オリジナルラブファンタジー・1

 「春恋歌」

1

地の女神の宮の一画に用意されている

秋津島最後の「大口の真神」一族、

かつて、神の使いとして人間に

崇められていた、山犬とも称される

日本狼の一族の居留地は、

中心に重厚な日本風の館が置かれ、

それを取り巻くように

大小さまざまな家屋が立ち並び、

一つの集落を形成している。

その一族の現在の族長は、

20年ほど前に代替わりしたばかりの

獅鬼と呼ばれる男霊で、

一族を束ねるに近年まれにみる資質を備え、

弱体化してきた一族の力を

盛り返すに足ると期待されている霊である。

もっとも、ここまで衰退してしまった以上

昔日の勢いを盛り返すためには、霊(かみ)であっても

数世代、へたをすると十数世代は

優にかかるかもしれない。

しかし、その足がかりとしての力を得るため

一族すべての期待を背負っている男狼なのだ。

金の瞳に銀の髪のまさに堂々たる

美丈夫というに相応しい体格は

一族の中でもずば抜けたもので、

多くの同属の女霊たちの胸を

焦がしているばかりか

現在一族を挙げて仕えている

秋津島上位神の一人でもある女主の

数ある恋人たちの中でも、

第一の寵愛をも受けている。

まさにその持てる力の頂点に立っていると

言っても良い獅鬼はしかし、どこか憂いに満ちた影があり、

一人座している奥座敷の暗さも合間って

まるで一気に十年は老けたかのように見え、

久しぶりに行き会う娘を驚かせるとともに、

痛ましい思いを掻きたてていた。

 

「父様(ちちさま)。」

「リュイか。」

「はい、ただいま戻りました。」

若き女狼は、父であり長である獅鬼の御前に出ると、

三つ指をついて深く平伏しながら

久しぶりの帰還の挨拶をする。

「一人か?モルグはいかがいたした。」

今年12になるリュイは、

すぐ上の兄であるモルグと共に

母の故郷である北の大陸で暮らしており、

此度の帰還は亡き末の弟の

迎えのためなのである。

「先に、シュエ・パイの霊屋(たまや)に参っております。」

「そうか・・・」

獅鬼は、ふと視線を落とす。

と、次の瞬間上げたその金の瞳には

いつもの強さが戻っていて。

「シュエ・パイの葬儀について、向こうは何と申していた?」

「爺(じじ)様は、是と頷かれたのみでした。」

「・・・ネンチュンは?」

「母様は、なにも。ただ、父様の

お出ましをお待ちしているとだけ。」

しばらく沈黙を保っていた獅鬼は

その視線をつと窓の外に向けた。

「・・・あれに顔向けできぬな。」

ぼそりと呟かれた言葉はいつになく気弱で、

今現在末子になってしまったリュイが

先ほどから感じていたことを

確かなものにした。

「母様も同じことを申しておりましたよ。

でも、なぜ?シュエ・パイのことは哀れとは思いますが、

結局は自分のせいなのですから。」

言葉の内容と違い震えを完全には

隠せない声音に、獅鬼は余計な気を

使わせてしまったわが子を見る。

北の大陸を支配する魔狼一族の

跡取りである妻との間に生まれた子は、

さすがの血筋であるのか、

すべてが類(たぐい)まれな麗質を備えていて、

どちらの一族の上に立つにも

遜色のない力を有していた。

ただ一人末子であったシュエ・パイを除いて。

 

シュエ・パイ・・・

 

獅鬼は、心の中で次女であるリュイと

逝ってしまった末子の顔を重ねると、

吹っ切るように立ち上がった。

「父様?」

「遠路ご苦労。そちたちには明日より

一働きしてもらわねばならぬゆえ、

もう下がって休め。」

「・・・はい。」

すぐ下の弟とはまるで似ていない顔を

見下ろしながらそういうと、

獅鬼は足音を立てずに静かに

奥座敷を出て行ったのだった。

 

オリジナル目次へ  次へ

 

 

5月11日のダイアリーに載せた落書きを手直しして、思い切って連載開始。

まだ序章にもなっていないけどできるだけ短期決戦で終わらせるつもりです。

なお、世界観はメインの千と千尋の神隠し本編と同じです。

が、登場してくるのはオリキャラばかりですので、別物としてお考えくださいまし。

一応「ラブ」ファンタジーのつもりですが、どうなるかなあ。