イカの名あれこれ
福井にいた頃、敦賀市の知り合いから当地でのイカ釣りに誘われた。イカと言ってもその種類により釣り方というか仕掛けもそれぞれに違う。「マイカ」だと言う。それまで、イカ釣りと言えば、三浦半島沖でのスルメイカ釣り、房総大原沖、茨城大洗沖でのアカイカ釣りぐらいでマイカについては知識がなかった。地元ではマイカと呼んでおりヤリイカとも別、刺身で食べるとすこぶる美味でスルメイカの比ではないとのことであるが、マイカの正体について明確な答えはない。釣り場は敦賀灯台の沖先。夜6時過ぎに出船、集魚灯をつけての釣りである。釣り上げるとその身は透きとおり大きいもので30cmを超え、食べてみると食味は軟らかく甘味があり、美味しかった。一体、マイカの正体は何なのか。水産庁の水産研究所のイカの研究者に問い合わせてみたところ、実物を見ないと確かなことは言えないが、特徴からするとケンサキイカではないかとのことである。出掛けた先の魚屋とか市場でマイカを見つけては、これはケンサキイカかと聞くと「いやマイカだ」とか「アカイカだよ」と言われ、もどかしい気持ちがずっと纏わり付いていた。その後、インターネットでの情報で、もどかしさが解消した。動植物には日本名(標準和名)がつけられているが、この和名とは別に地域、地域により地方名がつけられている。紛らわしさの原因は、ある「科」に属するイカの和名が違う「科」に属するイカの地方名と混同して用いられているためであることが分かる。我々が日頃、口にしているイカを大別すると、コウイカ(スミイカ)、カミナリイカ(モンゴウイカ)など石灰質の甲を持つ「コウイカ目」とアオリイカ、ヤリイカ、ケンサキイカ、アカイカ、スルメイカなど甲が薄く木の葉状またはひも状の軟甲を持つ「ツツイカ目」に分けられる。このツツイカ目、アカイカ科の和名「アカイカ」が同じくツツイカ目、ジンドウイカ科の和名「ケンサキイカ」の地方名として用いられているのである。アカイカ科の和名「アカイカ」は地方名でゴウドウイカ、ムラサキイカ(ともに茨城地方の名)と呼ばれており、釣り人等が通常「アカイカ」と言う場合は、ケンサキイカのことを指すとのこと。そしてケンサキイカは、地方名で、マルイカ(東京湾・相模湾方面)、ゴトウイカ(九州方面)、マイカ(若狭方面)、シロイカ(日本海方面)、アカイカ(房総半島・伊豆七島方面)、メトイカ(三浦半島方面)、ジンドウイカ(沼津)、メヒカリイカ、一番イカ(隠岐方面)、ヒイカ等多種多様な呼び名があるとのこと。また、ある地域ではスルメイカのことを「マイカ」と呼ぶ。これは、マダイ、マアジ、マイワシのようにその種を代表する魚が冠する名称で、その土地で最もメジャーなイカに冠することによる。ちなみに、冒頭の房総大原沖で釣ったアカイカはケンサキイカ、茨城大洗沖で釣ったアカイカはアカイカということになるのか。ある本によれば、世界の海にはおおよそ32科450種のイカが確認されており、このうち日本近海には130種類ほど生息(うち日本人が食しているのは約30種)している。ケンサキイカについては「関東のケンサキイカは関西から九州のケンサキイカに比べ小さいサイズで成熟してしまうが、これは隠れた別種かもしれない。今後、DNAなどを調べていくと意外なことが判ってくることが期待できる」とされており、その生態を含めまだまだイカの世界については分からないことも多く、その奥は深く遠い。今、知多半島から出船する乗合船でスルメイカが大漁との情報を見て、腰が浮ついてくる。