調理人日記


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 ラオスでのシェフ業も7年目の後半。
でも、とまどうことは、まだまだたくさん
調理人の奮闘ぶりを、お楽しみください


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   6月8日<村へ>
 サワンナケートにあるNGOを訪ねるつもりでいたら、サワンナケート出身の従業員2人から、うちの村へよっていかないかと誘われた。町から車で2時間くらいだという。
 夜行バスでサワンに入り、迎えの車を待つ。1日1回村から往復している乗り合いトラックらしい。8時半に車は来たのだが、それから市場で買い物。人が集まるのをひたすら待って、結局村に着いたのは午後2時だった。
 村は小さく、電気は来ているが水道はない。周りは田んぼが広がり、まだ田植えは行われていなかった。
 高床式の家はそこそこ大きかったが、親戚もいっしょに生活している様子。やたらと子どもが多いが、親はバンコクに働きに出ているという。
 しきりと、「ここは田舎、田舎のご飯は食べられる? ここで寝られる?」などと気を使ってくれる。
 ペットボトルの水を買ってきていて、それを飲めと勧めてくれた。家の庭に井戸があったので、普段はそれが飲料水なのかもしれない。
 夜、日が沈むと、ほんとに真っ暗。電気は来ているが、灯りは蛍光灯は1つだけ。もしかしたら現金収入はビエンチャンからの仕送りだけなのかもしれない。
 隣の親戚の家まで30mくらいだが、暗闇に慣れない私は足元が見えない。子どもが手を引いて連れていってくれた。
 空を見上げると、星がいっぱい。日本はもちろん、ビエンチャンでも見られない満天の星に見とれてしまった。
 ビエンチャンを出るときは、送別会もなにもなかったが、ここで、バーシー(旅立つ人の無事を祈る式)を行ってくれた。
 そして皆が、ここは田舎で何もない、あるのは自然だけだけど、また来てねと言ってくる。ラオスの最後に貴重な経験ができてよかったと思う。私もここに住む人々、ビエンチャンで働く子たちの幸せを祈った。
 このあと、オーストラリアの友人を訪ねる予定である。オーストラリアの物価は高く、宿代、食事代を見積もると1日の出費が彼女たちの1ヶ月の給料ぐらいになる。ちょっと申し訳ないな。


   
  6月7日 <ホテル>
 ひさしぶりにうち以外の宿に泊まった。
 ルアンパバーン1軒目。町から2kmほど離れている。静かで、広くて、きれい。郊外ということで値段も安く、移動さえ気にならなければお勧めである。ちょっと残念なのは、シャワールーム。シャワーをあびると、便器もびしゃびしゃ。これだけがマイナスだった。
 2軒目は三ツ星ホテル。作りはしっかりしていて部屋はそこそこだが、ちょっとにおいが付いている。エアコンを使うと気にならなくなったので許容範囲か。
 がっくりきたのは、レセプション。早朝、今から出かけるので貴重品をセーフティボックスに入れて欲しいと頼んだら、自分は7時に帰るので、7時前に取りに来て欲しい。次の人が来たら預けなおしてという。おいおい、これが3星ホテルの対応なのか。7時前に出かける私は利用できないってことか。
 ビエンチャンに戻って、隣のゲストハウスに泊まった。いままで、うちに空き部屋がいっぱいあっても隣が満室ということがあったので、どこが違うのか興味はあった。
 泊まってみて、ひどい目にあった。夜、かゆくて寝ていられない。夜中に別の部屋に替えてもらうが、そこでも同じ。さらに替えてもらったが、そこでも一緒。ここには、虫のいない部屋はないのか。ほとんど眠ることができず朝となった。
 虫は安宿にはつきものではある。虫のいるゲストハウスに泊まったお客が、次の宿に虫を運んでいく。同じようなレベルの宿はそうやって感染していく。
 だから、こまめに掃除をするしかない。一度いなくなっても、また運んでこられるリスクは避けられない。うちも被害にあった。いろいろ掃除の方法を変えながら、なんとかお客さんに被害がないようにとやってきた。ここは、どこの部屋に移ってもいっぱい出てくるので、基本的な掃除ができていないのだろう。ここに泊まることはもう2度とないし、勧めることもない。
 隣の芝生は青く見えていたけれど、実際はそうではなかった。うちと何が違ったのか。
それは外から見た印象だけなのではないかと思う。うちは木造で、どうしても古臭く見える。ペンキの塗り替え、明るい照明にするだけでも印象はよくなるだろう。
 改装工事でお客さんが増えればと思う。

   
  6月5日A<ルアンパバーンの飯>
 ルアンパバーンではシンダート、ラオ飯(ルアンパバーン飯)、カオソイなどを食べたが、街中の店は、どこもあまりおいしくなかった。
 ガイドブックにも出ているお店に行ったのだが、味付けがいまひとつ。辛くないうえに、しょっぱく、こくがない。いつもまかないを食べていた私には、もう観光客向けの味は物足りない。
 街中は観光客向けの店なので、こんな味付けになってしまう。気づくのが遅かった。麺屋さんで、フーを頼むとカオソイの麺がでてくるのも…。
 うまかったのは、シンダート。2軒行ったけど、2軒目はビュッフェだったのでとっても気楽だった。あとは、クアンシーの滝のゲート前のラオ飯。焼き魚と焼き鳥、カオニャオにタムマクフン。変に味付けさえていないシンプルなもののほうがよいということか。
 観光地の店。おいしいところを探すのは難しいのか…。
 
   
  6月5日 <ルアンパバーン3日目>
 きょうは、朝からパークウーの洞窟、午後はクアンシーの滝に行くという郊外への観光の日。トゥクトゥクのほうが値段は安いが、乗ってみたかったボート乗り場へ。
 4人だから貸切も考えたが、最初に話した兄ちゃんがふっかけてきたのでやめにした。乗り合いで一人65,000キップ。
 出発は8時と書いてあったが、やっぱり人が集まらないと出ない。ボート、最初は気持ちいいなあと思っていたが、変わらぬ景色がつづく2時間は、やっぱりちょっと退屈でもあった。
 パークウー洞窟への階段を登る。昨日もプーシーを登っているので、疲れが残っていて結構しんどい。
 ルアンパバーンの町に戻ってきたのは1時を過ぎていた。おなかも減ったが、クアンシーの滝の近くにも食堂があるというので、そのまま車で向かった。今度は貸切。公定料金の1割引。
 滝では欧米人が飛び込んだり、水遊びをしていた。気持ちよさそうだけど、着替えも何もないから見学のみ。それでも、やっぱり滝のそばは気持ちがよかった。
 あとで、ルアンパバーン観光でどこが一番よかったかと聞いたら、滝だという。やっぱりラオス人は滝好きなのだ。

   
  6月4日 <ルアンパバーン2日目>
 1日目の宿は町からちょっと離れているので別のところに移りたいというので、まずは宿探しから。ラオス人の友達に、聞いてきたゲストハウスに行きたいというので、見に行った。場所は町のど真ん中。25ドルというが、部屋は狭い。他にあてがあるわけではないので、いったん、ここに移ることにした。
 荷物を取りに戻ったときに、ルアンパバーンへ来る前に問い合わせていたホテルなら、部屋が大きいよというと、そっちも行ってみることになった。20ドルで部屋は広い。で、こっちに変更。
 さて、それから観光。まずはプーシーへ登る。結構、階段がきついが、金比羅さんに比べれば楽なもの。そのあと、博物館に行きたいというが、私は開放してもらってマッサージに行って一休み。
 ただ、マッサージのレベルはビエンチャンのほうが高いようだ。

