竜神シリーズ第3部第3章小話集

18・神隠し

 

聞きなれた女神の怒鳴り声が、森の主の館に響き渡る。

表の宮に通じる回廊を守る役目をいただいている関守たちは

それでも、必死で止めているのであろう。

「だからな、お前達じゃあ、わからないだろうから、

玉か由良を呼んで来てくれ。」

その様子をこっそり覗いていたこの宮に仕える

主席眷属の木霊は、諦めたように客の応対にでた。

「どうぞ、こちらへお越しくださいませ、リン様。」

門番たちに目配せをすると、この宮の主夫妻の

一番親しい友人を、客間に案内していった。

玉の顔を見た瞬間から、一言も二言も言いたげであった

稲荷神一族の女神は部屋のドアが閉まったとたん、

低い声で詰め寄る。

「どうなっているのか、今日こそ説明してもらうぞ。」

 

千尋と忌々しい龍神に会えなくなってからどのくらいだろうか。

始まりは新年の挨拶だった。毎年、正月はどこの神も忙しい。

それは、リンも例外ではなく新波家の一年の計を図るため

家人とともに新年の行事に精を出す。なので、例年その忙しさが

ひと段落してから、森に来るなり、千尋に来させるなりして、

互いに新年を祝っていたのだ。

 

『女正月だぜ!』

あんたは邪魔邪魔。

正月から行事とあんたの相手で

疲れているせんを休ませろっつうの!

 

といいながらあの龍神を、新年最初に千尋から

引っぺがしてやるのが、毎年のお楽しみだったのだ。

誘いの文にこの100年で初めて千尋から断りの返事が

来たのが三月ほど前で、それ以降何度文を出しても、

今度は眷属の代筆での返事しかもらえず、

しかもその内容もそっけないもので。

 

御文をお預かりいたしました。

主はただいま所用でお返事ができません。

あらためて、こちらから御文を差し上げるまで

連絡ご不要に願います。

 

いわゆる着信拒否である。

あの龍神の仕業かと思い、直接やつにも渡りをつけようとしたが

今度は遊佐から同じような返事がくるだけだったのだ。

で、切れたリンがとうとう乗り込んできたというわけである。

 

「よくここまでこられましたね。」

開口一番に、心底感心したような玉にフンと顔を聳や(そびや)かす。

「新しい眷族だかなんだか知らんが、

やんちゃボーズの竜が通してくれたぜ。」

「ああ、ヤ・シャ殿です。彼はリン様とは

お気が合うかもしれませんね。」

「で、なにがどうなってるんだ?」

一刻も早く本題に入ろうと、せかすリンの顔を見ながら

玉は微笑む。

「リン様が、以前からたきつけておられたことに

いよいよ取り掛かられたのです。」

一瞬わけが分からないという顔をしたリンは

玉の笑みを見ながら徐々に悟る。

「・・・・でも、なんで会えないんだ?」

手紙の返事くらい書けるだろ?

呆然としながらもリンはそれでも納得いかない

ことを追求する。玉は申し訳なさそうに頭を下げた。

「お二方とも泉の龍穴に篭られておられるのです。

こちらからの連絡は一切できません。」

「・・・・篭るって何のために?」

「ちー様が眠られているのを見守っておいでなのです。」

「眠っている?」

 

千尋の想いを代弁するつもりで以前一度だけ直接に問うたことがある。

子が欲しくないのか、と。

『・・・このままの体では、竜の子を宿すにはいたいけすぎよう。

子を宿すに足る身体にまで成長させるには竜穴での禊が必要なのだ。』

珍しく直接に返事を返した龍神は、『してやればいいじゃんか。』

と気軽に返した自分に対し、どこか苦しそうな顔で

たしか痛みが伴うとか言っていたはず。

ゆえに、ためらっているのだ、と。

 

なるほどね。だから、眠らせた、か。

 

神はその力によって体を変化させることができる。

むろん本質というか本体そのものは変えることはできないが、

転変しうるくらいの力を有する神は力の質に応じて

作為的に様々な肢体をとることが可能なのだ。

しかし、千尋は、というより千尋の体は人間である。

夫たる龍神が与えた様々な守りと上つ神々から得た守護、

そうして、神の妻であることで与えられた理(つまり神人であること)により

人たる脆弱なはずの体は、老いからも病からも遠ざけられ、

ある意味神よりも不死身であり、

夫である龍神が死ぬまで天壌無窮の存在となった。

しかしそれは、自然に反することでもあって。

老いることにない体は別の意味では成長していかない

ということ。完全に大人になりきらないまま時をとめた

千尋の体は、古来より人間たちに力と神秘の象徴として

敬われ恐れられていた竜の子を宿すことができないのだ。

いや、宿すことはできたとしても・・・

 

神を産む。

神代より、神であっても新たな神を誕生させるとき

命を落とし宙無の眠りにつく女神のなんと多いことか。

それは、力のある神であるほどそうで。

秋津島の最初の夫婦神である

伊邪那美神(いざなみのかみ)も

火の神たる迦具土神(かぐつちのかみ)を

産んだとき命を落としているのだ。

神とて不死身ではない。

どのような守りを得ていたとしても

なにが起こるかわからないのが出産というもの。

新しい未知なる力を宿した神を誕生させるのだから、

対処のしようがないというのが真実であろう。

そう、神は、子を望めばすぐにできる。

その覚悟があるのならば・・・

 

いわんや、神人である千尋は。

せめて、大人の女の体に。

100年時を止めていた体を成長させ、

そうして、龍穴の力を体に注ぎ込む。

命を代償とすることなく子を産むことができるように。

 

「それで?」

「3年ほど篭られる、と。」

「3年、ね。」

「はい。」

稲荷女神はふと遠い目をした。

10歳のときに4日間だけともに過ごした小さな子供。

次に会ったのは、花嫁となったばかりの16歳の時で。

ずっと、慣れ親しんでいたその姿とは、もう2度と会えないのだ。

3年後、再び出会うときはどのように変わっているのだろうか。

ふと我に返ったリンは目の前の木霊を見る。

「結界が解けたら即行、連絡くれよな。」

「はい。ですが、私などより、ちー様ご自身が

連絡をさしあげると思いますよ。」

気にしておられましたから。

「どうだかなあ。今回のこと、知らせてもくれないんだもんなあ。」

微笑む玉にぼやいて見せると、

「上位神方以外で知られたのはリン様が初めてです。

くれぐれも御内密に。主が龍穴に篭られたなど

知られたら、いろいろと騒ぎが起きますから。」

分かっているというように頷いた女神は、ふと

にかっとその本領たる笑みをみせる。

「まあ、案ずるより産むが易しってな。」

どんな子が産まれるか楽しみだな〜。

3年も会えないのは寂しいけど、我慢してやるか。

 

そういうと、強力な武神に守られた厳戒態勢の標の森を

突破してのけた稲荷女神は、どこか浮かれた表情で

自身の社に帰っていったのだった。

 

おしまい

 

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新しく章立ててスタート・・・

眠っているちーちゃんを見ながらどこまで我慢が続くのだろうか。(←何の?)(笑)