第4部序章おまけ話

宴から数日後のお話です

(拍手小話20を加筆修正してあります。)

 

「日々是好日・・・春の宵編」

 

ふぁ〜

小さな欠伸を一つ零した千尋は、

手に持っていた編み棒を下ろす。

「千尋、眠いのだろう。

もう、終わりにしてベッドに入りなさい。」

「ん。きりのいいとこまでやっちゃいたかったのに。」

最近やたらと眠くってたまらないの。

そう言って、目をこしこし擦っている右手を

そっと包むと琥珀主はそのまま唇を寄せる。

「春の宵は、ただでさえ眠りを誘うのだから。

そうでなくても今は無理の効かない体なのだし。」

まだまだ、先は長いのだから

そのように根をつめるのはよくないよ、と。

龍穴の眠りから目覚めたまま

切ることを許さなかった髪を手繰りよせながら、

習慣となりつつあるお小言を言うと

千尋は、半分眠りかけているような声で素直に頷いた。

「ん。もう寝るね。」

そうして、先ほどキスを落とされた右手を、そっと

下腹に当てるとゆっくり立ち上がる。

 

一日中眠いような感じがするほかは、

未だ自覚がないのだけれど・・・

でも、目覚めてすぐのあのめくるめく時間の終わりに

身を起こしたはくは、同じ場所に

手を当てながらはっきりと言ったのだ。

『宿った。』と。

もっとも、それからまだ1週間しか経っていないのだから、

自覚がないのも当たり前なのかもしれない。

大切な大切な私たちの子・・・

 

言われたときには本当に?と

半信半疑だったのだけれど、

しかし、森に戻ってからの

琥珀主の千尋への態度は

まさに初めての子を宿した愛妻に対するもので、

すでに、戻った当日には眷属一同に対して

披露まですませてしまって。

事態の流れの速さに

目を白黒させていた千尋も

独占欲と心配性の本性を

ここぞとばかりに出してくる

はくの態度で、じわじわと実感が

湧いてきているのだ。

 

大切な大切な私たちの赤ちゃん。

どうか、無事に生むことができますように・・・

千尋は手のひらの下にある

「モノ」にそっと微笑みかけると

心配そうな顔をみせている

夫に視線を戻す。

 

龍穴の結界を抜ける前

無事に身2つになるまでは、と

はくが千尋に約束させたことには

首を傾げるようなこともあるのだけれど・・・

 

曰く

まず第一にどんなことも

私の言いつけは必ず守ること。

髪はそのまま長く垂らしておくこと。

もちろん、切るなど論外。

それに散歩は庭だけで、

必ず玉か由良と一緒に行くこと。

一人で、館の外に出ることは禁止。

ついでにリンのところにも銭婆のところにも

外出(そとで)は当分禁止。

どうしても会いたいときは私がつれていく。

庭仕事は禁止。

台所での立ち仕事も禁止。

客人をもてなすお茶会は無期限延期。

だけでなく外部のものとの面会も

許可したもの以外とは禁止。

転ぶと危ないから走れないように

それに体を冷やさないように

いつも五つ衣を着ていること。

そうして、大人しく家の中で、

私の帰りを待っていること。

などなどなど・・・

 

ちょっと心配しすぎのような気もするけれど。

五つ衣については断固撤回してもらったけれど。

しかし、今のところは身体的に自覚がないこともあって

言いつけどおりに慎重に行動している千尋なのだ。

 

ふぁ〜

再び出た欠伸をかみ殺しそこなって

千尋は困ったように笑った。

「でも変ね。3年も眠っていたのに、

こんなに眠いなんて。

眠り癖がついちゃったのかしら。」

ゆらゆらと動く上半身を

なんとかしゃっきりさせようとしている

千尋に素早く寄り添うと、

琥珀主はすっと抱き上げる。

「ずっと閨にいてくれてもよいのだよ。」

「や〜よ。せっかく春の盛りに間に合うように目覚めたのに。」

「でも、眠いときは無理をしてはだめだよ。」

「うん、わかってる。」

欠伸混じりの言葉は、

どこか舌足らずで、眠そうに瞼を

ぱちぱちしている様も愛らしくて。

琥珀主はふっと微笑むと耳元で囁く。

「このまま、お眠り。褥まで運んであげる。」

「ん。」

そうして、千尋はこの世のどこよりも

安心できる夫の腕の中で

すぅっと眠りに落ちていったのだった。

 

神宿る森の奥深くにひっそりと佇む館の、

とある春の夜のお話。

 

 

おしまい

 

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次章は、こ〜んな感じに進んでいく予定。

TOちーちゃん

妊婦は

『世界は私を中心にマワッテイル。』

と思うくらいでよいと思うの。

はく様の横暴に負けちゃダメダメ。