   
   6月3日<社員旅行 ルアンパバーン>
 店が改装に入る3日から、3泊4日でルアンパバーンへ社員旅行ということになった。従業員は4人だが、1人は行かないというので、3人を連れて行く。
 行きはバス。朝7時にピックアップにきて、北行きバスターミナルへ。ツアー会社のバスではなくて、定期便のVIPバスだった。観光シーズンは自前でツアー・バスを出しているのかは不明。
 8時出発となっているが、30分以上遅れた。バスがいっぱいになるのを待っていたらしいが、VIPバスなのに、ちょくちょく止まり、客を乗せてを繰り返す。いったい到着は何時になるのやらと、朝から憂鬱になってくる。ほぼ満席になったところでようやくスピードに乗り始めた。
 バンビエンに着いたのはちょうど12時。ここには止まらず、さらに1時間半走ったところで、昼食。昼食代はバス料金に含まれていて、フーか複数のぶっかけご飯を選ぶことができた。
 山道を走り、ルアンパバーンに到着したのは夜7時。ツアーバスの案内には5時着となっていたので2時間の遅れ。でも、実際5時に着くことはあるのだろうか? 客引きのために5時と書いてあるとか?
 長時間のバスは結構しんどかった。隣は空いていたので、まだ良かったが隣がいたら、もっときつかっただろう。宿は町の中心から2kmほど離れたところ、安くて静かだと紹介していただいて予約していた。
 近所にシンダート(焼肉)の店があり、そこで夕食。その後、みんな、街へいきたいというので、歩いて向かった。距離感を得るために歩くことにしたが、歩けなくはないが、日に何回も往復したいとは思わない距離。
 ナイトマーケットに着いたが、それからが大変だった。初旅行でハイになった彼らはあっちへこっちへ歩き回る。何の目的かわからないが、同じ道も何度も行く。疲れてそろそろ帰ろうと言い出したのだが、それでも宿とは反対側へ向かって歩く。トゥクトゥクもいるのだが無視。もしかして方向音痴(実際後日、まったく位置が分かっていなかったことが判明)?  地図が読めない?
 結局宿に戻ったのは11時を過ぎていた。
こんな調子じゃ体がもたんぞ…。

   
   6月1日<最終日>
 いよいよ今日が最終日。
 最後といっても特別なことはせず、ビールの値段だけ下げた。すでに、売り切れてしまったものもあるし、いつもと同じように営業して終わりにしよう。
 今週、来てくださったお客さんには、お疲れ様と言われたり、また戻ってきてやってくださいと言われたり…。また、お客さんが多くて、最後のあいさつもちゃんとできなかった方も多くいた。皆様、お世話になりました。
 こうして7年間、続けられたのも、やっぱりお客さんのおかげだとつくづく思う。さて、夜も7時半をまわり、お客さんも減ったころ、最近、ご無沙汰だったこちらの工場で働く方々が来てくれた。まかないのご飯を食べたけれど、最後にカレーを食べたくてという。
 そして、いっしょに飲みましょうと誘っていただいた。こうして誘っていただけるお客さんがいたのも、7年間、続けられた要因の1つだと思う。ビール、ワイン、ジントニック。とほどよく酔って気持ちのよい最終日となった。
 従業員も店を閉めたあと、今日は泊まりのお客さんもいないし、明日は休みだということで宴会をするらしい。
 友だちも呼んでいるようなので、私は遠慮した。この子たちがいたから、なんとかなったということもある。
 お客さん、支援していただいた方々、従業員、皆様、ほんとうにありがとうございました。

   
  5月28日 <スピード感>
 そろそろ帰国が近づいてきて、日本の知り合いにも連絡を取り始めている。すると、レスポンスが速くて、問い合わせの返事や飲み会の店の予約まで、あっという間に完了する。
  ラオスにいると、「明日」は明日じゃない。ルアンパバーンの宿に問い合わせろといっても、実際に動くのは3日後だったりで、いまだに予約は完了していない…。すばやいレスポンスなどありえない生活。
 そんな中にいると、自分も「あれもしなきゃ、これもしなきゃ。だけど、まぁ明日でいいか」ってことが増えてきている。
 自分は日本に帰って、このスピード感についていけるのだろうか。昔は仕事は速いほうだと思っていたのだが…。順応できるのだろうか。

   
  5月26日<最後の仕込み>
 残り1週間となった。冷蔵庫を確認すると、ストックが少なくなってきている。すでに、牛すじ丼は売り切れ、角煮も残り2食。もう仕込むつもりはない。
 カレーも残り3日分くらいしかない。最後はバーモントカレーを使っておしまいにしようかとも思ったが、「最後だから」と食べにきてくれた方には、やっぱり申し訳ない。カレーから始めた店。最後もカレーでしめることにするか。
 カレー粉などのストックはあるが、1回仕込むと80食分。とても3日でなくなる量ではない。ちょっと分量を減らして余裕をもって仕込むか。
 いつものように6時に市場へ行き、仕込み終わったのは、12時を少し過ぎたころとなった。
 あー、これで最後なんだな…。

   
   5月25日<やっと出た!マンゴスチン>
 ラオスでの楽しみのひとつ、マンゴスチン。
暑い季節になると市場に並び始める。ラオスを離れる前にもう一度食べたいなあ、でも、なかなか出てこないなぁ、と思っていたら、今朝たくさん出ていた。
 うれしい! さっそく買って食べよう。1kg15,000キップ(200円くらい)。さすがにまだちょっと割高感はあるけれど、季節ものだし。とはいえ、日本じゃ売っていないか、あっても1個200円以上するのではないかと思うけど。
 ほどよく熟したマンゴスチン。ほどよい甘酸っぱさ。うまいなぁ。
 南国の果物は多々あるけれど、私はやっぱりマンゴスチンが一番だ。

   
   5月24日<料理講習終了>
 月曜から始めた料理講習。ようやく最終日。結構、きつかった。
 何がきつかったかというと、デモで作ったもの、彼女の作ったもので料理が2皿できる。1度に2品づつ教えたので、計4皿。
 ラオス人はちょっとしか食べないので従業員も含めて4人で2皿。残り2皿は私に食べろと置いていく。
 これが、朝、昼、晩と続けば、いくらなんでも多すぎてもう勘弁となる。日がたつにつれ、一番ぐったりしているのは私だった。
 さて、最後にビエンチャンで調味料を仕入れている場所を地図で渡したのだが、パクサンで働く子は車もないので、自分で買いにいくことはできない。
 会社の日本人と買い物に行ってからパクサンへ帰ることになったのだが、本人も調味料が選べるか分からないという。たくさんあるから、どれだか分からないだろう。中華の調味料は漢字表記で、タイ語すら書かれていないから、余計に難しい。ということで、私も付いていった。
 みそ、しょうゆなどはPHON PHET。シーホムの交差点そばにあるお店。サーモンやベーコン、冷凍食品もあり、料金も手ごろ。続いて中華マーケットで、豆板醤などの食材を購入。食材名の発音もままならないので、ここでは、知らないと難しいだろうな。
 お金を払って、領収書を書いて欲しいと頼むと、「中国語かラオス語か」と聞いてきた。中国語では、受け取ったラオス人が読めない。ラオス語だと、中国人のオーナーは書けないから、従業員のラオス人に書かせようとするが、その子は食材名が分からない。さてさてどうする?
 なんてこともありながら、一通り購入完了。最後は佐古商店でぎょうざの皮。ぎょうざも売っているが、うちのぎょうざのほうがうまいはず(私は食べたことがないのが…)。包むのが面倒だったら、買っていったらと勧めたが自分で作るという。そうか、がんばってくれ。
 あとは、パクサンに戻ってうまくできるといいね。そういえば、うちの仕入れもいつも私が行ってきた。つまり、今日まわったお店を従業員は誰もしらない。私がいなくなったあと、仕入れは大丈夫かな?

