龍神シリーズ・小話集

 

1.千尋の災難

「これは、珍しい。」

後ろから聞こえてきた低い声に振り向くと、そこにいたのは全身すっぽり大きな緋色の布に

包まれた 千尋の胸くらいの大きさのずんぐりとした霊だった。

夏の盛りの森の中。いつになく落ち着かない、盛んに鳴き交わすセミたちの声に

急かされるような、そんな気分での逍遥の途中。

はっと振り向いた先にいたのは、以前、湯屋で見た霊(かみ)様たちと

雰囲気がよく似ているような気がする 見知らぬ霊様だった。

千尋は目を驚きに見開きながらも 軽く頭を下げ、道を譲ろうと脇へどいた。

なにしろ、千尋がそぞろ歩いていた標道は、霊霊(かみがみ)たちの通り道、

狭間の向こうへの霊様方の通い路なのだから、人間がいるほうがおかしいのだ。

珍しいといわれても、まあ当然なのである。

が、珍しいと感じるのは千尋も同様だった。

鎮守の森の主、ニギハヤミシルベノコハクヌシと妻になって9ヶ月あまり、

この森の守護神の妻とはいえ 出会った事のある神は、湯屋にいたときをのぞくと、

翁様に続いて2柱めなのだ。

千尋は傍らにいない夫に心細さを感じながらも、失礼のないように緊張して霊が通り過ぎるのを待った。

ふるようなセミの合唱の中、緋色の布を纏(まと)い、しかしどこか不気味な影を背負った霊は

まるですべるような動きで ゆっくりと、千尋に近付いてくる。

千尋を目指しているようなそんな動きに、思わず体を固くしていると ふっと千尋の周りに

白い光が差し込み、半瞬後には、千尋を守っている双子の木霊 玉と由良が、

霊と千尋の間に立つようにして、並んで姿を現した。

童形ではあっても、その手にはそれぞれの身丈にあった桃の弓と茨の矢を持ち 

千尋を庇うように、その前に立って 油断無く身構えている。

千尋は、ホッとしながらも 玉と由良の様子に困惑してしまった。声を掛けようにも、

二人の背中は緊張に満ちていて、知らずそれが千尋にまで移ってしまったかのようだ。

が、霊はそんな前方の様子に 気付かないかのように、さらにゆっくりと近付いてくる。

そうして、木霊たちと千尋の直ぐ側までくると、ふっとその動きを止めたのである。

玉と由良は穢れを払う桃の木と、鬼を貫く事が出来る茨で 作られている弓矢を 

横に構え 素早く 矢を番(つが)えた。

瞬間、あたり一面に響いていたセミの声が消え去る。

布で隠されてはいても、木霊越しに千尋を見る強い視線を感じ、辺りに緊迫した空気が流れた。

それに反応したように 玉と由良が緊張した声で同調しながら言葉を発する。

「「どうぞ、このまま まっすぐお通りを。」」

「「狭間のトンネルはあちらです。」」

視線がうつり、初めて 身構える木霊たちに気付いたかのように固い視線が突き刺さってくる。

千尋は、気が気でないような、居たたまれないような思いで小さく身じろぎした。

今は、木霊たちを止めるためであれ、霊に挨拶するためであれ、己が声を発する時ではない事を

本能的に察知する。

シーンとした、しかし突き刺さるような沈黙のあと 年老いたかすれ声が緋色の布越しに聞こえてきた。

「森の木霊。狭間への案内を。」

固まった空気にひびを入れるがごときその声に、しかし玉と由良はすぐには反応をしなかった。

「狭間のトンネルへの案内をせよ。」

先ほどより強い声に、由良は弓を下ろし 玉に頷くと霊の前に立つ。そうして、その

怪しげな霊を挟み込むように 玉が 弓矢を構えたまま その後についた。

そんな、木霊の態度に文句を言うでもなく、そして、再び視線を千尋に戻すこともなく

霊は動きを再開した。

「ちー様、御館(おやかた)にお戻りください。」

玉が 静かな中に緊張を含んだ声で言う。それに頷いた千尋を確認すると、

ちらっと、笑顔を見せ 次には元の覇気に満ちた顔つきで 霊の後についていった。

千尋は その姿が視界から消えるまで見送ると、ほぉっとため息を吐く。

夫である龍神は、あとひと月ばかり後に迫った神様方への千尋の披露目の打ち合わせかなにかで、

翁様に呼ばれ、この森を留守にしているのだ。離れ離れになった無聊(ぶりょう)からとはいえ、

止める玉と由良を振り切って散歩にでたのは千尋自身で、まさか夫がいないときに

他の神に会ってしまうとは考えもしなかった。

ほんの半日たらずの予定とはいえ この森を後にする時に、夫に言われた事が思い浮かんでくる。

 

