ハクセン祭り2007冬参加作品(修正版)

 

 

よく考えて。一度言霊に出した願いは修正がきかないよ。

 

「結願」

「あっ、雪だ。」

バイト代で買ったばかりのダウンジャケットに手袋とマフラーで完全武装をしている千尋は、嬉しそうに呟くとミルク色の空を見上げた。この地方にしては珍しくどうやら本格的に降って来そうな予感に、まだ充分子ども心の残っている女子高生は、うきうきとした足取りで家に向かう。何せ、今日は金曜日。明日から、2日間の連休が待っているのだ。

「っと、危なあい。」

まだ降り始めながら、うっすらと積もり始めた雪に今までと同じ調子で足を運んでいた少女はつるっと滑りかけると、たたらを踏んで危うくバランスを保った。

よっし、よく転ばなかった自分!

心の中でガッツポーズをした千尋ははっとしたように慌てて周囲を見回す。冬至からふた月もすると少しずつ日も長くなってきてまだほんの少し昼間の明かりが残っている。どうやら自分の失態を見ていた人がいなかったことにほっとすると、千尋は再び歩き出そうと無造作に足を出した。

「うきゃあ。」

ポスッ

と、瞬間、今度はくるっと視界が回転して、思わず発した悲鳴とともに覚悟した痛みはどこにもなく、気がつけば柔らかい布にすっぽりと包まれていた。

「危ないよ。」

耳に清らかなほど心地よい声に、しかし、千尋は思わず身体を硬直させる。

「その靴では、無事に帰れそうも無いね。このまま抱いていってあげようか。」

にっこりと優しげな微笑みと共になされた申し出に慌ててブンブンと首を振ると、少女は赤くなった頬を見られまいと顔を上げないまま腕を突っぱねた。

「わっ。」

と、勢いの余りまたまた転びそうになって、反射的に白く幅広に下がっている袖につかまると密やかなくすくす笑いが頭上から振ってきて、千尋はばつ悪げに身体を起こす。

「だから言ったのに。」

「あの、ねえ、コハク。何でここに。」

いるの、と言いかけた言葉を遮るようにコハクと呼ばれた少年は急に上を向くと、トンと地面を蹴った。

「飛ぶよ。」

「って、もう飛んでるし。」

いきなりの浮遊感に慌てて目の前の身体に縋りつくと、くすりと笑う声と共にふわっと膝を抱えられ、体ごと背中に投げ出される。瞬間、竜に転変した男の肩であった辺りにストッとうまく収まった少女は、慌ててバランスを取るべく、慣れた仕草で身体を倒すとツノを握り締めた。

雪の舞い散る夕暮れを風を切って飛んでいく白い竜。その背にまたがった少女は、小さなため息を吐くと若草色の鬣に頬を埋め、その温もりを味わうようにそっと瞳を閉じた。

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「ほら、千尋。きちんと髪を乾かさなくては風邪をひくよ。」

「また騙された・・・」

タオルの下でぼそっと呟いた少女に眉を上げた男はにっこりと笑って見せる。

「家に送ってあげるなんて一言も言ってないだろう?」

家に帰るはずが気がつけば不思議の町の外れにある小さな家に連れ込まれていた少女はぷっと頬を膨らますと、諦め悪くごねる。

「お父さんとお母さんが心配するもん。」

「大丈夫。ちゃんと術をかけてあるよ。」

「うう。こういうことには魔法を使えるのね。」

少女はがっくりと肩を落とすと、遠い目でここ二月ほどの怒涛のような日々を思い返した。

・・・明日から冬休みに入るという日。

今日と同じく学校帰りに、唐突に現われた懐かしい少年は、信じられないと全身で喜びを表しながら駆け寄る千尋に向かっていきなり助けを求めてきた。会いたくて会いたくて、あの約束が叶うときを毎晩祈りながら指折り数えて待っていた千尋は、

「もちろん、私に出来ることならなんでもするよ。」

と、深く考えることなく飛びつくようにして答えたのだ。

そうして・・・

「願い事?わたしの?」

「そう。」

驚く千尋に少年はにっこりと微笑む。

「双子の魔女のご指名でね。魔法使いの契約印を得るための最終テストなんだ。」

「・・・コハクは、やっぱり魔法使いになるの?」

幾分落とされた声に、見習い魔法使いである竜の少年は事も無げに答える。

「そのつもりだよ。どうせもうこちらに居場所はないし、元々そのために湯婆婆の弟子になったのだから。ああ、もちろん今では双子の魔女の正規の弟子だよ。そなたのおかげで神名を取り戻したからね。」