   
   5月21日<料理講習2日目>
 料理講習2日目。
 今日は、ぎょうざを包むことから始め、昼は親子丼、もやし炒め、夕方はカツ丼、揚げナス、朝仕込んだぎょうざの焼き方と、盛りだくさん。
 お手伝いさんだというこの子、なんかうちの子たちとは違う。服装は、ぜんぜん掃除洗濯、料理をする格好じゃないし、ブレスレットもしている。調理に邪魔だろうと思うのだか、本人は気にする様子もない。
 そして、これは偏見かもしれないが、スマホも持っている。19歳の女の子がスマホ。親に買ってもらったのか、自分で働いて買ったのか…。とてもお手伝いとして働いているという感じがしない。
 さて講習はというと、せっせとメモをとって、写真も撮っているのだが、あまりデモの様子を見ていない。こういう動きを見ることが、本当は大切なんだけれどなぁ。
 材料や手順だったら、料理本だけでいいわけだし(日本食を紹介したラオス語の本があるとは思えないけれど)。
 1日5品。リクエストされた品数からすると、このペースでないと終わらない。うちの子は、「勉強するの早いね」と感心していた。
 でもね、実際に一人で作れるようになったかが大切で、品数をこなしたからすごいわけではないのだよ。

   
  5月20日<料理講習>
 パクサン(メコンの下流、ビエンチャンから2時間ほど)で働く方から、お手伝いさんに日本食を教えてほしいと依頼された。パクサンには、日本食を食べられるところはなく、ビエンチャンへ出てくるのも、毎週末というわけにはいかず、ラオ飯だけじゃつらい。なんとか、お手伝いさんに日本食を作れるようになってもらいたいとのこと。
 で、今日から5日間、料理講習をすることになった。メニューはうちにあるものから、マーボー丼、親子丼、しょうが焼きなど15〜20品程度。まず、私がデモンストレーションをして、その後、彼女が全部作り、試食するという形式とした。ただ「何を入れて」と見ているだけでは覚えないから、これが一番よいと思う(調理師学校のスタイルと一緒)。
 お客さんが多い時間に教えるのは難しいので、その時間をずらして行う。
 さて最初の1品。マーボー丼。
 入れる調味料は中華のものがたくさん。見たことのないものばかりだろう。私がやろうとしたら、うちの子がどんどん説明しはじめて作り始めた。私はそれを見ながら、アドバイスをするだけ。
 デモはうちの子が料理の確認をするのにも、ちょうどいい感じだ。よしよし。
 出来上がったところで、今度は彼女の番。全部一人でやらせるつもりだったが、そこはラオス人、隣で見ていたうちの子が、手伝いはじめる。材料は皆並べて、次はこれと出したりしている。さてさて、本人はちゃんと分かっているのかな?
 出来上がったものをみんなで試食。作った本人は、ほんのちょっとだけ(さじに半分もない)味見をして終わり、同じようにできたという。私も味見。ちょっとだけ薄いぞ。醤油の計り方が悪かったか、スープの量が多かったかだな。アドバイスをして1品目終了。
 大丈夫?と聞いたら、「大丈夫、自分はこれは好きじゃないけど作れる」という。
 うーん、好きじゃないのか…。それが一番大切なところなんだけれどなぁ…。
 うちの子はけっこう食べるマーボー丼。それが口に合わないというと、他の日本食は
食べられるのかな?

 
   
   5月14日<レストランの今後>
 6月1日を最終日として、ゲストハウスは改装工事に入る予定。私もそのときに経営から手を引き、日本に戻る。
   レストランには、閉店の案内を張り出した。以前から常連さんには話をしていて、私が帰国するという話は、そこそこひろまっているらしい。
 「このレストランはどうなるの?」と聞かれるようになった。皆さんがおっしゃるのは、「ラオス人じゃダメだね。味、変わっちゃうでしょ」
  一緒に働いている調理補助の子は、このまま店に残る予定。彼女たちは、時間をかけて仕込むカレーや角煮などはできないが、その他のものは作れる。ずーっと前からカツどんの出し汁やしょうが焼きのたれなどは、彼女たちが合わせている。
 しょうゆ、みりん、酒などの調味料さえそろっていれば、同じ味になるはず(私がいないことで、分量がいい加減になければの話だが)。
 だから、新装オープンしたときに一度食べに来てください。そして同じ味かどうか見てくださいと言っている。
 ただ、ここを引きつぐオーナーが、同じメニューをこのまま残すかは分からない。オーナーが変わるのだから、すべてが同じということはありえないのだが、せっかくいろいろできるようになった子たちをうまく使ってあげてほしいと思う。
 そして、私の帰国を残念だと言っていただけるのは、本当にありがたいことです。あと3週間、がんばります。

   
 5月13日<カレーの日>
 毎年、開店記念日はカレーの日として割引して販売してきた。
 今年の6月は、改装のため閉店するため、開店記念日を迎えることはできない。なので、本日、カレーの日とした。
 今回は告知が遅くなったのもあるが、あまりカレーを食べてくれる方はいなかった。割引率も昨年より抑えたせいかもしれない。
 さて、閉店まで残り3週間。そろそろ在庫が心配となってきた。カレー、もう一度仕込もうか、それとも今あるものを売り切って終わりにしようか…。
 
今週の様子次第かな。
   
   5月12日A<散歩>
 ここのところ、毎週日曜夕方になるとゲストハウスの番の子を残して、他の従業員がいなくなる。どこへ行くのか聞くと、川沿いに散歩だという。散歩? ちょっと付いていってみることにした。
 夕方、メコンの川沿いは、護岸工事がされて公園となっている。その付近に屋台がたくさん出ている。売っているものは服だったり食べ物だったりで、かなりにぎわっている。
 川沿いの道は整備されているが、車が入ってこないので、ジョギングしたり、自転車で遊んだりする人がいる。薄暗くなっても、街灯の下でバトミントンをしている人もいる。
 ただの散歩?と最初は思ったのだが、同じように散歩している人が、結構いるのには驚いた。
 どこまで行くか、付いて歩いていたら、なんとドンパランのそばまで来てしまった。途中でくたびれたら、トゥクトゥクで帰れるようにと40,000キップ持っていたが、道端で売っていた野菜や魚を買ってなくなってしまった。まあ歩いてきたんだから帰れるけれど…。
 皆はまだ屋台で買い物をしてから帰るというので、私一人買った野菜を持って宿にもどった。時計をみると7時を過ぎている。たしか出かけたのは5時すぎ。2時間の散歩か。ちょっと疲れたけれど、気持ちもよかった。
 メコンは彼らにとって、やっぱり憩いの場所なんだろうなぁ。


   
  5月12日@ <やっぱりラオス>
 所用でウドンタニーへ行くことにした。前回学習したので、パスポートチェックの前にオーバータイム料金10,000キップを支払う。
 ネットには11,000キップと書いてるところもあるが、情報提供者は実際に通ったことがあるのだろうか?
 行きはよかったが、戻りのとき。オーバータイム料金を支払うために、カウンターで20,000キップを出した。
 すると「5バーツない?」と聞かれる。なんのこと? 「じゃあ1,000キップない?」。ないと答えると、そのやり取りを見ていた隣のおばちゃんが5バーツ出してくれた。
 こちらとしては意味不明。5バーツって何? ポケットを探ると、コインがなんとか5バーツあったのでそれを出したら、通行用のパスと20,000キップが戻ってきた。
 通行料が5バーツでいいってこと? でもレシートにはちゃんと10,000キップと書かれている。こんなことしてたら、レジのお金があわなくなっちゃうでしょ? 大丈夫なの?
   
   5月8日<ゴーヤの日>
 本日5月8日は、ゴーヤの日。沖縄の方から伺がったのだが、沖縄ではちょうどゴーヤのシーズン。皆で食べようと、語呂合わせで5月8日がゴーヤの日だそうだ。お店でも値引きをしているそうなので、うちもそうすることにした。
 ゴーヤチャンプルー。うちでは、ほぼ決まった方が定期的に食されているという感じ。おそらく3人は食べにいらっしゃるだろう。あとはどうかな?
 ちなみにこの13日はカレーの日。いつもは6月18日の開店記念日がカレーの日だが、今年は開店記念日は行えないので、13日にとした。18日ではなくて13日なのは、私の誕生日だから。
 あー、また歳をとってしまうなぁ…。


   
  5月7日 <ラーメン>
 ピーマイに一時帰国したときに、お土産に日本のインスタントラーメンを買ってきた。が、やはりラオス人の口にはあわないようだ。辛くないのが原因か? カップ麺は、もの珍しいからかすぐになくなったが、袋麺は残ったまま。しばらく、そのままだったが、最近私の朝飯にこのラーメンが出てくるようになった。
 おいおい、勘弁してくれよ。朝からこってりラーメンはかなりきつい。カオピアックは少々飽きがきていたのも確かだが、ラーメンよりは、かなりまし。
 米の麺はおなかにやさしい。朝はやっぱりカオピアック。

