heterodxyのお話
(100のお題096・もの喰う人より)
8・もの喰う人
「荻野さん、どうしたの?具合でも悪いの?」
隣に座った同僚の気遣うように
ひそめられた声にはっとすると
千尋は呆然と見つめていた膳から顔をあげる。
とたんに湧き上がる軽い吐き気に思わず口元を
先程から握り締めていたハンカチで押さえた。
「・・・ごめんなさい、ちょっと。」
すでに外見を取り繕う余裕をなくした千尋は
宴たけなわの座敷から逃げるように出て行った。
突然のフラッシュバック。
座敷一面に投げ捨てられた
たくさんのお膳や
座っている足元が埋もれるほどに
割れ落ちている大皿からこぼされた
心づくしの料理の数々。
『あれは・・・』
逃げるように飛び込んだ洗面所の鏡の中、
自身の蒼白な顔をぼんやりと眺めながら、
座敷から聞こえる喧騒に
千尋は唇を噛むと小さく呻いた。
酒を酌み交わしながら腹を探り合うことに忙しく
手を付けられないまま食べ時を逸していく料理は、
きっとこのまま投げ捨てられていくのだろう。
同じ職場で働いている見慣れた同僚たちが
まるであのときのカオナシのごとく急速に
欲に膨れ上がっていくように見えて。
『気のせい・・・じゃないのかも。』
千尋はすすいだ口元を拭いながら俯く。
どころか・・・
『もしかしたら、私自身も・・・』
喰べても喰べても埋まらない欲は
生きるのに必要以上の物を求め続けていく。
『同じ、だわ、わたしも。』
昨日買ったスカートも
今朝寄ったコンビ二のガムも
そうして、
会費6000円のこの無駄な宴会の料理も。
本当には必要などないものばかりなのに。
鏡の中の青白い顔が
急速に闇に染まり膨れていくようで。
『ホシガレ!』
かつて聞いた声が耳に響く。
「いや・・・」
掠れた声が濡れた唇から流れ出る。
大人になっていくという日常に
遠く埋もれていたあの記憶。
記憶の彼方で輝いていた小さな少女。
『還りたい・・・』
大切な光を救い出す。
『カエラナクチャ。』
必要のないものを捨て去って
本当に大切なものだけを抱きしめて。
己は己自身に還るのだ。
いつか約束どおりに逢いに来てくれる
あの人が私を見つけられるように。
「・・・間に合う。きっとまだ・・・」
ニガダンゴは手元にはないけれど・・・
己自身の光を
今度こそ見失いさえしなければ・・・
おしまい
異端話その8.
実はここひと月ばかり、拍手画面の10番目で
こっそり公開していたお話です。
年明けそうそうなんだかな、
というお話だったので
ごくごくひっそり。
ま、自戒ですわ自戒。
私って油断してるとカオナシになっちゃうので。
(気持ちも体型も)