『千尋、標道を通る霊には 関わってはいけないよ。』

『やはり、心配だな。わたしが帰るまで 家の中にいたほうがよいかもしれない。』

『はくったら、大丈夫よ。標の道もはくの守りの中なのでしょう。この森は小さい頃から

歩きなれているし、留守番くらいできるもの。』

『だが、以前留守にしたときは神無月だったから心配なかったのだが・・・玉、由良。』(注1)

『『はい。』』

『我が戻るまで 千尋の守りをしっかりせよ。』

『『かしこまりました。』』

 

『はくってすごい。今日 わたしが他の神様にお会いすること解かっていたのかしら。』

千尋はそんなことを思いながら、家に戻ろうと振り向いた。とたん、ぎくっとしたことに

先ほど、玉と由良とともに去っていったはずの霊が 直ぐ近くに立っていたのだ。

夏の日差しが木の葉を通してきらきらと差し込み、草や花、そして木々の命の香が

満ち溢れて 息苦しいほどの森の中。

しかし、どこか緊張に満ちた静けさが漂よい、空気までが暑さと不気味さで粘つくよう。

そんな中、千尋は見知らぬ霊と向き合って、金縛りにあったかのように固まってしまった。

と、静けさを破るように、霊が声を発した。

「木霊の使い主。かわりに案内を。」

「?」

「あの木霊たちとはぐれてしもうた。」

どこか空中から漂ってくるような声は、周囲の景色と対称的で、背筋がぞくりとするようだ。

千尋は、うろたえながらも 標道を指差す。

「あの、こちらの方へ行かれたのではないのですか?」

「・・・・」

返事は無く、舐めるような視線が帰ってくるばかり。

仕方なく千尋は 指差した手をそのままに続けた。

「この道をまっすぐ行くと 狭間のトンネルがあります。トンネルをくぐると待合室がありますから

時間までそこでお待ちください。」

その言葉を遮るように ゆっくりと不気味に響く声がかぶさる。

「トンネルまで案内を。ここに来るのは初めてなのだ。年寄りを苦しめるでない。」

と、体の脇から緋色の布がゆっくりと持ち上がり、まるで手を引けといわんばかりに

一定の角度で留まった。

千尋と霊の気配を伺(うかが)うようなシーンとした気配が、周囲の命のそこかしこから零れ落ち

固唾(かたず)を呑んで千尋の行動を待ち受ける。

しばらく、その手(?)を見つめていた千尋は そぉっと自分の手を差し出すと、緋色の布

越しに添えたのだ。

周囲に満ちる、はっとしたような気配に気付かないまま、千尋は霊を導くようにゆっくりと

歩き出す。

布越しに触れるか触れないかといった程度に添えられた手に 妙に意識が集中してしまい、

困惑しながらの道案内は、しかし、それほど長くは続かなかった。

ほんの10歩ほど行った時、ホッとした事に玉と由良が 息せき切って

目の前に姿をあらわしてくれたのだ。

「シャクジン殿、その手をお離しください。」

玉の鋭い声と同時に、由良が千尋と霊の間に素早く割り込んだ。

「由良、ちー様を館(やかた)までお連れしろ。僕はこちらをお送りしてくる。」

玉の言葉に頷(うなず)くと 千尋が何も言えないうちに 由良は千尋の手を取って飛ぶような勢いで

霊の元から去って行った。

見送る霊の視線を背中に感じながら、千尋は由良に尋ねる。

「ど、どうしたの?あの神様 由良ちゃんたちと はぐれてしまったっていうから心配しちゃった。」

由良はシャクジンの視界から外れたのを確認すると、ようやく歩調を緩め、千尋に答えた。

「すみません。油断しました。術に掛けられて目くらましの姿を案内してしまったようです。

ちー様、あいつに何かされませんでしたか?」

「えっ?何かって?別に、案内して欲しいっていうから、行きかけた時に由良ちゃん達がきてくれた

じゃない。お年よりだというから、手を引いて欲しかったのかもしれないわね。」

「手 ですか?」

