龍神シリーズ・小話集

 

13. 平凡

 

千尋はどちらかというとお客をもてなすのが好きだ。

なので、午後のお茶の時間は、新しく眷属になった

精霊たちや、琥珀主の臣下神の使いにきた使者たちなどを

招待して、森のあちらこちらに建てられた東屋や花畑や

館のホールなどで賑やかに過ごすことが多い。

紅茶とケーキやスコーンにサンドイッチといった英国式の

ティータイムや、野点や立礼でお抹茶をいただく茶会を開いたり、

時にはシンプルに日本茶に和菓子なんて組み合わせもある。

お茶の時間といってもその時々で、いろいろなバリエーションを

楽しめるし、また、影に日向に仕えてくれる眷属たちや、

偉い神様の御使いに来た下っ端の精霊たちの慰労や懇親を

兼ねていて、千尋が一日のうちでも大切にしている時間なのだ。

余談だが、このお茶に招かれることは一部の者たちにとって

一種のステータスにもなっているほどである。

しかし、今日は珍しく千尋は夫と二人だけで館の居間で

静かにお茶の時間を過ごしている。

窓の外には真夏の日差しが差し込めていて一見すると

自然そのままのような庭が広がっている。

所々にある水の流れやベンチや東屋さえも

まるで自然に生えているような、元からそこに存在したかの

ような配置になっていて、決してめだつことはなく、しかし

必要な時にはそこにあったことに気が付くように建てられている。

なので、まるで庭ではなく森の一部であるかのような錯覚に陥るが

そこにあるのは千尋が特に好んでいる花々や木々が中心で

野山をそっくり切り取ったかのようにみせながらも

計算された様式美といったものも漂わせているのだ。

まさに、神の庭といって相応しいものなのであるが

これ一つ見てもこの家の女主人のセンスと、それを

すべて実現させてしまうこの森の主人の、妻に対する

思い入れがわかろうというものだ。

それはさておき、なぜ、今日は2人だけのティータイムと

なっているかというと、まあ森の主のわがままゆえとだけ言っておこう。

もっとも森の奥にある東屋では、千尋が由良たちに

託したお菓子で英国式のティーパーティーが開かれてはいる。

お茶をというより、千尋にあいに来ることを楽しみにしていた

ものたちには、少し気の毒ではあったが。

そんな夫のわがままにも、どこか楽しげに付き合う千尋は、手早く

二人分のお茶の準備をする。三段重ねのお皿の上に

所狭しと乗せたケーキにクッキー、スコーンにサンドイッチといった

定番に、薫り高いフレーバーティーを黄金ルールをきちんと守って

入れる。最初の一杯はストレートだけど、2杯目には

入れるミルクもたっぷり用意して。

他人の目の煩わしさに妨げられることなく、

二人で楽しむ午後のお茶。

こそばゆいような、ほっとするような、まったりとした

時間を過ごしながら、千尋はふと目の前にいる男性に見とれた。

「どうしたの?ぼんやりして。」

夫の言葉に我に返ると目を瞬かせて反射的に答える。

「ん、はくって綺麗ね。」

「え?」

「ほら、カップを持っている指、とても綺麗。それにお茶の

いただき方も、動きがとても優美で見とれていたの。」

千尋の言葉にくすっと笑うと琥珀主はカップを置く。

その動きも流れるようで、千尋はうっとりと見つめる。

と、そのままのびてきた右手が、そっと顎を持ち上げたかとおもうと

テーブル越しに口付けを受けていたのだ。

はっと我に返った千尋は赤面しながらも何気ないふりをする。

ここで、へたな反応をするとすぐにティータイムが

終わってしまうかもしれないのだ。

会心の作のお菓子も食べて欲しいし。

「は、はく、お茶のお代わりは?」

「そなたのほうが美しいよ。」

「え?」

「そなたがお茶を入れる姿はとても雅(みやび)だ。」

「そ、そっかなあ。河西先生についてお稽古したのは

ほんの5年足らずだったし、年ばかり重ねても、とてもとても

先生には及ばないし、雅っていうのは先生みたいな方を

言うのだと思うけど。って、第一今日は紅茶だよ。」

「ふふ、そなたの悪い癖だね。目標があるのはいいことだけれど

自分を過小評価しすぎていると思うな。今のそなたは、

茶を点てる時だけではなく、すべての挙措(きょそ)が雅やかだよ。」

「・・・」

赤面して言葉に詰まってしまった千尋を愛しくて

たまらないというかのように見つめると、森の主はもう一度

優雅にカップを持ち上げて口をつける。

千尋も慌てて、何事もなかったかのようにポット

を持ち上げると、お茶のおかわりを注いだ。

「はく、ミルク入れる?アールグレイだから

ミルクティーのほうが美味しいかも。」

「うん。ありがとう。」

二人の間に甘やかな空気が流れる。

と、その空気が熱を帯びる前に、千尋が

今、思いついたかのように話しはじめた。

「そういえば、はく、今日サーガ様から竜宮に

バカンスにいらっしゃいって お便りがきたよ。」

千尋はいすから立ち上がると、部屋の隅のライティングテーブル

から小さくて細長い小箱を持ってきた。

美しい細工が施され、どこか真珠にも似た光沢を放つ灰白色の

文箱は、どうやら竜宮より届けられたものらしい。

千尋の言葉に顔を顰めた琥珀主は、千尋の手元にある

文箱にちらりと目をやった。この文箱は、神々が親展の

意でよく使うもので、名あて人以外のものが開封して

も読めない仕掛けになっている。その仕掛けは

