龍神シリーズ・小話集

5・神様のお仕事

 

う〜、まったく見ているといらいらする。

あれが、新しい主かと思うと情けないぜ。

 

「ちぇっ。やっぱ失敗したか。」

「だから言っただろう。無駄なことはおやめなって。」

銭婆は、地団太をふんで悔しがっている新参の神を

やれやれといった顔で見やった。

「だってさあ、あれだけの逸材をほっておけないだろ。

やっぱちびのうちからつば付けとかないと

だれに掻っ攫われるかしれたもんじゃないぜ。」

「だからといって、狭間のこちらまで呼び寄せなくても

方法などいくらでもありそうなもんだがねぇ。」

新参の神は銭婆の言葉に肩を竦めると、

「偶然を装って出会わせるって手もないことは

ないんだけどさ。それには、まだ早すぎるし、おまけに

今度の屋敷の主人は甲斐性がなくって、いつまで

あの家屋敷を維持できるやら あてにならないんだよ。

まあ、だから 次代のために屋敷守の俺が

奔走(ほんそう)しなくちゃならないんだけどよ。」

「まあ、ご苦労な事だね。けど、ハク龍が森の主になっている間は

狭間のこちらに迷い込ませるっていう手は使えないもの

と思っていたほうがいい。龍穴の気が溢れすぎて、人間が

迷い込むと、まるで竜宮に行ったような目にあうというよ。

下手すると、首尾よく連れ込んだはいいけれど、

出て行くときには爺さんになっていないとも限らない。」

 

もともと、霊霊には影響が及ばないようにできているため

つい失念しがちなのだが、人間にとっては

狭間の向こうとこちらの時間のアバウトさはそのまま

直に作用するのだ。その範囲がトンネルだけではなく

森全体に広がっているのは、森の主の恣意的な

ものなのであろう。いくら、人間に開発などの勝手な

行動を許さないためとはいえ、やりすぎの感もない

わけではないが、このくらいの強い神力がなければ、

聖地であっても 人間のパワーに呑まれてしまうのは

以前の森の主の例を見るように 実証済みのこと

ではあるのだ。

 

新参の神は、眉間に指をあて、考える。

所詮(しょせん)、人間の屋敷守にすぎない己は

神格上位の龍神の力にかなうわけがない。

だから、やつが留守の隙を狙ったんだが。

 

「どうすっかな。」

思わずもらした弱音に 銭婆が笑いを含ませながら返事をする。

「あんたには、いいコネがあるだろう?」

とたんに顔をあげると、眉間のしわもそのままに、

「それは、最後の手段にしとく。いくらなんでも、

せんに頼るのは情けないじゃん。それに、ハクの野郎に

借りを作るのなんてまっぴらだね。」

銭婆は、そう言い切る神に対して、にやっとしながら

「あんたも、わかってないね。ハク龍の一番の

弱点を押さえてやれば、借りを作るどころか

思うように操れるってもんじゃないか。それが、

できるのは、上位神以外ではあんたくらいのもんさね。」

ハク龍の憮然とした顔を見てやりたいねぇ・・・

どう考えても面白がっているとしか思えない

銭婆に、新参の神がとんでもないとばかりに

ぶんぶん首を振って答えると 銭婆は、

少し目を細め 静かに座りなおした。

そうして、声をあらためて 真面目に助言を与える。

「あんたが一番に考える事を間違えないようにおし。

新しい屋敷の主は どう見ても身代を潰しそうなんだろ。

おまけに次の後継ぎは まだ、赤子で しかも女。

あんたが、望みをかけている次代のその子に添わせる

相手には、わたしの目から見ても 確かにあの信也と

いう子どもは最適さね。だとしたら、なりふり構わず

手にいれることだね。狭間のこちらに取り込めない以上、

その原因になっている 龍神夫婦に責任を取らせるのが

一番利口なやりかただよ。」

人間の屋敷守の神は しばらくむっつりと黙り込んだあと、

「せんは、強引に結びつけるやり方をどう思うかな。」

呟くように言った。

それを聞くと、銭婆は呆れたようにため息をつき、

「なんだい、結局はそれかい。千尋もあの龍と添って、

もう20年以上になるんだよ。いつまでも、子どもじゃない

んだ。そんな、青臭い綺麗事を言うとは思えないけどね。」

そういうと、徐(おもむろ)に お茶を入れなおしに立っていった。

 

新参の神は銭婆の後ろ姿を見るともなしに

見遣りながら ため息をつく。

 

そうはいうけどさ。この前あったときも いまだ新婚の

バカップルそのものだったし、あれだけ龍神に守られ

ていれば 俺がやっている 裏工作やら、作意やらが

汚い事に見えても仕方がないと思うんだよね。

確かに銭婆の言う事にも一理あることは

わかっているんだけどさ。

あ〜あ、せんの前では格好つけたいっつうのは、

俺もまだまだ甘ちゃんだっていうことかな。

 