「うん。たぶん、布越しだけど手を差し出してきたから つないでさしあげたの。」

歩きながらしばらく考え込んでいた由良は、立ち止まると確認するかのように千尋の手のひらを

見つめ、その後、首をかしげながら千尋の姿を上から下までじっと見た。

気付けば、いつの間にかセミの声があたりに満ち、いつもの森の姿が戻ってきていて、そんな

森に佇む千尋の姿はいつもと全く代わりが無いようだ。

由良は、安心したように頷いた。

「ん、気付いたのが早かったから、おかしな手出しができなかったのかも。」

呟くように言うと、にこっと千尋に笑いかけ

「さあ、ちー様お館にもどりましょう。今日は主様がお戻りになるまで、家の中にいたほうが

よさそうですよ。あのシャクジン以外にもたくさんの気配を感じますから。」

どういう意味か聞こうとしていた千尋は、由良の言葉に少し慌てた。

「そ、そうなの?はくがいないときにかぎって他の神様にお会いするなんてびっくりしちゃったけど、

今日は特別に多いのかしらね。」

千尋の言葉に、由良は心の中で 思わずぶんぶんと首を振る。

『違いますぅ。普段は主様が結界を張って 霊霊の目からちー様を隠しておられるんですよ。

お留守の間に、ちー様がシャクジンと会ったことを知られたら どんな反応をされることか。』

あまり考えたくない内容に思考が拒否反応を示す。

『だ、大丈夫、大丈夫。ちー様 手出しされていないしぃ。不可抗力だもんね。』

自分で自分を必死で納得させているうちに、すっかり平気モードになった由良は、館に帰ると

千尋とともに、のんびりとお茶の準備に勤(いそ)しむ事にしたのだった。

現実逃避もここまでくれば、立派な特技と言ってあげてもいいかもしれない。もっとも、

片割れの木霊は違う感想を持つだろうが。

 

対称的なのは玉だった。

あの後、シャクジンをトンネルの入り口まで案内すると その姿がトンネルの中にゆっくりと

消えるまで じっとそこに留(とど)まって考えつづけた。

案内しながら持てる力を使って探っても、感じ取れるのはシャクジンとしての気配のみ。

わずかな時間とはいえ、千尋と二人きりにしてしまったことに、引っ掛かりを覚えるのだ。

わざわざ、目くらましをかけてまで引き離しておきながら 何もしないほうがおかしな気がする。

なのに、あのシャクジンの気配からは、何も感じ取る事が出来なかった。

くっ、唇をかみ締めて目をつぶると、玉はそこにいない主に詫びるかのように項垂(うなだ)れた。

自分の力不足を痛切に感じるのはこんな時なのだ。

あの主が、なにより大切に思っている存在を なぜ我々のような未熟な眷属に任せて

くださっているのか。その理由を推察するような失礼な真似は出来ないが、かつてお持ちだった

という、力ある眷属がたが もう一度使役を願ったというのにお許しにならず、

彼らは自主的に この森の周辺の守りについている。

主様は、肩を竦(すく)めて黙殺なさっているけれど、ちー様の守りにつくには、

彼らのほうがずっと頼りになるのに。

 

トンネルに近付く他の霊の気配にはっと心付いた玉は、思考を無理やり断ち切ると、

急いで館に戻っていった。

入ったとたん、和やかなお茶会のムードと

「おかえり〜。」

という、能天気な由良の声に思わず脱力した玉は、

「お前は、気楽でいいよな〜。」

と、由良の頭を小突いてやったのだった。

 

「ちー様湯殿の用意が出来ましたが。」

「ありがとう。はく、遅いね。」

由良の言葉に振り向くと、寂しそうな笑みを見せた千尋は 導かれるまま湯殿に入っていった。

「少し、ゆっくり入るね。出るの遅くても心配しなくても大丈夫だから。

もし はくが帰って来たら直ぐ知らせてね。」

「はい。」

千尋の言葉に頷くと、由良は千尋の前を失礼して、食事の片付けに戻っていった。

 

