に残っています。
 「5年はやる」と始めた仕事ですが、あっという間に5年がたってしまった感じです。従業員も5年間一緒にやってくれているのが2人、4年半が1人、4年が1人。一番新しい子でも2年半と、皆辞めずに続けてくれて、とても助かっています。
 この先どうするのか、決めかねていますが、まだしばらくは続けるつもりです。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。


 
6月11日<失敗したかなぁ…>
 来週18日は、レストラン開店5周年。カレンダーには花丸印をつけた。
 先週、それに気づいたお客さんに聞かれて、「開店記念日なんで、カレーを割引きしますよ」と答えた。
 そしたら、「日本人会のメールに流しておくよ」と言われ、じゃあお願いしますと頼んだ。
 5周年だけ流してもらえばよかったのだが、カレー、カツカレーの割引きまで言ってしまった。
 結果…、カレーを注文するお客さんが減った
(カレーを食べに来るお客さんが減った。つまり、来店されるお客さんが減った気がする)。
 注文するのは、旅行者だけのよう(日本人会に入っている人って多いんだなぁ)。 うーん、失敗したかなぁ…。
 18日だけにお客さんが集中したらどうしよう。
「おめでとうございます、お疲れ様です、一緒にビール飲みませんか」って、誘われてゆっくりビールが飲めるのが理想なんだけど、そうにはならないような気がするなぁ。

 
 
 6月10日<こんな日が来るなんて…>
 ゲストハウスの仕事を始めて5年。こんな日が来るとは、思っても見なかった。
 泊り客ゼロ。すべての部屋が空いている。
 毎年6月と9月はお客さんの少ない月だけれど、一人もお客さんのいない日はなかった。
 おとといは満室、昨日は2部屋の空き、そして今日、すべてのお客さんがチェックアウトして誰もチェックインしなかった。
 部屋を見るまでもなく、値段を見て出て行く人ばかりだが、そもそも部屋を探しに来る旅行者が少ない。値段も目いっぱいまで落としたオフシーズン価格。隣も同じ値段らしい。
 これ以上の値下げスパイラルに落ちたくはないのだが…。我慢の日々が続きそうだ。
 (夜遅くに。お客さんがあり、ゼロではなくなった)

 
 6月6日<ネットワーク>
 ラオスでは知り合いを3人たどれば、有名人にたどり着けると聞いう(それほど、世間が狭いということ)。
 日本から、「ボランティアをしたい。問い合わせ先を調べてもらえないか」と言われた。私は直接は知らないので、お店のお客さんに聞いてみた。
 こころよく引き受けていただいたが、担当者がなかなかつかまらないという。別口でも、問い合わせてもらったのだが、同じ人にたどり着き、こちらもストップ。
 もう一人、「夜までには分かると思います」といわれた方もその後、音沙汰無し。
 おそらく、皆同じところ(担当者)でストップしたのではないだろうか…。
 「どうなりました?」と何度も聞くことになり、ほんとに、迷惑をおかけした。
 そうこうしているうちに、「連絡先わかりましたから、もういいです」と連絡が入った。
 結局、何もできず、お店のお客さんに迷惑をかけただけで終わってしまった。
 私は5年もいるけど、ネットワークはとっても狭いなぁ。いろいろ聞かれても、ほとんど役立たずかも…。

 
 6月5日<日本語メール>
 日本語学校に通うサン君が、Eメールの送信という宿題が出たので、教えてくださいといってきた。
 何が知りたいかというと、日本語の入力方法。隣のネット屋は、日本語が使えたはずなので、いっしょに行くことにした。日本語入力モードに設定するのは、ツールバーをいじれば簡単だが、日本語を打つは大変。ローマ字入力、「ッ」の入力、文字変換と課題がたくさん。
 内容は問い合わせメールだが、文章に変なところもあるけれど、宿題だから、間違いを指摘するのはやめておいた。入力だけで、めいっぱいで、そこまでは無理だろうし…(話すのと文字にするのは、大違い。話なら、文章がきれていなくても分かるが、文字だと、長々とした文は分かりにくい)。
 これより短い内容だが40分かかった(4000キップ)。コンピューターはなれることが一番。毎日使えれば、すぐにうまくなると思うけど、大学にも簡単に使えるものはないそうだ。ネットカフェはタダじゃないから、そんなにいりびたることもできないだろう。
 うちにコンピューターを設置する日…、もうしばらくは無理かな。

 
 6月2日<てこ入れ>
 昨日、レストランのお客さんが少なかった。
 売り上げはここ3年で最低。5月中旬に値上げした影響か? もう少し我慢すべきだったのか?
 なにせ、これではいけない。新メニューの開発や、店の掃除なども含めて、やり直し。クオリティを上げていかないと。
 18日は開店記念日。よい状態で迎えられるように。

 
 6月1日<今日は何の日?>
 朝からやけに静か。12時になっても、お客さんが来ない。ありゃあ、どうしたものか…。
 いつもなら、12時になると、ちらほらお客さんが来てくれるのに。
 従業員に愚痴ると今日は子どもの日で休みなのだそうだ。だから、誰も来ないのだという。
 そういえば、店だけじゃなく交通量もいつもより少ないし、泊まり番の大学生も、今朝はゆっくりしていたなぁ。
 でも、去年も休みだったっけ? 休みだったんだろうなぁ。カレンダーは赤字で書かれているし。


 
5月31日 <やっぱり知らないよなぁ>
 カード付帯の傷害保険について、カード会社に電話した。受付の女性に、ラオスにいるのだが、保険請求の手続きはどうすればいいのかと聞くと、「現地オペレーターを探していますが、ラオスにはいません」(そりゃないだろう)。
 「ラオスとは、どこでしょうか? マレーシア.ミャンマーあたりですか」(ラオスは国だよ、やっぱり普通の人にはまだまだ知られていないよなぁ)。
 「コレクトコールで保険担当へ連絡してください、電話番号は3−********。海外からですと、国番号が必要かもしれません」(現地というから、シンガポールあたりの担当かと思えば、東京か。でも、3から電話番号を案内するって普通? 03というか813というほうが、分かりやすいのでは…。海外からかけているのだし)。
 それにしても、この女性に保険の話を聞いても、まったく理解していない。保険担当に電話したら、すぐに折り返しで電話をくれ(こちらの電話料金が発生しているため)、手続きについて、とてもわかりやすく教えてくれたけれど…。


 
 5月29日<ブルータスお前もか>
 ビエンチャンの店は、どこも値上げしているという話は聞いていた。うちもゴールデン・ウィークを過ぎてから一部のメニューを値上げした(1,000〜2,000キップ)が、久しぶり(1ヵ月はたっていないか)に来られたお客さんから、「ここも値上げしたのか」と、うらめしそうに言われた(ブルータス、お前もかと言われた気分)。
 日曜、カレーの仕込みのあとに食事に出かけた。2時を過ぎているので、餃子屋へ。ここへ来るのは、2ヵ月ぶりくらいかな。
 おそらくここも、と思いながら入ると、メニューが新しく作られており、値段も上がっている(ニガウリのサラダが「きびしい寒さ」と日本語訳されていた。自動翻訳機なのだろうが、他にも変なのがいっぱいあった)。
 値上げは全体的に2,000〜3,000キップぐらい。でも、もともと値段が安い店なので、2割から3割のアップになるから、ずいぶん値上がりしたような気になる。
 家賃、税金、そして豚肉、牛肉の値段がどんどん上がっているので、値上げしないと苦しいのはよく分かる。
 でも、ラオス人の給料は上がっているのだろうか? 物の値段は上るけれど、給料も上がり、よく売れるという、好景気を私が実感することはない。
 ゲストハウスは欧米人、レストランは日本人という外国人相手の商売だから、よけいにそうなのかもしれないが…。
 米ドルの固定給をもらっている人は、ドル安のうえに、物価上昇ときついかもしれないが、日本円でもらっている人なら、円は上がっているので、いくらか相殺されているのでは?