「どうすっかな〜。」

人間の屋敷守として社(やしろ)に祭られ、神となって

まだ、十数年の若い稲荷女神は 情けない2代目

当主の姿を思い浮かべると、もう一度ため息をつく。

そうして、ついこの間生まれたばかりの次期当主

の放つ輝きを見たときの驚きと喜びを思い出した。

早いとこ あの子を当主として立たせてやりたい。

さもないと、『売家(うりいえ)と 唐様(からよう)で書く三代目』

どころか 二代目でつぶれちまう。そんなことは、屋敷守

の沽券に関わる事態だし、なにより せっかく得た

俺自身の社がどうなることか。社を失い、荒れ荒(すさ)

んだ 神の末路は さんざん聞かされているのだ。

 

女神は、意志の強そうな唇をキュッとかみ締める。

もっと力が欲しい。そのためにも、信也をこちらに取り込んで、

屋敷守に選ばれた神子(みこ)にしてしまい、それから

あの子の伴侶として与えたかったのだが。

 

信也の人格など徹底的に無視をした神の意思。

もと人間の神人は そんな思念に無意識に反発したのだろうか。

せんによって、その計画は結局 失敗してしまったのだ。

屋敷守の女神は 顔を顰める。そうして、

さっきの銭婆の言葉について考えた。

 

・・・なりふり構わず、か。

たしか『ハク様』の行動を評して 俺自身がせんに言った言葉だ。

 

『まさに、なりふり構わぬ愛ってやつだな。』

 

あのときの龍神の強い意志を秘めた表情と

己の呆れた声音まで蘇ってくる。

 

・・・そうだな。一番に考えなくてはならないこと。

一番守らなくてはならないこと。

それを間違えては 本末転倒だな。

格好つけている場合ではないって。

・・・俺も『ハク様』を見習うとするか。

 

「どうやら、ふっきれたようだね。」

稲荷女神は 新しく入れなおしたお茶をカップに注いで

いる銭婆に、軽く会釈をすると にやっと笑う。

「せんを計画に巻き込んでし切り直してみる。

人間の女が結婚できるのは16からだと

いうから、時間はたっぷりあるんだ。

信也を、あの子と出会わせて恋に落ちるようにしむけ

てから、取り込んでやっても遅くないし、そのほうが

せんも納得できるかもしれない。

まあ、俺の実情を話せばせんが協力してくれない

わけがないさ。せんの協力さえ取り付けちまえば

こっちのもんだから、当主が暴走して身代を潰しちま

わないよう抑えるのに、『ハク様』の力を

利用できれば、案外 簡単にことは運ぶかもな。」

生き生きと勝手な計画を話している女神に 銭婆は

魔女らしい意地悪さで 先ほどとは反対に 水を差してくる。

「そう うまくことが運ぶかねぇ。相手はハク龍だよ。

それにあの信也とやらは寺の跡取り息子らしいじゃないか。」

そんな銭婆にむかって、ウィンクをしながら

「まあ、見てなって。開き直ったリン様の底力を見せてやるよ。

それに、愛の前では神も仏もないっつうもんさ。」

 

・・・どうやら信也とやらの行く末も決まったようなもんだね。

銭婆は、手を振りながら足取り軽く去って行く

リンの後姿を見送りながら にっと笑む。

 

さてさて、面白いもんだね。

人間が運命とやら言っている人生の道筋が

こうして決まっていくのだから。

もしかしたら、案外 神の運命も天上界とやらで

こうして決まっているのかもしれないねぇ。

 

銭婆は、ふと鎮守の森の主を思い浮かべる。

 

東の竜王の秘蔵っ子。

龍玉石にいるうちから、竜宮に預けられ

何れは、竜王ともなろうかという力を秘めた龍。

竜宮の思惑通りに行けば、あのハク龍は

どう考えても、竜王の皇女と添うのが

当たり前の運命であったものを。

定められた運命を自らの意思の元に

捻じ曲げてしまうほどの強い思念。

本当に、面白いものだ。

まったくねぇ。

神の思惑(おもわく)通りに行かないのが

じんせい(人生・神生)の醍醐味というものだね。

 

「まあ、がんばってみることだね、リン。

結局、意志の強いほうが勝つんだから。」

銭婆はそう言うと、沼の底にある家のドアを

静かに閉じたのだった。

 

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リンさ〜ん。お久しぶり〜。

なわりには、設定が唐突すぎ?一応、ほら屋敷守として神籍に

入ったって、2部の2章3でふれていたし、小さな神様には

それなりの大変さがあるっていうことで、お仕事をしていただきました。

(なぜ、銭婆のところで?それは、銭婆が神様の相談役もしているから。)

(はい、これまた唐突な設定です。)

それはそれとして、信也君、君の将来のお嫁さんは、

もう決まっているらしいよ。

リンさんのお見立てだから、だ、大丈夫。きっと、幸せに

なれるよ。(たぶん)。ちひろも、どうやら絡んでくるらしいし、

もしかしたら、またちひろに会えるかもしれないよ。

ということで、許してくれ〜。

友林はリンさんに逆らえないいだよ〜。