共同☆企画作品

友林作

記念すべき第1回作品。

たしか課題は、当時のドラマから取ったような記憶がございます。

テーマは14歳でご懐妊。

それでは、どうぞ。

 

 

そうして、彼女は神に隠される

 

「ねえ、ねえ。高等部の琥珀先輩って

外部入学なんだってねえ。」

「うっそ〜。だって、後期の図書委員長

してなかったっけ。」

「してたしてた。1年で委員長でしょ。

来年あたりは執行部入り確実だよねえ。」

「1年でしかも外部で選ばれるなんてめちゃすごくない?」

「またファンが増えそうだよねえ。

それでなくても高等部の

お姉さま方のガード固いのに。」

「そうそう。下手に告白なんてしたら、

締められるって噂あるし。」

「でもおかげで、彼女のかの字も見当たらないんだから

それはそれでいいのよ。」

「まあねえ。ああいう特別な人は

並みの人とはくっついて欲しくないし。」

「うッわ。悟っちゃってるねえ。」

「だってえ。あたしたち程度じゃ釣り合いがとれないよ。」

「うんうん。ああいう美形は観賞用ね。」

「といいつつ、ついつい噂話しちゃうのよねえ。」

 

給食の片付けがすんで、

まったりとした空気の流れる昼休み。

期末試験も終わり、後は冬休みを

迎えるだけの中2の教室は

来年の今頃のことなど知らぬげに勉強から開放されて

ざわざわ、わくわくとした空気に満ちている。

寒さなど関係ないとばかりに、

校庭に飛び出してサッカーやバレーなんかに

興じる元気組みは、クラスの3分の1程度で、

残りの3分の2は、仲の良い友達との

おしゃべりに夢中になったり

読書やらメールやら思い思いの

好きなことをしたりしている。

 

「千尋、あんた顔色悪くない?」

そんな教室の一角で、生まれつき色素の薄い髪を

ポニーテールにしている少女は、

隣の集団の姦しい噂話に気をとられ

ぼんやりとしていた瞳の焦点を合わせると

心配げに覗き込んでくる友人に微笑んで見せた。

「そうかな?自分じゃ分からないけれど。」

「悪いって。給食だってかなり残していたじゃん。」

「ん〜、風邪気味なのかも。食欲無くて。」

「あんた保健室、いったほうがいいって。」

そうかな〜とだるげに机に突っ伏すと、

千尋はホフッとため息をつく。

そんな仕草が余計に体調の悪さを

強調しているように見えるのか

傍らの友人がますますおせっかいを

焼いてくるのに辟易した千尋は

結局、保健室に行くことにしたのだ。

ふらふらと立ち上がった千尋は付いていくという友人を

何とか押しとどめると、ゆっくりゆっくり階段を下りていく。

と、くらりと回った視界に唇を噛むと、

千尋は無意識に下腹に手を当てた。

そうして、昼休みにも関わらずシンとした静けさが漂っている

この学校の中等部と高等部をつないでいる

長い管理棟の端にある保健室の前にたどり着くと、

覚悟を決めるかのように深く息を吸って

厚い曇りガラスが嵌められたドアをノックしたのだ。

「千尋。」

案の定、養護教諭が座っているはずの椅子には

高等部の制服を着てクールな笑みを浮かべた恋人がいて。

「はく。図書館にいかなくていいの?」

「そなたが、こちらにいるのに?」

「だって、委員長のお仕事が・・・」

小声で言い募る千尋に竜はふっと笑う。

「あの部屋の書物はすべて読んでしまったからね。

そなたがいるならばともかく、もはや行く必要など認めないな。」

悪戯っぽい光を瞳に浮かべ、嘯(うそぶ)いた竜に

千尋は呆れ半分、小さく共犯者の笑みを頬に乗せた。

 

