「昔語り」

(拍手用小話10を一部修正したものです)

 

千尋、まだ寝ていなかったの?

 

うん、なんか寝そびれちゃって。

 

くすくす

そんなに明日が楽しみなの?祭り前の幼子のようだね。

 

うう、だって竜宮に行くのなんてすっご〜く久しぶりなんだもの。

なんか緊張してしまって、寝ようとするほど目がさえちゃうの。

 

ならば、緊張がほぐれるようにもう一度、する?(←爽やか笑顔)

 

・・・遠慮しておきます。はくも、留守中の手配で疲れているのだから

早く寝なくっちゃ。・・・それに、ますます眠れなくなっちゃうもん。

 

くすくすくすくす

遠慮しなくてもいいのに。そなたのためならなんでもしてあげるよ。

 

あっ、や〜んったらあ。やん、はくぅ。あ、じゃ、じゃあ、なんかお話して。

 

お話?

 

そ、や、だから、その手止めて。は、はくの子どもの頃のお話がいいな。

 

・・・子どものころの話ね。どんな話がいい?

 

はくが河の神様だった頃にあったお話。

 

また?

 

うん。

 

・・・そうだね、そなたのように明日が楽しみで眠れなかった娘の話をしようか。

 

 その娘は、わたしの河の直ぐ側にある小さな集落に生まれてね、わたしの水で

産湯を使ったのだから、生まれて直ぐからの知り合いだったのだよ。

よく遊びよく笑う子だったから、幼い頃はわたしもその子がお気に入りでよく

一緒に遊んだものだった。あれは、そうだなその子が5つくらいの頃だったか。

いつになく綺麗な赤い着物を着て、わたしの元を訪れたのだよ。明日のお祭りの

ために両親に作ってもらったのだと、それは嬉しそうに教えてくれてね。

なのに、その晩あんまり興奮して眠れなかったものだから、翌日には熱を出して

結局お祭りには行けなかったのだ。2、3日は悔しがってめそめそしていたのだけど

根が単純なのかすぐにけろっとしてね。まあ、祭りのせいで熱を出すということは

それ以後なかったけど、大きくなってからも、何ごとかあるたびに眠れないといっては

わたしの祠にきて、河を眺めていたよ。河の音を聞くと心が落ち着くといって。

その頃には私の姿も見えなくなっていたけれど、聡い子だったから、なにか

気配は感じていたのかもしれないね。

その子に一番最後に会ったのは、桜の花が散りかけた季節だったか。明日は嫁に行く

のだと言って、やはり私の元にきたのだ。好いた男の元に嫁ぐのだと、それはそれは

夢見るように美しい笑顔をしていたな。幼い頃から見守っていた娘の門出を

祝うことが出来てわたしも嬉しかったよ。あの笑顔は、まだ心に残っている。

 

・・・はくの初恋の人?

 

くすっ、気になる?

 

・・・ん、はくが大切に見守っていた人なのでしょう?どんな人かなって。

 

ふふ、そうだな。目が2つあって鼻が一つで、口が、って痛いよ千尋。

 

もう、そんな古典的なぼけでとぼける気なんでしょう。

 

そうじゃないよ。顔立ちなんて忘れてしまった。もともと私自身、童神だったし。

ただ、幸福という意味を教えてくれた笑顔だったから、ね。それに・・・

 

それに、何?

 

ん、そうだな。なぜこんな話をしたのか分かったよ。

 

え?

 

同じ表情をよく目にするから、かな。忘れなかったのは。

 

え?

 

あの娘の笑顔は、今ではそなたの笑顔に重なってしまったよ。

さ、もうお休み。明日は、早いよ。

 

・・・うん、ありがとう、はく。お休みなさい。(←ほのかに赤面)

 

お休み、千尋。

 

 

・・・ああ、千尋。そなたのその笑顔を守るためならわたしは何でもする。

だから、いつも笑っていておくれ。わたしの側で・・・

 

 

おしまい

 

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もう好きにして、って感じ・・・