   
  5月5日<カレー伝授>
 私がラオスを離れたあと、カレーはどうなるのか。お客さんに聞かれる。次にここをマネージする人がカレーの作り方を知りたいといってきた。
 先月の仕込みのとき、朝6時から作業を始めると言っておいたが、来たのは8時前。ラオス人の典型? やる気あるの?とかなり不機嫌になった。
 もう一度チャンスをというので、同じように伝えてもらったら、今日はちゃんと6時に来た。少しはましになった。
 材料を量(はか)り始めたが、いろいろ話しかけてくる。「バターは入れないのか」(静かに見てて)。「自分は日本食をしらない、知っているのは寿司とてんぷらとラーメンの3つだけ」(うちにはないぞ)。カレー1缶で何食作れる?(自分で計算して)。「毎日仕入れに行ってるの? 自分は2日に1回のつもり」(生鮮食品、毎日仕入れに行かないの?)
 なにしろうるさい。心のなかで、「今、料理中だ!黙ってみてろ!」。
 うちのカレーはオーブンを使って繰り返し焼く。オーブンに入っている間は待ち時間になるが、時間を気にする様子はなく、最初は呼んで見せてやったが、途中でめんどくさくなって呼ぶのはやめた。作業を見て、「大変だね」と言っていたから、自分でやるつもりはなくなったのかも。
 私がいなくなっても、調理補助をしていた子はここに残るが、マネージするのは、ラオ飯とアメリカ飯、中華が好きで、日本食は知らないという彼。
 メニューは残すと聞いているけど、難しいんじゃないかな。自分がおいしいと思わない料理を出す店なんてねぇ…。
 6月の改装後はぜんぜん違う店になるのかも。それはそれで、いいけれど…。


   
   4月30日<ついにこの日が…>
 毎年、この時期には観光客は減ってくるが、それでもゴールデンウィーク明けまでは、そこそこいた。
 昨日までは、お客さんがいたのだが…、今日、泊まっていたお客さんがすべてチェックアウト。夜になっても部屋の空きを見にきたお客さんすら、ほとんどいない。
 おーい、どうなっているんだ。
 隣は昨日すでにガラガラで部屋代を値下げしたそうだ。これはまずい。
 私がここをマネージメントしてから7年。まったくお客さんのいない日というのは1日もなかった。
 オフシーズン。これから、お客さんはどんどん減っていく。5月前にこの状況は…、きびしいなぁ。


   
  4月23日 <故障続出
 うーん、今月はなんと大変な月なのだろう…。
 まず、洗濯機が壊れた。ハイテクの洗濯機はラオスでは直せないようで、新しく買うことにした。
 ピーマイ前は毎日停電で大変だったが、一時帰国から戻ってみると、冷蔵庫が冷えない。霜とりをしたら直ったが、今度は冷えすぎて冷蔵庫のものが凍る。サーモスタットが壊れたか…。まあ、冷えないよりはまし。
 続いて、扇風機が首振りしなくなった。お客さんが強引に首の向きをかえたりすると、中のパッキンが折れて首を振らなくなる。そんなのが他にもいくつかある。分解してみたら、軽症で直すことができた。ラッキー!
 つづいて、炊飯器。炊き上がるが芯が残っている。水の量を間違えた?とも思ったが、2回続けて同じようになってしまった(このご飯、どうやって食べよう…。おかゆは飽きたしなぁ…)。
 実はこの症状は2月にもあったのだが、そのときはなぜか直って、私が水加減を間違えたのだろうと責められたのだった。ところが今回は、電源も入らなくなってしまった。7年前に買ったもの、やっぱり寿命か…。
 そして次はDVDプレーヤー。レストランで音楽を流しているのだが、昨夜急にノイズが入るようになった。変だなと思っていたが、今朝は電源すら入らない。ケーブルをいじったりしていたら電源は入ったのだが、ボンという破裂音が2回。プレーヤーの蓋(ふた)を開けてみると、コンデンサーが2つ吹っ飛んでいた(どういうこと???)。
 前に壊れたプレーヤーの部品と交換して直らないかなと思ったが、こちらもあけてびっくり。同じ型番の製品なのに、中の基盤や配線はぜんぜん違う。どうしようもない。
 次から次へと壊れていく。お願いだから、この辺で勘弁してとお祈りしたくなる。

   
   4月18日<残り1ヵ月半>
 昨夜ピーマイの日本帰国から、戻ってきた。6月に改装のため、店を閉めるので、私がここで仕事をするのも残り1ヶ月半。無事に過ごしたいと思うのだが、そうはいかないか。
 ピーマイで4日間、レストランは休みだったが、戻ってみると冷蔵庫が冷えていない。霜がついて、冷気がまわっていないようだ。ピーマイで遊んでいて気づかなかったのか、食べられなくなっていたものもある。
 とほほ…。さっそく掃除。
 昼、来週帰国されるという方がお店にいらした。大変お世話になった方。ちょうど昼のお客さんはゼロ。ピーマイの余韻?
 ちょっと飲もうと誘われ、軽く一杯。思えば、最初のころは忙しくなかったのもあり、通風も出ていなかったので、誘ってくれたお客さんと飲むこともちょくちょくあった。そのころの方々は帰国されたが、皆さんどうされているかな。
 できれば、試したかったことをやってのんびり、気持ちのよい最後としたいな。

   
   4月5日<疲れています>
 今週、疲れています。
 連日の停電。今日も昼11時過ぎから。昼の営業は、停電していてもよいと言っていただいた3名様のみ。
 復旧したのは4時過ぎ。すぐにまた一部が停電。ゲストハウスは配線をつなげてなんとかしたが、隣のゲストハウス、トゥルーカラーは停電したまま。この状態、完全復旧するときには、必ずもう一度停電する。
 ご飯を炊きたいが、いつ停電するか分からないので、炊くことができない(炊飯中に停電すると半煮えのご飯になる)。
 そうこうするうちに9時になり、閉店。お客さんが少なかったので、なんとかなったけど、別にうれしくもない。
 毎日停電、そのたびにただ待つのみ。扇風機も使えないから暑い。こんな状態じゃ、お客さんも入らない。
 肉体的にも精神的にもしんどいなぁ。明日は停電しませんように。


   
  4月3 日<いい加減にしてくれ!>
 今日も何回も停電。
 6時を過ぎてから、また停電で、レストランのお客さんに帰ってもらった。昼前チェックインしたお客さんは、こんなに停電するんじゃいられないと、荷物をまとめてでていった。
気持ちはわかるが、この近所はみんないっしょなんだよねぇ。
 でも、通りの向こうへいけば大丈夫だから、ここだけがのろわれている?
 4月に入ってからの停電の回数は半端じゃない。こんなに停電するんじゃ仕事なんかできるかーって、私も言いたい!
 その上、GHの補修もある。6月に1カ月かけて補修工事をする予定。あと2カ月、このまま持てばいいなぁと思っていたのだが、やっぱりそうはいかなかった。
  今日は2階から水漏れ。板をはずして見てみると、バスタブの下に敷いてある鉄板が錆びてひびが入り、そこからもれてきている…。
 いままで、簡単な修理は自分で直してきた。私がいなくなったら、ここはどうなるのだろう? 今いる子ができるようになる?
 それとも、「壊れました。今日は直りません。明日、修理を呼びます。」ということになるのか?
 私が心配してもどうしようもないのだけれど…。


   
   4月2日<連日停電>
 気温が上昇して、電気の使用量が増加しているのだろう。ここのところ毎日停電、どこかで修理をしている。
 昨日の午後、レストランのみ停電。4時過ぎに復旧したのだが、また6時すぎにボンという音とともに停電。
 このあたりのコネクションとなっている銀行前の変圧器から煙が出ている。食事中のお客さんは暗い中で食べていただき、それ以降のお客さんはもちろんお断り。
 7時半に復旧したのだが、それから先は一人も来なかった。仕事にならん、なんて1日だ。
 本日、午後1時。ふたたび停電。昨日と同じ変圧器から煙。こげたにおいが辺りに広がっている。これって、根本的に全部交換しないとダメなんじゃないの?
 それにしても暑い! 早くなんとかしてくれ。