あの別れから程なくして千尋の前に

姿を現すようになった竜。

たまに会える逢瀬の時が待ち遠しくて

とある別れの夕に泣き出した千尋に、

ならば昼間は共に過ごせるようにしよう、と

言ってくれたのは、今年の春で。

そうして、竜は愛しい娘の願いを汲んで

人の群れに紛れこんだのだ。

しかし、人目を忍んで共に無邪気に遊びまわる

幼馴染のような関係だったのは

それからほんのひと月ほどで、

14歳の誕生日のすぐ後に初潮を迎えると、

まるでそのときを待っていたとばかりに

はくは見慣れぬ男の顔を見せるようになった。

戸惑う千尋にゆっくりと、それでいて有無を言わさぬ

真摯さで、子どもから乙女へと変わっていくように促す視線は、

同世代の少女たちよりかなり晩熟(おくて)だった千尋を

それでも、しだい次第に花開かせていって。

そうして、清らかな少女を怯えさせぬようにと

細心の注意をはらって為されたはくからの求愛が、

100と10日ほど続いた後、

二人はごくごく自然に結ばれたのだ。

 

千尋がその身を捧げた日。

当然のごとく妻としてトンネルの向こうに

連れ去ろうとした恋人に、しかし千尋は

乙女から女となったばかりの不安定な初々しさを

露(あらわ)に困惑げに涙を零した。

恋人と結ばれた嬉しさと、しかし

両親の庇護から離れる不安やら

未知の世界やらに怯えて涙を流す、

まだまだ幼げなその顔に小さくため息を

ついた竜は、気を取り直して顔をあげる。

千尋にあわせて2歳ほど年上の姿を取っている竜は

初めて触れた柔肌の心地よさに陶然として、

その純潔を捧げてくれた愛おしさに心満たしながら、

ならば、そなたの涙が乾くまでは、と

千尋の躊躇いを許したのだ。

 

これから共に過ごす長いときの始まりに、

それもよかろう、と。

すでに千尋は我の妻。

いずれの結果が同じことならば

今、強引に連れ去らなくても

愛しい娘のその覚悟が定まるまでは

こちらで共に遊ぶのもよいか、と。

その本性たる独占欲と性急さを押し隠し、

千尋の意思を尊重する振りをして

竜は優しげに微笑んで見せたのだ。

 

そうして、千尋は表面上は今までと

なんら変わらぬ生活を送ってきた。

もちろん、隙があれば常にその身を

抱き寄せようとするようになった

恋人との関係は、癖になるほどに甘く、

切ないほどの歓喜に満ちていて。

これほどの相愛のカップルが

未だに人の口の端に上らぬのは

ひとえに目立つことを厭う

千尋の望みによっている。

 