「そっか。」

今年高校に上がったばかりの少女は、再会を待ち望んでいた少年が自分の平凡な日常と全く異なる世界に身を置いていることに改めて気づくと肩を落とす。

「それでね。」

しかし、そんな彼が自分を頼っていることを思い出すと、小さく息を吐いて気を取り直し、顔をあげた。

「一度言霊に出した願いは修正がきかないんだ。だからよく考えて願うんだよ。」

「コハクがわたしの願いをかなえてくれるの?」

「そう。できるだけ具体的に願っておくれ。例えばね。お金持ちになりたい、ではなくてお金がいくら欲しい、というようにきちんと言葉にしないと願いはかなえようがないだろ?」

まるで御伽噺のようなシチュエーションに千尋は首をかしげながら尋ねる。

「あのね、例えばだけど世界が平和になりますように、とかは?」

「うん、千尋ならそのような願いごとをすると思ったけれど・・・」

「やっぱりだめ?」

「個人的な要素がない願いごとは認められないんだ。それとね、魔法は使えないんだよ。」

「はい?」

コハクは、目を瞬かせた千尋に苦笑すると

「あの方々らしいだろ?魔法使いになるための最終試験に魔法を使ってはいけない、など。」

「あ、じゃあ、願い事ってどうやって叶えるの?」

御伽噺のセオリーどおり、世界中の人々の幸福を願うわけにはいかないんだろうな、とは分かっていたけれど、それなら、同じ立場に立った人が誰もが願うであろう、お金持ちで、美人で、頭がよくなりますように、という超個人的な願いごとも無理だというわけで。

「大丈夫。魔法など使わなくてもそなたの願いは、腕によりをかけて叶えて見せるから。」

「そ、そう。ありがと。」

魔法なしなら、たいした期待はできないな、とちらっと思ったことは、目の前で翡翠の瞳を煌かせている少年に言えるはずもなく。

「さあ、まずはじめはどんな願いごとをする?」

まかせなさいとばかりに爽やかな笑みを見せる少年に、魔法なしでお願いできることを考えるために頭をひねった千尋は、唐突な出会いのすぐ前まで頭を占めていたことを思い出すと、躊躇いながら言霊を発したのだ。

「えっとねえ・・・」

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「騙されたなんてひどいな。」

湯気の立っている湯のみを手渡しながらコハクは笑う。

「そなたの願いどおり、子猫の飼い主を見つけたし、数学のテストで80点以上取れるように毎晩、試験勉強にも付き合ったし、父君の疲れが癒えるように特製の薬湯も手に入れただろう。」

しれっと答えた少年に、週末になるたびにこちらの世界に連れ込まれている千尋は、受け取った湯飲みに勢いよく口をつけて、思わずむせ返る。

「大丈夫、千尋?慌てて飲むから。」

げほっとむせた呼吸が落ち着くと、千尋は涙目のまま、目の前の少年をにらんだ。

「ええ、ええ、そうね。あの子は今ではいっぱしの猫又の弟子になっているし、期末、数学以外は軒並み全滅だったし、油屋特製の薬湯の代金で2か月分のバイト代ふっとんだし!!!」

「一度言霊に出した願い事は修正がきかないと言っただろ。」

「だからって、あの子を妖怪に預けるなんて思ってなかったし。」

「うん。でも私は人間にはそなた以外のコネがないからねえ。それにあの猫又は、弟子が独立したばかりで寂しがっていたから。」

これも縁だねえ、と澄ました顔で茶をすすっているコハクにぷちっときれた千尋は、勢いよく立ち上がる。

「帰る。」

「ああ、それ無理だから。」

「はい?」

「もう河の水が満ちているから、帰るなら私に乗っていかないと。」

「じゃあ、送っていって。」

「いいよ。本当の願いごとを教えてくれたらね。」

「送っていってっていうのじゃだめなの?」

「だめ。」

千尋はバンと大きな音をたてて机の上に両手を乗せると、身を乗り出すように、コハクに迫った。

「もう!ねえ、コハク。いつまでこんなこと続けるの?普通魔法使いが叶えてくれる願いって3つまでとかじゃないの?」

「そんな決まりはないよ。第一、今までのはカウントされていないから。」

「はい?」

「そなたが満足してくれなければ叶えたことにならないだろ。」

「ええ!!だって・・・」

確かに、御伽噺のセオリーのように最初の願いはともかくとして、後の2つは何気なく呟いたことだったのだ。数学やばいかも、とかお父さん腰がいたいと言うから心配なんだとか、こうしてコハクと過ごす休日に世間話の一つとして話したつもりが、目を輝かせた魔法使い見習いは、言霊に出した以上願いを叶えなくてはね、と張り切ってくれて。なのに・・・

「あ、あのね。ごめん、いろいろ文句言っちゃって。コハクはよくやってくれたよ?公園で震えていたあの子の居場所をきちんと確保してくれたし、数学あれからすごくわかるようになったから、おかげでバイト止めなくて済んだし、それにお父さんも腰の痛みが無くなったって喜んでいたし、満足してるよ?だ、だから、もう・・・」