「主様。お帰りだったのですか。」

居間に入ったとたん視界に入ってきた 玉と 主である龍神の姿に一瞬固まりかけた由良は

「ちー様にお知らせしてきます。」

と踵(きびす)を返しかけたその姿のまま 主の元に引き寄せられた。

そうして、気付いたときは、玉と並んで龍神の前に立っていたのだ。

まるで、圧力がかかるかのような鋭い視線が二人に注がれる。

「あのシャクジンの始末は、我がつけた。」

そういうと、術で木霊たちの脳裏に映像を見せつける。

原子の粒まで粉々に砕かれたシャクジンは その意識さえ復活させることは不可能だろう。

無事に宙無の眠りにつけたかどうか。

目の前の龍神の神力の一端を見せられた木霊たちは、背筋が泡立つような思いで

声も出ない。不興をかった我々も 同じ道をたどるのだろうか。

どうやら、玉が去った後、狭間から戻ったシャクジンは森の結界を抜けようとして、周囲を

固めている押しかけ眷属達に捕まって、戻ってきた主の前に引き据えられたらしい。

千尋に触れた手を通して気を奪い、あろうことかその気に己の神力を混ぜて新たな産土石

(うぶすないし)注2を作り出し、伴侶にしようともくろんだシャクジンは、龍神の逆鱗にふれるのに充分

の行為をしたのだ。

木霊たちに気付かれないくらいの僅かな気とはいえ、ほおっておくと いずれは千尋本体

の元に戻ろうと、産土石自身が千尋に成りすますか、あるいは本体に取って代わろうと

千尋の油断を待つために 付きまとうことになっただろう。

勿論、こんなことは神の妻に対する禁忌の行為で、妖しが好むようなやり方なのだ。

結局、あのシャクジンは神というより、妖怪の、どちらかというと闇の眷属に

近いような存在だったらしい。

玉は主の怒りを買った不甲斐なさと、シャクジンの正体を見抜けなかった己に対する

自己嫌悪で、眉根を寄せて視線を床に据えたまま龍神の審判を待った。

「千尋は湯殿か?」

「はい。」

緊張した由良の返事が聞こえる。

「だから、関わるなと言ったのに。千尋ときたら、私が少し離れただけで 

もう目をつけられるのだから。」

苛立っているような、嘆くような、いやどちらかというと情けないように聞こえる声に

玉は思わず視線を龍神に戻した。

腕を組んで立ち どこか据わったような主の瞳は木霊たちではなく

ドアの方に向けられていた。

由良がごくりとつばを飲み込む。そうして、思い切ったように声をかけた。

「ちー様にお帰りをお知らせしてきます。」

主は、由良の言葉に首を振ると、視線をふと緩め

「いや、私も少し落ち着く時間が必要だな。」

そう言うと、徐に居間のソファーに腰をおろした。

玉は由良と顔を見合わせる。

深く息を吸い、勢いをつけて思い切って主に話し掛けようとした玉は 由良の言葉に

出鼻をくじかれた。

「あの、ですが ちー様がお帰りになったら直ぐに知らせて欲しいとおっしゃっていましたので、

お知らせするだけでも行ってまいります。」

そういうと、主の返事も待たずに居間を飛び出していった。

その姿を唖然と見送った玉は、視線を主に戻す。由良の行為に 以外にも 肩を竦めただけの

主に向かい 怖気づく思いを振り切るように 言いかけた言葉を発した。

「我らの不手際(ふてぎわ)です。申し訳ありませんでした。どのようなお咎(とが)めを

受けても仕方が無いと思っています。ですが、どうか これだけはお願いいたします。

ちー様のお守りには どうか我らよりも力のある、眷属の方々をお付けください。」

必死で言い募るうちに、涙を一筋流してしまった玉を見やると、龍神は眉根を寄せて

憮然としたように言い出した。

「煩(うるさ)い。千尋を守るのは私の役割だ。眷属などに頼れと言うのか。」

主の言葉に呆然とした玉は、それでも言葉をつなげる。

「で、ですが、せめて森の周囲にいらっしゃる眷属方にお任せすれば このような

不祥事を起こさずにすみました。ちー様に何かあってからでは遅いのです。どうか・・」