 
5月23日 <なぜ持って帰る?>
 部屋が正露丸の匂いがする。おそらく、薬を飲んだお客が落としていったのだろう。掃除機をかけても、まだ匂うので、芳香剤を買って置いた。その日泊まった客は連泊してくれたで、一安心。で、その次のお客。やはり連泊してくれたのだが、チェックアウトのあと、芳香剤がないという。
 ちょっと大きめの卓上型、まさか盗られるとは。 持って行ってどうする? あなたは臭い人?
 2,3ヵ月はもつと思っていたのに…。次に置くときは、もっとでっかいのにしないとダメなのかなぁ。

 
 5月22日A<その金はなんだ?>
 ウドンタニーからの帰り、いつもの2時のインターナショナルバス。バスはラオスのもの。運転手、車掌はラオス人。料金は85バーツ(平日は80バーツ)。
 今日は、ちょっとムッとしてしまった。
 大量にお菓子などを仕入れたおばちゃんは、席を2つ買ったり、荷物代を払ったりしている。一人で持ちきれないのだから、仕方ないだろう。
  今日、荷物をバスの下に預けようとしていると、さして大きくはない赤ちゃん用のふとんを預けようとしていた人が、50バーツを出せと言われている。そして、もう一人、中ぐらいの袋を2つ預けようとしたおばちゃんが、なんと300バーツ払えといわれ、呆然としている。
 バス代が85バーツで、荷物代が300バーツ?
 バスに預けた荷物は、イミグレーションでチェックはあっても、手数料は取られない。ということは、荷物代は運転手のふところに?
 しかも300バーツ? 席代の3倍以上? 安いからと買い物に来たのなら…。
 私の荷物は2つ。いくらか払えと言われるか、身構えたが、何も言われなかった(外国人だからなのか?)。
  東南アジアで賄賂が一番ひどいのは、ラオスと、言う人がいる。こういうのを見ると、そうかもなと思ってしまう。1本あとのタイのバスに乗れば、何も言われないと思うのだが…。
 
 5月22日<ひさびさウドンタニー>
  久しぶりにタイのウドンタニーへ出た。昨年、やけどで病院に行って以来だ。中心街にTESCOができたというので、買い物もしやすくなったはず。
 新しいTESCOはバス停からも近いが、郊外とは違って、店自体は狭い。衣類が少ないのは、まわりにショップがたくさんあるせいか。
 欲しいものが全部揃えばいいが、そうもいかず、他の店へ。
 ウドンタニーには、TESCOのほかに、MACRO、BIC Cというショッピングセンターもある。ちょっと遠いが、散歩のつもりで歩くことにした。
 いつもはMACRO(問屋販売のようなお店)に行くのだが、以前に乗ったトゥクのおじちゃんが、「BIC Cが一番いい」と言っていたのを思い出し、行ってみた(3kmぐらい歩いたかな。)
 欲しいものはだいたい手に入ったのだが、MACROほどは安さを感じなかったなぁ。
 国際バスのバス停までに戻るのは、荷物が増えたので、乗り合いバスを使うことにした。
 「バス停までいくか」と聞くと、「行く」というので乗ったが、途中で乗り換えろと言う。
 そこで、「どっちのバス停? 新しいほう、古いほう?」と聞かれた。インターナショナルバスが止まるのだから、新しいバス停だと思って答えたが、それが間違い。乗った車はどんどん街中から離れていく。こりゃまずいと、一緒に乗っていたおばちゃんに「これ、チャルンシーのそばのバス停に行く?」と聞くと、「これは違うよ」言われ、すぐに降りて引き返すことに。
 乗り合いバスは安いが、結局BIC Cからトゥクを使のと同じくらい払うことになってしまった。かなり疲れたけど、いい勉強になりました。

 
 5月18日<落ちる>
 最近、よく物が落ちる。
 冷凍庫を開けたら、カラシのカンが落下。ふたが開き、粉が飛び散る(ストックはまだあったよなぁ…)。今日、また冷凍庫を開けたら、餃子の袋が落下、床に散乱。
  そのたびに、入れ方が悪いと文句を言っているが、取り出し方が悪くて、落ちたのは分かっているのか?
 さらに、スパゲッティとライスをお客さんに運んで、ライスを出したところで、わきに置いてあったスパゲティのおぼんが落下。スパゲッティは作り直し。お皿も割れた。
 他の従業員に、なぜ落ちたんだと問い詰められていたときは、ムスっとしていたが、その後、私には、「こっちにおぼんを置いて…」と、状況説明(いいわけ?)を始めたが、「ごめんなさい」と言ってるけれど、「アハハ、落としちゃった」って雰囲気がただよっている気がする。
 お客さんの少ない時間でよかった。混んでたら、私がぶちきれるかも…。
 2度あることは3度あった。4度目(雷?)はありませんように。


 
 5月17日<どうしたらいいのか…>
 先日のお昼、一度にたくさんのお客さんがいらっしゃったことがあった。そのときに、一人で来られたお客さんがスパゲティを注文。入店の順は私には分からなかったが、オーダーとして受けたのは一番最後だった。で、他のオーダーを出し、スパゲティをゆでている最中に、「時間がないんだけど」との催促。
 ゆであがりまで、「あと5分」と言うというと、待ってくれたが、5分ちょうどに、「持ち帰りにしてくれ」と言われた。
 そのお客さん、今日またご来店。「この前は30分待ったけど、今日は大丈夫か?」との質問。「待っているお客さんはいませんから、大丈夫です」と答えると、再びスパゲッティの注文。出きたときには、すでに支払いは済ませてあり、「待つじゃないか」って雰囲気がただよっていた。
 スパゲッティをゆでて冷凍しておいて、オーダーからの時間を短くしている店もある(ラオスは分からないけれど)。うちはオーダーを受けてからゆでている。湯がわくまでの時間、ソースとあわせる時間を見ると12分は、かかる。5分なんて無理。しかも、他のオーダーが入っていればなおさら。
 オーダーを受けて一番時間がかかるのがスパゲティ。時間がないときは、頼まないほうがいいのですが…。
 
 5月16日<体調不良>
 金曜(13日)の夜から体調があまりよくない。
 実は金曜は、私の誕生日。夜はお客さんを誘って飲みたいなぁと思っていたが、とても楽しく飲める体調ではなくなってしまった。今日になっても回復せず、ちょっとしんどい。
 この間、従業員は、顔を見るたびに「治った?」と聞く。1時間やそこらで、回復するもんかと思うのだが、ちょくちょく聞いてくる。心配してくれているのか、それとも挨拶みたいなものなのか?
 午前中に医者にいって帰ってくると、もやっぱり「治った?」って聞く。まだ薬も飲んでないのに…。だんだんうるさく感じ始めてきた(治ったことにしてしまおうか)。
 昔、タイの田舎でホームステイしていたころ、変なものを食べたわけでもないけど、腹を壊したことがある。横になっていたら、「これを食え」と、おかゆがどんぶりいっぱい出てきた。
 どんどん食って、さっさと変なものは出してしまえということらしい。しんどい思いをしているところに、監視つきで、おかゆを食べさせられるのは、まさに拷問だった。
 以来、決して腹を壊したなんて言わない、調子が悪くても悟られないようにと、気をつけたものだった。
 さっさとよくなるのが一番なのだけど。


 
5月13日 <百聞は一見にしかず>
 ネットや友人からのメールでレシピを見るよりも、実際作っているのを見るほうが、勉強になる。
 見ていれば、どんな状態がベストなのか、何に気を配るのか分かるのだが、メールやネットでは、その微妙な部分が分からない。作ってみると、火の入れ具合や、分量があいまいで
これでいいのか?と思う部分がたくさんでてくる。
 もちろん、使う材料(肉質、ワインの質、野菜の味など)の違いで、同じ分量で作っても味はことなるのは、当たり前といえば当たり前。
 今週、牛タンシチューを仕込んだ。タン料理の得意なKさんからレシピを送ってもらい、その通りに作ったつもりだが、「これはこうでいいのか?」という部分がたくさん。
 おいしいことはおいしいのだが、これが、Kさんのタンシチューなのか?
 結局、レシピの行間は、自分で埋めるしかなく、何度か作って、試行錯誤をすることになるんだな。


 
 5月12日<原価計算>
 いろんなものが値上がりしている。
 レストランの原価もかなり厳しくなってきてるのは感じていたが、計算してみた。
 以前に計算したのは、5年前、店を開けるときだったはず。それからは、このくらい上げさせてください、このくらいなら許容範囲かな、という感じで値段を決めていた。
 とんかつ。最初は1枚60gだったが、いまでは大きな肉が仕入れられるようになり、100g〜120g。しかも、肉自体の値段も40%くらい上がっている。きびしいなぁ。
 ビーフストロガノフ。牛肉が上がって、サワークリーム、バター、フクロダケ、原材料すべてが値上がり…。
 日本では、原価3割がひとつの目安。ここではもっと高いが、原価率の低いもの、高いものの差が大きい。
 高いメニューのほうが、原価率も高い。一番低いのは空芯菜いため。でも青物はいたむので、かなりの分、廃棄する(実際は従業員が食べる)ことになる。
 悪いのは、パンを使った朝食。50%を超えている。良すぎるパンを使っている。市場のバゲットを使えば、もっと低くなるんだけれど…。これはほんとに奉仕品だなぁ。

