2008・共同☆企画油屋編

テーマは内緒・秘密。

設定は上司と部下兼

秘密の恋人同士。

それでは皆さま、かなりお待たせいたしましたが

2008共同☆企画うみのおとしものバージョン公開です。

(う〜ん、なんか設定とはかな〜りずれているような

気がしないでもありませんが、クーちゃん様

こんなもんで許してやってくださいまし。)

 

 

レゾン・デートル

 

ミ〜ンミンミンミンミンミンミンミンミ〜ン

ぎらつく太陽の光と

辺りいっぱいに響き渡る夏の虫の声。

背中に流れる汗の不快感に屈んでいた腰を

伸ばすように体を起こすと、

額からぽたりと落ちる汗をぬぐった。

「あっつ〜い!!」

ため息とともに思わずこぼれた愚痴に

はっとすると慌てて周りを見回して

誰もいないことを確かめる。

『油断してはいけないよ。』

このところずっと会えないでいる夫に

何度も言われている言葉。

『そなたがいなくなったら私は・・・。』

「わかっている。」

瞼に浮かぶ白皙の美貌にそう言うと、

気合を入れるために深呼吸を一つ。

そうして、手に持っていた鍬を持ち直すと

今日のノルマの続きにとりかかった。

収穫した種種様々な食べごろの野菜は

午前の早いうちに厨房に届けてあるが

今日の日暮れまでには、東の畑の

雑草取りと水くれを終わらせる。

そうして、霊霊たちがやってくる

逢魔が時までにはかの恋人が作ってくれた

結界に戻らなくてはならないのだ。

 

『無い者として在ること。』

人の世界でともに在るために

繰り返し試みた全ての策が尽きたのち、

千尋は渋る恋人とともに

もう一度トンネルをくぐった。

弟子ではなくなった帳簿係りが妻として

連れてきた人間を見た瞬間、

ぶほっと咳き込み怒鳴り上げた魔女は

しかし、しばらく考えると厳しい瞳で

契約の条件を告げたのだ。

すなわち

『独り身に戻り油屋の女として働く。』

か、あるいは

『誰にも存在を気付かれないよう

無いものとして生きる。』

か、のいずれかを選べと。

前者を選べば、湯女として働くことになる。

ハクと契るなとまでは言わないが

霊霊の褥に侍る事を否とは言わせない。

『そうすることでお前には

この世界での存在理由ができるのさ。』

後者を選ぶのならば、

誰にも会うことのないように

真昼の仕事を与えてやろう。

ただし、理を掻い潜り

無いものとして在ることは

お前が考えるよりははるかに

厳しいものとなるだろう。

ハク以外のものを見ることも話す事もできず

どころか、どんなにちっぽけなものとても

この世界に生きるモノたちが

お前の息吹を感じたその瞬間

お前は豚になることになる。

さらに言えば、ここに来た霊霊に

気配一つでも気付かれた一瞬に

お前の体は消えてなくなることになるだろう。

『なぜならお前はここに在っては

ならないものなのだから。』

 

「望むところよ。」

千尋は畑の畝を鋤きながら笑う。

飛び散る汗は命の輝きに満ち満ちて

潰れてはできる肉刺のせいで手の皮は

以前と比べ物にならないくらい

固く厚く醜くなっているけれど。

 

『千尋・・・』

蒼白な顔の中そこだけ鈍い光を放つ翡翠の瞳。

『はくったらそんな顔しないで。』

『あなた以外の人に抱かれるくらいなら

死んだほうがましだもの。』

『・・・だが・・・』

唇をかみ締め拳を震わせる竜の恋人が

言葉にできない思いなど重々わかっていて

千尋は自らそっとかの胸に身体を寄せる。

千尋しか持たない竜が千尋を生かすためとはいえ

その存在を誰かと分かつなど耐えられるはずもなく。

しかして、後者を選び万が一にも

千尋が消え去ることにでもなったとしたら、

おそらくこの恋人自身も

生きてはいけなくなるだろう。

それでも・・・

『千尋・・・』

二度と離さないとばかりに抱きしめあう

ただそれだけで体中を満たす幸福感。

それは互いの命を堵してでも守るべきもので。

『・・・必ず守る。』

『うん。』

 

