heterodoxyのお話5

 

5・魔女のお話

 

チチチチチチ・・・・

小鳥の鳴き声で目覚めると大きく伸びをする。

「ンンンン。と、今日は夏至ね。」

薄い布団を跳ね上げ、窓辺に飛んでいくと

カーテンの隙間からミルク色の光が

差し込んでいて、思わず満面の笑みが零れた。

シャ

カーテンを開け、朝もやを突き抜けて届いた

光を浴びながら窓を開け放つ。

新鮮な朝の空気もすがすがしくフワッとレースの

カーテンを揺らしながら入ってきたそよ風は

庭にある種種様々なハーブの香りを運んできて。

「こうしちゃいられないわね。」

身を翻し箪笥から適当な服をつかむと

寝巻きを脱ぎ捨て大急ぎで頭から被る。

身体のラインに沿ってストンと流れ落ちる

薄碧のワンピースの裾が落ち着く間もなく

パタパタとスリッパをならしながら階下に急いだ。

今日は夏至。

朝一番の朝露を小瓶に集めて、

それから開いたばかりの香り高い花々を摘む。

夏至の朝露と開いたばかりのダマスクローズは

特別なクスリの大切な材料。

一年に一度しか取れない貴重品なのだ。

 

・・・・・・・・・・・・

 

チリリン

ドアベルの音に振り向くと、白いセーラー服を着た

高校生くらいの女の子が戸惑ったように

こちらを見ていた。

「いらっしゃいませ。どうぞ、遠慮なくお入りくださいな。」

「あ、あの・・・」

おずおずとした様子に目的を察すると

悪戯っぽく助け舟を出してあげた。

「喫茶かしら?ちょうど摘み立てのハーブがあるから

フレッシュハーブティーはいかが?

ローズマリーのタルトとジンジャーブレッドが今日のお勧めよ。

それとも・・・」

ウィンクしながら付け加える。

「恋占いとお呪いのお客様かしら?」

「は、はい。あの、占ってもらえますか?」

瞳をキラキラさせながら祈るように手を組んで

こちらを見ている姿は、まさに若さの象徴のようで、

思わず声を立てて笑ってしまった。

「こちらにいらっしゃい。あなたは運がいいわ。

夏至からちょうど一週間、一番効果が高いときですもの。」

所狭しと花やハーブが飾ってある隙間をぬう様にして

やってきた少女を奥のテーブルに導く。

「リラックスしてね。まずはお茶をいただきながら

お話を聞かせてちょうだい。」

そうして、少女は新鮮なハーブの芳香に包まれながら

自分でも不思議に思うほど心を開いて

初めて会ったこの店の女店主に

片思いの彼への悩みをすべて話していたのだ。

1時間ほど後、再びドアベルの音をさせながら少女は

来たときとは打って変わって晴れやかな表情で

店の中を振り返る。

「あの、また来て良いですか?」

「もちろん、お呪いがうまく行ったら

今度は彼もつれていらっしゃい。」

「ふふ、うまくいくかしら。」

「大丈夫。『アンバーロード特製惚れ薬』もあることだし、ね。

必ず朝・夕に顔にシュッとひと吹きするのよ。

そうすればあなたの魅力が最大限に引き出されて

きっと好きな人に振り向いてもらえるから。」

悪戯っぽくウィンクしながら言ってあげると

手に持った小袋を大切そうに抱えなおした少女は

にっこり笑い、ぺこりとお辞儀をして帰っていった。

 

 