 
5月11日 <セロリ>
 セロリなんて、うちの従業員は知らないだろうと思っていた。市場でも、中国野菜の売り場か、ズッキーニなどの西洋野菜の売り場くらいしか見たことがない。
 牛タンシチューの仕込み用(試作品)にセロリを買ってきた。「この野菜なんだっけ」と聞くから「セロリ」と答えたら、「あー」と言う。知っているのか?
 ちょっと多めに買ってきたので、残ってしまい、どうしようかなと思っていたら、「食べていい?」と聞く。
 「食べたことある?」には、「セロリはゆでて、カオピアックに入れるとおいしいよ」だって。ラオス語でもセロリというのか。
 私が初めてセロリを食べたのは、社会人になってから。ラオス人にとっても、身近な野菜じゃないと思うのだが…。
 そういえば、初めてニラを買ってきたときには、「パックペーンでしょ。実家にもはえてたよ」って言われた。
 あまり何も知らないと思っていてはいけないようだ。

 
 5月10日<100,000キップ札>
 100.000キップ札がビエンチャン遷都450周年記念で出たという話は聞いていた。でも、一度もお目にかかったことがなく、ほんとにあるのか疑ってもいた。
 見たことがあるという人がいたので、あるにはっても、印刷数も少ないらしいし、記念品扱いで、みんな使わないんじゃないのか、と思っていた。
 今日、市場でいつものように仕入れ。カオピアック屋で、隣のおばちゃんが、見たことのないお札を出している。バーツじゃない、ドルでもない、ユーロか?(市場じゃユーロは使えないか)
 「それ、なに」と聞くと、なんと100,000キップ札。初めて見ました。手にとって見せてもらい、「交換してくれる?」と聞くと、あっさりOK。
 お札は、5万キップ札より、ちょっと大きい(横に長い)。デザインはなんだかシンプル。タートルアンとワットホーパケオ。
  ここで貰ったのだから、偽札ってことはないだろうけれど、初めてなので、偽札でも私には分からない(従業員も初めてと言っている。給料から考えても彼らにはまだまだ縁のないお札かな)。
 買出し資金が100,000キップなくなった(使えなくなった)ので、今日の仕入れは少なめに。
 このお札、ご利益はある?
 
 5月8日<怖いもの見たさ>
 新しく出来たラーメン屋。お客さんの話では「まずい! 」とのこと。タイはラーメンブームとかで、日本人向けではなくラオス人向けではないかとの話も…。
 最初は行ってみようと思っていたのだが、まずいと聞いて躊躇。でも、どのくらいまずいのかという興味もある。「やっぱり一度は行っておこう。でも、あまり日本人に見られたくないなぁ」という気もし、ちょっと時間をずらして行った。そのせいか、客は他に1人だけ。
 で、とんこつラーメン(メニューにはTOKOTSUと書いてあった)とカツカレーを頼んだ。
 スープをひとくち。とんこつなのに色も味も薄い。インスタントのスープを半人前だけ溶いたよう。しなちくは、竹の子くささが残っている。これは、たしかにダメだ。
 カレーは…、問題外。カレーハウス?(もうつぶれた)もこれに似ていたような。タイ人向けってこうなのか? なぜかスープがついているのだが、お湯に醤油を落としただけのよう。
 従業員はニコやかにいらっしゃいませ、ありがとうございましたというけれど、日本人でリピートする人はいないだろう。
 口直しにうちでラーメン作って食べようかな。

 
5月5日<もう雨季?>
 今年の気候はちょっと変。3、4月に寒い日が続いたことがあり、いつもの年とかなり違う。そして、ゴールデンウィークだというのに雨。雨季には1カ月ほど早いのだが。
 昨日は、昼晴天で厳しい暑さ。レストランのエアコンを初めて入れた。
 しんどいなぁと思っていたら、日暮れから曇り始め、雷を伴う土砂降りになった。この天気はほんとに雨季そのもの。おかげで、かなり涼しくなった。これはうれしい。

 
 5月4日<また値上がり>
 市場に行って、びっくり。また値上がりだ。
 今度は豚肉。約20%アップ。日々値上がりしている気がする。売っているおばちゃんも、どんどん上がるで、しんどいと言っていた。
 牛肉も毎月少しずつ上がり、カレーを仕込むたびに、またかよとムッとしている。イカや鶏肉もどんどん値上がりしている。野菜は季節により上がったり下がったりするので、気にならないが、肉や加工品は下がることはほとんどない。
 聞けば、近くのレストランでも値上げをしているそうだ。そうだよねぇ。材料が2割3割と上がれば、売値も上げないと、利益がどんどん減っていく。 税金の値上がりとダブルパンチって感じ。
 うちもまた値上げしないと厳しくなってきた。昨年11月に上げたもの以外は、上げないと…。半年ごとに上げることになりそうだが、
そのくらい今のラオスはインフレなのだと思う。

 
 5月1日<ラジオ体操>
 帰国した際、時間があればボランティアに参加したいと思ったのだが、ふと今の自分に、肉体労働に耐えられるだけの体力があるのだろうかと不安になった。
 ラオスでは、スポーツはまったくやっていないし、運動といえば、毎朝市場へ自転車で行くくらい。東京でうろうろしているほうが、ラオスよりよっぽど歩いていると思う。
 朝、ラジオ体操をしてみた。第一はだいたい覚えていたが、第二はすっかり忘れている。
 で、思ったこと。ラジオ体操ってこんなにハードだったっけ。汗だくになるわけではないが、筋肉がピクピク。
  3日坊主にならないように、続けなければ。


 
 4月30日<税金アップ>
 昨日の日記に書いた税金の請求を確かめた。30%アップ。納税の用紙代まで、上がっている(そんなもん、いままでと一緒だろう!って怒鳴りたい)。
 昨年は10%だったのに、今年は30%。これじゃ、ビエンチャンの物価がどんどん上がるのは抑えようがないだろう。
 日本も震災復興もあり、増税が検討されている。それは分かるが、ラオスでは、増税の使われ方が見えないのが不満。税金の額が交渉で決まるってこっとから、なんだかなぁって感じ。
 他のお店も皆、同じように払っているのだろうか? ラオス人は納得しているのだろうか?

 
4月29日 <憂鬱な季節>
 毎年、この時期は家賃、税金の支払の時期である。家賃は3年間固定の契約(今年が3年目)なので、心配ないが、税金は、どんどん上がっていくので、今年はいくらか気を揉んでいる。
 しっかりしたシステムがあり、課税されるのならいいのだが、税金の額が交渉で決まるというのだから…。
 もちろん、ラオス人にお願いするのだが、私は言われた額を支払うしかなく、誰も信頼できそうにないところが一番つらい(日本人の私が行けば、おそらくもっと高い税金を言われるだろうけど…)
 少々上がるのはあきらめているが、今日、交渉で出た数字はなんと30%増し。まさか…。無事に終わることを祈るばかり。
 近所に閉店したところもある。うわさでは、税金の高さが原因のひとつだとか。その気持ち、よく分かります。
 税金が上がっても、売り上げが上がるわけではない。特にゲストハウスは供給過剰になりつつあると感じているので、値上げなんてできないし。あー憂鬱。


 
 4月27日<ラーメン屋の憂鬱>
 こだわりのラーメン屋は、スープの出来が悪いと、店を開けない、スープは破棄して作り直すなんて話をよく聞く。どのくらいでダメだと判断するのだろう?
 久しぶりにとんこつラーメンのスープを仕込んだ。材料は以前とかわらないが、豚骨、鶏がら、にぼしの量は前回よりも若干多めにした。2日間朝から晩まで煮込み続け、完成。味を見てみると、前回とちょっと違う。4、5回目の仕込みだが、毎回味が微妙に違う。今回は煮干の味がきつめに出ている。
 だんだん分からなくなってくる。これが、目指す味なのだろうか? 最初に仕込んだときは、おーうまいと単純に感動したのだが、作れば作るほど、もう少しここがよくならないだろうかなどど欲もでる。
 今回の出来は…、煮詰め方にもよるが、単純に具材を増やせはいいというわけではなさそうだ。
 そして、とんこつラーメンは痛風の天敵! 最初に仕込んだとき、うまいうまいと試食を繰り返していたら足に激痛が。それ以来、仕込むけれど、味見は少しだけ。よけいに分からなくなる。
 結局、常連さんに試食に来てもらった。うまいと言ってもらえて、とりあえず一安心。自分で試食して、よしこれだ!って言える日は、近い?