   
   3月31日<イミグレーション>
 今年初めてノンカイへ出たのだが、変わっていてびっくり。
 オーバータイム料金は、早朝と夜、そして土日に支払うことになっていたが、いままでは、9,000キップで、パスポートチェックの後、支払っていた。
 ところが、そのカウンターがない。そのまま進むと、地下鉄の改札のようなゲートができている。どうやって通るのか分からない。そこにいるスタッフに聞くと、あっちで料金を払えという。
 あっちとは…、パスポートチェックのかなり向こう側になにやら人だかり。そこには 「PAY PASS」と書かれていた。料金を払って磁気カードを受け取るようだが、料金表にはカード代7,500キップとある。
 そういえば、バスの中でもラオス人が緑色のカードを持っていた。あれがそうなのか…。SUICAのようにチャージして使うようだが、旅行者には1回用のカードが出された。料金は10,000キップ。
 たしかにこのシステムならオーバータイムの支払いをごまかすことはできないだろう(いままでは、人によって払ったり、払わなかったりがよくあった)。
 それにしても、この込みようはなんとかならないものか。わざわざ別カウンターにせず、パスポートチェックと連携させればいいのに。


   
   3月30日<洗濯機>
 4年半前に買った全自動の洗濯機が壊れた。毎日、大量に洗濯しているのだから、よくいままで壊れなかったと、ほめてもいいくらい。
 そして、さすが全自動、故障箇所のエラーコードがでるのだが、コード表を見るとサービスセンターに電話しろというものであった(ユーザーが簡単に直せるところではないということか)。
 いつもの電気屋さんに修理を頼んだが、マイコン制御の洗濯機を直せるのだろうか?とりあえず、TOSHIBAの店が近くにできたので、見に行ったら同じ機種があった。値段は17,000バーツで、さらに5〜10%ディスカウントするという。
 4年前に買ったときは20,000バーツだったのでかなり安い! 新しいお店は雰囲気もよく、買ってしまおうかな、という誘惑にかられたのだが、さて、どうしよう…。

   
   3月29日<マンゴー>
 今年もマンゴーの季節となった。
 市場で、完熟のマンゴー1kgが10,000キップ(120円)。早速試食。やっぱりうまいなぁ。
 ラオス飯、日本ではほとんど食べられなくなるけれど、マンゴー、マンゴスチンが一番恋しくなるように思う。
 カオピアックはさすがに、もういいかな。

   
   3月28日<本棚整理>
 本棚から本があふれている。
 帰国される方が置いていったものもあるが、預かった本もある。仕事でラオスと日本を数回行き来している方だが、本が好きで、来るたびに読み終わった本を置いていってくれる。おかげで、私もラオスにいる間にかなりの本を読めた。この本がなかったら、娯楽はほとんどなかったのではないだろうか。ほんとに感謝。
 私の帰国もあるし、本もあふれているので、持ち帰っていただくことにしたのだが、整理をしていて、かなりの本がなくなっているのに愕然。
 堂場舜一のシリーズ…2冊ない。誉田哲也…ストロベリーナイトも、ジウもない。東野圭吾は、だいぶ前にほとんどなくなってしまった。もうしわけない。
 こうやって分けたけれど、まだ納まらない本がある。いままで、この方から預かった本があるので、売りはしなかったけど、残りは売ろうかな。

   
  3月20日 <停電>
 昨日から停電が頻繁に。早朝6時前、停電。外は明るくなってきていたので、そのまま市場へ。帰ったときには、復旧していた。
 夜9時過ぎ。店を閉めて、ご飯を食べていたら停電。一帯すべてが停電しており、修理に来たが、なかなか直りそうもない。うちだけじゃなく、近所のゲストハウスの泊まり客も皆外に出て待っている。あっちの通りはレストランもあるが、まだ営業時間のはず。ひとごとながらちょっと心配。うちは閉めた後でよかった。
 外はまだ涼しかったのは幸い。復旧したのは11時だった。
 本日、午後3時。短い停電が頻発。そして4時半、停電。これはすぐには回復せず、修理を待つ。ちょうどご飯を炊き始めたところで、この米はもうダメ。明日のまかないは、おかゆに決定。
 停電の中、お客さんがご来店。常連さんなので、停電中で、野菜炒めならできます、ご飯はぬるいです、ということを説明したあと、薄暗いなかで調理をする。6時前にようやく復旧。
 今晩は、もう停電しませんように。


   
   3月14日<予約>
 3日前に予約を入れた学生がいる。通常予約は1週間前までにお願いしているのだが、3日前ということで、なんとか部屋が空くように確保した。ところが来ない。もちろん連絡なし。
 東京の有名国立大の学生だそうだが、勉強の前に礼儀を勉強しろと言いたい。
 ところが、夜遅くなってから、予約したという客が来た。おやっ?とは思ったが、そのまま部屋に入ってもらった。
 翌朝、そのお客さんが、「予約して、クレジットカードで宿代も払っているんですが」と言う。
 うちでは、クレジットカードは扱っていない。予約の紙をみせてもらうと、CHANTHASOM GUEST HOUSE とある(なんとまぎらわしい名前なんだ)。タクシーに乗ったら、ここだと言われて、そのままチェックインしたそうなのだ。
 うちの子は、予約した客としか認識しておらず、名前の確認はしていなかった。お客さんもここと言われて、宿の名前や支払いを確認していなかった。うちとしては、そのまま宿代をいただくしかない。
 あちらのゲストハウスは、客は来なかったけど、カードで支払いをもらっているので、来ようが来まいが関係ない。
 うちも予約は先払いとなるようにできればなぁ…。


   
  3月13日 <違和感>
 最近、レストランに来るお客さんに違和感を覚えることがよくある。
 お客さんが入ってくる。が、席に着こうとせず、そのままふらふらとカウンターに近づいてくる。客なのか、それとも何か聞きたいことがあるのか?
 どう対応していいのか戸惑っていると、おもむろに手を出し、メニューを要求する。
 そういう行動をとるのは、若者ばかり。おじさん、おばさんでは、ほとんど見かけない。
 普通レストランに入ったら、席に着き、メニューを待つだろう。今の日本って、セルフだったり、食券を買ったりっていう店ばっかりで
先に席に着くってことがなくなっているのか?
 それとも、うちは席に案内しないから、どこに座れって言われるのを待っているのか(うちはお客さんをエスコートするような上品なお店ではないんだけれど)?
 なーんか彼らの動きには違和感を感じる。

   
  3月11日 <持ち込み>
 ここまで、持込みをどうどうと主張されたのは初めて。
 お客さん(白人)がメニューを見せてくれというので出した。彼は、他の店でビールを買ってきて、外のテーブルで飲み始めた。
 持ち込みは止めて、うちで買って欲しいと言うと、いいじゃないか、ご飯頼むんだからという。そうじゃなくて、ここはレストランなんだからというと…。
 「15,000の売上げ、いらないのか? だったらいいよ、他行くから」と席を立った(なんだ、商売しないのか、ばかじゃなのっていう態度だった)。
 一瞬、たしかにチャーハンは売れるんだよなぁとも思ってしまったが、やっぱりそうじゃない。
 ラオスでは、ご飯を食べていて、別の店(たとえば隣の店)から料理をとるなんてことはある。でも、それってその店にないものだし、まさかそこでビールを売っているのに、他で買ってきたビールを飲むなんてことは誰もしないだろう。
 それって、あまりにも礼儀しらず。そんな客ならお断り。
 そういえば、以前聞いた話だが、JOMAはWIFIがフリーで使え、テーブルは外。何もオーダーせず席についた客が、コンピューターをいじり始め、そのあと、おもむろにバッグからコーラを出し飲み始めたというのだ。
 それも、日本人だったというのだから…。
   
   3月8日<WOMEN'S DAY>
 3月8日はWOMEN'S DAY。ラオスは祝日である。
 1週間ほど前に、隣の子(隣の店は皆女性)から、「女性の日なんだから女性が仕事しちゃダメなんだよ。休みにしないの?」と言われた。
 ゲストハウスは年中無休だからどうしようもないが、レストランは休みにしてもいいかなと思い、「休みたい?」と聞くと、「4時まで仕事するから、その後休みにして」というので、そうすることにした。
 昼1時をまわったところで、7人の団体のお客さん。ご飯も残り少なくなった。4時で閉めるし、普段は2時から4時までって、ほとんどお客さんは来ない。いまからご飯を炊いても、残るだけ。
 4時閉店とは張り紙をしてあるけれど、3時で閉めちゃえ。
 なんとなくぽっかり空いた時間。ちょっと暇をもてあましそうだったが、ちょうどWBC日本対台湾。ラオスでは時差のおかげで17時から始まる。LIVEの映像はないけれど、ネット観戦とするか。