神によって異なるが、竜一族はあて先人以外のものが

開封したとたん、中身が水と化してしまうように

仕掛けるのが一般的である。ということは、

この文箱は間違えなく千尋宛にきたのだろう。どうやら

琥珀主がなんだかんだと竜宮に顔をださないのに業を煮やした

王妃が千尋を抱き込もうと直に便りをだしたものらしい。

いつの間に、と苦々しい気がしないでもないが、

千尋を比売神として正式に立ててからは、このような

正式な使いを琥珀主の独断で無げにはできなくなっている。

もちろん、千尋に接触を求めてくる相手は千尋付きの女官たちに

厳選させてはいるが 竜宮やら、上位神やら、リンやらという、

千尋と特に係わり合いが深い神々の使いに対しては、

千尋の望みもあって一切口出しできないのだ。

「秋津島は暑い盛りだから、涼みにいらっしゃいって。」

瞳をきらきらさせて見つめてくる千尋に否やを言える

はずもなく、小さなため息を落としながら、まさに正しい判断をした

王妃にしてやられている琥珀主なのであった。

「千尋は行きたい?」

「とても、ご無沙汰してしまっているもの。はくさえよければ

王妃様のご機嫌伺いに行きたいな。」

「では、返事を出さなければね。このお文の使いはまだ森に?」

「うん。由良ちゃんに頼んで、おもてなしをしているところ。

今ごろ御園の東屋でお茶会をしているはずよ。」

「では、私のほうからお返事をさし上げよう。

そなたもなにか伝言がある?」

「そうね、お会いできるのを楽しみに

していますってお伝えしてね。」

千尋の言葉に頷くと、琥珀主は徐に席を立つ。

「はく?」

驚いている千尋の手からカップを奪うと固まっている

千尋が我にかえる隙を与える前にそのまま抱き上げてしまった。

「は、はく?」

「お使いが竜宮に戻る前に返事を託すならば時間がないだろう。」

にっこりと笑いながらの返事は、よく考えれば

突然の行動の言い訳にはなっていない。

「じ、時間がないのに、どうして寝室に行くの?」

「そなたが悪い。」

「え?」

「あのような目で見て私を煽っていたくせに。」

自然に開いたドアをくぐると、夏の白い光に満ちた寝室で。

「〜〜ちがうよぉ!!そんなことしていないもん。」

こんなに明るいのに、恥ずかしいよ。

自然に閉まったドアの音を聞きながら

千尋は、往生際悪く じたばたしていたが、

耳元でのはくの言葉に動きを止めた。

「いや?」

「・・・・・いやって言えばやめてくれるの?」

ほんの少し甘えた声に、琥珀主の笑みが深まる。

「ほんとにいやならね。」

いやではないだろう?耳元での低い艶めいた声に

真っ赤になった千尋の頬に唇を落すと、そのまま

寝台にそっと横たわらせる。そうして、くすっと笑いながら

「誉めて欲しいな。ちゃんと、寝室までつれてきただろう?」

あのまま、居間でしてもよかったのに。

そういうと、千尋の抵抗を却下して、溢れんばかりの

熱い想いを注いでいったのだった。

 

 

「御使者様、お茶のお代わりはいかがですか?」

「いえ、もうけっこうです。それより、

そろそろお暇(いとま)をしたいのですが。」

言いながら立とうと腰を浮かした竜宮の使者を見て、

木霊たちは顔を見合す。

「たぶん、主様からお文へのお返事があると思います。

それまでお待ちいただくようにいいつかっておりますが。」

玉の言葉に使者はもう一度腰をおろす。

「お暇(ひま)がかかりましょうか?」

心配げに言う使者に、玉は断言する。

「はい。明るいうちには無理だと思いますので

今宵はこの森にお留まりになるおつもりで

いらっしゃった方が良いと思います。

お部屋の用意は出来ておりますが、もうしわけありませんが

今しばらく、この東屋にいらしていただけると助かります。」

「殿下、いえ琥珀様におかれましては、お忙しいのでしょうか。」

そんな使者に首を振ると、

「昨日まで、祭事が重なって少しお忙しい日々でしたが

今日からはそれほどでもないはずです。ただ、」

言葉の途中で話をやめた木霊を訝しげに見ている使者に

ため息をつきながら続きを話す。

「ただ、姫君とお二人でごゆっくりなさるのも

このところなかったことですから、お邪魔にならないように

してさしあげないと。お二人の時間を邪魔するなど

野暮で命知らずの行為ですから。」

千尋抜きでお茶会をすることになったということは

主の意図は明白で。すでに、半世紀がすぎて1世紀近くに

なろうとしている、主席眷属としての経験からくる判断に

狂いはないということであろう。

結局、竜宮の使者が返事を託されたのは次の日の

朝で、この森の女主人にはとうとう最後まであえなかったとか。

 

秋津島と崑崙を巻き込む大騒動の起きるホンの少し前。

これは、まだ平和な日常にあったある平凡な一日の話である。

 

 

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ちょっと説明的なお話だったかも。

一応いちゃいちゃはさせたぞ。

なお、お題058には同じものをのせてあります。

お題部屋にアップすればよかったのに、最後の文がちょっと余計でした。

話が続いていくよう匂わせている以上、第3部として扱わざるをえないというか。

違う題をつければよかった?ああ、そういう手もあったか。

まあ、同じ題で違う話が浮かんだらお題部屋にアップするということにしておいて。