龍神シリーズ第3部3章幸福論

その22、遠い予感

 

「これは、お久しぶりでございますね、殿下。

ご無事のご生還なによりでございます。」

表の宮の執務室で、遊佐とともに雑多な書類仕事をこなしていた

ゲイ・リーは、立ち上がると同時ににっこりと笑ってみせた。

唐突に執務室に現れたこの森の主は、妻とともに龍穴に

篭ってより、実に1年と数ヶ月振りに自身の宮にその姿を現したのだ。

東の竜宮よりこの森に来て慣れる間もなく、

秋津島の主神(ぬしがみ)としての必要な様々な用務を

総てを押し付けられてしまったのだから、

いやみの一つも言いたくなるのはしかたがないだろう。

「そなたのいやみもいっそう磨かれたようだな。」

「はい、おかげさまで。殿下のお留守を咎める上つ神々の

お相手だけでなく、油屋の魔女殿と渡り合わなければ

ならなかったものですから、秋津島の慇懃な言葉の使い方は

すべてマスターさせていただきました。」

「それは重畳。」

琥珀主はゲイ・リーのいやみを軽くいなすと肩を竦める。

そうして、視線を右隣にそらすと、

きっちりと礼を取って頭を下げたままの遊佐に問うた。

「ツェンからつなぎがあったとか。」

「はい。ここに御文がございます。書院の間にお持ちいたしますか?」

「いや、ここでよい。」

「では、椅子をお持ちいたしましょう。」

琥珀主は遊佐が用意した椅子に腰掛けると渡された文に目を通す。

久しぶりの主の訪れに嬉しさを隠しきれない眷属たちが

さりげなく廊下に集っていて、そんな気配を感じながら

遊佐は傍らの卓に用意された茶器で素早く茶を入れると

コトリと主の側においた。

琥珀主はコツコツと机を弾いていた指を止めると、顔を上げる。

「遊佐。」

「はい。」

「これらの新参者(しんざんもの)どもは役にたっているか?」

「はい?はい、もちろんでございます。」

普段、主に似て超然としているはずの補佐役も

久しぶりの主との対面に気持ちが上ずったのだろうか、

珍しく饒舌に続ける。

「ゲイ・リー殿の実務能力は私以上でございますし、

カァ・ウェン殿のくださる情報にはいつも助けられております。」

「・・・あやつは相変わらず、諜報活動の真似事をしているのか?」

「実益を兼ねた本人の趣味ですから。ここに来てより、すでに

それなりの組織を立ち上げたようでございますよ。」

琥珀主の呆れたような問いにゲイ・リーが答える。

「・・・今、何処へ?」

「狭間の向こうの銭婆殿の元に赴いているはずですが。」

ゲイ・リーとの会話が終わるのを

待ちきれないというように遊佐が口を挟んだ。

「方々だけではなくツェン・ツィ殿には主様に変わって

外交全般を受け持っていただいておりますし、

ヤ・シャ殿とシンで森と標道に鉄壁の守りを施しております。」

拳を固めて力説する遊佐にゲイ・リーは辟易とした

表情を隠そうともせず、揶揄する。

「遊佐殿、我らを持ち上げてくださるのはよいが

殿下のサボりを正当化することになっては困るのでは?」

「いいえ、主様には千尋姫様をお守りするという

大切なお役目があるではありませんか。

後顧の憂いを無くすのは眷族としての当然の勤めです。」

「そうは言っても、森の主としてのお役目も・・・」

「ですが・・・」

河の主だったときから仕えている水妖の一族と

生誕地である崑崙からはるばるついて来た竜との

言い争いを完璧に無視すると琥珀主は立ち上がる。

些細な動きであっても圧倒的な存在感を有する主に

眷属たちは思わず口を噤んだ。

「ツェンに警戒を怠るなと伝えよ。今しばし

翁殿の許について、監視を続けよと。

おそらく大事無いとは思うが。」

そう言うと、琥珀主は文を机に投げ出す。

「異国からの流入がこれ以上続くのならば

ツェンを東の竜宮に遣わして陛下のお考えをお聞きせよ。

いずれにしても、我のお役目はこの森と標道を守ること。

それ以上のことは身の丈を外れることであろう。」

「上つ神々のお考えは異なるようですが?」

ゲイ・リーの呟きに肩を竦めると琥珀主は背中を向ける。

「あ、あの主様。」

「姫君のご様子はいかがでしょうか。」

おずおずとした遊佐の問いかけに森の主は扉に手をかけたまま

振り返るとふっと笑み、一言だけ残すと執務室を後にした。

廊下で、主を待ち構えていた木霊たちの声を聞きながら

遊佐の焦ったような問いにゲイ・リーは肩を竦めた。

「姫君のご容態はそれほどお悪いのでしょうか?」

「ならば、平然とお側を離れるわけないでしょう。」

「ですが、目が離せぬ、というのは・・・」

「・・・そのままの意味だと思いますよ。」

「?」

「要はご自分が姫君から目を離したくないゆえに

後はよきに計らえということでしょう。」

つまらぬことで呼び出すな、という意だと。

ほんとに、わがままに育ってしまって困ったものですね。

龍穴の結界で守られている姫君に

付きっきりでいる必要などないのに、まったくもう・・・

しばらくぶつぶつ呟くと、気を取り直したように

ゲイ・リーは遊佐を振り返る。

「さあ、我らは今日の仕事を済ませてしまいましょう。

あのわがまま殿下のことは姫君がお目覚めになった暁に、

思いっきりこき使ってさしあげましょうね。」

もっとも、上つ神々も同じことをお思いでしょうが。

そういうと、数年後のその時に思いをはせるように

にっと笑みを浮かべて見せたのだった。

 

おしまい

 

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えっとですねえ。かなり前ですが

拍手小話17を公開したとき、

龍神様は千尋と一緒にいて、

お仕事をしていないんですか、

というコメントが来ていまして。

それに対するお返事代わりに

こんなものを書いてしまいました。

はい、お仕事みんなに押し付けています。

が、一応緊急連絡はつくらしいですね。

 

それと、まだあんまり出番がない武闘神たちの

特徴を分かりやすく?書いてみたりして。

あ〜なんだな。

武神といってもその役目はいろいろなんです。

そうだ、分かりやすいたとえで言うと

ツェン・ツィはビュコック提督とオーベルシュタインで

ゲイ・リーはキャゼルヌ先輩とシェーンコップで

カァ・ウェンは、ん〜ケスラー提督とムライ中将で

ヤ・シャはアッテンボロー提督とビッテンフェルト?

(って、帝国軍と同盟軍混ざってるし、つか、全然わかりやすくないし)

・・・銀河英雄伝説を知らない方には

わけわからないこと書いてすみませ・・・

こほん

気を取り直して

要するに

ツェン・ツィは総参謀長タイプで

ゲイ・リーは後方勤務本部長、兼 要塞防御司令官で

カァ・ウェンは憲兵総監かつ情報本部総司令ってここで

ヤ・シャは実動部隊総司令官、かな?

って、ますますわけわかんないか。

まあ、要するに平和ボケした秋津島には

その能力も宝の持ち腐れってやつです。