 
 4月21日<戻ってきました>
 一時帰国から戻ってきた。
 今回は障害保険と運転免許の更新が主な目的だったが、地震、津波、原発で、どうなっているか不安も若干あっての帰国だった。
 成田着で、東京、夜行バスで実家の石川県。石川から仙台、仙台から東京、成田発でラオスへ。
 ちょうど桜の季節。何年ぶりだろうか、どこもきれいでよかったが、寒さにはまいった。なにせ、仙台では雪模様。まさか4月で雪とは。ラオスとの気温差30度。日本にいる間も、戻ってきてからも、ちょっとこたえた。
 石川県は、いたって普通。仙台では、気仙沼に住む友人の話を聞くことができたが、行方不明者もいまだに増え続けているし、先が見えないのが、一番きついようだ。瓦礫処理のめどもたたないようでは、つらいだろうなと思う。 私と会うことで、多少の息抜きになっていればと思う。
 街は原発の影響で、どこもかしこも節電。
店は薄暗く、エスカレーターが動いていないところも。買い物は、なんとなく気持ちも暗くなる。コンビニも乳製品の棚は空、商品も隙間が目立つ。
 ラオスに来た当初、日本と違ってあれもない、これもない、停電もしばしばだったが、それも慣れた。ここはラオスなんだからと、気持ちの切り替えができたからだと思うが、震災の前後での生活の変化に皆、慣れるのだろうか。今は耐えられるかもしれないが…。以前と同じだけ電気が使える日が来るのだろうか。
 いろいろ考えさせられる一時帰国だった。


 
4月13日 <ピー マイ>
 14日からピーマイ、ラオス正月である。
 街中、いたるところで水かけが行われる。もちろん、うちの店の前でもやる。早朝はともかく、昼あたりからどこにいっても水びたしになる。
 ということで、いつもの年はどこにも出かけず寝正月にするのだが、今年は一時帰国することにしたので、水かけに会うことはないと思っていた。
 ところが、当然なことに、昨日、すでにあちこちで新年のパーティがあり、水をかけあっている。あぶないあぶない。
 買い物に行ったら、その店の前でもやっていて、思わず「やめろ」と言ってしまった。
 今年はちょっと前まで、寒い日もあり、どうなるかなと思っていたけど、もう最近は水かけにちょうど良い暑さとなり、皆ほっとしていることだろう。

 
4月12日 <日本はどのくらい寒い?>
 この時期に帰国するのは、初めて。ラオスは今とっても暑い時期(今年は例年よりも涼しいけれど)。
 短パン、Tシャツで十分なラオスから、日本へ戻ると、よけいに寒く感じる気もする。
 昔、夜の花見では、寒くてフリースを着ていたような気もするが、日中は半袖でちょうどよかったような気もする。
 暑いラオスで、フリースや長袖を引っ張りだして荷造り。それで、かばんが一杯になるのは、なんとなく変な気持ちがする。
 実家に戻ってしまえば、なんとかなるだろうが、それまでに風邪をひいては元も子もない。今回は、仙台へも立ち寄る予定だから、防寒は必要だろう。
 あとは、余震で交通、その他がマヒしないことを祈るばかり。無事、ラオスへ戻ってこれますように。

 
4月7日 <自粛モード?>
 4月に入って、観光客がぐっと減った。過去、この時期にこれほど減ったことはない。
 乱立したホテル、ゲストハウスの影響で、そう感じる可能性もあるが、ドミトリーの経営者も、ずいぶん減ったと言っていたので、やはり、観光客の絶対数が減っているのだろう。
 ゴールデンウィークに予約していたお客さんも、旅行を止めたとメールしてきた。
 日本人が減るのは、やはり地震の影響か。
 お客さんから、「日本でも、日光のホテルはお客さんが1組だけしかいない状態」という話を聞いた。築地も、料理屋もガラガラだというし、花見は自粛らしいし。
 GH、レストランを経営していると、ひとごととは思えない。お客さんが減っても、家賃はかかるし、税金も減額されるわけではない。
 あまり、自粛自粛といわないで、普通の生活に早く戻って欲しいものだ。

 
4月6日 <証明写真>
 朝、書類申請用の写真を撮りにいった。
 撮影後すぐに印刷されるスピード写真は値段が高く、夕方の仕上がりにした。12枚で20,000キップ。お手ごろ価格。
 服装はいつもと同じ白のTシャツ(まぁ問題ないだろう)。
 写真を取りにいくと、受け取り待ちのケースには、他のお客さんの写真もたくさん入っていて、ネクタイ、スーツ姿のものが多い。
 やっぱり写真が必要な人は、こんな格好で撮影にくるんだ、なんて眺めていた。
 で、私の写真を見てみると、私もスーツ姿になっている。デジタルカメラだから、合成したようだ。どうやら他の人もそうらしい。
 あらあら。証明写真だけど加工していいの? ラオスの書類なら問題ないか。
 これを見て最初に思ったこと…、遺影ってこうやって加工するんだよなあ。私はTシャツ姿のままでよかったのに。
 
 4月4 KHONG BEER
 最近、青いNAM KHONG BEER の看板をよく見かけるようになった。
 ビアラオ、タイガーに続く新しいビールのようだ。ビアラオやタイガーはレストランの看板などに多いが、ナムコンビールは、どちらかというと、雑貨屋、小売店に多い。
 小売店では1本7,000〜8,000キップぐらい。1ケースで80,000キップを切る値付けDE、ビアラオ、タイガーよりも安い。ラオス人にたくさん飲んでもらおうということか…。
 ためしに1本飲んでみた。うーん、冷やしがちょっと足りなかったこともあるが、あんまりおいしくないなぁ。売れているのだろうか?
 ビアラオの出したランサーンビールの二の舞になるのでは…。

 
 4月3日<やっぱりうるさい!>
 年に何回かあるお寺の日。
 朝から大きな音で読経と音楽が流される。いつもは5時くらいからなのだが、今朝はなんと夜中の2時半。
 うるさくて目が覚めた。読経するのはかまわない。なぜ、マイクを使って大音量でやるのか。伝統だなんて言わせない。
 だって、音響設備、電気がない時代にもやっていたはずだから。

 
 3月31日<残り物>
 晩飯は、私も従業員も、残り物でのまかないがほとんど。昼のまかないの残りだったり、傷みはじめた野菜の炒めものだったり…。
 ビーフストロガノフを仕込んだ日は、1人前ずつ小分けした余りを味見を兼ねて。オーダーされ、多めに作りすぎたものという日もある。
 ナス2本というと、どんなに大きくても2本切る。ニンジン半分、タマネギ半分でも同じ。
 出来上がるものは当然多くなる。最初は量を考えろと言っていたけれど、少し多めにできても、味の確認にもなるし晩飯に食べればいいかと、そのまま作ることが多くなった。
 で、この残り物や、お土産にもらった副菜は従業員も狙っている。特に肉が入ったものは、つまみ食いでいつの間にか、肉のない皿が残っている(レバニラ…ニラとモヤシしかないぞ)。
 昨日は私の聞き間違いで作ってしまったしょうが焼き。店を閉めたあと、私が食べていたら、「私が食べるって言うの忘れてた」とちょっとくやしそうにしていた。
 お土産にもらったタラコ。冷蔵庫から出すと、こちらを見ている。
 「食べる?」と聞くと、食べるというので、二はらのうち一はらをあげた。
 レンジでチンして食べて、「おいしい」だって。

 *ラオスでは、ものを食べているときに、知り合いが通ったら、「いっしょに食べる?」と聞くのがあたりまえ。独り占めして食べるのはNGです。

 
 3月29日<オーブン新調>
 オーブンの調子が悪くなったのは、今年に入ってから。カレーの仕込みに使っているが、以前から温度が上がりが悪くて、時間がかかって、しんどい思いをしていた。
 ガス屋に問い合わせると、2つのメーカーのものがあるとのこと。今使っているメーカーはあまりよくない、もうひとつのほうがいいという。値引きもするから、買い換えろという。値段は7,000バーツちょっと。
 うーん、高いなあ。オーブンがないとカレーの仕込みに支障がでる。仕方ないか。
 で、注文したらアっという間に持ってきた。中をのぞくと、天板も火口の形もサイズもすべていっしょ。台座の高さがちょっと違うだけ。
 統一規格なのか? メーカーの違いってなんだ? こっちがいいって、同じじゃないか。
 前のオーブンも5年もったから、それくらいは使えるだろうし、まあ、いいか。

 
 3月28日<異常気象>
 今日もまた涼しい。もうすぐ4月だというのに、暑くない。先々週は4日間、雨が続き、とっても寒い日が続いた。先週は少し暑くなったが、昨日、今日と曇り空で、雨もぽつりぽつり。
 朝10時の気温22度。寒いなぁ。日本の気温は…、東京10度!
 もうすぐ桜の季節だというのに、なんでそんなに寒いんだ? 4月の中旬には、もう少し暖かくなっているんだろうか。