   
  3月7 日<最後のラーメン?>
 半年ぶり(もっとかも?)に、ラーメンを仕込んだ。いつも食べてくれた方の離任が決まり、今回が最後のラオスというので、仕込みましょうということになった。
 いままでと同じもりだが、彼いわく、「いままでのと比べると何かが足りない」。うーん、何だろう…(気合?)。とはいえ、彼は3度も食べて帰国された。
 ラーメン、張り紙だけはしてあって、いつも「売り切れ」の紙を貼り付けている。今回、その紙をははずしたが、誰も気づかないのか、注文はなかなかこない。おそらく食べたいといってくる方も、もういないだろう。次回はないかな。
 残り1食。自分で食べ納めるとするか。

   
  3月5日 <理解不能>
 うちはダブルとツインの部屋のみ。2人(あるいは1人)での利用となる。
 ダブルの部屋に3人で泊まりたいという予約を受けたので、2人しか泊まれないと返信したら、もう一部屋予約して3人で2部屋利用するというので受け付けた。
 男3人できたのだが、どうやら追加の部屋は使わずに、ダブルの部屋で3人で寝ているようだ(男3人がダブルベッドに?)。
 夜11時。とどこで知り合ったのか、彼らの他に男女3人が宿に上がりこんできた。他の宿も同じだと思うが、宿泊客以外の入室は禁止している(すべての部屋に禁止事項として貼ってある)。
 部屋は空いていないし、彼女たちを泊めることはできないので、退出してもらったのだが、そのうちの女性一人は泥酔状態。海外でよくそこまで酔えるなぁ。身の危険を感じないのだろうか。この男たちともラオスで知り合ったばかりだろう? 

   
   3月4日<三寒四温?>
 先週は、ものすごく暑かった。扇風機をあてていても、むっとする感じ。レストランでは、エアコンをいれたが、この時期にいれたことは今までなかった。
 今年は暑くなるのがかなり早いなあとぼやいていたら、日曜は一日中雨となった。涼しい。仕入れに行けないけれど、ほっと一息。そして今日も曇り空。肌寒ささえ感じる。
 この先、どんどん暑くなっていくんだろうなとは思うが、この気温の変動で体調を崩さないようにしないと。
 寒さのせいか、今日はカツ丼ばかりよく出る日だ。

   
   3月3日<日本食ブームの記事>
 ネットを見ていたら、”海なし、直行便なし”のラオスでも日本食ブームという記事が見つかった。ラオスで一番古いレストランは「古都」らしい。
 「桜」もけっこう古いが、古都のほうが古いのか。そういえば、古都は最近つぶれたという話を聞いたような気もするが…。
 日本食屋って、今いくつあるんだろう。菊、藤原、富士、桜…。
 そういえば、この前イタリアンを食べに行ったら、そこの店主とお客さんが日本食の話をしていた。
 「フジのサーモンはうまいぞ」
 「おー、知ってる。フジワラだろ」
 「そうじゃない、すぐそこのフジだって」
(かみ合ってないぞ、おもしろ。でもサーモンがうまいって寿司の話? そういえば、日本でも今は、マグロよりサーモンが売れ筋だって出てたなぁ。まさかマリネだったりして)。
 日本食材店といえば、佐古商店。うちも利用しているが、味噌やしょうゆは他でも手に入る。シーホムにある店は、みりんも酒もソースもほんだしも売り始めている。日本よりちょっと高いけど、それは仕方がないか(どれもタイ、シンガポール製)。
 私のほかに、誰が買いに来るんだろうと思うが、需要があるから置いているんだろうな。これこそ日本食ブーム? ラオス人が味噌を買いに来るとは思えないけれど。
 私はノンカイにも仕入れにいくが、日本食材を買ったことはほとんどない。最近、KOBE-YAなんていう店ができたけど、そこで冷凍食品を買ってくるつもりはないしなぁ。

   
  2月25日<帰国の話>
 ここで働いてもうすぐ7年になる。長いような、あっという間だったような。諸事情で、そろそろ帰国を考えなければいけなくなった。
 さて、従業員にはいつ話そうか。早いほうがいいのか、ぎりぎりまで言わないほうがいいのか。
 昨夜、カウンターの番をしていたら、従業員の女の子がご飯を買ってきてくれて、二人で食べることになった。
 ちょうど、長期滞在の高齢の女性が、今週帰国するって話になったので、「自分も日本に帰ってもいい?」って聞いてみた。
 返事は特になし。
 今朝、別の子と厨房で仕込みをしていて、話をした。「ここでの仕事は楽しい?」と聞くと、にこっとして楽しいと答えてくれた。
 掃除や仕込みで一番仕事をしているのが、この子。その子が楽しいと言ってくれたのは、やっぱりうれしかった。
 「将来、どうなりたいの?」
 「何も考えていない」(ラオス人らしい。というか、自分で何かになりたいという選択はできないのかも)
 「ビエンチャンとサワナケート、どっちにいたい?」
 「ビエンチャン」
 「自分も日本に帰ってもいい?」
 「また、来るの」(これには、答えられないなぁ…)
 昨日、さぼった子にも、もう一人雇うかという話がでたので、同じように聞いてみたら、
「オーナーが辞めるのなら、自分も辞める」という。
 どうするかは、次のマネージャーといっしょに話をしようということでその場は切り上げた。
 もう言ってしまったのだが、さて、これからの数ヶ月、(自分も含めて)皆の仕事ぶりはどう変わるだろうか。


   
  2月25日 <さぼり癖>
 日曜、午後の当番の子が来ない。朝番の子が夕方まで仕事をしてくれたのだが、彼も本職の仕事で呼ばれて帰っていった。
 午後番の子に電話をするが、呼び出すけれど出ない。メールにも返事がない。
 しばらくは、女の子がカウンターの仕事をしてくれていたが、エアロビに行きたいというので、私がカウンターにいることにした(カレーの仕込で、疲れているのに…)。
 夜9時を過ぎても来ず、昼番の子に戻ってきて、夜いてもらうことにした。
 翌朝、8時を過ぎて、ようやく昨日さぼった彼がきた。こういうことは、今年に入ってからも何度かあった。
 「どうして電話にでない? 何度も電話したのに」
 「頭が痛くて出れなかった。俺も疲れているんだ」と半分逆切れした返事がきた。
 彼も毎日仕事をしている。体調を壊すこともあるだろう。仕事に来れないときは、代わりもするから連絡だけはしろっていうことなんだが、こうけんか腰で言い訳するようでは、言っても無駄か。
 まあ、頭が痛かったのも酒を飲んでいたせいだと思うし、けんか腰なのも、自分が悪いと分かっているからなのだろうが…。
 もともと、ごめんなさいと言わない子。「ごめんなさい、頭が痛くて寝てました」って言えば、それで終わりにできるのに。
 でも、こう毎週では、やっぱり別に一人、日曜番の子を探したほうがいいかも…。

   
   2月20日<意味不明のベジタリアン>
 いろんなベジタリアンが来ます。今日のベジタリアン。チャーハンを注文、でもベジタリアンだから肉は入れないでという。まぁ、ここまでは普通。
 で、追加でぎょうざを注文。「ぎょうざ? 肉入ってますけれど? ベジタリアンですよね?」「ぎょうざは1種類しかないですよね。だったら。それを1つ」
 どういうこと?? 過去にもいろんなタイプが来た。肉はダメだけど、魚はよいとか、魚もダメだけど、味噌汁(かつおだし)は大丈夫だとか、お好み焼きにかけているかつお節を見て、「私は魚はダメ。メニューに魚を使っているって書いてないじゃないか」と怒った人とか…。
 でも、今日の人が一番意味不明。