「ただいまあ。」

広大な畑やら家畜小屋やらに囲まれた

油屋の敷地の北の外れにある防風林の中心辺り。

誰にもその存在を気付かれないように

細心の注意を払って張られた

小さな結界の中の小さな家には

向こうの人間社会で当たり前のように

満喫していた文明の利器など一つも無いけれど。

「さて、と。水汲みしよっと。」

ひと目で誰もいないことがわかるほど小さな家での、

返事が無いことが当たり前になってしまった

日常が寂しくないかといえば嘘になるけれど。

「あれ?」

しかし、井戸の水を汲み入れようと風呂釜を

覆う木の蓋を持ち上げると

そこにはすでにお湯が張られていて

千尋は思わずにっこりと笑った。

「ハク、来てくれてたんだ。」

昼夜を問わず油屋の帳簿係り兼番頭として

働きづめの良人は、めったに

この家に泊まることはできないけれど

常に心を寄せていることを

時折のこうした細やかな

心遣いで示してくれている。

「ハク、無理してなきゃいいけど。」

湯煙が立つ湯船に手のひらを入れ

其の感触を味わいながら千尋は呟く。

「ん〜と、夕飯は今朝の残りを

おじやにすればいいや。

せっかくだからお風呂先に

いただいちゃおうっと。」

いそいそと小さな脱衣場で粗末な衣装を

脱ぎ落とすと、ほの温かい湯殿に

もう一度飛び込む。そうして、

こびりついた土汚れを落とし

ちょうど良い温度に温められた湯の中に

連日の重労働で強張った身体を

ゆっくりと沈めていった。

「うふっ。幸せ〜。」

皮膚の隅々に行き渡る温もりは

夫の心も合わさって

体中から疲れを消し去っていくようで。

と、唐突に曇りガラスの

はめられた木戸がカラリと開く。

「本当に?」

「えっ?ハク!」

びくっと立ち上がりかけた

身体を慌てて湯に戻し

千尋は信じられないと

ばかりに目を見開いた。

「ハ、ハクどうしたの。」

「入ってもいい?」

「・・・え〜と。」

返事を待たずにすたすたと湯殿に入ってきた

夫はすでに何も身に付けていなくて。

真っ赤になって顔をそむけていると

くすりと笑う声とともに

ザバッとお湯を使う音がして。

「千尋。」

どきどきしながら気配を追っていると

唐突にかけられた声に思わず

肩をびくつかせてしまう。

そんな千尋にますます笑みを

誘われているような声が浴室に響く。

「少し詰めて。」

「え、あの、上がるよ。

ハクゆっくり入って。」

「だめ。」

「・・・うにゅ・・・」

立ち上がりかけた体を優しく

拘束してくる腕に逆らえるはずもなく。

そのまま背後から

抱きかかえられてしまうと

恥ずかしがってばかりもいられずに、

千尋はほっとため息を落とすと

背の温もりにそっと身体を委ねた。

久しぶりに感じる互いの温度に

芯から寛いだ空気が狭い湯殿に満ちて

満足げなため息が耳元を擽っていく。

そうして、

「ねえ、千尋。」「あの、ハク。」

同時に上がった声に思わず口を噤むと

背後からくすりと笑う気配がして。

「千尋から先にどうぞ。」

ゆらゆらとした湯の中で

悪戯な白い手が千尋の

固い手をゆっくりとさすっている。

その感触の心地よさに為すがままに

なりながら、千尋は小さな声で応えた。

「う、ん、あの、ハクお仕事は?」

「ああ、今日は半休を貰ったから。」

「ほんと?でも・・・」

珍しいというよりも初めての事態に

千尋はぽかんと目を見開く。

「大きな商談をまとめたばかりだからね。

湯婆婆に了解もとったし、

暁前までそなたといられるよ。」

「ほんとに?」

嬉しさのあまり振り仰いだ拍子に

額に熱い口付けが落とされる。

「本当だよ。」

「じゃあ、夕飯一緒に

食べられるね。何にしようか。」

ご飯の準備しなきゃ、といそいそと

立ち上がろうとしても腕の力は緩まなくて。

「はくってば。」

「大丈夫。厨房から

折り詰めを貰ってきたから。」

「え?」

「だから、先にそなたを食べさせておくれ。」

「は?」

何も言う間もなくそのまま抱き上げられ

パチンと指の音がしたと同時に

隣り合わせの寝台の上に横たわっていて。

真上から降り注ぐ翡翠の光に体中が熱くなる。

「千尋覚悟して。」

「え?」

「久しぶりだから、加減が利かないかも。」

「・・・あ・・・」

そうして、そのまま焼け付くほどに

熱い唇に飲み込まれていった。

 

乱れた吐息がようやく落ち着いて、

身体ごと抱え込まれるように抱かれながら

竜の夫の鼓動をきく。

「ハク。」

「ン?」

「あの、さっきお風呂場で何を言いかけたの?」

「・・・ああ。」

黙ったまま慈しむような眼差しを注がれて、

言うつもりがないのかと、訝しげに瞳を覗き込む。

「ハク?」

ふふっと唇を緩めた夫は上機嫌に目を細めていて。

「そなたに聞きたいことがあったのだけど。」

「なあに?」

「聞く必要がなくなった。」

「え?なあに?気になるよ。」

真上から覗き込んだ翡翠の瞳はまるで

吸い込まれそうなほど美しく輝いている。

「ねえ、ハクってば。」

「そなたの顔を見れば答えがわかるから。」

「だから、なあに?」

むぅっと膨れた頬を長い指がつっついてくる。

そうして、くすりと笑うと

胸に押し付けるように抱きしめてきた。

「幸せでたまらないという顔をしている。」

「・・・」

「答えが書いてあると言っただろ。」

唇を緩め穏やかに微笑んでいる夫の

言葉にならない思いが重なる胸から

溢れんばかりに伝わってくる。

 

「ねえ、千尋。」

 

私を見つめるその瞳の輝きと

私に抱かれるその瞬間のその表情。

そなたは私を愛している。

全てを傾け愛しているそなたが

こうしてここに在る、ただそれだけで。

ああ、千尋。

ただそれだけで私は・・・

 

「ハクってば・・・」

 

幸せで幸せで幸せで。

あなたとこうしていられる

ただこの瞬間があるだけで。

あなたは私を愛している。

全てを捨て去り全てをかけて

愛しているあなたがここにいる。

ただそれだけで。

ああ、ハク。

ただそれだけで私は・・・

 

「愛しているよ。」「愛しているわ。」

 

私たちは、生きていく事ができるから。

 

 

 

おしまい

 

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レゾン・デートル(存在理由)

どちらかの存在を失った時

もう一方も生きていく事が

できないほどの恋情と執着。

まあ、ハクセンの永遠のテーマですね。

そう考えれば、

前半の設定部分、余計な事で

いらなかったかな。

 

というわけで、今回もまたまた

遅くなってしまいましたが

共同☆企画油屋編

いかがなもんだったでしょう。

少しでもお楽しみいただけたら

私も幸せ〜でございまっす。