小話16・噂と真実と・・・おまけ話

(拍手小話9より)

 

「初恋」

 

さらさらと、机に向って筆を走らせる若者が一人。

その頬はほのかに紅潮していて、

幸せそうにはんなり微笑んでいる。

「・・・また、森の姫への文か?」

唐紙を開いて、部屋に入って来る翁が一人。

その顔は、渋面を作っていて、

眉は苦々しげに寄せられている。

「爺爺様。はい、前にお届けしてよりひと月もたちますから。」

「標殿が良い顔をしまいに。」

「・・・・」

「そちもわかっておるであろう?あのお二方(ふたかた)こそ、我らがいう

比翼の鳥。余計な想いはそち自身を苦しめるだけぞ。」

「南へ・・・」

「・・・なにか?」

「・・・南へわたるものたちが、別れの挨拶にきたのです。」

まるで関係ないことを話していると言うのに、

翁はじっと耳を傾ける。

「そのものたちへの、祝福をお願いしたいと。ただ、それだけを姫君に。」

おやさしい方だから、きっとこの弱い者たちへの

加護をくださるでしょう。

私の病を癒してくだされたように。

夢見るように語る天鳥神(あめとりのかみ)の

世継ぎ子に、年経た神は首をふる。

そのまま、文をしたためることへ意識を向けてしまった

若子を、しばらく見つめ、翁はそっと部屋をでた。

 

「・・・初恋の相手があの龍神の妻ではな。」

初恋は実らぬ、とは人間どもの言い分で。

神たるもの、初恋のお相手に初めての褥を共にすることを

請い願うことは、ままることなのだ。

そうして、想いを昇華させることで、前へすすむことができて。

しかし、まさかあの姫に添い伏しを頼むわけにもいくまい、と。

翁は標の森の龍神の顔を思い浮かべ、ため息をつく。

龍の独占欲が強いのはその本質からすれば当然ではあるのだが、

噂以上の執着ぶりをこの夏まざまざと見せつけられていて。

・・・ああも、ガードが固いとあの便りでさえ

果たして無事に姫の元に届くやら・・・

初恋の相手があの娘とは、目が高いというべきか、

身の程知らずと言うべきか。

癒されたはずの若子は、新たに恋の病とやらにとりつかれている。

・・・この病ばかりは、かの姫に癒していただくわけにもいくまいなあ。

天鳥神の最長老神は、憂鬱そうに深い深いため息を吐くのであった。

 

おしまい

 

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鷹男君は箱入りだけあって夢見る少年なのでした。

大鷲爺ちゃんってばかわいそうに、また苦労を背負い込むのね。

結局小話16は、ちーちゃんが罪作りだったというお話になってしまいましたね。

(↑そ、そうだったのか)