heterodxyのお話7

 

守護神

 

「ふに〜。」

「ど、どうした?」

がたんと大きな音をたてて突然隣の席に

へたり込んできたのは、小学校のころから

ずっと親しく付き合っている友人。

というより誰よりも大切な親友である。

「振られちゃった。」

「えっ、また?」

思わず叫んでしまった声にクラス中がこちらを振り返る。

幸い本人は気づいていないが、

不名誉な話題に慌てて声を潜めた。

「え〜と、確か高橋くんだったか。

彼とはつい先週付き合いだしたばかりじゃなかった?」

今にも零れそうな涙を目じりに湛えて、

この世の終わりとばかりに

どよんと落ち込んでいる姿を見るのは

これで3回目になるだろうか。

「またなんで?向こうから告白してきたのだよね?」

「そうなんだけど。訳わかんないの。

高橋君ったらさっき会うなり

『ごめん』って手を合わせきてね、

やっぱり付き合うのなしにしてって言うの。」

理由を聞いてもはっきり教えてくれなくて・・・

くぐもった声を聞きながら思わず

眉間に皺を寄せて考え込む。

 

美人というわけではないけれど、

どこか人好きのするかわいい系の女の子。

ちょっとばかりドジだけれど何事にも

一生懸命で、性格も良いとなれば

男子がほっておくはずもなく、

引きもきらず告白されているらしい。

もっとも、まだまだ晩生で自分のほうから

好きになるという感覚はよくわからないらしく

いつも相手からの告白ではあるのだけれど、

この人ならと、好感を持てそうなやつとしか

付き合ってはいないはずなのだが。

どういうわけか、その誰とも長続きしないのだ。

というより、即行で振られている。

一人目は確か半月、いや10日くらいは持ったか。

2人目は去年の文化祭のすぐ後、

1週間足らずの付き合いだった。

今回にいたっては金曜にOk出して

土日挟んだ昨日の今日、ということは3日である。

 

「・・・週末のデートで何かしでかしたとか?」

「デ、デートなんかしてないもん。

電話でちょこっと話しただけだもん。」

デートという単語にさえ照れて赤くなっている、

もてる割には初心な友人は

口をとんがらかせて拗ねている。

「では、その電話だ。」

「だって、それだって今日の帰り一緒に

帰ろうねって約束しただけで。」

「・・・」

「訳わかんないよぉ本当に。

ねえ私ってそんなに変なのかな。

付き合いだしたとたんみんな断ってくるなんて、

やっぱり私がおかしいんだよね。」

うるうると見つめてくる顔の可愛さに

振ったやつは馬鹿ではなかろうかと

思っているのは多分私だけではなく、

恒例行事に聞き耳を立てている

クラスの連中のほとんどはそうであろう。

「そんな訳ないだろう。それならこうやって

つるんでいる私も変態仲間ってことになる。」

「変態って、そこまで言ってない〜。」

がっくりと机に突っ伏してた友の背中を

元気付けの意味も込めてバシンと叩くと

痛いよはっちゃんと、涙目で

顔をあげたところで肩をガシッと掴んだ。

「こんなに良く出来た子のどこが不満だというのだ。

そんな輩はこちらから振ってやりなさい。

そのうちこの父様がいい縁談を探してやるからな。」

「え〜ん。おとうちゃ〜ん!」

肩に丸いおでこをくっつけるようにして

抱きついてきた彼女を

周囲の痛いものを見るような目を無視して、

殊更抱き返してやった。

 

・・・ふむ、このノリなら、たいしたダメージを

受けているわけではないな。

だけど・・・

 

 

「何?こんなとこ呼び出して。」

「アア、安心しなさいタカハシ君。別に告白だとか

お礼参りだとかそのようなわけではないから。」

「・・・何それ。」

「というか、理由いかんによってはお礼参りになるかもしれないが。」

訝しげな顔をしたやつにビシッとひとさし指を突きつける。

「訳を聞かせてもらおうか?」

「はぁっ?」

「とぼけるな。なぜあの子を泣かせた?」

「・・・」

「Okもらったとき、飛び上がって喜んだのはそっちだろ。

付き合って早々、というか、

まだ付き合いだしてもいないうちから

断るとはどのような了見だ。もしかして、

最初からからかっていたということか?」

「そんな訳・・・僕だってほんとのこと

言うと別れたいわけじゃ。だけど・・・」

もそっと言い出したやつを言い逃れは

許さんとばかりに睨みつける。

「噂なんて信じてなかったから告白したわけだし・・・」

「・・・何?」

「だけど、やっぱり噂は本当だったから。」

「?」

「ぐ、偶然だって思いたかったけど、

金曜からずっといろんなことあって。

昨日なんか電話切ったとたん

目の前に置物が落ちてきて。

選抜控えて、怪我でもしたら部のみんなに

迷惑かけることになるし。」

「何、訳わからないことを言っている。第一、噂とは何だ。」

「あんた、本当に知らないのか?」

「?」

「彼女と付き合うと祟られるって。」

「はぁ?」

思いっきり呆れていると、タカハシ君とやらは

剥きになったように言い募った。

「本当だよ。嘘じゃない。金曜はOKもらって

舞い上がっていたせいだと思ってたけど。

あれから帰りがけ2度も車に轢かれそうになって、

駅に着いたら着いたで階段踏み外して

すっころんで乗り遅れるし、やっと乗ったと思った電車は

逆方向で、しかも次の駅で戻ろうにも

急行でずっと止まらないし

どういうわけか車掌のやつにばれて、

乗り間違えっていっても信じてもらえなくって、

結局乗り越し料金取られて、

小遣いみんなすっ飛んじゃってさ。

それからもいろいろあって

家に帰り着いたのって夜中の11時過ぎだよ?