 
 3月27日<一時帰国>
 今年のピーマイ(ラオ正月)は4月14(木)、15(金)、16(土)の3日間。
 うちのまわりは、水かけでビショビショになるエリアなので、店は開けられない(もちろん、店の前でもかけまくっている)。
 17日は日曜日なので、レストランは4連休。ちょうど、保険の更新、免許の更新をしなければいけないので、13日から21日まで一時帰国することにしていた。
 いつもなら、誰と会って、どこに行ってと予定を組むのだが、震災の影響で、どうなっているのか見当もつかない。
 計画停電もありそうだし、なんだか連絡をとって会いましょうって言うのもはばかられる(帰国するのを知っている人から時間がとれるよって連絡くれるのを待とうか…)。
 そう思っていたら、今度は飛行機がキャンセルになり、ラオスに戻る日が1日ずれることになった。
 さてさて、どうしよう…。


 
3月26日 <日本語スピーチ大会>
 今年の日本語スピーチ大会にも、うちの従業員サン君が参加。大会は第8回で、彼は4回目の出場。おそらく最多。
 昨年は武道センターだったが、今年はビエンチャン高校の体育館。飲食や展示、販売のブースも出ていた。
 2時前に会場に行ったが、午前中からアトラクションなどがあり、予想以上に人がいて、ちょっとびっくり。
 体育館、しかも模擬店まで出ているからだろう、コンテストが始まっても、なにかざわついている感じがする。スピーカーの声もちょっと聞きづらい(マイクの使い方、声質もあると思うけど)。
 中級出場者は5名。いままで、もっと多かったと思うが、応募者が少ないためか、それとも厳選して絞ったのか。
 これなら楽勝だろうな、今年こそ優勝して日本に行くか今年は震災の影響で、あまり楽しい旅行ではないかも…なんて思って開始を待った。
 一人目、お坊さん。中級というより初級レベルか。2人目は日本にも行ったことがある子。うまいけど質疑応答がいまひとつ。3人目はそこそこうまいし、質疑応答もそつなくこなす(質問のレベルに差がありすぎる気がする)。
 4人目、サン君。ちょっと演技過剰だけど、まずまず。5人目、初級レベル。
 結果、サン君は2位(1位は3番目の子で、彼も日本にいたことがあるらしい)。
 昨年は2位の子も日本へ行けたそうで、今年も行けそうだという。
 おめでとう。
 一度も日本にいったことがなくて、ここまで話せるサン君は、やっぱり優秀なのだ。

 
 3月19日<被災地ボランティア>
 震災の支援についての記事を新聞で見かけるようになった。ガソリン不足から、物資が現地に届かないとか、倉庫に積まれたままだとか…。
 ボランティア希望者が現地に向かっているとの記事もある。私は2005年の新潟地震のときに、1週間雪かきをしに行ったことがある。
 そのとき感じたこと。ボランティアをと、むやみに現地に入ってもかえって迷惑な場合もある。現場を仕切る体制、スタッフがいないと支援にならない(現地の人が必要としているガソリンや食料をボランティアが消費しては意味がない)。
 物資も必要以上になれば、邪魔になってしまう。新潟では、使用されない物資が倉庫(体育館だったかも)に山積みにされたままだった。私が入ったのは、状況が落ち着きつつある時期だったこともあるけれど、善意で送られたものを捨てるわけにも、置いておくわけにもいかずとスタッフの方が嘆いていた。
 義援金が一番いいのかなと思うが、ちゃんとしたところに出さないと、現地に届かないんじゃないのって不安もある…。
 そういえば、大使館からのメールで、ラオス政府から10万米ドルの義援金が贈られたという。そんなに出せるのか、とちょっとびっくり(失礼かな)。また税金があがりそうな気がする。


 
3月17日 <寒い>
 雨が続き、今日で3日目。
 気温はどんどん下がっていく。今日はついに20度を下回った。温度計は18度。すっかり寒季に戻ってしまった感じ。
 午後、小雨の中、自転車の修理と市場へ買出し。どちらも、七輪に炭を入れ、暖をとっていた。
 そこで思うのはやはり被災地のこと。もっと寒い中で耐えているのだと思うと心が痛む。
 救援物資が現地に届かないと新聞に出ている。政府のみなさん、しっかりお願いします。

 
 3月15日<雨>
 昨夜から雨が降っている。
 雨季には早いが気温が下がって、いい雨。
 朝、市場へ向かうときは上がっていた。1時間ぐらいならもつかなと、かさを持たずに出かけたのが失敗だった。途中で、降り出した。けっこう強い。しかも今日も荷物は多い。
 しかたなく、市場でかっぱを買った。15,000キップ。手を通そうとしたらいきなり袖が破れた。
交換してもらって、慎重に着るが、かっぱの帽子を頭にかぶせたところで、つなぎ目が半分破れた。ひどいもんだなぁ。
 しかも、こんなときにかぎって、パンク。濡れながら自転車を押して帰ってきた。いままでなら、なんだよこりゃって怒りがわくのだが、今日は違った。
 日本は今、被災地の人はもっとひどい状態に耐えていると思うと、これくらいなんともないと思う。水も食料も不足しているそうだが、ここからは送ることもできない。
 私の友人の一人が気仙沼に住んでいる。いまだ連絡がとれない。無事を祈るばかり。

 
 3月14日<停電>
 ニュースに、日本は3時間ごとの輪番停電を実施すると出ていた。交通機関、工場などにかなりの影響がでるだろうとも。
 ラオスもときどき停電する。昨年郊外では、夜中、ずっと停電で暑い中、エアコンはもちろん扇風機もつかえない日々が続いたこともあった(うちは町の真ん中なので、大丈夫だった)。
 ピーマイのときは朝から夕方5時くらいまでという長時間の停電もあったが、まだ電気こないねぇと言いながら、お客さんと水かけをして遊んでいた(気楽なものだ)。
  最初ラオスに来たころは、私もかなりいらいら、おろおろしていたが、いまでは、「またか、近所も停電でしょ。待つしかないね」って気になるようになった(うちだけが停電だと、パニックになるけれど)。
 ラオスで時間におわれない生活だから、こういう気持ちになれる。でも、日本はそうはいかないでしょう。

 
3月10日 <ウェデイングパーティ>
 となりの「TRUE COLOUR」の子が結婚するというので、パーティに呼ばれた。
 平日夜7時からで、店もあるし、町外れのため、車がないから欠席するつもりだったが、迎えに来てくれるし、店は大丈夫だから行けと言われて、行くことにした(店にいちゃいけないような、追い立てられたような…)。
 迎えは6時半にきて、会場には7時ちょうどに到着。ところが人が誰もいない。受付などのスタッフが数人いるだけ。一緒に行ったご高齢の女性、U先生と待つが、お客さんが集まる気配がまったくない。
 テーブルに案内されて、とりあえずビールを飲んで待つ。大音量の音楽だけが鳴り響く(これがなければ、静かで虫の声を楽しむこともできそうなのにねえ。近くに民家はないようだが、うるさいって感じないのかなぁ)。
 1時間過ぎたころ、ようやく人が集まり始め、パーティが始まった(隣りのテーブルは司会のあいさつの前に勝手に始めていたけれど…)。
 食事は野菜炒め、蒸し肉、グリーンカレー、ヤムニョー(辛いサラダ)、そしてご飯とカオプン(ソーメン)。もちろんご飯も料理もすっかり冷めているので、おいしいとはいえない。
 軽く食べて、新郎新婦がテーブルにあいさつにきたのはもう9時過ぎ。U先生も疲れているし、私も店のことが気になるので、我がままを言って退散することにした。
 ラオスの結婚式は、案内時間に始まることはないらしい。そして、大音量の音楽とともに、パーティは夜中の12時まで続くのだそうだ。

 
 3月9日<おでん>
 おきゃくさんのリクエストでおでんを作ることに。「具材は日本から持ってくる」とのこと。
 ゴボウ天、餅入りきんちゃく、ちくわ、すりみ、コンニャクなど…。こちらで用意したのは牛すじ、タマゴ、ダイコン、昆布、ジャガイモ。
 出し汁に味をつけ、煮込む。それはいいのだが、困ったことがひとつ。従業員から「これ、なに?」と聞かれること。
 ゴボウってどう説明する? コンニャクは、イモからできていて…。きんちゃくは…。
 きっと残るから、食べてみて。それが一番分かりやすいだろう(うまいというだけで、なんだか分からないかもしれないけれど)。