とちの木台の片隅にある青い小さな喫茶店には

初恋に悩む乙女に味方する魔女が住んでいる。

彼女の占いと恋のお呪いは、とっても効き目があらたかで

その思いが純粋なかぎり必ず成就するという噂は、

近在の乙女たちの間で代々語り継がれているのだ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

チリリン

ドアベルの音に振り向くと

そこには白い服を着た若い男性が立っていた。

そうして、強くまっすぐな視線をこちらに向けながら

期待に満ちた弾むような声で言う。

「恋占いとお呪いをお願いしたいのですが。」

高くも無く低くも無く耳に心地よく響く声に

女店主はクスリと笑うと手を伸ばして

奥のテーブルに差し招いた。

「まずは、お茶をどうそ。ジンジャーケーキもいかが?」

「おいしそうですね。いただきます。」

陶器がカチャリと触れる音以外シ〜ンと平和な静けさが

満ちる時間がしばらく続いた後、女店主は

悪戯っぽい口調で尋ねた。

「そろそろ、恋のお相手のお話をしてくださる?」

「はい。もう、ずいぶん長いこと片思いをしているのです。

あなたのお呪いは初恋を成就させてくれるのでしょう?」

「本当に初恋ならば、ね。」

「初恋だよ。」

男は、くすくす笑いを堪えるような声でダメ押しをした

女店主の手を握ると、真摯な瞳で訴えるように言った。

耐え切れなくなったような笑い声が花々の間に響き渡る。

「はくったら。相変わらず元気そうね。」

「そなたも、元気そうだ。」

「おかげ様で、この年になっても病気知らずよ。」

乙女たちに魔女と慕われる人間の女は

血管の浮き出た老いた手を男の手に預けたまま

皺だらけの顔に嬉しげな微笑を浮かべる。

それを見つめる男の翡翠の瞳は切なげな色で染まっていて。

「千尋。もうそろそろいいだろう?私と共に向こうに来ておくれ。」

一年に一度、無理を通した逢瀬で懇願する内容は

すでに半世紀以上の間変わっておらず。

「ううん、だめ。」

そうして、優しい声でなされる返答も同じく変わらないのだ。

男はふぅっとため息を吐くと

今までにない決意をその瞳にのせる。

「うんと言ってくれないのならば、無理やりさらっていくよ。」

「はくったら、こんなお婆ちゃんをさらってもしょうがないでしょう。」

まるで本気にせず冗談めかして言った言葉が終わらないうちに

男は無理やりに細い身体を引き寄せると、

ぎゅぅっと抱きしめた。

いきなりな事態にびっくりして目をくりくりしている様は、

まるであのときのように若々しくて。

男は苦笑するかのように片頬を歪める。

「そなたのどこが年寄りなのだ?私の目には

そなたはとても美しく輝いているというのに。」

「はく。」

「苦しくてたまらないこの恋を成就する方法を

魔女と呼ばれるそなたは知っているだろう?」

「はく。」

困ったようにか細い声で呼ばれる名前に

抱きしめる腕の力はますます強くなって。

しかし、老いた女は優しく諭す。

「私は、魔女ではないわ。知っているくせに。」

「・・・・・・」

「それに、初恋は実らないほうがいつまでも美しいのよ。」

「千尋!」

か弱く細い腕に断固とした意志を込めて

千尋は初恋の男性の腕から抜け出すと、

悲しげな目で美しい顔を見つめた。

「はく、私は向こうへは行けないの。

あの時振り向かなかったことで

すでに選択がなされているのよ。

私は人として生き、人として死んでいく。

お願い、最後までそうさせて。」

男は美しい顔を歪ませると白い腕で

目を覆い、搾り出すような声で言った。

「そなたの時はもう、あまり残されていない。

そなたとこうして会えるのは今日かぎりなのに。」

「わかっているわ。」

寿命を宣告された老女は楽しげに笑む。

「今まで、本当に楽しかった。

おまけに命の終わりに来てまで

いまだにプロポーズされるのだもの。

なかなかに無い人生だったと思わない?」

「千尋。」

「あなたに出会えて良かった。

竜のあなたに出会って、初めての恋をしたことは

私の一生の宝物よ。」

そう言うと、鮮やかな笑みに魅せられている

男が何も言えないうちに背中をそっと押しやる。

「さあ、もう帰って。そろそろ学校が終わるから

女の子たちがやってくるわ。」

「いやだ。」

「はく。お願い聞き分けて。」

「いやだ。」

「そなたが私に恋をして、私もそなたに恋をして

それがどうして成就できないのだ。

私はそなたを連れて行く。

決して黄泉の女神には渡さない。」

いつに無く強引な男は二度は無い逢瀬に

必死なのだろう。その場から梃子でも動こうとはしない。

千尋は、そっと瞳を閉じ、

かつて聞いた本物の魔女の声を思い出す。

・・・竜は優しいよ。優しくて愚かだ。・・・

ホントね、お婆ちゃん。

千尋は瞳を開くと愛おしげに男の頬に手を伸ばす。

「ならば・・・」

「ならば、生まれ変わった次の世で

もう一度あなたに出会って、

そうしてお互いにもう一度恋に落ちるのならば、

今度は私はあなたの思いに逆らわず

人としての権利をすべて捨てて、

人としての定めをすべて断ち切って

あなたと運命を共にするわ。」

だから、それまで待っていて・・・

 

・・・・・・・・・

 

 

とちの木台の片隅にある青い小さな喫茶店には

初恋に悩む乙女に味方する魔女が住んでいた。

近在の乙女たちの間で代々語り継がれていた、

『彼女の占いと恋のお呪いは、とっても効き目があらたかで

その思いが純粋なかぎり必ず成就する』という噂は、

やがて風の中に散っていく花の一片のように

静かに消えていったのだ。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

かつての名残りをところどころ剥げた青い塗料にだけ

とどめているあばら家の、背高き草の生い茂る庭先に

唐突に出現した美しい男は、小さなプレートを見つめたまま

風にその長い髪をなびかせながらいつまでも佇み続ける。

『アンバーロード』

かろうじて読める白い文字に男は

ほんのりと顔をほころばせた。

「強情っぱり。」

そなたもわたしのことを

これほど愛していたというのに。

『琥珀の道』

と名付けられたかつての建物に

その気配の名残りだけでも感じようとやってきた

男はその瞳を閉じて、愛おしい娘の面影を追う。

 

・・・そなたは、まこと魔女だ。

竜である私の心を奪い去り、そうして

その死と共に持ち去ってしまった美しい魔女。

ああ、千尋。

優しくて強くてしなやかな魂を持った稀有な娘。

次の世に何に生まれ変わるのか、そんなことも

知らないくせに、残酷な約束だけを残して

私の腕をすり抜けていってしまった人の子よ。

いいだろう。

竜の情の怖さと執念深さを思い知るが良いよ。

だから、早く生まれ変わっておいで。

次の生では、決してそなたを逃がしはしないから。

残酷で冷酷で、そうして、なによりも愛おしい魔女よ・・・・

 

 

 

 

おしまい

 

 

heterodoxy目次へ

 

アンバーロードのイメージは

魔女の宅急便に出てくるキキの実家ということで。

いえ、この前行った病院の待合室で

偶然つけられていたんですよ。

魔女の宅急便のビデオが。

最初のところしか見なかったのですが

思わず、妄想大爆発。

そんなわけで、どこにいれればいいのか迷いつつ

(どう読んでもハク千だけれど)

異端話にアップしちゃいました。

こんな話でもOK?

 

さあ、これからハク様とかつての千尋の魂の

壮大な追いかけっこが始まります。

皆さん、お見逃し無く。

(なんちゃって。続かないので、続きは皆さまの妄想にお任せしまっす。)

 

ちなみに、千尋が女の子に持たせた特性惚れ薬は

千尋が育てたバラを抽出して作った精油を使った

手作りローションです。

実家に作った小さな喫茶店を経営しながら

千尋は、アロマセラピスト兼ハーバリストを

していたらしいですね。