ハウルの動く城
1・カルシファーの陰謀
「カルシファー、お前分かっていたんだろ。」
真夜中、階段下の小さな「部屋」で寝ているソフィーの気配を
全身で感じながら、ハウルはきつい口調で問い掛けた。
「ふん、今まで気づかない方がおかしいぜ。新しい娘(こ)に気を取られて、
目の前にあることさえ 見えなくなっているんじゃないか。」
「カルシファー!」
ソフィーと名乗る、おかしなばあさんが 城にいついて数日。
毎日、猛烈な勢いで城中を掃除していることへの、マイケルと
カルシファーからの抗議を適当に聞き流していたが、その災難が
自分にふりかかってくるとなれば、そうはいかない。
なんのためにこの城にいるのか知らないが まったく面倒なことだ。
ハウルはため息を吐きながら、自分の部屋までその
手中に治めようとするのを止めさせるため、
今日になって 初めて真剣にソフィーと向き合ったのだ。
「だめだめ、お節介はなし。」
「あんたときたら、恐ろしく綺麗好きで詮索好きな人だな。」
「ここも、ダメ。さあ、中に入って他の犠牲者をさがすんだね。」
やっとのことで、ソフィーを自分の部屋やら中庭やらから追い出すと、
震える足を支えるため、城の壁にもたれかかった。
ばあさんだって?
この呪いの気配はよく知っている。
いったい、なぜこんな呪いをかけられたんだ。
動揺をきつい言葉に隠し、思わず出そうになった癇癪を
必死に押さえていたが もう限界だ。
「カルシフファーのやつ。」
どうやら、カルシファーはこの呪いを知っていて
ソフィーを城に入れたらしい。
(何のために?解いてやるには僕に知らせなくては意味がない。
それに、あいつが見返りなしで人に親切にしてやるはずもないし)
分かった事は、もう一つ。
ソフィーは自分では気付いていないらしいが、魔力を持っている。
どこか優しく、強く そしていちずに頑固な魔力。
まるで、ソフィーその人のような。
(性質までは、僕の力をもってしても完全に解明できないけど。
なにしろ、未熟すぎて方向が定まっていない。)
そうして、ハウルはその日 一日中 こっそりと
ソフィーを観察していたのだった。
布をあけると、ソフィーはしわだらけの顔を穏やかに和ませ
くーくー寝息を立てていた。昼間見せる、眉間にしわを寄せ
口をへの字に曲げた頑固一徹といった顔とは大違いだ。
「とにかく、呪いを解く。力をかせ。」
何か言おうとしたカルシファーは、そのまま肩を竦めると
「お前にできるならな。」
と馬鹿にした口調で返事をしてきた。
カルシファーの力も借りてのいくつもの呪い封じは
ことごとく跳ね返され、ハウルは呆然と眠っているソフィーを眺める。
「だから言ったろ。この呪いはややこし過ぎて
簡単には解けないぜ。荒地の魔女だけならともかく、
ソフィー自身の自分への呪いも混ざっていて、むしろ
そっちの方が日に日に大きくなってきている。」
「ばあさんになったことで、寿命もちぢんでいるのに。」
むっつりと呟いた言葉に、カルシファーも頷いた。
「ああ。60年ばっかな。ほんと、人間って理解できないね。
お前みたいに、見てくれで大騒ぎするやつもいると思えば、
自分の見かけなんかまったく気にしないくせに、部屋を綺麗にする事に
まるで命をかけてるかのようなやつもいるんだから。」
「ごまかすな。お前、何でソフィーの呪いのことをすぐに僕に
教えなかったんだ。荒地の魔女が絡んでいるっていうのに。」
ソフィーがここにきたのは偶然か?それとも・・・
胡乱げに見やった片割れは、つんと澄まして返事をしない。
お前が、僕に内緒で事を起こしたのは 初めてだ。
僕を裏切るつもりか?
「カルシファー、何をたくらんでいる?」
「なんも。どっちにしろ、ソフィーの力を解明してからでなけりゃ
この呪いは解けないぜ。このままいくらやっても無駄さ。」
カルシファーの言葉にぐっとつまると、
ハウルは ため息をついてソフィーを見つめる。
そうして、ソフィーのプライバシーを確保するために
布を元通りにひきなおすと、
珍しく、風呂にも入らないで2階の部屋に戻っていった。
そんな、ハウルの気配を追いながら、
カルシファーは暖炉の中でくるっと回転すると
マキの間に収まってゆっくりと目を瞑る。
ソフィーには、まだやってもらわなけりゃいけないことがあるんだ。
ハウルは、ソフィーの魔力の正体に気付いていないけど。
簡単に呪いをといてもらっちゃ困るんだよ。
ソフィーがこの城にいてくれなけりゃ話になんないし。
ああ、けど ソフィー、頼むからあの あほ魔法使いに
愛想をつかせないでくれよな。
ハウルに落ちない 貴重なお嬢さん。
おいらが自由になれたら、真っ先にあんたに
かかった呪いを解いてあげるからね。
カルシファーは、もう一度目をあけ、カーテンの陰に
いるソフィーの気配をなぞる。
ちっくしょう。おいらを生かしているとはいえ
この心臓の重いこと。
ハウルの感情をストレートに感じるおいらの身にも
なってくれよ。
だんだん、おいら自身の感情と混ざって
区別つかなくなっちゃいそうだ。
ああ、ソフィー、おいら火の悪魔だけれど、
おいらがおいらでなくなって魔王になるのは
いやなんだ。
だから、ごめんね、ソフィー。あんたがこの城から
でていかないように、おいらからも一つ魔法をかけるよ。
あんたは、ハウルが好きになる。
あんたは、おいらが好きになる。
あんたは、この城が好きになる。
あんたは、この城の一員になる。
荒地の魔女にかけられた呪い。
ソフィー自身の自分をがんじがらめに縛る呪い。
そうして、そこにカルシファーの呪いも交わって
ソフィーが元に戻れる日はまた、遠のいたのだった。
友林的、新説カルシファー(笑)
どうやら、主役は君に決定だ。