 
 <リピーター>
 長くやっていると、帰国された以前にいらした方が、また来てくださることがある。2月に一人、今月には2人いらっしゃることになっている。
 旅行者の場合もあれば、仕事をされていた方もある。従業員も覚えていて、お土産までもらったりすることもしばしば。
 ありがとうございます。こうしてまた会えるのは、とてもありがたいし、うれしいことです。
 今日もまたそういう方がいらした。仕事をされていたころは、よく夕方ビールをごちそうになったものである。
 帰国されて1年半ぐらいたっただろうか。うちの従業員が替っていないのを見て、「ラオスにしてはめずらしくない? どうして?」と聞かれた(私に聞かれてもなぁ)。
 昨日は、1月に帰国された方からメールをいただいた。4月からまたラオスとのこと。
 楽しみに待ってます。

 
 3月7日<本>
 こちらで仕事をされている方から「ラオスに関する本、なんでもいいからある?」と聞かれ、思い浮かぶ本が2,3冊。本棚を探すが見当たらない。
 正月に自分で持ってきた本もない。本をいただいても本棚があふれないのは、抜かれているとしか考えられない。
 在住の方には無料で貸し出しているから、旅行者だろう(いつまでたっても返さない協力隊員もいるけど)。
 日本人のモラルも落ちたものだ。以前、万引きを捕まえた本屋がバッシングさえたことがあった。それも変な話だよなぁ。
 この話題を日記に書くのは何度目だろう。いつも監視しているのも馬鹿みたいだし、そのくらいなら、本を置かないほうがましか…。
 泥棒なんかいなければ…。最近のニュースでも、カンニングするのがいるから、監視するほうも大変だし、携帯預けたりとか、まじめに受けている人も迷惑するんだよな。
 
 3月4日<マンゴーの季節>
 今年もマンゴーの季節となった。
 市場には、マンゴーがたくさん出回っている。1kg5,000キップ(60円くらい)。安い!
 さっそく買って試食。やっぱりうまいなー。これは日本じゃ味わえないんだよなー。
 この季節に旅行にきたら、忘れずに食べてほしい。これからしばらくはおやつはマンゴーにしようかな。

 
2月27日 <掃除>
 何もない日曜日。ということで、ガスレンジの掃除を始めた。磨き始めると、その周りの油汚れも気になり、結局、調理台、レンジ台を移動しての大掃除になった。
 最初は一人でのんびりやっていたが、住み込みの子2人も、見ているだけではいけないと思ったのか、手伝い始めた(こういうところはいいところ)。
 ラオス人が掃除下手と言われる。掃除してと言っても、見えるところだけ軽く拭いて、落ちない汚れはほったらかしというのが普通。
 こうしていっしょに掃除をして、きれいになるんだってことも覚えてくれればいいなと思う。
 掃除も一人でやるより、みんなでやるほうが、気持ち入っていいのだが、彼女たちはどうなんだろう? 仕事だから手伝ってはいるけれど、めんどくさいと思っているのか、それとも、よーしきれいにしよう、掃除って楽しいって思っているのか。
 昼、ごほうびに何が食べたいと聞くと、パンと言うので、たくさんパンを買ってきた。でも、やっぱり昼に食べていたのはカオピアックだった。


 
 2月26日<不機嫌な私>
 今日は土曜。かなり気温も上昇、疲れがたまっているように感じる。
 夜、給水器が壊れて修理。終わったのは夜8時。お客さんもひけて、今週も無事終わったとほっとしたあとだった(ちょっとフライングして、ジントニックを一口)・
 閉店時間まじかにお客さん。最近何度かいらっしゃったことがあるので、顔は知っている。
従業員にメニューにないものを作ってと言っている。閉店間際だし、メニューにあるもの頼んでほしい。とにかく作って出した。うまいと言われても、あまり嬉しくない。
 そのせいか、お客がからみはじめた。「いらっしゃいませも言わない、従業員に笑顔もない、こんなのでいいのか。私は20年、心をとざしてきました。あなたもとざしてますね。私はあなたの友達です…」
 なんかの宗教? 従業員は好きな人にしか笑顔をみせないし、私はあなたの友達ではない。閉店時間もだいぶ過ぎている、そろそろ帰ってほしくなる…。
 やっぱり疲れがたまって不機嫌なんだろうな。客商売ではよくないと分かっていてもどうしようもなかった。
 ちょっと軽く飲みましょうよって言う常連さんなら大歓迎なんだけど…。

 
 2月25日<気温上昇>
 3階の私の部屋。熱気がこもりだした。朝も30℃を切らなくなった。日中は34度を超えている。日本なら、真夏日、熱帯夜。
 でもこれは序の口。これからどんどん暑くなる。それでも、今年はエアコンがあるから余裕がある。
 本格的に暑くなる前に試運転してみたら、ちゃんと冷気がでてきた。快適、快適。
 隣は住み込みの子の部屋。そっちも同じくらい暑いだろう。ちょっと妬まれそうだなぁ。

 
2月24日A<地震>
 ニュージーランドの地震、連日新聞に悲惨な状況が報道されている。そんななか、ラオスでも地震があった。
 23日夜の11時ごろ、部屋がぐらっと揺れた。さほど大きな地震ではない感じで、そのまま眠りについた(後日の新聞によれば、震源地はラオス中部、マグニチュード4.7だったらしい)。
 ニュージーランドでは、ビルが倒壊した写真がたくさん出ているが、もしラオスで、同じ規模の地震があったら、もっとひどいことになるのでは。ラオスは地震のない国かと思っていたが、地震の少ない国と思ったほうがいいのかも。
 今もまだ建築ラッシュ。どれを見てもとても頑丈に作っているとは思えない。隣りの路地を入ったところでも細長いビルを建築中。
 4階建てぐらいかと見ていたら、どんどん伸びて6階ができ、さらに上を作っている。大丈夫なのか心配になる。
 地震じゃなくても、上から何か落とされたら、と思うと、ここは通りたくないのだが…。

 
 2月24日<お通夜>
 隣りのゲストハウスのおじいちゃんがなくなった。自宅ではなくて、隣りでお通夜。
 GHのロビーに写真をかざり、表にテーブルを出して、人が集まっている。
 夜中もろうそくの火を消さないためか、夜どうし人が家の前にいて、ビールを飲んでトランプをしている。
 まあ、それはいいのだが、酔ってカードとなると声がでかくなるし、歓声をあげたりする。これが一晩中ではたまらない。しかも5日間これを続けるという。
 今朝、「うるさくて眠れない」と言ったが、分かってくれただろうか。
 ラオス人は音に鈍感なのでは…。結婚式やお祭りでは、でかいスピーカーで音楽をかけるし、毎晩、犬が吼えても飼い主は知らん顔。彼らは眠れるようで、不思議。隣りのGH作っていたときもそうだけど、もう少し近所に配慮できないのかしら。

 
 2月23日<原稿依頼>
 JVCラオスチームから機関誌「ラオスの暮らし」の原稿依頼を受けていた。
 600字+写真。600字って原稿用紙1枚半。小学校のころ、作文、感想文が苦手だった私。1枚半というとかなりの量というイメージがあった。書き始めたらあっという間に600字に。
 もっと書けるけど制限があるから、逆に、オーバーを削除する作業になってしまった。
 いつの間にこんなに書けるようになったのか。まぁ5年間、愚痴ばっかりの日記を書いてきたおかげかも(これで約200字か)。

 2月21日<消火器販売>
 今年も来ました消火器販売。「警察の方から来ました」ではなくて、警察が。
 昨年4月にも、古いから交換しろといって1本買わされた。価格200,000キップ(25ドルくらい)。で、今年は、1本480,000キップ。なんだよ、倍以上かよ。まさに押し売りのよう。
 しかも警察だから断りようがない。まだ1年たってないし、高すぎるなんてぼやいていたら、となりのGHも、True Colourも同じ値段だからと従業員にさとされた。
 今回は、なんと取り付けまでしていった。レストランの厨房入り口、高さ1.5m。これじゃ、従業員の女の子は下ろせないんじゃないの。
 使い方も英語表記で分からないよなぁ(ラオス語だと私が分からないけど)。
 結局オブジェとなるようで…。

 
2月18日 <フリーペーパー>
 ラオスで発行されているフリーペーパーは3つある。今日ジャンピングツアー(ヴィエンチャンにある日系旅行会社)に行って知った。「テイスト・オブ・ラオス」「GOラオス」「VISIT LAOS」の3つ。「GO」は昨年から、VISIT今年からの発行。
 3つを比べてみると、地図は大判の「テイスト」がよい。「GO」には飛行機、バスの時刻表がついているのが嬉しい。記事は両紙とも互角か。
 残念ながら今年出た「VISIT」は記事も地図も、他紙と比べるとかなり見劣りするなぁ。ページ数はそこそこあるが、英語の記事に日本語訳がついているため、内容は半分しかない。ターゲットは誰なんだろう? 2兎追うものは1兎も得ずって感じがする。
 ちなみにうちが出ているのは「テイスト」のみ。「GO」には、地図にゲストハウスとして記載されているだけで、レストランはなし。そして「VISIT」にはまったく出ていない。うちが知られていないのか、広告費を出しそうにないからと、相手にされていないのか。
 ということで、うちには「テイスト」だけが置いてある。それも届いて一週間で全部なくなってしまうけれど…。


