「冬の朝の風景」

(拍手用小話15より)

 

冬はつとめて、と言ったのは清少納言であるが

千尋は、ピリッと射すような寒さ厳しい冬の朝が

嫌いではない。

朝日が昇りきらない薄ぼんやりした明け方。

徐々に明るくなっていくその光さえ凍りつくような

寒さの中、千尋は絶対の安心感と温もりを与えてくれる

腕の中から夫を起こさず、そおっと抜け出そうと努力する。

千尋が身動きしたとたん、さらに力を入れて巻きついてくる

腕をはずす事に成功するのは数回に一度のことであるが

今朝は、なんとか夫の甘えたがりの腕の中から

抜け出すことができたらしい。

毛糸の帽子にマフラーに手袋。

厚手のセーターと外套を着込み、

足元には内側に羊毛が張ってあるブーツをはいて

千尋は早朝の森を散歩する。

こんなに完全防備なのは以前、琥珀主に

薄着を咎められたことがあったせいで、

過保護な夫に冬の間は、外に出ることを

禁止されそうになったのだ。

し〜んとした森の気配。

しかし、よく耳を澄まし五感を鎮めて目を瞑れば

そこかしこに命の瞬きの気配が感じられて。

サクッと踏む霜柱の感触にも心が弾み、

いつの間にか唇から歌が零れている。

不思議と幼いころに覚えた童謡が多いのは

千尋自身が、幼子に返っているせいなのかもしれない。

木々のざわめきや野の獣の足跡、

時には今まで目にしたことも無い生き物の姿まで

見ることもあって、千尋は早朝の森を満喫する。

そうして、真っ白い息をはずませながら

館に戻ってみると、顔を顰めた夫が

部屋を暖め、しゅんしゅんと湯を沸かして

暖かい飲み物をいれようと待っているのだ。

「そなたは、夏の暑さには弱いくせに

寒さには強いのだな。」

憮然とした顔で攻めるように問いかける琥珀主に

「そんなことないよ。やっぱり、寒いのはきらい。」

身に着けた防寒アイテムを一つずつ外しながら

にこっと微笑むと、手渡してくれた

入れたてのミルクティーをコクッと飲む。

「あつっ。」

あわててふぅふぅ息を吹きつけて、冷ましていると

千尋以外はお目にかかることが無いであろう

顔で、さらにこの森の主は言い募ってくる。

「嫌いなのに、なぜ朝早く散歩に行くの?」

「ん〜。冬の朝の森が好きだから?」

「・・・わたしよりも?」

「はぃぃ?はくってば、何を言ってるの?」

「わたしは、冬の朝は嫌いになりそうだな。」

「え?」

「目覚めたとき、そなたが腕の中にいないなど

寒さで、身も心も凍てついてしまいそうだ。」

「・・・・・」

そんな夫にくすっと笑うと、千尋は手に持っていた

マグカップをコトリと置く。

そうして、ぐるっとテーブルを周ると、

座っている夫の背後からふわりと抱きついた。

「ほら。こうしていれば、寒くない?」

「・・・これでは、そなたを抱きしめられない。」

そんなことを言っている琥珀主の顔は

やはり、二人だけのとき以外お目にかかれないもので。

「いいの。わたしが抱きしめてあげるから。」

夫のさらりとした黒髪に頬を押し付けながら

体の前に回した腕にギュッと力を込める。

「はくがわたしよりお寝坊するなんて、

すごく疲れているせいでしょ。

だから、起こさなかったのだけど、

寂しがらせてしまってごめんなさい。」

「・・・疲れてなど・・・」

そう、むしろ千尋を抱いて憩うているその時が

あまりにも心地よいせいでつい、気を緩めてしまうのだ。

眠りのうちにあってさえ手放しがたく思うのに、

無意識に発揮される千尋の御霊鎮めの力には、

琥珀主でも逆らえなくて。

知らぬ間に千尋が腕の中から抜け出していたことは

彼にとって痛恨の一撃なのだ。

こんなことがあるのは、冬の朝だけで、

琥珀主は一時期、本気でこの森から冬を締め出して

しまおうかと思ったことがあるくらいなのだ。

「冬の朝の森のどこがそんなによいの?」

「そうね。今度は一緒に行ってみる?」

言葉にするよりも、そのほうが早いかも。

「ん〜。でも、はくを起こしてしまうと

お散歩どころではなくなってしまうかしら?」

自分で言いながら、千尋から夫を起こしたときは

たいていそのまま琥珀主の熱に巻き込まれてしまう

ことを思い出し、頬を染めながらくすくす笑う。

置いていかれるのは自業自得であることを

暗に仄めかす愛しい娘に、琥珀主はふっと笑う。

「きゃっ。」

そうして、体をひねり目にも留まらない早業で、

千尋を膝に抱き上げてしまうと

そのまますくっと立ち上がり歩き出す。

「はくったら。起きたばかりなのに

また、朝寝をするの?」

腕の中でくすくす笑っている千尋を黙らせようと

口付けながら寝室のドアを潜り抜ける。

「ならば、散歩から帰ってきたら

取り残されて凍えているわたしを

こうやって暖めておくれ。」

そうすれば、許してあげる。

腕の中の宝玉を閨のベッドにそっと寝かせ

覆いかぶさると、額と額をあわせて瞳を見つめる。

「はくったら。」

千尋はくすりと笑うと、手を伸ばし自分から、

目の前の唇に口付ける。

「ああ、千尋・・・」

触れているだけの口付けを激しいものに変えながら

琥珀主は、自身のすべてを受け入れてくれる

最愛の存在に思いのたけをぶつけていったのだ。

 

太陽が凍てつく光を森に投げかけるころ

眩しい光に包まれる寝室で、腕の中で

すやすや眠る千尋の顔を見ながら

琥珀主は微笑む。

「そなたには、かなわないな・・・」

そう呟くと、自身の甘えを自覚しながら蕩けそうなほど

幸福に染まった翡翠の瞳をそっと閉じたのだった。

 

 

おしまい

 

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そうして、次に起きたときにも、とっくに千尋がいなくて

また、すねすねモードになったりして。

永遠に繰り返されるループ・・・(笑)

ちーちゃんてば。やっぱり、甘やかしすぎだと思うの。

こんな龍神様がお父さんになれると思う人?

し〜ん

 

おまけの付け加え

千尋がはく様にやったように後ろからふわりと抱きつくのを

あすなろ抱きというそうです。

あすなろ抱き、うん、なんか語感がいいですね。

教えてくださった水谷様、ありがと〜