「神様のお食事」

(拍手用小話16より)

 

その日も千尋はご機嫌で、目の前の美しい顔を眺めていた。

「はく、おいしい?」

「ああ、とてもおいしいよ。蕪がほっこり甘くて、

かかっているアンがとてもいい味だね。」

「ほんと?」

にこにこしている千尋を見ながら琥珀主も微笑む。

「うん。このくらい薄味のほうが野菜の甘みがよく分かるよ。

ほら冷めないうちに、そなたも食べなさい。」

「うん。」

しかし、箸を2,3回動かすと千尋は再びくすくす笑い出す。

「どうしたの?」

「ん、あのね。はくってとってもおいしそうに

食べてくれるから嬉しくて。」

「そう?」

「それにね。」

「なに?」

愛しくてたまらないというかのような

蕩けそうな瞳で妻を見ながら、琥珀主は箸を動かす。

食する姿が好きだというのならば、いくらでも、という

気持ちももちろんあるが実際、千尋は料理がうまく、

その腕は年々上がってきているのだ。

もちろん、そこには愛情というエッセンスがたっぷり

入っているのだから、かつてはそれほど、

食事に興味が無かった琥珀主でさえ

(なにしろ、神隠しにあって不安に怯え、満足に

食事も取れない10歳の少女に、具なし、海苔抜きの

おにぎりを食べさせた経歴の持ち主である。)

今ではいっぱしの食通になって、千尋が隠し味に

使った僅かな香辛料にまで気付くことができるようになった。

もっとも、それもこれも、食事を作ってくれる

千尋の苦労に報いたいという涙ぐましいほど

健気な琥珀主の思いの表れでもあるのだが。

「それに、何?」

「えっとね、そういえば神様ってよく食べていたなあって

油屋のこと思い出しちゃった。」

「・・・ああ。」

琥珀主は千尋の顔を心配げに見つめる。

両親が神の神饌(しんせん・神様に捧げられるご馳走のことです)を

口にして豚となったことが、心の傷になっていて、

そのことを言っているのかと思ったのだが、

存外千尋の顔は明るいままで、

心配性の龍神は心の中でほっとため息をついた。

「突然、どうしたの?」

「ん、わたしね、神様や仏様って霞(かすみ)を

食べるっていうイメージがあったの。」

「霞?」

「よく考えたら霞を食べるのって仙人だっけ?

確かそんな昔話を読んでからそう思い込んでいたの。

子どものころだから神様も仏様も仙人も

区別がつかなくって同じようなものかなって

思っていたみたい。」ああ、そこらへんは今もそうかも。

そう言ってくすくす笑い続ける千尋に

琥珀主は今度は表立ってため息をつく。

「でも、本当は違うのね。油屋でお会いした

神様って食いしんぼうで、人間と

あんまり変わらなくってすっごく驚いたの。」

「・・・神のイメージが壊れてがっかりした?」

「うん。」

正直な千尋の返事に琥珀主は肩を落とす。

やはり、このように食するのは千尋をがっかりさせて

いるのだろうか、などと思っているうちに箸も動かなくなって。

「はく。」

「ん?」

しかし、眉を寄せている琥珀主を幸せそうに見ながら、

千尋はそっと手を伸ばし机の上に置かれたまま

動かなくなった龍神の手を包み込む。

「はくが、仙人でなくてよかった。」

そういうと、ほんのり赤くなった頬を隠すように箸を持ち上げる。

「・・・そなたは、まったく・・・」

一瞬硬直した琥珀主は、そんな千尋を見やると、ふっと笑む。

そうして、同じように食事を再開したのだ。



机の上に用意されたものをあらかた食べ終わると、

琥珀主はお茶を飲みながらにこっと微笑む。

「ご馳走様。とても、おいしかったよ。でもちょっと、足りないな。」

「え?ご、ごめんなさい。デザートに果物かなにか用意するね。」

「ああ、頼もうかな。でも、果物じゃなくてほかのものがいいな。」

「あ、じゃあ、お茶菓子かなにかでいい?」

「いや。これがいい。」

「ってはく?」

琥珀主はにっこりと爽やかな笑顔を振りまくと千尋を指差す。

「食後のデザートにそなたを食べたいな。」

琥珀主はカタッと音をたてて立ち上がると、

真っ赤になった千尋を椅子から抱き上げる。

「・・・はくのエッチ。」

少しだけ、抗議するように額を夫の肩に

ぐりぐり押し付けながら言う千尋に

「食いしん坊でごめんね。」

「・・・・・・・・・・」

にっこり爽やかな笑顔を振りまくと、味見と称して口付ける。

そうして、閨に入ると一番の好物を褥の上にそっと寝かせて

隅々までおいしくいただいた龍神なのであった。




ちゃんちゃん

 

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いやはや、どうコメントしたものか・・・・

ちーちゃんの自業自得という気も・・・

 

作中で龍神様が召し上がっていたのは

「かぶらむし」です。

おろした蕪に卵白を混ぜて

お魚やらゆり根やらを混ぜて

茶碗蒸しにした上に

あんかけのツユを

かけたものですよ。

た、食べたい。(じゅるっ)

とに、にほんりょうりって

何でこんなに手がかかるんだろ。

ちーちゃん、えらいなあ。