千尋への思いのあまり言葉に詰まった玉を煩わしげに見やった龍神は、分かりきった事だと

ばかりにのたまった。

「だめだ。あれらはよりによって私のためとはいえ、千尋を贄(にえ)にしようとしたのだぞ。注3

千尋より我に忠誠をつくすような輩(やから)に千尋を任せられるものか。」

そうして、由良の出て行ったドアに視線をやると、腕を組んで言葉を続けた。

「見ろ。由良は私の言う事よりも千尋の命(めい)を優先させている。お前だとて そうであろうが。

お前のように主(あるじ)に意見を言うくらいの気力(きのちから)がないやつらに、

千尋を任せる事などできるものか。」

思いもしなかった主の言葉に頭が真っ白になって固まっている玉を無視するかのように 龍神は

悠然と立ち上がり ドアに向かう。その姿を、目で追っていた玉は、廊下の気配に気付いた。

予想通り、見計らったかのようなタイミングでドアが開かれ 由良が息を弾ませながら報告した。

「ちー様にお知らせしてきました。すぐ、お上がりになるそうです。」

龍神は その言葉に頷くと、ふと振り返り玉を見やる。

「だが、ここから先は意見無用。私がどんな思いをしたか千尋に思い知らせてやらねば。」

そういうと、 湯殿の方へ歩き去って行った。

「?」

首をかしげて主を見送った由良は バタンと自然に閉まったドアの音に

視線を部屋に戻すと、今にも泣き出しそうな顔の玉に 仰天して駆け寄った。

「た、玉。お叱りを受けたの?」

由良の言葉に首を振ると 玉は目を瞑(つむ)り涙を押しやる。

「いいや。大丈夫。どうやら、僕たちは僕たちのままでよさそうだよ、由良。」

どこか嬉しそうな笑みをみせながら言った玉は 廊下の気配に耳を澄ませると顔を顰(しか)めた。

「あ〜ぁ。ちー様に思い知らせるって、何を思い知らせるとおっしゃる事やら。」

 

「ちょっと、はくぅ〜。私まだ髪も拭いていないんだったら。」

「煩(うるさ)い。私の留守に他の霊の手を取ったそなたが悪い。」

「えっ、だってあれは。」

「言い訳はしなくていいよ。わたしがどんな思いでいたかたっぷり思い知らせてあげるから。」

 

                    バタン

閨のドアが閉まる音とともに二人の気配が消え去った。どうやら、主は結界を張ったらしい。

「ど、どうしよう。ちー様がお叱りを受けてしまうのかな。」

同じく廊下の気配を探っていた由良が頓珍漢(とんちんかん)にうろたえてると、

肩をポンポンと叩く衝撃とともに いつもの冷静な玉の声が聞こえた。

「大丈夫だろ。基本的にちー様が嫌がる事はなさらないだろうから。」

そういうと、玉は由良を促して日常の仕事に取り掛かったのだった。

           ・・・・・・・・・・

玉の見通しが甘かった事に2人が気付くのは、この2日後のことである。

 

 

 

 

注1・神無月には標道は封鎖され、鎮守の森に霊霊が入り込む事は出来なくなります。

 

注2・シャクジンと産土石については、以下の閨での琥珀の説明を参考にしてください。

              ・・・・・・・・

「シャクジンはもともと、安産や夫婦和合の神だ。そなたが会ったのは、それが廃(すた)れ、

物の怪と化して 淫獣に近くなったもの。神人のそなたの気を使って、産土石を作り

だし、それと交わることで力を蘇らせようとしていたのだ。影であってもそなたを汚した

ことは事実。あやつには、罰を与えたが、そなたが無防備に過ぎた事も悪い。」

(そうかぁ?ホントにそう思うかぁ?ちーちゃんはどっちかというと被害者じゃんか。

やっぱ、リンさんに思いっきりどついてもらわんと。)

ということで、いわゆる民間信仰にある陽石と陰石(分からない人は調べてね)といわれる

石の神様のことでした。

 

注3・龍神恋歌序章を参照してください。

 

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