乗鞍高原・野麦峠を訪れて

 雨こそ降っていないものの数日前に梅雨入り宣言があり、どんよりとした雲が覆う中、岡山と東京からの来訪者とともに乗鞍高原に向かう。途中、番所の大滝に寄る。人の流れに沿って階段を下って左方向にいったものの、そこは滝からやや離れた上側からの眺めで、乗鞍高原最大とされる滝の威容を伺うことは適わず。下から滝を眺めるには右の方向に行かなければならないようなので先を急ぐ。暫く車を走らせ、かもしかゲレンデの下にある三本滝レストハウスに着く。生憎の天候で乗鞍岳は望めなかったが、高原のひんやりとした空気に触れ、鶯の鳴き声と新緑に歓迎してもらう。清々しいひと時を過ごした後、乗鞍高原に向かってくる途中、奈川渡ダムで一服した折、案内板に左に向かうと「野麦峠」とあったのを思い出し、奈川渡ダムのところまで引き返し野麦峠の方に向かう。野麦峠については本や映画で見聞きしているもののこれまで行ったことがなくどの辺りにあるのかも定かでなく、どんな所なのか一度訪れてみたいと思っていた。程なくして、路傍に「野麦街道」と記した案内板と「ああ野麦峠」の小説の一節が記された看板があり、降りてみると熊笹が茂った細い道が山中に続いている。かって雪で覆われたこの道を飛騨の多くの若い娘たちが命がけで通ったと思うとそれなりに感慨深いものがあるが、経済的にも相応に恵まれ、車で安易にどこへでも移動できる時代にぬくぬくと生活している身には実感があまりに薄い。さらに車を走らせると、お助け茶屋の看板を掲げた店があり、ここに立ち寄り食事をする。店内は土間が続き、囲炉裏が切られたり、天井には太い梁がむき出しのままといった昔ながらの造りになっており、周囲の壁面には、かっての映画のポスター、当時の女工さんたちの写真、当時の状況を手書きで記した絵などが飾られ、資料展示館さながらの趣となっている。これら資料を見ながら、先ほど立ち寄った野麦街道の光景を重ね合わせ、こういう時代、こういう事実があって今の生活があることを時に考え、感謝し、再びこのような世がこないように努めていく気持ちを新たにすることが、映画、本を通じてかろうじて見聞きしている我々世代だけでなく昨今の映画や本の存在すら知らない若い世代の者にも必要なのではなかろうかと、ひと時思いを巡らす。家に帰ったら、もう一度本を引っ張り出して新たな気持ちで読み返してみようという気にさせられた野麦峠行であった。

     下から眺めた大滝    

   天気なら望めた乗鞍岳   

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