龍神シリーズ・小話集

 

6、    ある夜の話

 

ふと目が覚めたのは、窓を覆うカーテンの隙間から

漏れる月の光のせいかもしれない。

千尋は考えるともなしに、ぼんやりと

細い光の糸をながめていた。

背中には、つい先ほどまで 互いに溺れ

愛を交し合った夫の温もりがぴたりと寄り 

添っていて まるで千尋が離れる事を

恐れているかのように抱きしめられている。

胸の前に回されている腕の温もりと重みは

そのまま、はくの気持ちを示しているようで

千尋は小さく身じろぎして 

そっとその腕に頬をよせた。

「千尋、眠れないの?」

と、密やかな声が耳のすぐ後ろから聞こえた。

「ごめんなさい。起こしてしまった?なんとなく

目が覚めてしまって。わたしお水を飲んでくるね。」

慌てて身を起こそうとする千尋は

、でも起きあがることはできなかった。

「はくぅ。」

困ったような声に 胸に回された腕にますます力が入る。

「水ならわたしが飲ませてあげよう。」

そういうと、琥珀主は千尋を腕に抱きこんだまま

器用に身を起こし 傍らの水差しから

直接水を含むと そのまま千尋に口付けてきた。

「あ・・・」

口唇に注ぎ込まれる水の冷たさが、

つと唇のはしから飛び出し のどを伝わっていく。

名残を惜しんで離された唇に、

思わず照れ隠しの文句が出てしまった。

「もう、ますます目がさめちゃった。

お水じゃだめみたい。なにか暖かいもの 飲みたいな。」

そんな千尋に苦笑すると、琥珀主はベットから足を下ろし、

千尋を抱えあげたまま立ち上がる。

「はくまで、眠れなくなっちゃうよ。」

慌てたような言葉とは裏腹に、体を預けきってくる千尋に 

琥珀主は静かに微笑むと 望みどおりにキッチンに連れて行った。

 

大きな窓から差し込んでくる月光に 見入りながら 

千尋は夫がいれてくれたホットミルクをゆっくり飲んだ。

傍らの夫はそんな妻の髪に指をからませ、

柔らかい感触を楽しんでいる。

そんな琥珀の行動と、明るすぎる月の光が、

千尋をそわそわと落ち着かせてくれない。

ミルクが空になって、体が温まったというのに 

眠気はちっともやってこないのだ。

それでも 髪を梳く琥珀主の指の感触が、

まるで催眠をかけるかのように同じリズムを

取っているうちに 少しずつ 

体が弛緩して 緊張が解けてきて。

「はく、わたしの髪 ねこっけだから絡みやすいでしょ。

あんまりいじると明日ぐしゃぐしゃになって、とかすの大変になっちゃう。」

「大丈夫だよ。私が梳(す)いてあげるから。」

さり気なく言われた言葉を千尋以外の者が聞いたら、

あまりの照れくささに のた打ち回ったかもしれない。

しかし、ここは二人だけの世界で。

「じゃあ、はくの髪の毛はわたしが梳(と)かしてあげるね。」

そう言うと、千尋は夫に向き直り 

その頬に乱れかかっている長くまっすぐな髪を

そっとかきあげ、耳にかけてやる。

「わたし、はくの髪の毛 大好き。さらさらして 

ちょっとひんやりして さわり心地がいいの。」

「さわり心地がいいのは そなたの髪だ。

柔らかくてひんやりしていて、いつまでもふれていたくなる。」

向かい合って互いの髪に手を添えながら 微笑みあう。

千尋はそのまま、夫の胸に頭を寄せ、

そっと耳を押し当てる。力強く脈打つ鼓動を

聞くうちに夢心地になってきて。

髪をなでる手の感触が心地いい。

「なんだか、眠くなっちゃった。

また、ベットまで連れて行ってくれる?」

そんな千尋に、声を立てずに笑うと、

琥珀主はそっと頭上に唇をよせる。

「そなたの望みどおりに。」

そうして、腕の中の妻を大切に抱え上げると、

そのまま静かに寝室に連れて行った。

夫の腕の中で ことんと、まるで子どもが寝入るように 

すっと夢の世界に引き込まれてしまった千尋は 

だから、その後 琥珀主が囁いた言葉を聞くことは出来なかった。

もっとも、そんなことは少しも支障がないことではあったが。

毎日、毎夜 囁かれていることだったから。

 

 

そっと、愛しい娘をベットに横たえると 

琥珀主はつと顔をあげそのまま、窓に歩み寄る。

重い布をめくり外を見上げると そこにはいつになく

巨大な月が、森を包み込むように光を注いでいた。

辺りに満ちる気の薫香は 

まるで龍穴の結界が破れ、あふれ出たかのようで。

千尋を眠りから目覚めさせ、

気持ちを乱した その存在。

千尋に気付かれないように、安らかなれとの力を注ぎつづけ、

やっとその影響を排除することができたのだ。

琥珀主は眉を寄せると、月にきつい視線を向ける。

「千尋におかしなちょっかいを出すのは 

止めていただきたい。あれは、我のものだ。」

月光に寄せて、元人間の神人には 

きつすぎる力を注いできたのは いかなる意図のものなのか。

何れにせよ、秋津島の神々の力ではない、

ということは自ずと正体の見当はついていて。

月は何も知らないとばかりに 怪しげに瞬く。

そんな月に、警告を込めた視線を向けると 

琥珀主は布を下ろすと同時に 自身の守護地に強大な結界を張る。

そうして、ベットに近付くと静かに腰をおろし、

愛しい妻の髪をそっと持ち上げ唇を寄せた。

 

そなたときたら 月まで魅了するのだから。

月の宮にいます神々だろうと、千尋に手を出す事は許さない。

たとえ、守りの力を注ぐためであったとしても、

我の許しなく勝手なことをするとは。

崑崙より昇った神祖竜王。

あなたが千尋に贈った龍玉の存在さえ いまいましいのに。

 

琥珀主は、そっと妻の傍らに身を滑り込ませると 

その腕の中に愛しく暖かい存在を抱き込んだ。

 

「だれにも渡さない。そなたは私だけのもの。

愛しい 愛しい 愛しい 千尋。

そなたの心を乱すものは何者であろうと許さない。」

 

千尋の温もりを感じているうちに そんな激しい想いも

徐々に落ち着いてきて、想い人を照らす

月の光にまでやきもちを焼いた嫉妬深い龍は 

やっとその瞳を閉じたのだ。

 

月は瞬く。

臆病で頑なで そうして自身の想いに忠実な龍と 

その想い人を包み込むように。

ささいな反抗心など可愛いものだ 

とでもいうように。

たとえ いらないと振りほどかれても、

自身の想いに忠実なのはお前だけではない 

と誇示するかのように。

 

 

その晩、秋津島の神々の標道を守る龍神の森は 

主の強大な力と月光の魔力の相乗効果で 

まるで 巨大な龍玉であるがごとく 輝いていたとか。

 

 

 

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われながら何を書きたかったことやら。

たんに千尋と琥珀のいちゃいちゃを書きたかっただけ・・・かも。