親父には怒鳴られるし。で、土曜は土曜で

試合に行く途中に変なやつらに

因縁つけられるは、おかげで

遅刻してコーチには怒られるは

試合もぼろ負けで、って

2ランクは格下のチームにだぜ?

ありえないってば。

それもこれも僕が遅刻したせいだって

みんなに責められるし。

んで昨日の日曜だってめちゃくちゃいろいろあって。

ああ、思い出したくもない。

寝たら寝たで悪夢ばっかり見るし。

でも、僕だって彼女のせいなんて思いたくなかったけど

極めつけは、昨夜、電話切った後、

壁につってある額の鎖が切れて

置物に当たって、跳ね返って

目の前に落ちてきたんだ。

その置物って陶器のけっこうデカイやつで、

あたってたら絶対無事じゃすまなかったよ。

彼女は好きだけど、僕だって命は惜しいから。」

一息で言い切ったやつはぜいぜいと息を切らしている。

「じゃあ、そんなわけだから。」

そういって、うらびれた背中を見せながら

タカハシ君は帰っていった。

 

残された私はしばし呆然と佇む。

と、

「あれ?こんなとこで何してるの?」

「ああ、なんでもないよ。それより今日一緒に帰ろうか。

振られた記念に何か奢るよ。」

「ほんと?はっちゃん大好き〜。」

まだ目が赤いものの、ぱぁっと輝くような笑みに

こちらまで笑ってしまった。

「まったく調子がいいな。どこに寄る?」

「ん〜。レンガ通りのカフェ・ボナがいいな。

あそこのチョコバナナパフェが好き。」

「こらっ、少しは遠慮というものを知りなさい。」

「じゃあ、シャンドールのいちごシフォン。

なんてウソウソ。

奢ってくれなくていいから一緒に帰ろ?」

小首を傾げて見上げてくる瞳はキラキラとして、

小学校の頃とまったく変わらなくて。

 

・・・まったく馬鹿なことだ。あれしきのことでこの子を振るなんて・・・

 

「じゃあ、ボナに行こうか。裏門から出たほうが早いね。」

「え?いいの?」

頷いてやるとスキップをしそうになるほど全身で喜びを表して。

ルンルンと歌いだしそうな様子にさり気なく小言を落とす。

「タカハシ君のことそれほど好きじゃなかったのに

どうしてOKしたの?」

ほえっ?と驚いたように見開かれる瞳も

あの頃とまったく変わっていなくて

肩を小さく竦めてカコンと小石を蹴る仕草などは

まだまだ幼い子どものようだ。

「ん〜。だっていい人だし。付き合ううちに

好きになってくれればいいって言ってたし。」

実際には好きになる間もなかったけど〜。

「まあ、好きでなかったのなら

付き合いはやめておいて正解だったかもね。

今度から、本当に好きな人でなければ

Okを出してはだめだよ。」

「うん、そうする〜。

やっぱり高橋君にも失礼だったよね。

だから振られちゃったのかな。」

「まあ、あんなやつのことなどどうでもいいけど。」

「え?なんて言ったの?」

遠い目をして考え込んでいた彼女は

はっとしたように瞳を瞬かせる。

不思議そうに見上げてきた

黒々とした瞳には私の姿しか映っていなくて

そのことに無性に嬉しくなったのは

彼女の楽天的な性格の影響だろうか。

「いや、それより早く行こうか。」

「うん。」

笑顔とともに差し出された手を

躊躇うことなく取ると、ギュッと握り締める。

傍らを歩く、頭一つ分低い位置で

揺れているポニーテールをこそりと見下ろすと、

初夏の爽やかな風がさあっと

吹き抜けていって思わず目を細めた。

 

・・・そう、どうでもよいだろう、千尋?

あれしきの試練に耐えられないような男など

そなたの傍らを歩くに相応しくない。

それより、そなたと付き合うと祟られるなどと、

おかしな噂を流した輩どもには

相応な罰を下してやらねば。

明日もまた忙しくなる、な。・・・

 

「・・・っちゃん・・・はくさんってば・・・こはく!!」

「え?」

「えって着いたよ。」

「ああ、すまない。」

「はっちゃんがぼけっとしてるなんて

珍しいね。何考えていたの?」

「そなたのこと。」

「え?」

目をぱちくりさせている彼女に

ウインクをしながら悪戯っぽく言ってやる。

「チョコバナナパフェ何杯食べるのかな〜って。」

「っひど〜い。」

ぽかぽかと叩いてくるのを笑いながら軽くいなす。

「さあ、姫君。こちらへどうぞ。」

「もう。」

そうして、耐え切れないというように噴出した『親友』に

恭しく手を差し出すと、並び立って店に入っていった。

 

 

『荻野千尋に告白するのは命がけ

付き合うやつらは祟られる』

知らぬは本人ばかりなり・・・

結局、この噂は、互いに鈍い『親友』どうしが

自分たちの気持ちに気づくまで

消えることがなかったのだった。

 

 

 

おしまい

 

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別題

「はた迷惑な恋人たち」

としたほうがよかったか。

 

噂にめげずアタックした高橋君は

千尋がぐらついただけあって

すごく男気のある人だと思う。

変な神様さえ憑いていなけりゃ

そのうち千尋さんも本気になったかもねえ。

まあ、その分「試練」が大きくて

お気の毒でしたが・・・