「千尋。おいで。」

カタンとドアを閉め、二人以外の存在を

シャットアウトした千尋は恋人の笑みに

吸い寄せられるように歩いて行く。

わざわざ、同じ学校の高等部の制服までも

身に着けて、千尋の生活に

合わせてくれている恋人に

嬉しさ半分、申し訳なさ半分の

複雑な笑みを頬に浮かべ

紺色のブレザーにもたれかかると

ほうっと小さくため息をついた。

「どうしたの、千尋。」

「う・・・ん。あのね、あの、はく。

こっちの生活って楽しい?」

思いがけないセリフに竜は首を傾げる。

「まあね。そなたがいるのだから。」

「そうじゃなくて。」

胸に埋めた顔をほんの少し上向けると

千尋は黒々と濡れた瞳で恋人の顔を見上げる。

「ずいぶん馴染んでいるから、

よっぽど楽しいのかなって。」

また今日も噂されていたよ。

くすり

「はく?」

「いや、そなたも色っぽい顔を

見せてくれるようになったなあと思って。」

「はくっ!」

「自覚がないのは困りものだけれど。

そなた、そんな顔を他の男に見せてはいけないよ。」

「もう。いつもそんなことばっかり。」

「怒った?」

どこまでも嬉しそうな声に頬を染めた千尋も

苦笑を返すしかなく。

しかし、今日このときばかりは

その笑みはすぐに消えていく。

「何?千尋。」

人間の振りをしてまで娘の側にいたがる竜は

十数時間ぶりに抱き寄せた

その喜びのほうに気を取られていて。

「あのね。」

もの言いたげに見上げてくる腕の中の存在が

どこまでも愛おしいとばかりに

竜は蕩けそうな笑みを浮かべている。

そんな笑みに見惚れてしまった千尋は、

はっとすると、口ごもりながらも懸命に口を開こうとした。

「あのね、はく。」

と、言いかけたとたんにその笑みが

視界にいっぱい広がって、

千尋は熱い口付けを受け入れるのに

精一杯になってしまったのだ。

傍(はた)から見ると

16才の少年と14才の少女が

交わすには深すぎるキス。

ここは学校で。

今は昼休みで。

壁一枚、天井一つ隔てた向こうには

大勢の人間たちが、いるのだと、

そんなことが頭の片隅にあったのはほんの数秒。

たちまちに千尋は竜の熱に絡め取られる。

クチュ

互いの舌が交わる濡れた音にさえビクッとして。

ようやく唇が離されたときは千尋はぐったりと

その身を恋人にあずけ息を弾ませていた。

「何を言いかけたの?千尋?」

確信犯的に澄ました振りをして問うてくる恋人に

ちょっぴり怒った千尋は、ぷうっと頬を膨らます。

そんな千尋を声を上げて笑い

ますます強く抱きしめてくる恋人に

怒った振りなどしていられず、同じように噴出すと、

千尋は総てを吹っ切るように目を瞑る。

そして、急に静かになった娘は

竜が訝しげに覗きこもうとしたほどの

長い沈黙を間に挟み、

息を吸い込むとすっと顔をあげる。

揺らめく視線を意志の力でまっすぐにすると、

ようやく先程来、言いかけたことを

震える声で紡いだのだ。

 

世界の総ての風が凪いだような一瞬。

 

しかし次の瞬間、千尋は怒涛のごとき

歓喜の渦に巻き込まれていた。

「でかした!!千尋!!」

そうして、子どものように高々と持ち上げられ

くるくるとメリーゴーランドのごとくまわされた体が

ストンと下ろされると、いつのまにか

直衣に戻った袖にすっぽりと包まれていて。

久しく聞いたことのないような弾んだ声が耳元ではじける。

「すぐに、婚姻の儀式を行おう。」

「忙しくなるけれど、そなたは心安らかにいるんだよ。」

「何も心配しないで、私が総てを仕切るからね。」

「ああ、そなたに希望があれば言ってごらん。」

「ウエディングドレスといったか。それを着たいのなら手配しよう。」

「やはり、油屋で披露するのがよいね。」

「ああ、そうとなれば新居に子ども部屋を用意しなければ。」

「そうそう、子が生まれるまで

そなたの身の回りの世話をするものがいるな。」

「油屋の年季が明けたものを頼もうか。

だが、気が利かぬような並みのものではだめだ。

よくよく吟味をしなければね。」

「うん、湯婆婆と交渉してリンを1年ほど借り切ろうか。」

「千尋、リンでよい?」

浮かれたように話しつづけていた竜が

千尋の顔を覗き込んでくる。

そんな恋人の反応に圧倒され、

自失していた千尋は、きらきらと

煌いている翡翠の瞳にようやく悟ったのだ。

 

一見クールな恋人がどれほどに熱い想いで

自分を思っていてくれていたのかを。

望み望まれ、求められるまま体を差し出した自分の、

その心をこそどれほど深く望んでくれていたのかを。

真に妻となり、傍らに立って共に時の中を歩んでいく、

千尋自身がそう心を定めることを、

どれほどの思いで待っていてくれたのかを。

この世に生を受けて14年。

神の妻となる覚悟が定まらなかった娘を

促すようにその命は確かにここにいて。

千尋はその手を下腹にそっと添える。

 

ああ。

私、何を不安に思っていたのかしら。

大丈夫。

はくがいてくれるのだもの。

なによりも大事なはくが・・・

誰よりも愛しいはくが・・・

ああ、もう絶対大丈夫。

人と竜の間では

できないはずといわれていたのに、

なのに、

確かに宿った私とはくの子は

私たちの絆の深さを

示してくれているのだから。

 