   
  2月17日 <日本人のマナー>
 今日、うちに来た日本人。どういうしつけをされてきたんだろう?
 日曜早朝、7時。部屋に空きはないかと10人近くの日本人(学生だろう)が来たそうだ。夜行バスでビエンチャンに着いたのだろう。「空きはない」と言ったはずだが、ロビーでガヤガヤと騒ぎ出した。客でもない君らがくつろぐ場所じゃない。そこへ、泊まっているお客さんが降りてきて、うるさいから出て行きなさいと注意し、追い出してくれたそうだ。
 夕方、日本人の中年男性が、勝手にレストランに入り込み、本を物色。借りていきますと書き置きをして持っていった。うちの本は持ち出し禁止。張り紙もしてある。それを勝手に持っていくのは、どろぼうと同じ。 
 宿の名前が書いてあったので探し出し、出かけていて留守だというので、カウンターの子に「返してくれ」と伝言した。 
 今日来た人たち、私は誰とも顔を合わせていない。朝はお客さんが叱ってくれ、夕方は、勝手に出て行った。
 こういう日本人も問題だが、店番も同罪。なぜ、注意しない? なぜ、勝手に入ってきて、持ち出したのに気づかない? 自分は何のためにカウンターにいるのか分かっていないのか?
 最近レストランでも注意力散漫。仕事になれ、いい加減になってきたか…。

   
   2月14日<味付け>
 ゴーヤチャンプルー。そんなに多くは出ないけれど、まぁ「ぼちぼち」ってところ。
 いつも食べていただいている沖縄出身の方からアドバイスをいただいた。ちょっと塩気が強いので、薄味にしたほうがゴーヤの味がでていいよとのこと(ゴーヤのうまみ=苦味ってこと…)。
 苦味抜きのため塩もみしているので、それのせいか、それとも味付けの塩分が多いのか…。どちらも控え目にしたら、これでちょうどいいといわれた。
 ちゃんとしたゴーヤチャンプルー。正月に帰国したときに沖縄料理屋で食べた。一皿を大勢で分けたため、ほんのつまみ程度だったが、やはりうちとは味付けは違っていた。
 レシピを調べて何度か作ってみて、おいしいといわれたので、その味で作っている。沖縄でも店によって味は違うと思うので、うちはこの味ということで納得したつもりだったが、やっぱり、こういわれると気になる。
 ゴーヤが好きな人はあまり苦味を抜きすぎると物足りないというし、でも、それほどでもという人は、ちょっと苦味がきついと、豆腐と肉だけ食べてゴーヤは残って戻ってくる。
 結局は自分の好みの味で作ることになるんだけれど。人が変われば、味も変わる。

   
  2月13日<恐怖の記憶>
 外に設置してある水道用の電動ポンプ。なぜかこのコンセントにはブレーカーがかませてなく、外の電線から直接つながり、いつも通電している。
 以前に、このコンセントが壊れ、交換しなければいけなくなった。人を頼んだが、なかなか来てくれそうにない。直さなければ水が使えない。
 仕方なく、自分で作業をはじめたが、通電したままなので、ちょっとぶれたたけでも、ショートして火花が散る。スパークしたときは、目の前が真っ白、しばらく前が見えないし、
持っていた工具は手から飛んでいく。それでも、なんとか作業を終えたが、かなり怖かった。
 今日、蛇口修理のため、ポンプをとめに行かせたのだが、コンセントを抜くはずが、コンセントの本体そのものを配線からはずしてしまった。当然、何をしていいかわからず、壊れたといってきた(自分で行けばよかったと後悔)。
 再び、修理。配線が抜けただけだったので、それを差し込めば直る。よっぽどのことがないかぎり、ショートはしない。そう分かっているのだが、異様に怖い。記憶がよみがえり、わずかだが、震えているようにも感じる。
 学習能力…。そういえば、犬にかまれてから、犬も苦手になっているもんなぁ。

   
   2月11日<持ち帰り>
 「今度、田舎のほうで仕事をすることになったが、食事が心配。やっぱり日本食が食べたい」と、ある企業の人。
 ビエンチャンから車で2,3時間のところだそうで、いろいろ相談を受けた。
 「お手伝いさんがしばらく厨房を見学させてもらってもいいか」
 「見ているだけでは、覚えられませんよ。それにうちの厨房は狭いからなぁ…」
 「教えてもらうのは」
 「考えましょう」
 「そちらに2号店を作ってもらうとうれしい。日本からかなり人が来ますよ」 
 「それはちょっと難しいでしょう」
 うちの料理のいくつかは、冷凍して保管しているものがある。煮込みものだとか、カレーだとか…。持って帰って温めれば食べられる。「欲しいものをあらかじめ言ってもらえば、数を用意します」
 カレー、角煮、牛すじ丼などを注文していただいた。が、その他に、マーボー丼、すぶたなんて希望がある。
 うーん、豆腐は冷凍すると凍豆腐になっちゃうし…。こういうのは、やっぱり作り方を覚えるしかないだろうな。やっぱりお手伝いさんに教え込むのが一番かな。

   
   2月8日<子どもの相手>
 ベトナム在住の友人が、子どもを連れてラオスへ遊びに来てくれた。
 今、11ヶ月だという。つかまり立ちができる。私を見て泣き出さなかったので、まずは一安心。
 可愛いなぁと思うけど、どう相手していいのか。まったくわからない。そこへ、常連さんの男性が来て、話に加わったのだが、さすが、子どもを育てたことのある方。さっさと抱き上げて、遊び始めた。
 そう、私は抱き上げるってことから躊躇してしまうんだよなぁ。抱いてごらんて渡されたが、けっこう重い。お母さんはこんな重いのを、いつも抱っこしているのか…。
 自分の子どもは可愛いよと言われるが、もうこの年齢で子育ては、体力的にも難しいよなぁ…。

   
  2月6日<まかない>
 最近、まかない用の材料は、私ではなく、自分たちで買いにいくようになった。
 なんだかわからないような葉ものや食材がほしいといわれても、私が買うのは難しいから、だんだんそうなってきた。
 おかげで、まかないのレパートリーは増えたけど、出費も増えた(残り物で何かを作るまかないじゃなくなってきたなぁ)。
 この前は、鶏のラープ。鶏は地鶏を買ってきたのだが、いままで食べたラープの中でも一番うまかった。
 そして昨日は…、豚足を買ってきている。どうするのかと思えば、濃厚スープの煮込みが出てきた。コラーゲンたっぷり。これは、とんこつラーメンのスープより濃いぞ。こんなもん、食ったら痛風が…。
 でも、うまい! あぶないと思いつつもいっぱい食べてしまった。最近調子はよかったので、大丈夫かも…なんてことはなく、やっぱり今朝はひざに違和感がある。
 もうこれは無しにしておくれ。食べたいってまた作りそうだなぁ。で、出てきたらやっぱり食べちゃうんだろうなぁ…。


 
   
  2月4 日<雨>
 なぜか最近よく雨が降る。
 今朝も市場へ向かったら突然降り始め、あわてて戻り、傘を用意した。まだ2月頭だというのに、雨季のよう。
 先日も夜、ご飯を食べに、店を出たとたんに雨が降り始めた。帰ったらすぐにシャワーをあびればいいやと思い、そのまま帰ってきたが、思った以上にすごい雨で、全身どころかウエストバックまで、びしょぬれになってしまった。
 うっかり携帯もバックの中に入っていて、濡れてしまい、電源が切れている。もしかして、壊れたか…。乾かしてから電源が入ったのだが、バックライトがつかない。電話はかけられるが、いつの間にか電源が切れていることが、しばしば起こるようになった。
 うーん、買い換えるのも面倒だしなぁ。ピーマイでの水掛け、携帯は防水袋に入れないと危ないということを実感したのであった。

   
  2月3日 <値上がり>
 ビアラオが今年も1月より値上がりした。うちは年末にいっぱい仕入れてあったので、2月から値上げすることにした。
 ビールの値上がりはまだ小さかったのだが、牛肉の値上がりはすごいことになっている。年明け初のカレーの仕込みのときは2割アップ。そして本日もカレー用の牛肉を仕入れたら、またちょっと値上げされていた。
 今月の値上げは小さかったけど、それでも値上がりが止まらないのはきついなぁ。正月はもっと高かったらしい。ちょっと異常? 
 (日本は円安になって、インフレ目標も掲げたようだ。同時に収入も増えていかないと、結構きつくなるだろう)
 レストランの値段は毎月上げるっていうのも難しいしなぁ。日本からラオスへ来ている人は、円安と物価上昇でダブルパンチだ。