 
 2月17日<メールの文面>
 先日の傷害保険に関する質問の回答がようやく来た。
 なかなか返事がこなくて、別の保険会社のHPから問い合わせたら、なんと今と同じ代理店へ送信されていた。その代理店は数社の保険を取り扱っていたのだ。HPを見ても気づかなかった私が馬鹿なのだが。
 その問い合わせにも、もと出したメールにも無反応、ということで、ちょっとイラついていたのもあるのだが、今日のメールを読んだ最初の印象は、「うちの対応がいやなら他の代理店を探しな、うちの保険は帰国日に切れるから」という感じ。
 でも、実際はこんな文面では全然ない。しばらくしてもう一度読めば、うちでは重複加入はできません。残念ながらご理解いただけないならば他をお探しくださいと記載があるだけ。
 私のイライラが別の意味に読ませただけだった。
 同じ文面でも、言葉が足りなかったり、表情が見えないことで、誤解を招くこともある。私の日記やメールも受け手によってイメージは違うのだろうな(絵文字をいれたりするほどまめじゃないし)。

 
 2月15日<こまる質問>
 レストランのお客さん、煮魚定食を指差して「これっておいしいですか?」と聞く。「おいしいですよ」としか答えようがない。
 どのメニューでも、作っている本人が「おいしくないから、やめたほうがいい」なんて言うはずがない(それだったらメニューからはずす)。
 一度、旅行者が食事中のお客さんに向かって、「ここっておいしいですか?」って聞いたこともあった(私がいることに気づいていないようだ日本語が通じない店なら気にすることはない)。
 聞かれたお客さんも、おいしいですよとしか答えられないだろう。
 とはいえ、始めたころから出しているメニューで、実は一度も食べたことがないものがある。
 それは、ミューズリー。ドライフルーツのような、欧米人の朝食の定番らしい。出せといわれて出したけど、食べたいと思わない。
 もし日本人に「ミューズリーっておいしいですか?」と聞かれたら、どう答えるだろう…。
 「欧米人は好きみたいですけど、どうなんでしょうねぇ」って答えるしかないかな。

 
 2月14日<海外傷害保険>
 もうすぐここを始めて5年、今加入している傷害保険が満期になる。代理店に問い合わせたところ、一度帰国しないと更新(再加入)手続きができないとのこと。
 しかも、そのときは、帰国した時点で、今入っている保険が解約になり、次に出国するまで、新規の保険は有効にならないという。
 今入っている保険は、一時帰国時も保証されるタイプ。なのに保険期間中に帰国、再加入する場合は帰国中が保証外となるなんて。
 では、他の保険会社のものに加入すると、どうなるのか?と問い合わせたら、返信がこなくなった。
 どういうこと? 他の保険会社のに入るなら解約されないのか?
 昨年、やけどで保険を利用した。やっぱり保険には入っておきたい。3カ月ごとに帰国できるのなら、カードの保険で十分なのだが、そういうわけにもいかないし。別の代理店、さがさないとダメなのか…。

 
2月8日<値上がり止まらず…>
 新聞で、タイで食用油などが値上がりしているという記事を見かける。
 もちろん、ラオスはその影響をもろに受けるので、どんどん値上がりする。あっという間に2割3割と上がってしまった。
 市場で買っているミーコープ(クリスピーヌードル)も値上がりした。たしかに揚げ麺なので、油が上がれば原価が上がるので、仕方がないのだが…。「油の値段が上がったから値上げ、下がったら元に戻す」と言われた。
 牛肉、鶏肉、エビもイカも、どんどん値上がりしていく。野菜は季節により変動し、今はまだ安いのだが、マックナオ(ライム)が今週、倍になった。
 少しならいいのだが、簡単に1割、2割上がりするのはつらいなぁ。
 この国でも卵の値段は安定している。Lサイズ10個10,000キップ。これは5年前とかわらないなぁ。

 
2月7日 <PREMIUM ナンプラー>
 おいしいナンプラー(魚醤、ラオス語だとナンパー)があると聞いていた。混ぜ物がないらしい。タイのTESCOで買えるそうで、一度見せてもらった。
 先日、買出しにノンカイへ行った際に1つ購入してみた。値段は普通の3、4倍。うちの従業員がごはんにかけて食べていたので、聞いてみたら、普通のよりもおいしいという(そう、ラオス人はご飯に直接ナンプラーをかけて食べる)。
 うちでナンプラーを使うのはラーメンに少量のみ。従業員に食べさせるにはぜいたく。普通のナンプラーでがまんしてね。
 ちなみにオイスターソースもあったが、こちらは次の機会に買おうと思う。
 

 
 2月6日<新聞>
 今、レストランに新聞が置いてある。長期でお泊りのお客さんがとっているものを、読み終わったあと、いただいている。
 私も毎日、新聞を楽しませてもらっている。インターネットの場合、見出しから選んだ記事しか見えないが、新聞だと紙面のいろんな記事が目に入ってくる。こちらのほうが、広く見られてよいなぁと思う。
 この新聞を目当てに来ているお客さんも増えたように思う。
 今あるのは、読売新聞の海外衛星版。タイから毎日その日に送られてくる。月100ドル(ちょっと高め)。
 お客さんが帰国された後、うちで継続するか思案中です。


 
 2月2日<中国正月>
 中国正月が近づき、市場も正月用の飾りや、おかしなどを売り始めた。今日は、朝から人が多い。正月の買出しのようで、なんとなく私も気持ちが高ぶる。
 中国正月といえば、ちまき。季節ものでもあるし、今年も1つ買って従業員と一緒に食べることにした。
 市場のなか、どこでも売っているのだが、やっぱり人が多く集まっている店で買うことに。
 日持ちのするものだけど、昨日から市場に置きっぱなしかと思われるような店では買いたくない。
 そうすると、やっぱり人が集まっているところになってしまう(とはいえ、どこも変わらないんだろうなぁ)。
 丸い棒型と四角い角型があるが、今年は棒型を買った。中心に肉が入って、周りはもち米。 うん、うまいなぁ。食べすぎに気をつけないと。

 
2月1日 <手紙>
 日本に帰られた方から手紙をいただいた。よくお店に来ていただき、一緒にビールを飲んだ方。
 常連さんも帰国してしまうと、なかなか連絡がとれない方がほとんど。お店では良く話をしても、メールアドレスを交換していない人も多く、仕方がないのだが(私から積極的に聞かないのもいけないのだろう)。
 こうして、帰国した後でも気にかけていただけるのは、本当にうれしいもの。
 ラオスに来た当初は、日本から年賀状も届いたのだが、いまではそれもなくなってしまった。これも、私が年賀状を出さなくなったのがいけないのだろう。
 来年こそはだすようがんばろう。


 
 1月30日<ノンカイでお買い物 1>
 久しぶりにノンカイで買い物。
 朝はまだ、気温も低く、よく晴れていてとても気持ちよい。ローカルバスで、橋までいって、タイに入国したあと、散歩をかねて歩く。
 日本食材の店ができたと聞いたので、まずはそこへ。イミグレを通って、左に曲がってすぐ、線路を越えたあたりと聞いたが、それらしいお店がない。9時前なので、まだ店が閉まっているのかなぁ。しばらく行くと、お店を発見。EBISUと看板が出ているから、ここだろう。(全然、橋からすぐじゃないなぁ。でも皆、車だからか…。でも、聞いたのと道の反対側だぞ?)
 お店は、冷凍庫が並んでいて、コンビニとくらべると、商品が少なく感じる。「がらんとしてるなぁ」が、第一印象。
 とはいえ、冷凍庫には、肉、魚類、ぎょうざなんかもある。冷凍食品は、車じゃない私は見送り。
 ソースなど調味料をチェック。醤油はラオスで買うより少し安い。もう少し歩いて、TESCOへいくつもりなので、醤油1つだけ買って終わりにした。
 車があれば、もう少しいろんなものが買えるのになぁ。