そうして、二人の愛の結晶を

その身に宿した千尋は、

満面の笑みで覗き込んでくる

恋人の顔を見つめ返すと

花が綻ぶがごとき笑みを浮かべ、

ホロリと涙を零しながら、

こくりと強く頷いたのだ。

そうして、覚悟を定め、

何もかもをも吹っ切った千尋は

その真骨頂を露にする。

「でも、これからが、大変よ。」

「なにが?」

千尋は首を傾げている恋人の白い頬に手を伸ばす。

「まずは、お父さんとお母さんに打ち明けなきゃ。」

うわ〜!!どんな反応が返るか怖いかも。

悲壮感など微塵も見せず明るく述べる千尋に

竜の恋人は目を瞠り、ふふっと僅かに口角をあげる。

 

このままさらっていくつもりだったのだけれど・・・

そう、それがそなたの望みなら。

そなたに連なるこの現世での絆し(ほだし)に対し

最後の親孝行として、

そなたを手折ったその罪を

どれほど詰られ罵倒をされようとも

きちんとけじめをつけていこうか。

 

「仕方がないね。何発か殴られる覚悟でいくよ。」

「大丈夫?」

「もちろん。任せなさい。」

「うん。」

見交わす瞳に喜びだけが溢れ出し。

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

しかし無粋な鐘の音が鳴ったとたんに

ばたばたとしたざわめきが耳に届いてくる。

「予鈴ね。行かなきゃ。」

「ああ、行っておいで。」

「じゃあ、はく。また後で。」

頷いた竜はつと思いつくと

行きかけた恋人を呼び止める。

「ああ、千尋。」

「なあに?」

再び人に合わせた仕度を纏った竜は

意味ありげに眉をあげる。

「今日は、共に帰るよ。」

この天地(あめつち)の下、

人と神、いずれの世界においても

もはや、そなたの存在を

隠す気はないのだよ、と。

そんな竜神の絶対の庇護の元

愛し愛される幸せに、

酔いながら、一段と

輝きを増した娘は艶やかに笑う。

「はい。」

そうして、柔らかい髪を揺らしながら、

今日が見納めとなるであろう

教室に行くために

保健室のドアを開けたのだった。

 

 

 

 

おしまい

 

うみのおとしものホームへ      共同☆企画目次へ

 

 

 

初のチャットを記念して。

クーちゃん様と共同企画を立ててみました。

いや〜、チャット楽しかったあ。

気がつけばほとんど徹夜。

始めてから6時間もたっていましたよ。

遅れてはまったセンチヒファンの嘆きを糧に

何か楽しいことをやりたいですね、と

立てた企画。

同じテーマで短編を書いてみよう、と。

話の流れで、かなり大胆な設定を組みました。

「基本は激甘、ハッピーエンド。

しか〜し、千尋が14才で妊娠したら?」

(うきゃ、現実シリアスな状況だわ)

 

そんなこんなで、肝心の

「お嬢さんを頂いていきます。」

「ゆ、ゆるさ〜ん!!」

「実はすでにおなかの中に子が。」

「な、なんだと〜!!」

バキッ

と言うお約束の場面の前で終わってしまいました。

だって、千尋さんってば

腹を括ってしまったのですもの。

お父さんがいくら反対しようと、

お母さんがいくら罵倒しようと

取るべき道は決めてしまったのです。

にしても、世界は二人のために〜。

早く千尋を本当の奥様にしたくて、

案外、わざと既成事実を作ったんじゃないか、と

ハク様を疑っている作者です。

しょせん神様に人間の常識を説いても無駄なのさ。

千尋さん、ご愁傷様。

頑張って、いい子を産んでね。

 

それにしても、楽しかったあ。

今まで書いたことのない設定だったので

夢中で書き上げてしまいましたよ。

クーちゃん様、楽しい企画ありがと〜〜!!