すとんと脱力したように腰を下ろして、慌てたように言い募る千尋を、魔法使い見習いの少年はじっと見つめる。そうして、手に持っていた湯飲みをコトリと置くと、すっと人差し指を持ち上げ、黙ってというように千尋の唇に触れながら、静かに言った。

「千尋。」

「そなたの本当の願いをきちんと言霊にしておくれ。」

「・・・・・」

「千尋?」

視線を逸らして黙り込んでしまった少女に竜の少年は小さくため息をつくと質問の矛先を変える。

「そなた、なぜアルバイトを止めたくないの?」

「・・・・・・。」

急に変わった空気に、コチコチと時計の音だけが耳に付く中、千尋は、そわそわと飲みかけの湯飲みをもう一度手に取る。そうして、中を覗き込むように下を向いたまま答えた。

「・・・ん。働いていないと落ち着かないし。大学いくつもりないから。」

「ならば高校を卒業したらどうするつもりなの?」

少年の追求にますます落ち着きがなくなった少女は空になった湯飲みを諦め悪く覗きながらぼそっと答えた。

「もちろん働くよ。」

「そう。」

と、手のひらの中に閉じ込めてあった湯のみが急にすっと宙を舞うと机の上にコトリと音をたてて着地した。その音にビクッとした少女は、手慰みがなくなった手をひらひらさせながら、ごまかすようににへっと笑う。

「すっご〜い。コハクってば湯婆婆お婆ちゃんみたい。」

「働くって、何をして?」

「・・・・」

無言の千尋にコハクは小さくため息を吐く。そのため息を聞きつけたのか少女はようやく顔をあげてぼそりと答えた。

「魔法でやったら何にもならない。」

「そなたの願いを叶えるために、魔法を使わないと言っただろう。」

「でも、それでも自分の力でやりとげなくては意味ないもの。」

「千尋・・・」

哀しそうな少年に、少女は強い意志を秘めながらも、どこか揺らいだ瞳を向ける。

「できればね、高校のうちに簿記2級の資格を取りたいの。でも、自分自身の力でしなくては意味がないもの。」

「私には手伝えない?」

「だって、コハクが聞きたい願いはこういうのではないのでしょう?」

「・・・・・」

「私、コハクが魔法使いになるお手伝いをしたいけれど。でも、本当の願いはまだ教えて上げられないの。自分の力で確かなものをつかんでからでなくちゃ。」

頬を紅潮させながら、それでも視線を逸らさずに懸命に想い伝えてくる千尋をコハクは深い眼差しで見つめる。

・・・そなたには、いつもいつも驚かされる・・・

「・・・簿記って何?」

「・・・帳簿の管理とかできるようになる資格なの。」

「・・・・・・・」

ぽっと頬を染めて今度は僅かに逸らされた視線に、コハクの頬にゆっくりと笑みが浮かぶ。

「千尋。」

「なあに?」

「簿記の資格とやらはいつ取れる?」

「・・・今年の6月の試験を受けてみるつもり。」

「そう。」

魔法使い見習いの竜は、静かに手を上げると目の前の落ちつかなげな少女の髪にそっと手を触れた。

「そう。ならば、そなたの本当の願いごとをきくのはそれまで待っていよう。」

「コハク・・・」

「その時は。」

そうして、腕の中に囲い込んだ少女の髪に顎を埋めると竜は静かに囁いた。

「その時はよく考えて願うんだよ。一回言霊にだした願いは修正がきかないから。」

 

ハクセン祭りに参加されている皆様、

遅くなってしまってごめんなさいです。

おまけに思いっきり趣味に走ったものを書いてしまってすみません。

2月2日の放映で、千尋の手を取って不思議の町の中を駆け抜けながら

魔法を使っているハク様の姿にあらためてやられてしまいました。

ハク様は何れあの世界を支配する双子の魔女を凌駕する

魔法使いになるに違いないという、作者の願望はいりまくりの作品です。

 

 

それにしても、千尋の本当の願いって?

ハク様、分かったようなこと言っているけど

油屋に就職したい、とかだったらどうするつもりだろ。(笑)

そなたが満足する願いごとじゃないからノーカウント。

早く本当の願いを言っておくれ、ってなるのかしら。

ケッ、女の口から言わせようとするんじゃねえよ、

とリンさんなら言いそうです。

と以上がハクセン祭りに投稿したときのコメントです。

内容的にはかなり修正したつもりですが、ど、どうかな?

いまいち、伝わりにくいものを書いてしまったような・・・

 

一応単品の作品で続きを書くつもりはありませんが

感想などいただけると幸いです。

 

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