<ノンカイへお買い物 2>
 TESCOはしばらく来なかったら、お店のレイアウトが変わっていた。以前はこの辺にあったけど、なんて思いながら、買い物をする。こういう気分転換もいい。
 フードコートも模様替え。店が増えている。一番端に日本食の店がある。らーめん、やきそば、たこやきなんかが出ている。
 メニューはタイ語のみ。味噌らーめんも翻訳ではなくて、発音そのまま書いてある。
 ためしに食べてみた。
 味噌らーめんを注文したはずなのに、スープはにごった醤油らーめんのよう。味噌の味がしない。
 麺は中太、ゆですぎで歯ごたえなし。のびたという以前に、麺がまずい。
 作っていたにいちゃんにオーナーは日本人かと聞いたら、「分からない」との答え。私の質問が分からないのか、オーナーを知らないのか。
 でも、日本人のオーナーなら、これを出すことはないだろう。腹は膨れたけど、満足感は全く無し。こんなところで、日本食を食べようとした私が馬鹿だった


 
 1月29日<夜中の事故>
 夜中、車のスリップ音のあとにガシャンとぶつかる音で目が覚める。時計を見ると2時半。
うちじゃないなと思うが、近そう。
 隣の部屋のドアが開く音も聞こえる。2階のベランダからのぞくと、隣の前の道に人が集まっているが、状況はつかめない。
 外に出て、びっくり。隣のゲストハウスの側面(ガラス張り)に車が突っ込んでいる。1m先ぐらいのところで、従業員が寝ていたのでは?
 車の前はつぶれているが、運転席は大丈夫そう。少しずれて、GHの角の柱に衝突したら、運転手も無事ではないだろうし、GHも柱がくだけていたのでは?
 おー、こわっ(うちじゃなくて、ほんとに良かった)。
 おそらく、酔っ払い運転。ちゃんと弁償するのか? 警察もこういうのを取り締まればいいのにねぇ。

 
 1月28日<法要?>
 店の前のお寺(ワット・ミーサイ)が騒がしい。
 何かの法要なのか、大勢の人が来ている。なんとバス4台の団体。皆、白い服に黄色の布を肩からかけた、年寄りばかり。読経だけでなく、太鼓をたたいたりもしている(関係ない私には、かなりうるさいんだよなぁ)。
 1日で終わるかと思ったら、なんと3日続いた。聞けば、カンボジアからの団体だという。
どうして、カンボジアから? どうして、このお寺?

 
 1月26日<時間>
 夜9時にレストランは閉店。
 気がつくと、店員が後片付けを始めている。まだ、9時には少しあるのになぁ。
 で、ゲストハウスの時計を見る、9時を過ぎている。私の時計は8時55分だった。
 どの時計が正確?
 私の目覚まし時計は、ラオスへ戻る前に電池がなくなり交換したが、何を見て合わせたんだっけ? 携帯もバッテリーをはずすと自分で時計設定をするから、これもあやしい。PCは…。
 どれもちょっとずつずれていそうな気がする。日本なら、時報に電話をしてあわせることもできるが、ラオスで時報なんてあるのか? ためしに日本の「177」にかけたが、つながらない。
 177じゃない時報の番号もあったはずだが、覚えていない。タイのテレビで時刻表示をしているのがあったような…。
 こんな話をしていたら、今、日本の放送はアナログからデジタルに移行中。で、同じ放送を同時に見ていると、デジタルのほうが数秒遅れているそうだ。
 とはいえ、ラオスじゃそんな正確な時間が必要なことはなにもない。バスが時刻どおりに走るわけでもないし、ラオス人が5分、10分を気にすることもない。
 
 1月25日<気温>
 ここ2、3日、気温が上がり始めた。
 年末帰国した際、温度計つきの時計を買ってきたが、私の部屋は26度。ここちよい。
 日中、外は日差しが強くなり、かなり暑くなっている。直射日光のあたる外のテーブルでは、なんと40度。もうそこまで暑くなっているのか(この温度計は壊れていない?)。
 レストランのなかは26度で、この差にもびっくり。そろそろ、寒季もおしまいか。
 ここちよい気候の日々はあっという間に過ぎ去り、暑くなるのかと思うとちょっと憂鬱でもある。

 
 1月21日<LAO DEE>
 LAO DEEという会社がある。
 日本の方々がラム酒を作っている会社である。私が始めたころ、何度かGHも利用していただいた。
 今日、HP管理人がラオスに来ていることもあり、Iさんと飲む機会を得た。サトウキビの栽培からやっているそうで、酒造りから、ワインなど他のお酒の話と尽きることがない(私は知識がないので、聞いているだけだったが、本当にお酒が好きなんだなぁと思う)。
 「ラオスのためにという意識はもうなく、ラオスでやらせてもらっている、いっしょに働くラオス人が幸せになればと思う」との話もあった。
 私も似たような気持ちでやらせてもらっているが、こういう人ととは気持ちよく仕事ができるような気がする。
 ラム酒は空港、ピンポンマーケットで買えるそうだ(SAKURANではお店で飲める)。
 応援しています、がんばってください。

 
 1月18日<カレンダー>
 あるNGOからカレンダーが届いた。年が明けてから2週間以上、今になってどうして?って感じ。
 たしかに昨年末にカレンダーがあるか尋ねたけれど、そのときはないという返事だった。
 その後、連絡もなかったので、別のカレンダーを用意した。以前は、事務所も近く、スタッフの方もよく顔を出してくれていたが、今はちょっと遠くなった気がする。
 数年前の洪水被害に対し、うちからもSVAとラオスのこどもに寄付をしたが、それは、スタッフの方からお店で被害状況や支援をしようとしているという話が聞けたからだった。
 うちはあまり出歩くことがないので、お店で待つ状態が多い。もう少し、顔を合わせる機会が多いと、NGOの活動も、もっと分かるのだが…。


 
 1月15日<ぬるい麺>
 今日のまかないの昼食はカオプン。そうめんのような麺である。麺は市場で買ってくるが、つけ汁はココナッツミルクや魚を入れた自家製。朝から、せっせと作って、昼前には出来上がり。
 昼時を過ぎて、自分たちの食事となる。冷たいままの麺に出し汁をかけるのだが、ぬるい。もう一度温めるか、冷蔵庫に入れて冷やすかすればいいとも思うのだが、ぬるいまま。なんとも中途半端(そう感じているのは私だけか?)。
 そういえば、一時帰国の間につけ麺を食べた。2軒入ったのだが、どちらもつけ汁は熱いけど、麺は冷たくしめていた。 食べているうちに、どんどんつけ汁が冷めていくのが気になった。こういうものなのか?
 出し汁を冷やしたほうがいいのでは?(それじゃこってりのラーメンスープは使えないか?)  麺を温かいままだしたら?
 ちなみにうちのつけ麺は麺はしめずに温かいまま出している。

 
 1月14日<怪我>
 作業中、手から出血。いつ切ったのかまったく気づかなかった。流れる血にちょっとびっくり。
 病院にいかないとダメ? 縫わないとダメ?
 大使館の医務官の方に電話して、ラオスでの病院を尋ねる。とりあえず、傷を洗って消毒をし、圧迫止血で様子をみる。
し ばらくしたら血は止まったが、動かすとすぐに傷が開きそう。うーん…。
 1日たったら、普通に治った。
 調理師学校に行っていたころ、包丁で怪我をしたことがあるが、そのときのほうがひどかった。
 このぐらいの傷で病院だ、縫うだと騒いだのがは恥ずかしい。
 去年のやけど以来、なんだか怪我や病気に神経質になりすぎている気がする。歳のせいか…。

 
 1月9日<体調管理>
 昨年末から、ちょっと膝の調子がよくない。通風なのか、別ものなのか。
 寒い日本。ラオスでは椅子なのだが、日本では正座かあぐら。かなりきつかった。
 帰り、バンコクでの乗り換え待ち時間にマッサージに行ったら、よけいに痛くなった(無愛想な太ったおねえちゃんだったんだよなぁ)。
 土曜は1日立ち仕事。日曜はゆっくり休んで、少し回復したけれど、まだ少し痛みがある。正月、飲んで食ってばっかりで、体重も2kgは増えた。
 今年の目標、減量。最低5kgはやせよう。


 
1月8日<戻ってきました>
 ラオスへ戻ってきました。寒い日本からラオスへ。気温26度。ちょうどよい(バンコクは30度、あっちは暑いなぁ)。
 今回もたくさん買出しをしてきたら、預け荷物が33キロ。やばいなぁと思ったが、なにも言われなかった(タイ航空はこれだからいい)。
 土曜から普通に仕事。
 そして、いつものように、私がいない間の愚痴を聞く。
 韓国人が14、5人、バスで来て大変だった。チャーハンやカオピアックばっかりだったけど(韓国人の団体なんて、誰が薦めたのかなぁ)。
 掃除は結局女の子2人でやった。男の子は、レストランが休みだからって、昼過ぎても来ないし…。などなど。
 土曜はのんびりやろうかなと思っていたら、お客さんがたくさん。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。