   
   1月31日<ラオス人の給料>
 
お客さんの話を聞いてびっくり。
 今、公務員の給料が1,700,000キップ(200ドルちょっと)だという。
 えー、ちょっと前までは700,000キップだったはず。いきなり2倍以上あがったの? ちょっと信じがたい話だ。
 で、昼間に学校の先生をしている従業員に聞いてみたら、確かにそのとおりだという。去年の10月に上がったのだそうだ。
 7年前、ラオスの公務員の給料は35ドルだった。これは安すぎだとは思ったが、それからの上がり方は半端じゃない。
 公務員の給料=税収。毎月支払っているものに従業員の所得税などがある。毎年1月に1年間の値段が更新されるのだが、これも毎年どんどんあがってきた。もしかしたら、今年はこれも2倍になったりして…(税額が知らされるのは3月ごろ)。
 ところで、民間の会社も、給料を同じように上げているのだろうか? うちの従業員の給料はどうしよう…。
 これはものすごい勢いでインフレになるんじゃないの?


   
   1月27日<飲茶(やむちゃ)>
 日曜の午前だけ、中華料理屋で飲茶(点心)を出していると聞いて、教えていただいた方といっしょに行った。
 朝の営業時間とか。何も書いてないから知らないと行かないだろうな。10時ごろ、買出しの帰りに店の前を通ってみたら、けっこうお客さんが入っている。
 11時に店に入ったが、お客さんは中国人ばかり(これは期待できそう)。出てきたメニューは飲茶だけで、普通のメニューはない。品数はけっこうあり、おかゆの他に大根もちもある
(大根もちって調理師学校でやったけど、どうやって作るんだっけ…)。
 2人で5、6皿頼んだが、どれもうまかった。個人的にはもうちょっと濃い味付けのほうが好みだけど、ラオスで辛いもの好きになっているからかも。一人だと、あまり品数は食べられない。1皿に3つずつだったから3人で行くのがベストかな。
 いいお店を教えていただいた。

   
  1月25日 <いいかげんに…>
 うちのゲストハウスのロビー、なんだか近所のラオス人がちょくちょく集まるようになった。この前、来ていたのは若い警官2人。何をしているのかとみれば、携帯(スマホのようだ。私も持っていないのに…)をいじっている。どうやら、うちのWIFIを使いに来たようだ。おいおい、レストランでも公開していないのに勝手に…。
 今日は、隣のゲストハウスのおばちゃんがタムミーを買ってきてうちの女の子といっしょに食べ始めた。別のゲストハウスのやつもいる。自分ちで食べてよ!
 従業員が、ロビーの椅子でお菓子を食べているのは、他にいる場所がないので仕方がないが、関係のないラオス人が集まってくつろがないでほしい。
 ちょっと話をしに来たくらいなら大目に見るが、ひどいときは出てってというようにしている。
 なんだか、ハエを追い払っているようで、私のほうもあまり気持ちのいいものではない。
   
  1月18日 <訂正>
 昨年、私が登場した本の著者からメールがきた。間違っている部分を増刷時に修正します。訂正箇所を教えてくださいとのこと。
 うーん…。
 返信は、「全部の項で間違いばっかり。訂正するってことは、私が全部書き直すのと同じ。これは私の話じゃないから、店も含めて名前をすべて削除するか、私の章ごと削除してくれ」(ここも違う、あそこも違うって、いくつか書いたがきりがないから、途中でやめた)
 まあ、章ごと削除されることはないだろうなと思っていたが、やはり、名前を変更するとの返事がきた。
 名前を変えたところで、ビエンチャンでカレーっていえばうちだってわかるとは思うが
(そんなに知られてはいないかな? そもそも旅行者は知らないか)
 さて、この本、他の方はどこまでほんとの話なんでしょう? 帯には、「心がほんのり温まる」って書いてあるけど、最後の章はホームレスで泥棒(万引き)してますって話だし。
 それでもゆるしてもらえる、タイっていい国ってこと???

   
   1月7日<空港にて>
 成田から出国。
 いつものことなのだが、チェックインカウンターではちょっと緊張する。というのも、私は食材、調味料をかなり持っているので、重量オーバーする。昨年は中華なべがあり、かなりオーバー。これはダメ、超過料金って言われたのだが、中華なべを機内持ち込みできますかって聞いたらOKが出て、超過料金を払わずに済んだ。実際、私の荷物は減っていない、乗客が少なくてガラガラだったからかもしれない。
 今年も少しこぶりの中華なべを持っているが、機内持ち込み用にパッキングしてある。どうか無事通れますように。
 計量…、重量オーバー。10kgはサービスしますがそれ以上の分、割り引いて100ドルですと言われた。ありゃりゃ。原価800円程度のものを持ち運ぶのに8,000円なんてありえない。ちょっとねばってみるか。
 いつも使っているが、これくらいはおおめにみてもらっていた。ダメなら捨てる、もうこの航空会社を使うメリットはないなぁ…。なんていっていたら、別の職員がきて、「正月早々大声を出すのもなんですし、今回は受けます」と言ってくれた(別に騒いだわけではないんだけれど)。
 ということで成田はなんとか無事に通過。バンコクで乗り換え。ゲートが開くのを待っていたが、いつになっても開かない。確認にいくとなんと3時間の遅れとある。
 わー、ビエンチャンに着くのは12時を過ぎるぞ。9時を過ぎたころ、ミールクーポンを出すとの掲示が出たので、クーポンをもらったが、バンコクの空港内はどこも高くてまずい。しかもクーポンを受け取ったら、ボーディングは25分後だって言われた。
 ゆっくり飯も食べられないのか、でも出発時刻が少しでも早くなったのならいいかと思ったが、実際はぜんぜん早くなんかならず、ビエンチャンに着いたのは12時10分だった(空港には、バンコク行きを待つお客がいた。これから出発かー。大変だなぁ。接続便はないだろうなぁ…)。
 さて、タクシーで帰ろうと思ったのだが、この時間、すでにカウンターには誰もおらず、タクシーもいない。30分も待てば来るよとそこにいたおっちゃんが言っていた。
 あー、早く帰って休みたい。クタクタだ。


   
  1月6日 <日本の肉って…>
 夕飯にとんかつを食べた。全国チェーンの店、ごはん、キャベツ、味噌汁がおかわり自由。
 注文したのは、ロースカツとメンチカツのセットのもの。ロースカツから食べる。衣はサクッとあがっている。うわー、柔らかい。
 数年前、うちのとんかつを食べて、「硬い」って言っていったお客さんがいたなぁ。これと比べたら、そりゃ硬いよなぁ。メンチカツは当然柔らかい。
 そのあとに、またロースカツを食べると…、あまりにも歯ごたえがなく、とんかつを食べてるって気がしなくなってきた。
 どうやって、こんなに柔らかくしているのかわからないが、私には、ちょっと柔らかすぎ。硬すぎる肉もなんだけど、柔らかすぎるのもねぇ。
 ほどほどってのが、やっぱりいいのだろうな。


   
  1月4日 <クオリティ>
 日本での楽しみのひとつは、やっぱり飯。
 埼玉県川越市にあるうどん屋は、昔よく通った店。昼だけの営業で、元気なおばちゃんたちがやっている。
 今回、ちょうどタイミングよく数年ぶりで行けそうだというので、帰国前から楽しみにしていた。
 お店に行くと、以前に話をしたことのあるおばちゃんたちがいなかった(みんな辞めた?)。まあ、それは仕方がない。
 で、うどんを注文したのだが、これまでのうどんとは違っていた。うどんのコシが足りない。冷水での締めが足りない。だしが薄い。てんぷらがやたらとでかい。(前も大きかったけど、これほどではなかったはず…)。
 期待が大きかったので、このクオリティにはちょっと残念。今日だけ、はずれだったのか、あのおばちゃんたちがいなかったからなのか。やっぱり人が変わるとこうなるのかなぁ…。